浅田眞理の発言 (憲法調査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(浅田眞理君) よろしくお願いいたします。東京芸術大学三年の浅田眞理と申します。
 私は、東京芸術大学で日本舞踊を専攻しています。今まで専門的に憲法について学んだということはありませんでしたが、日本の伝統文化を学んでいる体験を通して私が感じてきたことを率直に述べたいと思います。
 私がきょうここで述べたいことは、自由と決まり事を守るということの関係についてです。
 昨年、埼玉県の所沢高校で、生徒たちが学校側の卒業式には出ずに自分たちで卒業式を開くということがありました。生徒たちの見解としては、自分たちは自由に生きる権利があるのだから学校側の決まり事に従う必要はないということであると思います。
 しかし、先日、大学の能のレッスンで先生が非常に興味深いことを言っておられました。能の中には決して破ることのできない型というものがある、しかし、型を守ることで自分の心まで束縛されるかというとそうではない、自分の心はあくまでも自由なんだ、その自由な心を型に込めようとすることでより自分の感情が生き生きと見ている人に伝わる、それがおもしろいから僕は能を続けている。
 私も日本舞踊を専攻していますので、先生が言っておられることはよくわかります。すばらしい踊りを踊るためには、まず先人たちがつくり上げてきた型をしっかりと学ばなければなりません。型を軽視し自分勝手に振りつけをしたのでは、魅力ある踊りを踊ることはできません。私は、日本舞踊を通じて、伝統に培われた型、決まり事をしっかりと学ぶことの大切さを教えられたと思います。
 この型を学び、とうとぶという考え方が所沢高校の生徒たちに全く見られないということが私は残念でなりませんでした。国旗を掲揚し国歌を斉唱し、厳粛な空気の中で新たな旅立ちをしていく、そうした卒業式の型、決まり事を尊重したからといって、それで内心の自由まで束縛されるわけではないのではないかと思います。むしろ、決まり事をとうとぶ中から、その決まり事を生み出してきた先人たちの思いをしのんでいく、そうすることで初めて自分らしい創造性も生まれてくるのだと思います。
 ところが、憲法では自分の自由や権利だけが強調されていて、先人たちが築いてきた型を守り受け継ぐ中で新しい創造をなしていくという考え方は軽んじられているような気がいたします。果たして、自分の権利や自由を絶対視する憲法の考え方だけで日本の歴史、伝統を継承、発展させていくことができるのでしょうか。
 少なくとも、世界に誇るべき日本の伝統芸術である日本舞踊に関していえば、型を守る、伝統に基づく決まり事を尊重するという考え方がなければ、その芸術性は守っていけません。個人の自由は大切です。しかし、先人たちが築いてきた型を守り受け継ぐ中で新しい創造をなしていくという考え方を憲法に盛り込んでいかなければ、すばらしい文化と芸術を守り発展させていく日本であり続けることは困難であると思います。
 芸術や文化を守る日本にしていけるような趣旨をぜひ憲法前文に盛り込むことを検討していただきたいと思っております。
 最後に、憲法のことについて専門的に学んでいない私がここで申し上げることによって、憲法というものは生き方そのものであり、今国民すべてが考えていくべきことであるという実感を皆さんに抱いていただければ幸いなことだと思います。
 以上で終わります。
 ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 114714184X00520000405_015

発言者: 浅田眞理

speaker_id: 2723

日付: 2000-04-05

院: 参議院

会議名: 憲法調査会