リチャード・A・プールの発言 (憲法調査会)
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○参考人(リチャード・A・プール君)(通訳) どのような改正が検討されるかという点については制限はないと思います。ただ、賢明ではない提案が受け入れられることはないようにと思っております、日本の国民あるいは日本の国会によっても。それが制約と言えるのかもしれませんが。
しかし、もともとの草案では、第三章の市民の権利については改正がなされないということが言明されておりました。すなわち、国民投票にかけて日本の国民に諮られることなしにはと。しかしながら、これはマッカーサーによって、そういう制限も設けてはならないということになったわけです。当然日本政府が市民の権利の規定について変更を試みないであろう、そして天皇の役割の規定についても、あるいは憲法の理念そのものを変えるということはないだろうということでした。
しかし、技術的にはもちろん改正はできるわけです。ですから、明治憲法に戻りたいならばそれもできる、それも可能なんです。ただ、それは賢明ではないと思いますし、日本の国民もそれを受け入れないだろうと思いますが、法律的にはそういう制限は一切ないわけです。ですから、何を改正してもいいわけです。
しかし、先ほど申し上げましたように、やはり全部の見直しということになりますと、パンドラの箱があけられてしまうということになりますので、それは賢明ではないだろう。ただし、検討されるべきことは個別に取り上げて検討されるべきであろうと思います。ですから、憲法全体を見直すということは避けられるべきでありましょう。もし憲法全体の見直しということになりますと、パンドラの箱があいてしまうということになりますので。そうしますと、憲法は今とは全然変わってしまうということにもなってしまうでしょう。
もともとの疑問であります、本当にこれは日本の憲法なのかということですが、日本の国民もそれを受け入れたわけです。日本の内閣によっても受け入れられました。日本の内閣と交渉をし、そして受け入れられました。日本の国会も上程されたものを受け入れたわけです。そして、この受け入れるということを通して日本の憲法となったわけです。
ですから、何もこれまで変わらなかったという事実によっても確認されたのではないでしょうか。本当の意味で日本の憲法になったと言えると思います。
占領時代につくられた憲法だというそのものの起源という問題から受け入れるのが難しいという疑問もあるかもしれませんが、その問題は憲法の文言や憲法が何をするのかに比べ、はるかに重要性の低いものです。