北岡秀二の発言 (法務委員会)

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○北岡秀二君 私ども自由民主党におきましては、御承知のとおり、このたびの民法改正につきまして、私の推測ではありますが、多分反対意見の方が多い現状だろうと思うわけであります。そういうふうに推測するわけでございまして、党内事情から申し上げますと、いまだにその結論が出ていないというような状況であります。
 そういう状況の中で、本来でありますればこの議論に参画できる立場にはない状況なんですが、委員会の今までの運営の関係上、私はあくまで個人的な立場で、そしてまた、なおかつ反対の立場から本日の質問をさせていただきたいと思うわけでございます。
 最近の社会風潮ということを考えてみますときに、個人の人権あるいは権利をより確立しよう、より自由に開放しようという側面があるわけでございます。現代の社会を築いていく大きな価値観になっておる。確かに、その風潮の中で住みよい社会が実現をされ、そしてまた、なおかつ開放的な社会が実現をされておるということも私は十分に認めますし、そしてまた、なおかつその重要性も理解をしておるつもりではあります。
 しかし、その反面、人間は社会を形成する動物でございますから、そういう社会を形成する以上、当然のことながら社会性の部分、伝統を守るとかあるいは文化を守る、さらには規則とか義務とか責任とかあるいはお互いの協調性や、時と場合によりますれば必要悪としてのむだや、あるいは無理なことや、あるいはいろんな面での妥協等々も必要であろうかと思うわけでございます。この部分をないがしろにするわけにはいかない部分もあるだろう。要は、私が前段に申し上げた部分と後段に申し上げました部分とのバランス、その時代時代に合ったバランスをいかに図っていくかということが大事なことではなかろうかなというふうに感じておるわけでございます。
 しかしながら、最近の世相で、特に子供を中心とした事件、事故、あるいはいろんな部分での世の中のすさみ、荒れている部分というのを考えてみましたときに、これも私の主観かもわかりませんが、権利や自由を主張するがゆえに自分のことしか考えない人間がどんどんふえているんじゃなかろうか、そういうような気がしてならないわけであります。社会性を無視した個人の都合によってどんどん社会が病んでいるような気がしてならないのは私一人ではないと思うわけでございます。
 私は、このたびの夫婦別姓にしても、姓を変えることの不利益から、人権あるいは権利や自由ということで考えての発想もあろうかと思うわけでありますが、大人の都合で、子供を育てる場という一つの大きな機能もあります家庭、家族のきずなを、私はこれは弱めることにつながるだろうということを推測するわけでございますが、果たして弱めていいものであるかどうかということを大いに疑問に感じるわけでございます。
 さらに、夫婦別姓の議論の中で外国の情勢がどうのこうのという話がございます。外国では夫婦別姓は主流であるというようなお話もあるわけでございます。
 確かに、私もそれなりに分析をしてみますと、一九六〇年代から七〇年代にかけまして、女性の権利の拡張の流れで伝統的な家族は時代おくれとされ、個人の多様な選択が是とされた。そういう流れの中で、確かに多様な家族、同性カップルであったり、あるいは俗に言うシングルマザーであったり、混合家族、多様な家族が生まれたという現実もあります。
 しかし、最近のアメリカのあるジャーナリストの表現によりますと、その結果は、家族の最後の形態であろうとも思われた核家族の崩壊であった。さらに、どのような生き方をするかについて各個人の選択の範囲が拡大したことは人々をより幸福にしたとは言えないというような発言をされるジャーナリストもあるようでございますし、御記憶に新しいだろうと思うんですが、一九九六年にはアメリカのクリントン大統領が一月二十三日の一般教書演説の中で、我々の第一の挑戦は子供たちを大切にし、アメリカの家族を強化することである。家族はアメリカ人の生活の基盤である。より強い家庭を持てば、より強いアメリカを持つことになると、家族のきずなの強化を訴えておるわけでございます。
 私なりに分析をさせていただくと、欧米社会の中にも家族の復権に乗り出しておる時代が到来しておるんじゃなかろうかということも推測をするわけでございます。
 また、現行法を考えてみましても、男女同権に反するという一つの思いもある。そういうような状況の中で現行の民法も、特に夫婦別姓という領域だけにスポットを当ててみましても、男性の氏を称しなければならないとはなっておらず、「夫又は妻の氏を称する。」ということですから、これはファミリーネームを重視した上で立派な男女同権を実現しておる状況にある。
 私は、そういう状況の中で夫婦別姓の趣旨を叫ばれておられる中の大きな原因というのは、社会のシステム上の問題であって、法律上の問題ではないというふうに認識をしておるわけでございます。
 今もろもろ申し上げましたが、そういうような状況の中で、特に一点、二点、発議者の皆様方にお伺いしたいのは、今申し上げました、近年家族のきずなが弱まり、家庭崩壊の現象が起こる中、社会的にはそれに関連していろんな問題提起がなされておる。そういうような状況の中で選択的夫婦別氏制度の導入は、さらに家庭崩壊に拍車をかけると私は思うわけでございますが、そのあたりについてどういうふうにお考えになられておるのか。
 そしてまた、もう一点続けて質問させていただきたいわけでございますが、改姓によって不利益をこうむるのなら、通称の使用を社会的に認知すればよいと私は思うわけでございますが、なぜ法改正をしなければならないのか。
 この二点について御答弁をいただきたいと思います。

発言情報

speech_id: 114715206X01720000525_003

発言者: 北岡秀二

speaker_id: 13059

日付: 2000-05-25

院: 参議院

会議名: 法務委員会