岩永峯一の発言 (文教委員会)

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○岩永委員 おはようございます。大島大臣には御出席をいただきまして、基本的な文部省のあり方、そしてこれからの教育のあり方について初めての御答弁をいただけること、大変うれしく思います。
 御承知のとおり、小渕内閣そして森内閣を通じて、国民の機運も、いよいよ教育の改革が断行されるだろうと。そうした状況の中で、今回の組閣で大島大臣が就任された。我々は大変な期待と、そして、平素の大臣の決断力、行動力に見られるごとく大島大臣は必ずやってくれるだろう、こういうような気持ちで大臣の就任をお喜び申し上げるものでございます。
 また、けさの新聞でございましたか、青少年の重要犯罪が年間千人以上にも上るということがございましたし、先般、学級崩壊のアンケートをとりましたところ、五校に一校は学級崩壊を来している。これを見た国民は、日本の教育はなぜこんなになってしまったのか、かつての美しい日本はどこへ行ってしまったのか、そして荒廃した子供たちの心をどう直せるのか。戦後五十五年という歴史を持つわけでございますが、本当にかつての美しい日本の心を取り戻すためには、また五十年間の歴史を要するのではないかというようなことさえ言われているわけでございます。
 今こそ、我々国政に携わる者そして国民が一致団結して、教育を真剣に考え、社会、家庭、学校、それぞれの職務を十分に果たしていかなきゃならぬのではないか、そういう決意を持つものでございます。
 先般も教育改革国民会議の報告が出されました。曽野綾子さんのすばらしい提言を初め、私もあれをずっと読ませていただいたんですが、やはりそのもってしかるべきところは、教育基本法を抜本的に変えていく、そしてその中で国民が義務と責任をきちっと負う、こういうところにあろう、このように思います。
 私も、では教育基本法の改正の反対論はどこにあるのかということを調べてみました。しかし、反対をしている政党もあることはあるんですが、特に、教育基本法の理念である個人を大切にする精神がどう変わるかというようなことからきて、戦前の国家統制的な教育制度の復活につながるおそれがあるのではないかというような、かつての戦争に起因する部分の心配というのが中心になされているわけでございます。
 しかし、教育基本法の前文及び第一条において個人や普遍的人権が強調され過ぎて、国家や郷土、そして伝統、文化、家庭、自然の尊重という部分が現在の教育基本法の中で抜け落ちている。そういう部分が私は大変問題ではないかということ。
 それから、ずっと条文を読んでいますと、子供が生まれて、育って、そして一番最初に感化を受ける、具体的に言うと教育をされる、その部分の家庭教育というものが社会教育の一部として位置づけられておって、一番大事な家庭教育の部分というのが教育基本法の中にないということでございます。
 それから、宗教教育に対してでございますが、私は、宗教というのは人間にとって一番基本になるものであろう、そして、宗教を持つことによって人間の将来理念というものがやはり確立していくのであろうということを思うんです。その規定の中で、やはり情操教育、そして地域における伝統や習慣がかなり希薄化している状況の中で、どの宗教を信じよとか持てとかいうことではなしに、やはり将来的に宗教を持つことが大変大事である、その上に立って人間の個人の確立がされる、私はそういうことを考えるわけでございます。こういう部分も、これからの教育基本法の中の新たな部分として議論されるべきではないかというようなことを思うわけでございます。
 大臣には、先般の教育改革国民会議を受けて、一番教育の理念になる教育基本法についてどのように思っておられるか、そして、先ほど申し上げたように、家庭教育そして宗教教育についての考え方をどうお持ちいただいているか、このことについてお伺いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 岩永峯一

speaker_id: 16715

日付: 2000-08-04

院: 衆議院

会議名: 文教委員会