新藤義孝の発言 (憲法調査会)
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○新藤委員 なかなかどっちと決められるものではないと思うのです。ただ、私は、当然自分たちだけでやればいいんだ、国会で決めればいいんだ、例えば公職選挙法を直すのに国会議員だけで直していいのか、こういうのと同じ部分があるんではないかなというふうに思っておりまして、これは先生からもまさに参考になる御意見をいただければいいなというふうに思っておるのです。
そして、実は今のお話にもありましたし、先ほどもお触れになりましたが、先生としては結論を出されていないなというふうに思っていることがございます。憲法の改正のことなんですけれども、結局、今論議をしていく中で、先ほどからまさに先生がおっしゃっているように、全面改正すべきなのか、それとも、部分的に国民的合意ができた上、そこからまず改正するのか、こういう二つがあるとおっしゃいました。
そこで、これは一体どっちがいいんですかということを我々もやっていかなきゃならないわけです。どっちがいいんだとだれも決められないと思うのです、みんな意見はそれぞれですから。
ただ、政治主導として、今のこの国のこういう状況を見て選択するならば、より望ましいのはどちらなんだ。できるかできないかということではなくて、より望ましいのはどちらなんだという観点からすると、これは、現実的な方をとるか、それとも、対立は厳しいけれども、いろいろともめるかもしれないけれども、全面改正か。これは先生の個人的な感覚で結構でございますので、もし支持をされるとすれば、二つしかなければ、先生はどちらをお選びになるか。
それからもう一つ、その場合に、改正の手続の問題も出てくるんですね。今、不磨の大典化しているのは、まさに厳格な手続の中で非常に動きづらくなっているという部分があると思います。
もし作業が進んでいったとして、改正をするということになったとして、果たして、今度改正をする憲法ではその改正の手続は柔軟にするのか。そして、諸外国のようにそれこそ何十回も場合によっては時代によって変わっていくこともある、そういう状況のものにしていった方がいいのか。それとも、やはり日本は日本独自の、一度つくったら五十年、百年、もちろん手続を厳格にすればそういうことがあり得ることになるのではないかと思うのですが、これも、先生のお考えでは、望ましいとすればどちらなのか。ちょっとお答えをいただくのは難しいかもしれませんけれども、参考までに教えていただきたいと思います。