新藤義孝の発言 (憲法調査会)
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○新藤委員 ありがとうございます。
今の時点ではまだどちらと決めるべき段階にまで来ていないことでもあるんですね。ただ、これから作業していく上で、議論をしていく前提として、やはり先生に今そういうふうにお話をいただいたのは非常に大きな意義があると思っておりますので、御理解いただきたいと思います。
それから、要は、今までの議論も、結局、本来ならば初めに憲法ありき、初めに法律ありきで、その法律のもとで何ができるのかということを考えるのか、それとも、自分たちのやりたいことや望むことがあって、そして何をやるべきなのか、法律の中でやるのか、それとも法律を決めていけばいいじゃないか、こういう行って来いの議論があると思うんですね。
要は、それが堂々と憲法を論じられるようになったということは、私は、それだけこの国が成熟してきた、そしてまた、いろいろと御批判いただいておりますが、政治もそういう意味での成熟度を増したんではないかな、このように思っているんです。
その大前提として、憲法は国の基本となるものですから、その意味で、国民意識とかそれから国に対する国家観、こういうものをこれからどういうふうに我々日本人は持っていくべきかということが大切な要素になってくるんではないかなというふうに思っているのでございまして、きょう先生お触れになっておりませんけれども、恐縮ですが、また参考になる御意見をいただければありがたい、このように思うんです。
それは、今私たちの国、非常に連帯感が薄れているような、個人個人がばらばらになっている、こういうことをよく言われます。そして、そういう意味での国としての統一性というんでしょうか、国民としての、私たちは日本に住んでいるんだ、こういう一体感が弱いというよりも表に出ていない時代だなというふうに思っているんです。
これは一方で、不思議なことに、友達同士とか自分にかかわりのあることについては物すごく強烈に結びつくんですね。そのかわり、ちょっと離れて、自分に直接関係ない、所属しているけれども自分には直接関係ない、そういうものについては今度は極めて冷淡になる、こういう不思議なというかおもしろい現象があるんではないかというふうに思っています。
ふだんは全然知らぬ顔している人たちが、例えばオリンピックだとかワールドカップのときによくわかるんですけれども、もともとはまとまりがいい民族なんだなとそのとき改めてわかります。これ一回でワールドカップに出られるんだ、もう一回勝てばメダルとれるんだ、そのときの日本人の熱狂ぶり、特にふだん白けている若い連中が、おれは君が代なんか知らない、日の丸なんか嫌いだ、こんなことを言っている人たちが外国へ出かけていって、もう一回ここで勝てば日本がワールドカップに出られるとなるとみんなで立って国歌を歌う。
何か私は、日本人のアイデンティティーというのは、昔の一億総火の玉、これに尽きるなというのが個人的な感覚なんですけれども、そういう底に流れているものと、それから表面上の表現の仕方が今全然違ってきている、このように感じております。
それに、うがった見方かもしれませんが、これに対して、戦後の日本社会をつくってきたこの憲法や日本の国の進め方、これは影響が出ていないのかどうなのかというようなことを私は感じているんです。
今の憲法は戦前の軍国主義、全体主義を否定して、基本的人権を尊重しましょう、こういうもとで封建制を壊しましょう、こういう憲法だと思っているんです。個人の権利を尊重しなさい、それから農地解放だとか財閥解体だとか、要するに富や権力の集中を排除した、教育改革や、労働者や女性の解放を行った、これは非常にいい効果をもたらしてきましたけれども、その一方で、無理やり、国家国民だとかそういうことを考えるのはおかしいよ、自分のことを主張しなさい、こういうような風潮を生んできてしまったんではないかなというふうに思うのでございます。
特に、この憲法の中には基本的人権の尊重規定というのがございますけれども、国だとか公共への義務とか奉仕、こういうものについての規定がないに等しいというか、極めて少ない。教育の義務と勤労の義務と納税の義務しかありません。こういうことがありますし、今話題になっている教育の改革についても、基本法についても、まさに個人を追求しなさい。これは憲法から導き出されてきている道だなと私は思っているんです。
そこで、長々になって恐縮なんですが、先生、これからの私たちの国のあるべき姿として、一体日本の国、個人の権利と公共や国に対するこういう意識、これはどこまでどういうバランスをとるべきなのか。先生、今現状をごらんになって、私は今のがだめだと思っていませんよ、結局、最終的には日本人はみんなまとまります。でも、今百花繚乱で、議論は自由なんだ。権利を主張することをどんどんやって、そのおかげでいろいろな仕事が進まなかったり、この政治の場もそうなんですけれども、ある意味での混乱も巻き起こっているような気がするんです。個人と国や公共との集団、公のバランス、これはどういうふうにとるべきなのか、お考えをお聞かせいただければありがたいのでございます。