新藤義孝の発言 (憲法調査会)
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○新藤委員 ありがとうございました。もう十分なお答えをいただいております。
すべてそれが憲法なり法律なりに原因があるわけではない、これは先生おっしゃるとおりです。でもしかし、大きな流れの中で、やはり国が戦前から戦後の大きく方向転換をした大きな目的といいますか、一つになっていると私は思うんですね。ですから、結局、国の基本法たる憲法を論じるときには、一体、日本人と国というものをどういう方向でどの程度でバランスさせておくかというのは非常に重要な問題だ。もちろん、このことは違う考えの方もたくさんいらっしゃいますので、大いにこれから憲法調査会で議論すべきことではないかというふうに思うのでございます。
最後に、残り時間も少なくなってまいりましたが、これまた先生、非常に総花的とか大枠の話で大変恐縮なんですが、私はそういう自分の物の考え方を長い目で見るようにしたらというふうに思っておりまして、今日本人は、国内においては自分たちはすごいと思っているわけですよ。ですから、国の中では日本人一人一人はみんなそれぞれ自分でプライドを持って物すごく自己主張をします。でも一方で、外国へ出ると、自分は東洋の小さな島国だ、こういうふうに思っている人がすごく多いのですね。外国に出ると、我々日本人はまだ小さな東洋の国だから、こういうふうに言っている。内にあっては、経済にしても何にしても、国内では一流だ、自分たちはすごくレベルが高くなっている、こういうふうに思っている人たちが多いというふうに思うんですね。
そこで、例えば、アメリカは確かに日本の人口の二倍、国土は二十五倍です。でも、イギリスは日本の人口の半分しかありません。それから、国の大きさは実は日本の六割なんですね。それで、GDPは八掛けです。ドイツにしても中国にしてもしかり。ドイツは大きな国かと思ったら、やや日本の方が大きいのですね。
国の大きさとか人口で別に競争するわけじゃないのですけれども、これから私たちは、戦争に負けて、そしてその後、奇跡的な復興を遂げて、今こういう価値観が多様化している中で、次の時代の私たちの国の位置、これは国際社会できちんとした尊敬と、それから自分たちの義務を果たせるような、そういう位置を占めるために一体何が大事なんだろう。
結局、考えてみると、歴史上、今まで日本の国は、あるときまで、ある線まではいいところまでいったと思うんです。明治時代も列強列国に伍して戦うほどにいって、そしてめちゃくちゃになった。まただめになったかと思ったら、もう一回立ち直ってきた。でも、いつでも共通しているのは、やはり東洋の特殊な国で、世界の中で、私もちょっとそれはコンプレックスになっているのかもしれませんが、どう見ても、やはり日本の国力やこれだけの勤勉性を持った国の評価というものはまだ正当なものになっていないのではないかな。だとすると、それは私たちの国の今のあり方に問題があるのではないかなというふうに思うんです。
非常に総花的とまさに申し上げましたけれども、恐縮なんですが、これからの日本のあるべき姿を考えるときに、一体どんなポイントが重要になってくるのか。国際社会の中の日本ということで、先生のお感じになっていることがあったら、最後に教えていただきたいというふうに思います。