石原慎太郎の発言 (憲法調査会)
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○石原参考人 私は、中江兆民のその文章を読んだことがないんで、あなたのおっしゃることに正確な認識を持ち得ないと思うんですけれども、決して私は、有色人種の中で唯一強大な軍事産業国家たり得た日本の政治的な意味合いがすべて一〇〇%ポジティブなものとは思いません。
現に、日露戦争に日本が奇跡的な勝利を上げた後何が起こったかというと、白人の植民地進出は限界にも来ていたんでしょう、そこでぱたっととまるわけですね。強いて言うと、ムソリーニが、ファシズムがイタリアを統治して、その後は売名的にエチオピアを併合したぐらいで、あんなところは資源も何もないところですから一種のパフォーマンスだったんでしょう。しかし、かわって日本は、ミイラ取りがミイラになって植民地経営に乗り出すわけです。
ただ、振り返ってみても、近代史というものの政治原理は何だったんですか。それは、もちろんルネサンスあるいはヒューマニズムその他のものがあったでしょうけれども、しかし、国際政治においては帝国主義しかなかったんですよ。是非の問題じゃないですよ。それは、要するに、植民地にされるか植民地を持つかの競争原理しかなかったんです。
例えば、私のインドの友人も、何人もいるんですが、その連中たちが、ガンジーは尊敬するけれども決して評価はしない。つまり、無抵抗主義で我々は何を得たかといったら、結局、長くイギリスの統治に屈しただけじゃないか。だから、どちらに人間性を感じるかは別にしても、いずれにしろ、その人が、むしろ我々は大挙して反乱してイギリスに抗すべきだった、現に日本が戦争を起こした後、我々はやって勝てた、何であの試みをあの当時できなかったかという言い方をしていましたが、これはこれなりにインド人の一つの認識なんでしょう。
ただ、日本もまた、日露戦争という戦争は、日清戦争もそうでしたけれども、隣国の大国の植民地になることを忌避して、まさに司馬さんの小説じゃないけれども、坂の上の輝く雲をつかんだわけですな。これがやはり大きな転機になって世界史が変わってきた。それにヒントを得て、ケマル・パシャはトルコの国民を督励して帝政ロシアの支配の桎梏から解放した。
その他この他、ナセルとスカルノが、マハティールも、全く同じことを言ったんです。我々は日本の存在にインスパイアされた、同じ有色人種で日本人ができたことが何でできないのかということで、私たちは第三次世界大戦を戦った。第三次世界大戦とは何ですか。あなた方は知らぬだろうけれども、我々の独立戦争ですよ、勝ち組の白人が戻ってきてもう一回私たちを植民地化しようとするときに、私たちは熾烈に戦った、そのエネルギーを与えてくれたのは日本だと。
私は、それは彼らの一つの評価であって、私たちは別にそれでおごり高ぶる必要もないけれども、そういう外国の、かつて白人の植民地支配に呻吟してきたそういった指導者たちの告白というものを真摯に聞いたらいいと思うんです。
私は、何もパワーポリティックスが絶対とは言いません。ただ、やはりそれが国際政治の大きな力学として原理的にも世界を支配しているときに、それを無視して、人間主義だ、ピースだということが起こるかといったら、ガンジーの正確な評価は私知りませんけれども、それを批判するインド人の憂き目を私は味わいたくないと思います。