佐藤幸治の発言 (法務委員会司法制度改革審議会に関する小委員会)

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○佐藤参考人 まず第一点でございますけれども、先ほど御紹介しましたように、四月の段階でこの法科大学院構想というのは一つの有力な方策として検討しようということになりました。それで、それについて我々として結論を出すについては専門、技術的な細部にわたる検討も必要であろうということで、先ほど御紹介しましたように、文部省にお願いして検討会議というものをつくっていただき、私どもの審議会の委員も複数そこに出席しているわけでございますけれども、そこでいろいろ検討していただいて、夏の集中審議のときに中間報告をいただき、そして九月の末に検討会議の報告をいただきまして、それを受けて十月に審議したわけであります。その結果、やはりこれしかないなということで、審議会としてはこういう法科大学院の構想でいこうというように決めたということでございます。最初は一つの有力な方策ではないかということから始まって、最終的に結論として今申し上げたようなことになった、審議会の審議の経過としてはそういうことでございます。
 それから二番目の話でありますが、フィーバーであるということは、確かにそういう面もあるのかもしれません。なぜそうなのかというと、私はやはりそれは従来の法学部における法学教育の危機感のあらわれだというように思っております。日本の場合は、なかなかシステムが変わらなくて、ある時点に来るとどうにもならなくなって、それでばっと動くという傾向は日本の社会の特質としてあるとよく言われますけれども、この法学部の教育については、実は当初から相当問題をはらんでおったということを御理解いただきたいと思います。
 法学教育をするについては、本当のあの終戦直後、間もなく新しいシステムを発足させるころ、やはり医学部と、お医者さんと同じような教育システムをとるべきじゃないかという意見もあったやに聞いておりますが、御承知のような新制大学のシステムになり、従来に比べて一年減っているわけです。四年間で一般教育もやろう専門教育もやろうということに、そういう中で初めからかなり無理なものがありました。それが次第に、二十年代、三十年代に入ってきまして、法学も非常に分化してまいりまして、判例も蓄積ができてくるとなりますと、とても教養をやり専門をやるというのは無理だということで、既に四十年ころ、五年制にしようという考え方も出てまいりました。けれども、これも学園紛争とかいろいろありまして、なかなか思うに任せませんでした。
 それでやってきているうちに、片っ方では高校の進学率が九八%ぐらいになってきました。そうすると、高校の教育のあり方も相当変わってきている。それを受けて大学の法学部の教育の仕方というのも、一般教育もやり専門もやりなさいというととても無理な状況になってまいります、学生にしても。そこで、司法試験が難しいものですから予備校というものに行って、いわゆるダブルスクールとかそういうものがだんだん顕著になってきたわけであります。
 ですから、御指摘のように、今の法学部のあり方を変えたらいいのではないかというお考えもごもっともなところはあるのですけれども、今申しましたようなところからいうと非常に無理がある。そこで教育もやりなさい、教養も身につけなさいというやり方では非常に無理なシステムだ。ならば、学部の方は基礎的なものをやっていただいて、あるいは教養的なものをきちっとやっていただいて、その上で専門的な、法曹として自分がプロとなるという意識のもとで教育を受けるそういうシステムをつくるべきではないかという考え方がこの法科大学院の構想の根底にあるのではないかと思っております。
 ちょっと余談になりますけれども、私は一九六〇年代の後半、アメリカで二年ほど勉強する機会がありました。そのときに、ビジネススクールとか、ロースクールは昔からありましたけれども、プロフェッション、プロを教育する教育システムが、あの一九六〇年代、アメリカにおいて非常に真剣に取り組まれております。私はそのとき、なぜアメリカはこういうことをやるんだろうか、どういう意味があるんだろうと思っておりましたが、今振り返ってみますと、やはりあの時点でのアメリカのあの取り組みが今のアメリカを支えている根底にあるんじゃないかという思いがするわけです。
 日本においては、プロをプロとして教育するというシステムが日本の従来の教育システムの中では十分でなくて、なかった。これをきっかけに、特にこの法科大学院をきっかけに、日本においてプロをプロとして、教養の豊かなプロとして養成するというその突破口になる可能性、あるいはできるだけそれを追求すべきではないかというように考えております。
 最後ですけれども、さはさりながら、先生御指摘のように、いろいろ、自分のところも法科大学院と、皆そういうふうに熱心に手を挙げておられるわけですけれども、プロを育てるにふさわしい教育のシステム、教育の内容を確立しなければいけません。したがいまして、この検討会議の報告にもうたわれ、また私どももそういう認識なのでありますけれども、これからの法科大学院とはどういう教育内容のどういう教育システムでやるのかという第三者的な評価機関を早急にどこかにつくっていただいて、そこで法科大学院にふさわしい認定基準を考えていただいて、それをもとにして設置の認可をする。そして、それと連動する形で新しい司法試験のあり方を考える、そういうやり方をしなければいけないのじゃないか。
 そしてできれば、私どもの任期は来年七月までですので、最終報告の出る段階では大体こういう内容のこういうシステムのものだということを公にして、そしてそれに合う形の法科大学院が輩出してくるということを、準備が必要でしょうから、それを見た上で検討していただいて、体制を整えて法科大学院の教育の中に参入していただく、そういうことを考える必要があるのじゃないかというように思っているところであります。そういう方向で進めていかなければいけない。
 ですから、法科大学院がいつ、どのように、幾つ立ち上がってくるかということは、今の段階では確たることは申し上げられませんけれども、できるだけ基準を早く明確に示して、それに合うようにそれぞれ考えていただく。そして、法科大学院は構想として、先ほども紹介しましたけれども、公平性、開放性、多様性と言っておりますので、その基準を満たしたところはどんどん法科大学院として入ってきて、つくっていただくという考え方を持っております。そしてさらに、これは都会に集中しないように、全国的にこれが均等にできるようなことも十分配慮していかなければいけない、そういうように考えております。
 お答えになっているのかどうか、何しろ新しくつくるものですから、この辺はどうなるだろうか、あの辺はどうなるだろうかといろいろ考えますと不安が非常に出てくるのですけれども、ここはさっき申し上げたような意気込みで、本当の新しいプロの教育の場をつくるんだという意気込みで取り組む中で、そういういろいろな問題を克服していくしかないのではないかというように考えている次第です。

発言情報

speech_id: 115005227X00120001108_013

発言者: 佐藤幸治

speaker_id: 10944

日付: 2000-11-08

院: 衆議院

会議名: 法務委員会司法制度改革審議会に関する小委員会