佐藤幸治の発言 (法務委員会司法制度改革審議会に関する小委員会)

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○佐藤参考人 スピードの問題につきましては、竹下代理を中心におまとめいただきましたので、竹下代理の方からお答えいただきたいと思うんですけれども、その他の点について私の方から申し上げます。
 今までの司法試験は、言ってみれば、試験に強迫されるような感じで勉強するわけですね。法学部に入って、ゆったりして怠けてはいけませんけれども、ゆったりとした気持ちで教養を身につけ、人生を考え、自分の将来を設計する、そういう余裕というものが今の法学部教育の中にはないんじゃないかと私は思います。
 さっき御指摘のように、法学部はみんなが法曹をねらうわけじゃありません。むしろ、企業に行ったり、官庁に行ったり、自治体に行ったり、さまざまでございます。そうすると、法学部の教育の焦点の合わせ方が非常に難しいんです。法曹になりたい、司法試験を受けたい人たちに焦点を合わせてやるのか、そうでない人たちは、余りそんな細かなことをやらなくても、大きなところを教えてもらえればいい、経済学やそのほかの方もいろいろ勉強した方がいいという学生も結構いるわけです。そうしますと、今の法学部のシステムの中では、すべての人に対して満足のできる教育というのを樹立するのは非常に難しい。
 ですから、法学部は存置して、法学部は法律を中心にして基本的な教養を高める場である。私は、そういう人たちも社会のいろいろな需要にこたえ得ると思います。その中で、自分は法曹として身を立てたいという人は、法曹のプロとしての教育をプロセスとして受けて、ゆったりというとちょっと語弊があるんですけれども、プロとして長いスパンをかけて教育を積み重ねて、そして法曹になっていく。そして司法試験というのは、そこのプロとしての教育をきちっと受ければ、あとは研修所でしかるべき研修を受ければ、それで法曹としてなれる、そういう司法試験というものを設計しなければいけないんじゃないか。
 ですから、さっきの御説明の繰り返しになりますけれども、今の法学部をそのままにして、いろいろな人を育てろ、それでまた法曹人も育てろ、プロも育てろと言われてもなかなか困難であるということを申し上げておきたいと思います。
 そして、私の経験ですけれども、司法試験で五回も六回も七回もというのは、私は学生を見ておって非常にかわいそうに思います。いっとき、司法試験は六・五、六回で一番通るという、試験として異常だと思っておりました。そして、通ればいいんですけれども、数%しか通らなくて、結局転向できなくて、非常にその人の人生が、ある意味では気の毒な結果になるという学生も多く見てまいりました。
 そういう一種の、非常に狭めて、試験目指して、点を目指して勉強するという体制ではなくて、さっき申し上げたように、自分はプロとして生きるんだというプロセスとしての教育の仕組みをこれから考える必要があるんじゃないかというのが法科大学院構想の根底にあるものだというように思っております。
 十分なお答えになったのかどうか、もう一点つけ加えるならば、法曹、特に弁護士が、今までの世界だけではなくて、企業それから自治体、私は情報公開関係でさまざまな自治体と関係してきましたけれども、そういうのを見ておっても、自治体に法曹資格者がもっと入っていくということが自治体のいろいろな能力を高める一つの大きな動力になるというように思っておりまして、自治体に限らずさまざまな分野で法曹資格者が活躍する場というのが多いんだろうと思います。それを開拓することによって、先ほどの木島先生のお話ですけれども、もっと司法のプレゼンスが社会に高まって、法の支配が日本でより根づいていくということになるんじゃないかと考えております。

発言情報

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発言者: 佐藤幸治

speaker_id: 10944

日付: 2000-11-08

院: 衆議院

会議名: 法務委員会司法制度改革審議会に関する小委員会