森山裕の発言 (外交・防衛委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○森山裕君 ありがとうございました。
次の質問に入りますが、私はかねがね日米安全保障を考えるときに、かつて第二次世界大戦を我が国の同盟国として米国を初め連合国と戦って敗戦をし、国土を東西二つのドイツに分断をされたドイツのことを思うんですけれども、ドイツはその後、冷戦時代西ドイツとしてNATOの加盟国になって、一九八〇年代にはその中核として、またNATOの盾として積極的な軍事的な役割を果たしてきました。西ドイツという国家の安全保障をNATOと一体化することによって確保してきたと言えるのではないかというふうに思います。一九八九年十一月、東ドイツ市民の大脱走が引き金となってベルリンの壁はあっけなく崩壊をしました。
私がここで指摘をしたいのは、国家と民族を防衛するというドイツの人々の決然たる意思であります。そして、欧州大陸の国ドイツと海洋国家である島国の日本の違いであるかもしれませんが、我々は俗に平和ぼけと言われる太平の夢をむさぼってきました。しかし、今や科学技術も途方もなく発展をいたしまして、対岸のアジアの地から発射したミサイルが数分で日本を直撃する時代になりました。島国というゲオポリティーク上の有利な立場にあって安眠をむさぼることができなくなってきているというふうに思います。
我々は現実の問題として安全保障のため知恵を絞らなければなりませんし、先ほど申し述べましたように我が国にとって安全保障の核心は日米同盟であり、また日米安全保障条約であります。集団的防衛の枠組みを保有しない我が国にとって、日米安保体制はドイツにおけるNATOとの関係に匹敵するものと言ってもいいのではないかというふうに考えます。
この二つの関係を比較して、さきのコソボ紛争に際しドイツがNATOの軍事作戦に参加したことを思いますと、日本が日米安保体制に取り組む姿勢がいかにも甘いのではないかという気がしてなりません。ドイツは無論、NATO加盟諸国は、フランスは例外でありますが、加盟国として相互防衛を軍事的にコミットメントしています。これらに対して日米安保体制は、有事において米国は日本を守るが日本は米国を守らないという俗に言う片務的なものになっています。このことは日本ではなかなか議論がしにくい雰囲気があり、非常に短絡した軍国主義論に発展をして、自由に論議することさえ封じられる嫌いがあるのは民主主義の国家として極めて不健全なことではないかというふうに考えております。
これから先、二十一世紀の安全保障問題が冷戦時代にも増して重要な問題になることは避けられないというふうに思いますし、ことしの六月、外務省がギャラップ社に委託して行った米国における対日世論調査によれば、現在の日米安保条約を堅持すべきであると見る米国有識者は八六%という高い水準にあり、これは一九九六年以降一貫した傾向であります。また、日本は防衛力を増強すべきかどうかという質問に対して六五%がすべきと答えております。これも一九九六年以降一定した高い傾向にあります。
このようなことを考えますときに、日本の対応に米国は少し不満があるのではないかと見て間違いないというふうに思いますし、日本国に合衆国軍隊を維持することに伴う経費を日本で負担するための特別措置協定は、合衆国軍隊の効果的な活動に有益なことであって、片務的と言われる日米安保体制を形式的にせよ双務的たらしめる重要な意味があるというふうに思っております。
しかしながら、米国側の深層心理としては、こうした経費の負担にとどまらず、極東の安全のために日本が軍事的にももっと積極的な役割を果たすように期待をする思いがあるやに私は観測するのですが、この点についていかがお考えでございましょうか。
また、国防に金がかかるのは当たり前のことであって、一たん有事となってエスカレートした結果、日本の国土や国民に直接被害が及ぶ事態を想定する場合、その損害額ははかり知れないものであります。抑止として安全保障のため先行投資があらゆる意味で得策ではないか。
この点、政府は安全保障の何たるかを率直かつ具体的に国民に説明をする必要があろうかと思います。また、そのことはむしろ政府にとって義務ではないかというふうに思いますけれども、虎島防衛庁長官のお考えをお聞かせいただきたいと思います。