木村仁の発言 (憲法調査会)
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○木村仁君 私も先ほど申し上げたような世代として新しい憲法をつくっていきたいという意欲を持っているわけでございまして、昭和三十年代の政府の憲法調査会において憲法が改正されなかったことはむしろ幸いであったと、そう思っております。私どもは、戦争を始めたことにも戦争に負けたことにも全く責任のない世代で、なおかつ、また、憲法が押しつけられたとか押しつけられたものでないとか、そういう議論にもほとんど関心がございません。私どもは今の憲法を五十年愛してまいりましたけれども、そろそろ改正の時期に来ている、そしてそれはやはりもうこの四、五年のうちに具体的にかからなければならないと考えているわけでございます。余り意見を言っちゃいけませんけれども。
そこで、憲法改正手続に関する問題について内田先生に御指導いただきたいと思いますが、憲法九十六条第一項は、憲法改正は両院の総議員の三分の二以上の賛成で国会が発議し、国民投票に対してその過半数の賛成で成立する、こういう大変厳しい改正の規定になっております。この問題はマッカーサー憲法草案の段階で大議論があったのだそうで、まず国会の三分の二以上による提案、四分の三以上の賛成による可決という手続も提示されていたそうでございますが、ケーディス氏はこれらに対して極めて強く反対して、これは論理的には後世の国民の自由意思を奪うことになる、また憲法を保護するためにこのような制限をつけるのはよくない、こういう議論をしたそうでございます。当時、GHQ内には、十年間は少なくとも日本に憲法改正はさせないという議論があったのだと聞いております。
実は、鳩山内閣は、この三分の二という関門を突破できないものですから、何とかして三分の二をとりたいということで小選挙区を発想したというのが当時の実情ではなかったかと思います。
私が注目したいのは、三分の二の条項と国民投票というのがセットになっているということ。私は、この国民投票というのは非常に重要なすばらしい制度であると思います。そして逆に、三分の二というのはちょっと規制が強過ぎるのではないか、こういうふうに思います。
確かに、ボンの基本法は三分の二です。それからアメリカも両院の三分の二で憲法改正ができます。その三分の二の関門をクリアして、ドイツでは戦後四十三回、アメリカでは建国後十七の重要な改正をしているわけでありますが、これはそもそも憲法は改正していいものだという国民的コンセンサスがある国では三分の二というのはいいと思うんですけれども、これから我々が議論していく際に三分の二というこの関門は、ぎりぎりの政治的対決を議論していくような問題については非常に私は民主主義としてはおかしい制度である、こういうふうに思います。
例えば、議員を追放するというようなときは三分の二、これは理解できます。しかし、本当にそういったぎりぎりの政治的な議論をするときに、現状を変えさせないという人の意見が現状を変えたいという人の意見の二倍の重みを持っているということは、日本の実情では非常に不合理ではないかという気がいたしております。
今、一票の重みということで訴訟まで起こっておりますけれども、こういう意味では一票の重みというのがこの国会の中で明らかに違っているというのはおかしいのではないか。だから、むしろ一対一で、二分の一で発想して、しかし国民の英知にかけるという意味で国民投票をするということをやるのがいいのじゃないか。
そういう意味で、私は少なくとも、これはもう冗談と思って聞いていただきたいんですけれども、第一次の改正はこの三分の二を二分の一に改め、そして国民の投票を守ると、こういうことではないかなという、イコールフッティングで議論をしたいなという気がいたしますが、内田先生、ちょっと余りにもひどい議論でございましょうか。