久保博司の発言 (地方行政・警察委員会)
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○参考人(久保博司君) ジャーナリストの久保と申します。
本日は、意見陳述の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
最近の警察の現状に関しての簡単な私の認識ですけれども、今まさにやっぱり日本の警察は危機に直面しているんだと思います。
一つは不祥事の問題がありますけれども、これは昔と今とそれほど深刻に悪化したわけではない。不祥事という点での危機ではなくて、むしろ、その不祥事が外部化することによって警察批判が高まり、そのことによって国民の信頼が大きく崩れていった。こういう信頼感がなくなってきているというところに今の日本警察の危機があるんじゃないかと考えております。
今回は、改正案についてだけ申し述べたいと思います。
まず、公安委員会について申し上げます。
最初に、私の基本的な考え方を申し上げますと、これまで再三批判されましたように、公安委員会というのは当初期待されていたように機能しているとは思いません。その理由は、さまざまな機会で指摘されましたように、人選の問題、それから事務局がない、その手足がないという問題、それから週わずか一回二時間の会合で一体何ができるかという問題があるわけでございます。しかし、ここでそういった問題を細々と取り上げて指摘するつもりはございません。
ただ、基本的な問題は、国家公安委員会では五名、それから警察本部では二名から三名というわずかな非常勤の委員が警察事務という膨大な活動を管理するという、この非現実性にあるわけでございます。とても使いこなせないような膨大な権限があるということは何の権限もないということに等しいのでありまして、一体公安委員会というのは何を期待されているのか、現在の制度ではそれが見えてこないのであります。
現在の制度と比べますならば、むしろ戦後間もなく、当時はまだ存在しておりました旧内務省が提案された方がむしろよいと思います。その構想は、公安委員会とは言わなくて当時の案では警察委員会と呼んでおりましたけれども、その任務は、警視総監や道府県知事、その当時は地方警察のトップは知事でございましたので、その諮問に答えるということ、それから会計監査、住民の監査要求の処理といったことが列挙されておりました。
このように公安委員会の役割が具体的に絞られていれば委員も動き方があるわけでございますけれども、抽象的に管理と言われても、どんなに立派な人々を委員に据えても何をやったらいいかわからない、そういう点で機能しなくなってきていると。その結果、公安委員会というのは単なる名誉職のような格好になってしまっているのではないかと私は考えております。
次に、公安委員会には手足となる事務局が存在しないということですが、これは現在の制度に基本的な矛盾があるからでございます。
まず、警察法第五条には国家公安委員会が警察庁を管理すると規定されているわけですが、十三条では国家公安委員会の庶務は警察庁が処理するとなっておりまして、そして第十五条には国家公安委員会に警察庁を置くとなっているわけでございます。
これを見ますと、国家公安委員会の事務局は警察庁でありまして、その警察庁を公安委員会が管理すると、そういう格好になっているわけです。ですから、管理するためには当然判断の基礎となるデータが必要なんですが、そのデータは管理する相手に依存している、そういう状態であるわけです。ちょうど、おまえを切るからその刀を貸してくれというようなもので、これでは本当に相手を管理するあるいは切るということはできないわけでございます。
こうした矛盾が起きるのは、公安委員会というのは果たして警察組織の内部にあるのか、それとも外部にあるのか、その辺が非常にあいまいだからでございます。
ですから、改革の方向としては二つ考えられます。
一つは、公安委員会を市民を代表しての監視機関と位置づけるということです。これは公安委員会の外部化ですね。この場合の委員会は、警察組織に対して市民の意向を反映させ、並行して警察活動が公正になされているかどうかというものを監視することが任務となりますので、その役割はおのずから制限されてきます。
もう一つは、公安委員会を名実ともに警察組織の上に君臨させるということです。例えばニューヨーク市警察の場合には、市長の下にコミッショナーがおりまして、そのコミッショナーの下に七人のコミッショナー代理がおります。その代理がそれぞれの警察活動の部門を担当して管理しているわけでございます。アメリカの大都市では大体こういう形の警察がふえていると言われております。
以上のような基本的な考え方から、政府案及び共産党案を検討してみたいと思います。
まず政府案ですが、公安委員会が監察に関して警察当局に指示を行い、その履行について点検する、こういうことは意義があると思われます。さらに、警察職員の違反行為に対する調査結果を警察の責任者から公安委員会に報告する、こういう点も一歩前進と受け取ることができると思います。これまでそういうことがなされなかったこと自体が不思議なくらいだと私は考えております。
しかしながら、最も重要なことは処分の権限を公安委員会に持たせることであります。昨年秋から問題になっておりますところの、不祥事を隠すために処分をしなかったとか、あるいは不当に甘い処分で済ませたとか、こういう問題があります。
不祥事を抑制するためには、不祥事を犯した者を適正に処分するということが最も重要でありまして、その決定権が警察内部にあればどうしても甘くなってしまう傾向があります。これは人情でありまして、そのこと自体を私は責めることはできません。むしろ、処分に当たっては感情に左右されないように決定権を外部に置くということが必要であります。調査そのものは内部で調査するとしても、決定するものは外部で決定するということであります。
次に、公安委員会が市民の苦情の窓口になるという問題ですけれども、そのこと自体は意味があると思います。ただ、しかしながら、市民の苦情の窓口というのは既にたくさんあるわけでございます。問題は、そうした苦情がどのように処理されているかということでございまして、その点、処理の結果を申し出者に知らせるということは評価できると思います。
このように、改革案の一つ一つは一歩前進なのでありますが、事務処理をすべて警察当局に依存して、かつ週一回の二時間の会合という活動パターンが変わらないとすれば、たとえ特定の委員を監察担当者にさせたとしても、どこまで所期の目的が達成できるのか、その実効性には疑問が残るわけでございます。
政府案に比べまして共産党案は、公安委員会の監察権をさらに強化している点では評価できます。しかしながら、独自の事務局を置くとなりますと、警察法第十三条などの関係からいいまして公安委員会は二重の事務局を持つことになることでございます。これは警察当局にとっては絶対に受け入れないであろう案であります。
ですから、共産党案の考え方をそのまま実現するには、公安委員会というのを明確に警察組織の外部機関として位置づけまして監視機関とすることであります。こうすれば、独自の事務局を持つことは当然でありますし、そして市民の声をより積極的に活動に取り入れるということも可能になるでしょうし、また委員会の審議内容を公表するということについても全く差し支えのないことであります。そのかわり、警察を管理するという漠然とした役割ではなくて具体的な任務に絞り込むということが必要であります。
次に、公安委員の人選に議会が深く関与するという点でありますけれども、これは基本的に私は賛成であります。
といいますのは、警察はどこに法的な責任を負うのか、今の状態では明確ではないわけであります。形式的には公安委員会に責任を負っておって、その公安委員会は市民の代表という格好になっておりますけれども、実際は周知のように公安委員会は機能しておりません。結局、現在の状態では警察組織はどこにも責任を負わない政治的無責任状態になっていると言うことができます。警察活動から政治を遠ざける余り、こうした無責任状態ができていると言って断言して構わないと思います。
今後の方向としましては、警察管理に対する政治の関与はより深く積極的になる必要があると思います。そうでなければ、国民の、国民のための、国民による警察という民主警察の実現は望めないわけでございます。もちろん、このためには警察組織を改革する必要がありまして、警察管理部門とそれから警察活動部門、この組織を明確に区分しまして、政治が関与できるのは警察活動の能率を維持するとかあるいは警察活動が市民の要求に沿っているかどうかといった警察管理に限るということでありまして、警察活動には及ばないということであります。法執行活動においては、警察官は法にのみ拘束されるという独立性はいかなる状態でもこれは守られなければなりません。
次に、政府案の警察署評議会についてであります。この構想については、警察現場の幹部の中にはかなり反発の声が強いようであります。
その理由は、評議会のメンバーが町の有力者から人選されると考えられているからでございます。有力者にとっては名誉職が一つふえたぐらいの感覚で、どこまで真剣に働いてくれるのかという心配があるからでございます。
もう一つの反発する理由は、既に住民の声を吸収するパイプはたくさんあるわけでございます。例えば防犯協会がありますし、交通安全協会があります。それからさらに、住民と密着したものとしては交番連絡協議会というものもあります。
私は、幾つかこれらを取材したことがありますけれども、警察署長が熱心なところではいい成果を上げておりまして、警察署と地域住民との関係はうまくいっているんです。ただ問題は、このように制度は整備されているんですけれども、余り活動していないということが現状であります。ですから、これは警察署長とか関係所属長の考え方で大きく違っているということであります。これは制度の問題ではなく運用の問題であります。
ただし、今構想されているところの警察署評議会には、保護司とか教師とか弁護士とか、そういう町の安全に関係する活動に従事するメンバーを想定しておられるようで、従来の組織とは性格が違っております。したがって、その特徴を生かすならば意味があると思われます。それは、さまざまな警察サービスのうちの優先順位をつけるということであります。
一連の不祥事件を契機にしまして、住民から警察に対する苦情や要求が急増しております。そのすべてに警察官が対応することは到底不可能であります。悪くすると、犯罪捜査とか防犯とか警察本来の活動が十分できなくなるおそれがあります。このため、市民の要求や必要なサービスのうち、どれを優先的に処理し、どれをほかの機関に回すか、あるいはどれをやらないか、そういう取捨選択する必要があるわけであります。その作業を全国ベースでやるのではなくて、警察署単位で行うということで警察署評議会を活用するということは考えられることであると思います。
続いて、政府案の国家公安委員会の事務の追加についてであります。
確かに、法案にありますように、航空機の乗っ取りや人質による強要で国家の安全が脅かされるような事案につきましては国が責任を持って対応する必要はあります。今後は、さらにほかの分野でも国の指揮が必要となるはずです。
例えば、外国犯罪組織が日本に入り込んで広域的な犯罪を犯しております。これが今の検挙率を大きく低下させている一つの大きな原因であります。こうした犯罪に対しまして、現在の警察本部体制では十分に対応できません。そうなりますと、こうした事案についても国家公安委員会の事務として追加することが必要になってくるわけでございます。
そして、このように追加に追加を重ねていきますとどうなるでしょうか。日本の警察は、警察庁を中心とする全国一本の警察になってしまいまして、自治体警察の要素は限りなく希薄になっていくということでございます。
こうした広域犯罪あるいは凶悪犯罪につきましては、警察本部とは別に国家規模の警察執行機関を創設しまして、その機関で対応すべきであります。そして、既存の警察本部の活動のうち、広域的な活動はその国家機関に移しまして、その一方で、警察本部はより住民に密着した警察サービスに力を入れるべきでございます。これは、日本警察を国家警察と自治体警察の二本立てにするということであります。
以上が私の警察法改正案に対する意見でございます。
ありがとうございました。