地方行政・警察委員会

2000-11-14 参議院 全96発言

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会議録情報#0
平成十二年十一月十四日(火曜日)
   午前九時三十分開会
    ─────────────
   委員の異動
 十一月九日
    辞任         補欠選任
     阿南 一成君     青木 幹雄君
 十一月十日
    辞任         補欠選任
     八田ひろ子君     市田 忠義君
 十一月十四日
    辞任         補欠選任
     市田 忠義君     畑野 君枝君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         朝日 俊弘君
    理 事
                木村  仁君
                北岡 秀二君
                浅尾慶一郎君
                簗瀬  進君
                富樫 練三君
    委 員
                岩城 光英君
                鎌田 要人君
                久世 公堯君
                関谷 勝嗣君
                谷川 秀善君
                山下 英利君
                菅川 健二君
                和田 洋子君
                大森 礼子君
                白浜 一良君
                畑野 君枝君
                照屋 寛徳君
                松岡滿壽男君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        入内島 修君
   参考人
       東京都立大学法
       学部教授     前田 雅英君
       上智大学法学部
       教授       小幡 純子君
       ジャーナリスト  久保 博司君
       日本国民救援会
       会長       山田善二郎君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○委員派遣承認要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○警察法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆
 議院送付)
○警察法の一部を改正する法律案(富樫練三君外
 二名発議)

    ─────────────
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朝日俊弘#1
○委員長(朝日俊弘君) ただいまから地方行政・警察委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る九日、阿南一成君が委員を辞任され、その補欠として青木幹雄君が選任されました。
 また、去る十日、八田ひろ子さんが委員を辞任され、その補欠として市田忠義君が選任されました。
 また、本日、市田忠義君が委員を辞任され、その補欠として畑野君枝さんが選任されました。
    ─────────────
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朝日俊弘#2
○委員長(朝日俊弘君) 委員派遣承認要求に関する件についてお諮りいたします。
 警察法の一部を改正する法律案(閣法第四号)及び警察法の一部を改正する法律案(参第一三号)の両案につき、神奈川県において意見を聴取するため、来る十一月二十一日に委員派遣を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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朝日俊弘#3
○委員長(朝日俊弘君) 御異議ないと認めます。
 つきましては、派遣委員等の決定は、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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朝日俊弘#4
○委員長(朝日俊弘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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朝日俊弘#5
○委員長(朝日俊弘君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 警察法の一部を改正する法律案(閣法第四号)及び警察法の一部を改正する法律案(参第一三号)の審査のため、本日の委員会に東京都立大学法学部教授前田雅英君、上智大学法学部教授小幡純子さん、ジャーナリスト久保博司君及び日本国民救援会会長山田善二郎君、以上四名を参考人として出席を求め、その意見を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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朝日俊弘#6
○委員長(朝日俊弘君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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朝日俊弘#7
○委員長(朝日俊弘君) 警察法の一部を改正する法律案(閣法第四号)及び警察法の一部を改正する法律案(参第一三号)の両案を一括して議題とし、参考人から御意見を聴取いたします。
 参考人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。
 皆様から忌憚のない御意見を承り、両案の審査に反映させてまいりたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず参考人の皆様方からそれぞれ十五分程度ずつ御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人の皆様の御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、最初に前田参考人からお願いいたします。前田参考人。
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前田雅英#8
○参考人(前田雅英君) それでは、座って失礼させていただきます。
 このような席で発言の機会を与えていただきまして、本当にありがとうございます。先生方に厚く御礼を申し上げたいと思います。
 私が、行政法の先生、警察法の第一人者がいらっしゃるのにわざわざ学者として発言をさせていただく理由というのは、一つはやはり刑事法、警察の中でも非常に重要な意味を持っている刑事警察とか、刑事の問題の中での警察の位置づけ、それと警察法の関係という視点で若干のことが申し上げられるからであると考えております。
 刑事司法の中で警察を考えたときに、警察に対する信頼というものが失われれば国家の根幹である刑事司法というのが動かなくなる。その意味で、一連の不祥事を反省して、それを回復して、それから今後繰り返さない手だてをつくるために厳しい法改正をしていく。その意味で、各党からお示しいただいた案というのは基本的には合理的な方向性を持ったものであって、まさにその方向で審議を進めていただきたいと考えております。
 ただ、もちろん微妙な差異があるわけで、その差異を判別するときの一つの指針として刑事法の側から見た視点も加えていただきたいということで御意見を申し上げたいと思います。
 微妙な政策選択といいますか、公安委員会の機能を強化していくというときに、どういう機能の強化の仕方が合理性があるかということにかかってくると思いますけれども、そのときの視点として特に私が強調しておきたいというか申し上げたいのは、今の問題解決で、国民に対しての信頼回復ということにのみその視点を奪われるのではなくて、警察法改正という非常に大きな事業ですから、二十一世紀の特に前半でしょうが、警察行政がどうあるべきかという大きな視座を持って臨んでいただきたいということです。
 私は、明らかに二十一世紀の日本の警察像というのは変わらざるを得ないと考えています。特に刑事の側から見ると、非常に大きな転機に来ている。戦後の学問の世界で扱ってきた従来の警察、特に、刑事の感覚から持ってきた警察像では対応できない状況に至ってきている。
 ポイントは二点あります。
 第一点は、現在の治安状況の悪化傾向の開始です。治安状況が非常に危機的な状況に変わろうとしています。これに対応する視点抜きの改革案というのは、私は非常に危険だと思います。それから第二点は、社会の変化、とりわけ社会、家庭の脆弱化からくる警察行政の需要の増加、積極的な関与、この要請が強まっている、そういう中での警察法改正だという視点を入れていただきたいということでございます。
 特に、まず第一点、私の専門の観点から申し上げますと犯罪状況が大きく転換したということで、僣越ですがお手元に資料を配らせていただきました。参考資料、図が六枚ございます。
 図の一は、これは凶悪犯の認知件数、もう先生方に申し上げるまでもないと思いますが、認知件数のうちの凶悪犯の変化なんですけれども、平成に入って明らかにトレンドが変わったということですね。この変化は、犯罪者の一番確定したものである有罪人員の変化もこれとほとんど同じです。それから、刑務所収容人員の変化もこれと同じです。戦後の日本は犯罪が減り続けてきた社会、それが終わったということです。増加の傾向に変わってくる、変わってきた。三、四年前までは、ひょっとして増加がとまったというかまた下がるんじゃないかぐらいの感じだったんですが、このグラフを見ていただければおわかりのとおり明らかにトレンドが変わった。
 実は、この傾向は刑法犯全体から見ますと三十年前から始まっていました。それが図の二の図。図の二に示しましたように、刑法犯の犯罪率は七五年、八〇年にかけてですが、そこが底で、それ以降増加傾向にあったわけですね。
 このような状況の中でなぜ今まで気がつかれなかったというか危機意識を持たれなかったかといえば、軽微な、窃盗とかオートバイ盗、自転車盗なんかは大したことない、より重大な犯罪がふえなければということでたかをくくってきた面があるんですが、凶悪犯等、窃盗を中心とした、このグラフはどうしても窃盗が表に出るわけですが、一般の犯罪の中間の粗暴犯なんかの変化はその中間でやっぱり増加に転じています。明らかに犯罪状況の流れが変わってしまった。
 さらに、警察という観点から見て致命的な変化は図の三なんです。これは九〇年ごろからがくんと検挙率が落ちたことを示しています。ただ、これは半端な落ち方ではありません。六割という検挙率というのは世界に冠たる数値、治安のいい国日本を象徴する数値でした。犯罪が減り続け、検挙率が高いから日本の治安はよかったんです。しかし、六割が今、ことしの上期では二五%です。これは、治安が悪いとか検挙率が低いといったヨーロッパ以下です。アメリカ並みです。アメリカ並みというのはあれですが、客観的な事実としては間違いではありませんが、言い方がちょっとよろしくないと思いますが、このような状況になってきた。
 これはいろいろな理由が考えられると思いますが、基本的には上の犯罪の増加に対して警察の増員が間に合わなかったということなんだと思うんです。
 これまで私もいろんなものを書いてきましたけれども、ある時期までは精神主義で頑張ってきたんだけれども六十年の初めに一定の警察の政策転換を行った。要するに、合理的な人員配分を考えて、重大な事件に対してエネルギーをかけるべきであって、軽微な事件は手を抜いていいというとちょっと言葉がよくないんですが、政策変換を行った結果、今度は重大な事件の検挙率も落ちてしまった。それは政策のミスだと初め考えたのが、そうじゃないんですね、やっぱり。もともと適正規模の人員がいないから、無理してゴムを引っ張っていたのがゴムが切れたらこうなったということだと思いますね。
 単純に事件数と各国の警察官の数の比較だけでは説明できないので、捜査のやり方とか手間のかかり方とかいろいろありますけれども、間違いなく警察が足りない。それに対して犯罪はふえ続けている。この状況をどうしていくかということだと思います。
 そこそこの線で犯罪が抑えられればよくて、警察官の増員というのは少ない方がいいという議論もあり得ないことはないと思いますが、最近アメリカで話題になったニューヨークの治安がよくなったという話、これはもうどこからでも出てくる、客観的なデータもそうですし、観光に行った人の実感でもそうですが。そのときに、有名な窓ガラスの理論もありますけれども、要するに犯罪をきちっと抑え込んで、そのときに警察を増員して、そして明るいニューヨークをつくった。それはコストをかけても、それだけプラスといいますか必要なお金なんだと思うんです。
 私は、やはり二十一世紀の警察を考える上では、そういう対応の仕方をしていかないとまずいということなんだと思います。特に、日本の警察の場合というか、これは警察だけの問題ではないんですが、刑事司法の場合に何に失敗があったか、これはもう間違いなく少年です。
 二ページ目の図の四。これは警察と同じような変化が検察にもあって、起訴率が同じ時期にすとんと落ちるんですね。これはやっぱり意図的に軽微な事件を落としたんです。つまり、交通事犯の一部のものを起訴するのをやめたんです。横に変わっていないのは一般事件なんですが、交通事件はすとんと落ちたんですね。これによって検察の仕事はある部分楽になったんですが、やはりそのしわ寄せは国民に対して来ているんですね、交通事犯の処理の仕方なんかには。
 その起訴率の話はちょっと飛ばして、次の図の五を見ていただきたいんですが、このグラフは、三角形のものをつなぎ合わせたものが一般に公にされている少年犯罪の変化なんですが、私は、このグラフは公表されていて、少年犯罪はそんなに最近ふえていないよという言い方はどうもおかしいと思っていたんです。考えてみればおわかりのとおり、図の二で見ますように犯罪はふえ続けているんですね。ふえ続けていて、その半分は必ず少年なんですよ。なのに少年犯罪が減っているというのはどういうわけですか。
 ここで考えればすぐわかるんですが、成人の犯罪と少年犯罪というのは捕まえてみて初めてわかる。つまり、検挙数が減れば少年犯罪は減るんですが、実は起こっているんですよ。起こっているけれども、図の三にありますように物すごい勢いで検挙率が落ちてしまったから少年犯罪が減ったように見えただけなんです。
 ですから、今までどおり六〇%の検挙率が維持されたらどうなるかというのをグラフにしたのが図の五の太い線なんです。これを見ておわかりのとおり、少年犯罪というのはある意味でふえ続けたんです。犯罪数の半分でありながら、それに対してつぎ込まれている警察もそうですし、いろんなものの資源の投下量というのは少ない。これは完全に気がついてきていますから、少年法改正も一つのきっかけですが、少年警察にしろふえていかなきゃいけない、仕事量をふやさなきゃいけない、これは私は必然なんだと思うんですね。
 こういう状況の中で、さらにもう一つ、先ほど申し上げた国民のニーズという意味で、警察に何が求められていくかということですけれども、最近のストーカー立法、それから今後行われる家庭内暴力、夫婦間暴力、それから児童虐待、これはもう法律できていますけれども、そういう流れの中で警察イメージが変わってくる。
 従来の、これは荒っぽい言い方といいますか形式的な言い方ですけれども、国家権力の手先である警察というのは極力国民生活からなるべく謙抑的で離れているべきだ、民事不介入と言ってもいいんですけれども、そういう議論はもう成り立たない。
 まさに最近の警察批判というのは、国民への介入をシュリンクする警察に問題があるんだ、これが警察批判の一つの中心になっている。それはある意味では当たっているんだと思うんですね。それは、地方のコミュニティーの崩壊とか家庭の変化の中で、警察の役割の増加というのはある意味で必然だったんだと思います。今後もそれが減少していくことはあり得ない。そのカーブがどうなるかは別として、警察の役割は増加していくと思います。
 しかし、片一方で財政の健全化、国全体から見ますと、それも警察に及んでくる。ただただ人をふやせばいいといったって、大変だといったって、そう簡単には人員増は望めない。こういう中で、限られた資源をより有効に使わなければいけない、むだをなくしつつ効果を上げていかなければならない。そのために一番重要なのは、現実に機能するリアリティーのあるシステムをつくっていかなきゃいけないということだと思います。
 その中で、今後変わっていかなきゃいけない警察像というのは、監視の対象とそれから監視者というかたい関係で警察の管理監督というのを考えていくのじゃなくて、しなやかな監視組織、そして情報公開との組み合わせというのが現時点で私は要請されていくし、それが必要な知恵なんだと思います。
 いかにいろいろなことを考えても、単純に監視する監視されるという形だけのかたい、十九世紀型のといいますか、発想でいけば、私は機能はうまくいかない。監視を厳しくしさえすればシステムが健全に動くというような発想というのは、私は問題があるんだと思いますね。
 基本は、やっぱり警察の不祥事のかなりの部分は、いろんな調書の偽造事件なんかにも出ていますけれども、仕事量が多過ぎて、それをごまかすためにインチキをする。
 人をおとしめるとか、最近南アフリカで警察官の不祥事として、一部の警察官が犬に人をかませる局面が映っています。ああいう不祥事が起こったら、それはもう根本的にたたき直さなきゃいけない。しかし、日本の不祥事、いろんな問題ありますけれども、一番重大なポイントは、さっきの検挙率の低下とかいろいろな問題なんかをあわせて考えますと、先ほど申し上げた、しなやかに監視しながら、よりよく国民にとってメリットのある働きをしてもらう警察をどうつくり上げていくか。それをつくらなければ二十一世紀前半の日本というのは非常にピンチになる、この犯罪の増加状況を見ますと、ということを一番申し上げたいんです。
 衆議院ですか、地行で呼ばれた参考人の方がごく最近論文を書かれて、警察は組織的に腐敗しているから二十六万人全員をやめさせてもらわなければどうしようもないという論文をついこの間発表されました。私はそう思えないんです。世界の国で日本並みの警察を持っている国がどれだけあるんですか。日本の警察、検察、非常にレベルが高いと私は思っています。全部取りかえろという議論、これは信じられません。いかに今あるものをよりよくしていくか、そのための先生方の御議論だと思うんですね。
 その中で、どこの部分をどう変えていくのがいいかということで、与えられた時間が限られてきていますし、行政法の専門家もいらっしゃいますのでそちらにお譲りする部分が多いんですが、私は、しなやかな合理的な監視というときに、現在ある公安委員会の制度がそのままうまくいっているとは思いません。ただ、それをいかにうまく動かしていくかが、さっき言った合理性のある日本的なやり方といいますか、知恵なんだと思うんですね。
 まず、警察に関して完全な外部監査というのは、私はこれは非常に危険だと思います。
 情報を引き出していくにも、外から見て情報をたたいて搾り出すというのはこれはよくないし、例えば余り学者らしくない比喩で恐縮ですが、中にある情報を、塩を引き出すのに、かずのこの塩を抜くのに真水に漬けたって、全く関係ない水に漬けたって塩は出てこないんですよ。ある程度、こういう組織の場合には情報を知っていなきゃいけないし、ただ完全に塩の濃度が同じで、警察そのものが調べるだけではやっぱり外に塩は出てこないんですよね。そのバランスをどうとるかという意味で、今回提案されている公安委員会の機能を強化する、個別具体的監察それから監察調査官の充実というのは非常に私は展望のある具体的な提案だと思います。それから、文書による苦情申し出制度も合理性があると思います。
 ただ、公安委員会の組織をどうつくっていくか、これはちょっと考えますと、警察外に完全に外部に独立したものにするのは合理性があるように見えるんですが、これもさっきの外部監査に近いような問題を一つ含んでいます。全く外の人間が入ってきて警察の情報を見てそれをチェックする。
 私、大学にいて、この間、経営者が都ですので都から外部監査が入りました。外部監査は、大学みたいなところはそれはある意味で合理性があると思いますが、ただそれを見ていましても、外の会計の人が大学を見てこんなことしかわからないのか、専門家の大学関係者が見に来たらば全然違う視点だろうなと思いました。
 ですから、外部監査とは違って、公安委員会の中を充実させてその中の委員だけを外部の人にということなんですが、全く警察とつながりのない人間がきちっとした補佐ができるかというと、私は、これは断言はできませんが、合理性は少ないのではないかという感じがします。
 それと、先ほど申し上げた……
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朝日俊弘#9
○委員長(朝日俊弘君) 先生、そろそろおまとめください。
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前田雅英#10
○参考人(前田雅英君) では、もう一言にします。
 コストのことですね。限られた資源をどう有効にしていくか。各県に全く別個に独立の事務局を外部の人間でつくっていくということは非常に大変なことだと思います。それは、私はむだが多いと思います。
 時間を超過して申しわけございません。発言を以上で終わらせていただきたいと思います。
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朝日俊弘#11
○委員長(朝日俊弘君) どうもありがとうございました。
 次に、小幡参考人からお願いいたします。小幡参考人。
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小幡純子#12
○参考人(小幡純子君) 上智大学の小幡でございます。
 本日、警察法の一部を改正する法律案について意見を申し述べる機会を与えられ、大変光栄に存じております。
 私の専門は行政法という法律の一分野でございます。行政法というのはさまざまな行政機関の作用及び組織に関する法律というのを対象としておりますが、警察法並びに警察に関する法というのも行政法各論の一つとして位置づけられております。数ある行政機関の中でも警察という一種独特の機関を対象としているのがこの警察法でございます。
 一種独特と申しましたが、警察というのは私たち国民にとって最も身近な存在でございまして、街角で道順を聞くところから始まって、国民の生命、身体を守るための直接的権力手段を持っているという意味では最も頼りがいのある存在とも言えましょうが、逆にその権力が適切に発動されないとたちどころに国民の信頼を失うという側面を持ってございます。したがって、警察は常に国民にとって信頼できる存在であることが強く要請されると思われます。
 今般の法律改正案のきっかけがさまざまな警察の不祥事であったことは大変残念なことでございますが、だからこそ法律を時宜を得て適切に改正することによって、国民の警察に対する信頼を取り戻す必要性というのは極めて高いのではないかと思われます。
 さて、今回の法律改正案の検討に入ってまいりたいと思います。
 実は、警察法というのは従前のものから既に国民の信頼保護のための特徴ある法制度を内包しておりました。それが公安委員会制度でございます。
 公安委員会というのは、戦後直ちに制定されました旧警察法におきまして、警察の民主的管理と政治的中立性の確保を図るために特に設けられた制度でございます。昭和二十九年の現行警察法制定によって今の公安委員会制度となっております。警察というのは強力な執行権力を持つ専門家集団ですから、そこでの運営が独善的なものにならないように、つまり国民から離れてしまうことのないように、民衆の代表である公安委員会が警察組織を管理するというシステムが特に必要と考えられたわけでございます。警察という非常に堅固な官僚組織の上に、警察の専門家でないいわば素人の良識人から成る公安委員会という合議体を置いて、それによって国民のための警察を担保していこうという特徴ある制度がつくられたものと理解してよろしいかと存じます。
 私は、今回の一連の不祥事をきっかけとしてではございますが、国民が警察との関係での公安委員会というものの存在を明確に認識されまして、その委員にどういう人がなっているのかとか、どういう仕事をしているのかということを興味を持って知るようになるとすれば、それはそれでプラスの面として今後につなげていくべきではないかと思っております。
 今回の法改正のメーンのねらいは、結局のところ、警察行政の不正を十分にチェックするシステムというのをいかに構築するかということに尽きるのではないかと存じますが、このような共通の認識のもとで各党が提案なさった法案の中でさまざまな手段が示されております。
 政府案は、公安委員会の管理機能を充実するため、公安委員会が監察についての具体的、個別的な指示を警察に対して行うことができるということを明確にしまして、さらに、その指示が履行されているかどうかを点検するシステムというものまで設けようとするものでございます。また、公安委員会に対して、国民が警察の職務執行についていろいろ苦情を持っております場合に、その苦情を申し出ることができるということとしまして、公安委員会はこれを誠実に処理する義務を負うばかりではなくて、処理結果を回答する義務というのを課すというものでございます。
 さらに、警察署協議会の設置も提案されております。地域ごとの住民の声を警察署に反映させようとするシステムでございまして、国民、住民のための警察というのを身近なところから実現するための施策として非常に、十分評価できるものと言ってよかろうかと存じます。
 この警察署協議会については特段異論もないところではないかと思いますので、最も大きな論点となっております公安委員会の活性化策あるいは別組織による監察組織の導入が妥当かどうかという問題について、以下、私の考えを申し述べさせていただきたいと思います。
 まず、従来の公安委員会とは別に、警察監察委員あるいは警察監視委員会のような別の監察組織を設けるべきかどうかという論点、いわゆる外部監察の必要性という論点についてでございます。
 確かに、今ある組織が十分働いていないならば、直ちに別の組織を設けようという方法も一つの選択肢ではあると思いますが、私は、まずは今ある公安委員会という組織、制度を何らかの方法で活性化するというのが一番にとるべき手段ではないかと思っております。
 と申しますのは、通常言われます内部監査、外部監査、あるいはここでは内部監察、外部監察というふうに申し上げた方がよろしいかと思いますが、それぞれ一長一短ございまして、組織とか業務をよく知る者の方が内部に効果的なメスを入れることができるという内部監察のよい面というのも否定できないわけです。警察刷新会議の提言でも、警察の組織や業務に精通している者が当たらなければ結局は実効性のある監察となり得ないのではないかという指摘がなされております。
 さらに、そもそも警察及び公安委員会という制度は、通常言われる内部監察の欠点を補い得る仕組みを持っております。
 内部監察というのは組織内部に独立的な機関を設けて監察させるわけですが、その機関は、自分では人事等の強力な管理権限は有していないのが通常でございます。それに対して公安委員会の場合には、警察という官僚組織の上に第三者機関として置かれておりまして、その第三者機関が警察という官僚組織に対して人事上の権限も含めて非常に強力な管理権限を持つというそもそもの仕組みを持ってございますので、通常言われている内部監察の欠点と言われているものはそのままの形では妥当しないのではないかと思われます。
 したがいまして、このような特徴ある既存の仕組みの中で公安委員会の民主的監督を十二分に生かしていくという方向が、結局のところ、警察組織としての自浄能力を高めることにつながるのではないかと考えております。
 続きまして、公安委員会自身の活性化の方法といたしまして、公安委員会独自の事務局を設けるべきではないかという議論もあろうかと存じます。
 実は、この問題はなかなか難しいところでございまして、私自身も自前の事務局があった方がよいのではないかと思ったこともございました。ただ、よくよくいろいろな面を考えますと、公安委員会が本来持っている性格及びその警察に対する地位というものを考慮いたしまして、必ずしも自前の事務局を持つことが本当の活性化につながるとは断じがたいところもあるのではないかと現在は思っております。
 以下、その理由を述べたいと思います。
 まず、公安委員会自身が警察の専門家ではない素人集団でございますが、そこにまた素人の事務局を設けるということになります。したがって、警察に対する切り込みが単に迂遠なものになるだけではないかという、そういう状況が生ずるという懸念がございます。そもそも警察行政に素人である事務局が公安委員会を十分に補佐できるかということは疑問の点もございますし、逆に、警察と公安委員会との間の距離が離れ過ぎて適切な管理というのができなくなるのではないかという懸念、あるいは警察と公安委員会との間にもう一つ組織が入ることになりますので、公安委員会が直接警察から報告を受け、直接迅速な対応をとるということもやりにくくなるなど、非効率という問題も生ずる可能性がございます。
 先ほどの前田教授の御意見にもございましたが、昨今の行政改革の中でも警察官の増員は必要なのではないかということではないかと存じますが、さらにこのような事務局に属する人員を新たに増員するということになってしまうという、その点の問題点もあるかと存じます。
 なお、重要な点といたしまして、公安委員会というのはもともと警察に対して人事コントロールを及ぼす権限、すなわち警察本部長等地方警察官の懲戒、罷免の勧告権という人事上の権限を持っております。したがって、このような人事上の権限、担保手段がございますので、公安委員会としては、自前の事務局を持たなくても公安委員会を補佐する警察のスタッフを自分の意のままに機能させるということが本来できるはずでございます。このような観点からは、今後は、公安委員会を補佐するという警察のスタッフの体制をさらに充実したものにするということはぜひとも必要であろうと考えられます。
 さらに、今回の改正案で制度化することとされております苦情処理システムというのは、実はこの点に関しても非常に大きな役割を果たすのではないかと思っております。私は、以前から国民が公安委員会に苦情を申し出るという明確なシステムが必要ではないかと考えておりました。警察に不満があるのであれば、それのお目付役である第三者機関である公安委員会に苦情を訴えればよいのであって、それこそが民衆の代表、民主的監督機関としての公安委員会が受けとめるべき最も重要な機能ではないかと思われます。
 ところで、その国民からの苦情申し出が公安委員会に対してなされるとすれば、公安委員会としては当然何らかの回答をしなければならない。今度の改正案によれば、回答義務が必要とされます。そうしますと、自前の事務局がたとえないとしても、警察に取り込まれてしまうのではないかという疑念は非常に生じにくい状態、つまり、みずからに対する苦情申し出に対してみずから何らかの処理をしなければいけないことになりますので、その限りでは自前の事務局が必ずしも必要という懸念もなくなるのではないか。苦情に応じてしかるべき監察を警察に具体的、個別的に指示するという迅速な処理がむしろ必要で、それが可能になってくるのではないかと考えられるところでございます。
 なお、今回の政府案において、公安委員会の監察に関する具体的、個別的指示を明示するということが、もともとの規定にも公安委員会の「管理」という言葉がございましたので、それとどういう関係にあるかという点についても若干触れておきたいと存じます。
 公安委員会の行う管理というのはもともと、警察行政の大綱方針を定めまして、これによって事前事後の監督を行うということを意味しております。公安委員会というものの性格上は、捜査活動や警備実施自体などの個別の事務執行を直接自分が行うということはそもそも不適当と考えられておりました。したがって、監察に関しても、そのような個別事務の監察について具体的な指示を行い得るかどうかというのは疑義がございまして、その結果、警察の監察が不十分であることについて公安委員会が十分な監督の役割を果たすことができなかったのではないかという、そういう問題が生じてまいりました。
 そこで今回、監察について、公安委員会が具体的、個別的指示ができるということが新たに明文化されるということがやはり必要という状況になったのではないかと思われます。
 従来の「管理」でも読めるはずであるから法改正の必要がないのではないかという議論もあるかもしれませんが、あえて明文化することによりまして従来の運用をただすとともに、公安委員会の監督機能の中でも特に監察に関する指示というものを取り出して具体的指示権を認めるということは、公安委員会が今後より積極的に監察についてしっかり監督するようにということを促す、そして結果的に公安委員会の民主的監督機能を強化することにつながる重要な意味を持つものではないかと思われます。
 以上のように、私は、公安委員会の本来の民主的監督機能を十分発揮させるために必要となる法改正を行うべきと考えますので、基本的には公安委員会の監察の指示権を強化し、苦情処理システムを設けるという政府案でよろしいのではないかと思っております。
 なお、ただこの問題は、最終的には政策論レベルの問題もございまして、必ずしも法律論で勝負がつくというものではございません。ですから、例えばもっと組織自体を増強したり別の組織をつくったりという政策もとり得ないものではございませんが、ただ、公安委員会というものの本来の趣旨に立ち返って、より実働的な働きを今後期待していくという方向で必要不可欠な改正でよいのではないかという趣旨でございます。
 むしろ、この機会に、国民の方々に公安委員会の働きを十分知っていただくよう広報活動を行いまして、国民ともども、民衆の代表である公安委員会の活性化に向かっていくというのが望ましい姿かと存じます。
 いずれにしましても、警察の信頼回復のための法改正の必要性というのは疑いのないところでございますので、本委員会で十分審議が行われ、国民のための警察というものの実現に向けて適切な改革がなされますことを願いまして、私の本日の意見陳述を終わらせていただきます。
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朝日俊弘#13
○委員長(朝日俊弘君) どうもありがとうございました。
 次に、久保参考人からお願いいたします。久保参考人。
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久保博司#14
○参考人(久保博司君) ジャーナリストの久保と申します。
 本日は、意見陳述の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
 最近の警察の現状に関しての簡単な私の認識ですけれども、今まさにやっぱり日本の警察は危機に直面しているんだと思います。
 一つは不祥事の問題がありますけれども、これは昔と今とそれほど深刻に悪化したわけではない。不祥事という点での危機ではなくて、むしろ、その不祥事が外部化することによって警察批判が高まり、そのことによって国民の信頼が大きく崩れていった。こういう信頼感がなくなってきているというところに今の日本警察の危機があるんじゃないかと考えております。
 今回は、改正案についてだけ申し述べたいと思います。
 まず、公安委員会について申し上げます。
 最初に、私の基本的な考え方を申し上げますと、これまで再三批判されましたように、公安委員会というのは当初期待されていたように機能しているとは思いません。その理由は、さまざまな機会で指摘されましたように、人選の問題、それから事務局がない、その手足がないという問題、それから週わずか一回二時間の会合で一体何ができるかという問題があるわけでございます。しかし、ここでそういった問題を細々と取り上げて指摘するつもりはございません。
 ただ、基本的な問題は、国家公安委員会では五名、それから警察本部では二名から三名というわずかな非常勤の委員が警察事務という膨大な活動を管理するという、この非現実性にあるわけでございます。とても使いこなせないような膨大な権限があるということは何の権限もないということに等しいのでありまして、一体公安委員会というのは何を期待されているのか、現在の制度ではそれが見えてこないのであります。
 現在の制度と比べますならば、むしろ戦後間もなく、当時はまだ存在しておりました旧内務省が提案された方がむしろよいと思います。その構想は、公安委員会とは言わなくて当時の案では警察委員会と呼んでおりましたけれども、その任務は、警視総監や道府県知事、その当時は地方警察のトップは知事でございましたので、その諮問に答えるということ、それから会計監査、住民の監査要求の処理といったことが列挙されておりました。
 このように公安委員会の役割が具体的に絞られていれば委員も動き方があるわけでございますけれども、抽象的に管理と言われても、どんなに立派な人々を委員に据えても何をやったらいいかわからない、そういう点で機能しなくなってきていると。その結果、公安委員会というのは単なる名誉職のような格好になってしまっているのではないかと私は考えております。
 次に、公安委員会には手足となる事務局が存在しないということですが、これは現在の制度に基本的な矛盾があるからでございます。
 まず、警察法第五条には国家公安委員会が警察庁を管理すると規定されているわけですが、十三条では国家公安委員会の庶務は警察庁が処理するとなっておりまして、そして第十五条には国家公安委員会に警察庁を置くとなっているわけでございます。
 これを見ますと、国家公安委員会の事務局は警察庁でありまして、その警察庁を公安委員会が管理すると、そういう格好になっているわけです。ですから、管理するためには当然判断の基礎となるデータが必要なんですが、そのデータは管理する相手に依存している、そういう状態であるわけです。ちょうど、おまえを切るからその刀を貸してくれというようなもので、これでは本当に相手を管理するあるいは切るということはできないわけでございます。
 こうした矛盾が起きるのは、公安委員会というのは果たして警察組織の内部にあるのか、それとも外部にあるのか、その辺が非常にあいまいだからでございます。
 ですから、改革の方向としては二つ考えられます。
 一つは、公安委員会を市民を代表しての監視機関と位置づけるということです。これは公安委員会の外部化ですね。この場合の委員会は、警察組織に対して市民の意向を反映させ、並行して警察活動が公正になされているかどうかというものを監視することが任務となりますので、その役割はおのずから制限されてきます。
 もう一つは、公安委員会を名実ともに警察組織の上に君臨させるということです。例えばニューヨーク市警察の場合には、市長の下にコミッショナーがおりまして、そのコミッショナーの下に七人のコミッショナー代理がおります。その代理がそれぞれの警察活動の部門を担当して管理しているわけでございます。アメリカの大都市では大体こういう形の警察がふえていると言われております。
 以上のような基本的な考え方から、政府案及び共産党案を検討してみたいと思います。
 まず政府案ですが、公安委員会が監察に関して警察当局に指示を行い、その履行について点検する、こういうことは意義があると思われます。さらに、警察職員の違反行為に対する調査結果を警察の責任者から公安委員会に報告する、こういう点も一歩前進と受け取ることができると思います。これまでそういうことがなされなかったこと自体が不思議なくらいだと私は考えております。
 しかしながら、最も重要なことは処分の権限を公安委員会に持たせることであります。昨年秋から問題になっておりますところの、不祥事を隠すために処分をしなかったとか、あるいは不当に甘い処分で済ませたとか、こういう問題があります。
 不祥事を抑制するためには、不祥事を犯した者を適正に処分するということが最も重要でありまして、その決定権が警察内部にあればどうしても甘くなってしまう傾向があります。これは人情でありまして、そのこと自体を私は責めることはできません。むしろ、処分に当たっては感情に左右されないように決定権を外部に置くということが必要であります。調査そのものは内部で調査するとしても、決定するものは外部で決定するということであります。
 次に、公安委員会が市民の苦情の窓口になるという問題ですけれども、そのこと自体は意味があると思います。ただ、しかしながら、市民の苦情の窓口というのは既にたくさんあるわけでございます。問題は、そうした苦情がどのように処理されているかということでございまして、その点、処理の結果を申し出者に知らせるということは評価できると思います。
 このように、改革案の一つ一つは一歩前進なのでありますが、事務処理をすべて警察当局に依存して、かつ週一回の二時間の会合という活動パターンが変わらないとすれば、たとえ特定の委員を監察担当者にさせたとしても、どこまで所期の目的が達成できるのか、その実効性には疑問が残るわけでございます。
 政府案に比べまして共産党案は、公安委員会の監察権をさらに強化している点では評価できます。しかしながら、独自の事務局を置くとなりますと、警察法第十三条などの関係からいいまして公安委員会は二重の事務局を持つことになることでございます。これは警察当局にとっては絶対に受け入れないであろう案であります。
 ですから、共産党案の考え方をそのまま実現するには、公安委員会というのを明確に警察組織の外部機関として位置づけまして監視機関とすることであります。こうすれば、独自の事務局を持つことは当然でありますし、そして市民の声をより積極的に活動に取り入れるということも可能になるでしょうし、また委員会の審議内容を公表するということについても全く差し支えのないことであります。そのかわり、警察を管理するという漠然とした役割ではなくて具体的な任務に絞り込むということが必要であります。
 次に、公安委員の人選に議会が深く関与するという点でありますけれども、これは基本的に私は賛成であります。
 といいますのは、警察はどこに法的な責任を負うのか、今の状態では明確ではないわけであります。形式的には公安委員会に責任を負っておって、その公安委員会は市民の代表という格好になっておりますけれども、実際は周知のように公安委員会は機能しておりません。結局、現在の状態では警察組織はどこにも責任を負わない政治的無責任状態になっていると言うことができます。警察活動から政治を遠ざける余り、こうした無責任状態ができていると言って断言して構わないと思います。
 今後の方向としましては、警察管理に対する政治の関与はより深く積極的になる必要があると思います。そうでなければ、国民の、国民のための、国民による警察という民主警察の実現は望めないわけでございます。もちろん、このためには警察組織を改革する必要がありまして、警察管理部門とそれから警察活動部門、この組織を明確に区分しまして、政治が関与できるのは警察活動の能率を維持するとかあるいは警察活動が市民の要求に沿っているかどうかといった警察管理に限るということでありまして、警察活動には及ばないということであります。法執行活動においては、警察官は法にのみ拘束されるという独立性はいかなる状態でもこれは守られなければなりません。
 次に、政府案の警察署評議会についてであります。この構想については、警察現場の幹部の中にはかなり反発の声が強いようであります。
 その理由は、評議会のメンバーが町の有力者から人選されると考えられているからでございます。有力者にとっては名誉職が一つふえたぐらいの感覚で、どこまで真剣に働いてくれるのかという心配があるからでございます。
 もう一つの反発する理由は、既に住民の声を吸収するパイプはたくさんあるわけでございます。例えば防犯協会がありますし、交通安全協会があります。それからさらに、住民と密着したものとしては交番連絡協議会というものもあります。
 私は、幾つかこれらを取材したことがありますけれども、警察署長が熱心なところではいい成果を上げておりまして、警察署と地域住民との関係はうまくいっているんです。ただ問題は、このように制度は整備されているんですけれども、余り活動していないということが現状であります。ですから、これは警察署長とか関係所属長の考え方で大きく違っているということであります。これは制度の問題ではなく運用の問題であります。
 ただし、今構想されているところの警察署評議会には、保護司とか教師とか弁護士とか、そういう町の安全に関係する活動に従事するメンバーを想定しておられるようで、従来の組織とは性格が違っております。したがって、その特徴を生かすならば意味があると思われます。それは、さまざまな警察サービスのうちの優先順位をつけるということであります。
 一連の不祥事件を契機にしまして、住民から警察に対する苦情や要求が急増しております。そのすべてに警察官が対応することは到底不可能であります。悪くすると、犯罪捜査とか防犯とか警察本来の活動が十分できなくなるおそれがあります。このため、市民の要求や必要なサービスのうち、どれを優先的に処理し、どれをほかの機関に回すか、あるいはどれをやらないか、そういう取捨選択する必要があるわけであります。その作業を全国ベースでやるのではなくて、警察署単位で行うということで警察署評議会を活用するということは考えられることであると思います。
 続いて、政府案の国家公安委員会の事務の追加についてであります。
 確かに、法案にありますように、航空機の乗っ取りや人質による強要で国家の安全が脅かされるような事案につきましては国が責任を持って対応する必要はあります。今後は、さらにほかの分野でも国の指揮が必要となるはずです。
 例えば、外国犯罪組織が日本に入り込んで広域的な犯罪を犯しております。これが今の検挙率を大きく低下させている一つの大きな原因であります。こうした犯罪に対しまして、現在の警察本部体制では十分に対応できません。そうなりますと、こうした事案についても国家公安委員会の事務として追加することが必要になってくるわけでございます。
 そして、このように追加に追加を重ねていきますとどうなるでしょうか。日本の警察は、警察庁を中心とする全国一本の警察になってしまいまして、自治体警察の要素は限りなく希薄になっていくということでございます。
 こうした広域犯罪あるいは凶悪犯罪につきましては、警察本部とは別に国家規模の警察執行機関を創設しまして、その機関で対応すべきであります。そして、既存の警察本部の活動のうち、広域的な活動はその国家機関に移しまして、その一方で、警察本部はより住民に密着した警察サービスに力を入れるべきでございます。これは、日本警察を国家警察と自治体警察の二本立てにするということであります。
 以上が私の警察法改正案に対する意見でございます。
 ありがとうございました。
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朝日俊弘#15
○委員長(朝日俊弘君) どうもありがとうございました。
 それでは、最後に山田参考人からお願いいたします。山田参考人。
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山田善二郎#16
○参考人(山田善二郎君) 私ども日本国民救援会は、天皇制警察のもと、治安維持法その他国民の自由と人権を抑圧するさまざまな法規と特高警察によって加えられた弾圧犠牲者及びその家族を救援することを目的に結成され、今日まで七十二年の歴史を有しております。
 戦後は、アメリカ軍の占領下にあった時代に引き起こされた三鷹事件や松川事件また菅生事件その他多くの弾圧事件や、死刑判決が確定した後ようやく無罪となった免田、財田川、松山、島田その他多くの冤罪事件の犠牲者の救援運動を行っております。
 また、御存じの日本共産党、現在参議院議員をしております緒方靖夫氏宅の警察による電話盗聴を初め、警察の不法、犯罪的行為により被害を受けた方々が責任追及と被害の救済を求めて提起した裁判を支援しております。
 警察の犯罪は、電話盗聴、不法監禁スパイ強要事件、少年暴行事件、果ては長野県警本部現職警備警察官の泥棒事件などなど、枚挙にいとまがございません。国民の生命、財産を守るべき責務を有している警察がその立場を悪用して引き起こす人権侵害は、人権侵害の中で最たるものであり、民主社会に絶対あってはならない深刻な問題であると思います。しかしながら、警察のこれらの事件に対する対応、処置は不誠実の一語に尽きるのであります。
 私どもは、警察が真に国民のための警察に立ち返ることを願って、去る七月に開催した全国大会において、警察制度の民主的改革を求めて、警備公安警察の廃止、財政を含めた警察情報の公開、警察オンブズマン制度の創設、独立した事務局を持つ公選制の公安委員会による指導と監督権限の強化、国会及び都道府県議会の中に調査弾劾機関を設置すること、キャリアシステムを廃止し、警察官の団結権、団体交渉権の保障、以上の六つの提言を採択しました。
 この決定に基づきまして、総理大臣への要請署名運動を展開し、また市民のための警察の実現を願う広範な市民団体と提携して世論に訴えているところです。
 きょう、このように委員会にお招きいただきまして、幾つかの問題についてお述べさせていただく機会をいただきましたことをここに感謝申し上げる次第でございます。
 申し上げたい第一は、自浄能力が欠如し、裁判の判決さえ無視する警察の体質の問題でございます。
 先ほど申し上げた警察による電話盗聴事件の被害者である緒方靖夫氏とその家族が提起した責任追及裁判について、東京地方裁判所が警察の組織的犯行だとの判決を宣告したその前日、神奈川県警本部の幹部は、国も県も全面否定したのに何も話せるわけがないじゃないか、それが組織というものだ、晴れていたって気象庁が雨だと言えば雨なんだ、そして、何年かたってその日は雨だったということが真実になるんだと語っておりました。法治国家において法を厳守すべき責務にある警察が、このように裁判所の判決さえ無視してはばからない言辞を吐いているのであります。
 次いで高等裁判所は、憲法上保障されている重要な人権である通信の秘密を初め、プライバシーの権利、政治活動の自由などが警察官によって電話の盗聴という違法行為によって侵害されたものである点は極めて重大であると言わなければならないと、厳しく警察の犯罪行為を弾劾したのであります。
 通常の社会人であるならば、このような判決が出たならば何よりも先に被害者に対して三顧の礼を尽くすべきでしょう。しかし、警察当局はいまだに被害者に謝罪の意思さえ表明しておりません。それどころか、この犯行に関与したと思われる警察官の幹部が長野県警本部長、鹿児島県警本部長、警察大学の校長等々に栄転しているのが現実でございます。
 その神奈川県警が、今度は、県警本部長が警察官が引き起こした犯罪のもみ消しのために陣頭指揮をとっていたという事件が発覚したのであります。裁判所の判決さえも無視することを公言し、自浄の意思を持ち合わせていない今日の警察の転落のさまとその行き着く落ちつき先を劇的に明らかにしたものではないでしょうか。
 裁判の結果さえ無視する警察の体質を示す事例として、一九七八年、福岡高等裁判所で言い渡した直方スパイ調査事件、及び九六年、同じ福岡高裁が言い渡した芦屋派出所不法監禁スパイ強要事件国賠請求事件の裁判について御紹介いたします。
 さきのスパイ調査事件は、福岡県警の現職警察官が、ある労働組合の幹部をしていた日本共産党の党員を金銭で籠絡してスパイとして活動させていたことが発覚、共産党が数名の幹部による調査委員会を設けてその人物を調査したことを福岡県警が不法監禁だとして弾圧した事件であります。この事件について、福岡高等裁判所の判決は次のように述べております。
 いまだ公安を害する事態や犯罪が具体的に発生するおそれのない日常活動においてまで、ある個人、団体に対し継続的、組織的、秘密裏に情報収集活動を実施することは、その手段、方法のいかんを問わず、その個人、団体にとっては不断の監視と探索のもとに置かれ、いわれのない無形の圧力を受けることになり、その個人、団体が共有する憲法上の権利及び自由を不当に侵害し、かつ脅かすことになる。警察の情報活動が適法であると言えるためには、その行為の動機、目的が警察法第二条一項の責務規定に含まれる正当なものであり、その必要性が具体的、客観的に認められる場合でなければならない。いやしくも法律上権限を有する国家機関である以上、右の活動に従事する警察官は社会的、倫理的に非難されるような手段、方法によることは許されない。日本共産党が党規約にのっとって調査委員会を設置しそのスパイ容疑を追及しようとしたこと自体は、同党の結社の自由及び党員の思想、良心の自由を擁護するため、かつ組織防衛上当然の権利の行使である。本件警備情報収集活動は、その手段、方法において社会的、倫理的に非難されるに値する不当なものであり、違法なものと言わざるを得ないと、厳しく警察の不法行為を弾劾しています。
 ところが、その同じ福岡県警の警備公安警察が八四年十一月の深夜、帰宅中の民青同盟員であった青年をいわれのない道交法違反の容疑を口実にして派出所に同行し、長時間にわたって二階の一室に監禁して、彼にスパイとなるよう強要した事件が発覚したのであります。
 川上という青年が提起した国家賠償請求訴訟を審理した福岡高裁は、警備警察官が交通違反を口実に派出所の一室に入れて出入り口を立ちふさいで退出できないようにし、彼の手を押さえて電話をかけさせず、窓をあけて大声で助けてくれと叫んだら実力で引き戻して押し込むなどして執拗にスパイとなるよう強要したとの事実を認定し、こうした行為が違法であることは明らかであると厳しく批判しております。
 川上氏のこの事件は、公安調査局の調査官が身分を隠して川上氏に接近したその場を警備警察官がカメラで隠し撮りをし、その上でさきの方法で彼を監禁してその写真を示して、おまえは公安調査庁のスパイだ、今度はおれたちの手先になれと強要した極めて卑劣な事件であります。警察は、裁判所の判決など全く眼中に置かず、違法行為を繰り返している集団以外の何物でもないという事実はここにも示されているものと思います。
 第二の問題として、私は警察から独立した監察機関の確立が必要であると考えます。
 神奈川県警による犯罪もみ消し事件とほとんど同じころ、新潟県警による雪見酒事件が発覚し、その後相次いで、警察官の怠慢により善良な市民が殺害された事件や捜査情報横流し、警察官犯罪のもみ消しなどなどが明らかにされています。心ある国民は、警察は最高幹部の多くが警察官としての自覚や罪の意識、違法行為への反省心などを失っており、それが今日の救いがたい事態に追い込んでしまったのではないかと憂慮しております。
 神奈川県警本部長が一連の警察犯罪、不祥事を隠ぺいし温存する役割を果たしたという事実は、警察の反社会的行為の是正を警察に求めることは今や不可能であることを示しているのではないでしょうか。警察内部による監察、調査では自浄作用は機能していないことが明らかになった以上、警察から独立した監察機関を設立することこそが市民のための警察を実現する上で必要不可欠であると考えます。
 警察犯罪や不祥事が絶えてやまないもう一つの原因は、警察の極端な秘密主義によるものと思います。
 警察の機関誌と言われる日刊警察に紹介された不祥事対策についての島根県警の昇任試験問題は、警察は秘密主義と犯罪隠ぺいの教育を制度化していることを示すものでした。昨今のマスコミをにぎわせている警察による一連の犯罪行為、不祥事件は警察全般にわたって事件隠しを組織的に、また日常的に行ってきた、そのためにたまり過ぎたうみが今あふれ出ているのではないかと考えます。
 第三に、私は警察情報を公開し、あるべき警察の姿を国民の目の前に明らかにすることが大事だと思います。
 本年度の警察白書には、国民の警察に対する信頼度が大きく低下していることが示されています。一連の不祥事などだけではなく、警察の閉鎖的で秘密的な体質に対する国民の批判と不満のあらわれだと言うべきでしょう。緒方氏宅電話盗聴事件その他多くの裁判に出廷した警察官は、クロをシロと言いくるめたり、知らぬ存ぜぬを繰り返したり、捜査上の秘密、言いたくないなどと証言して真実発見に非協力の態度を貫き続けています。
 警察予算の執行状況や組織、とりわけ警備警察の配備状況、教育や人事など警察の実態は国民の前に明らかにされておりません。このような警察の秘密主義が警察の腐敗を生み出す要因の一つになっているのであろうと思います。
 そこで、国民の信頼を回復するためには、警察の組織と活動を国民の前に明らかにすることが重要であると思います。そのためには情報公開は不可欠であり、これによってこそ国民から疎んぜられている警察が国民に親しまれる警察に戻る第一歩となるものと確信します。情報公開の対象機関に警察を加え、個別の事件の捜査情報を除いて警察の組織、実態、予算の執行状況などの情報を公開するべきであると思います。
 第四は、警備公安警察偏重の警察制度を改めることであります。
 秘密主義が警察に蔓延する最大の理由は、国民の生命、財産を守る刑事警察よりも警備公安警察偏重であると多くの識者は指摘しています。緒方宅電話盗聴事件では、警備公安警察の中には公安四係という秘密警察中の秘密警察までも存在していることが明らかになりました。
 憲法、警察法、刑法などを無視して、革新政党や労働組合、民主的市民団体などを敵視してスパイ、盗聴などの犯罪的行為を重ねている警備公安警察は廃止し、国民の安全のための警察に改めていくことこそ肝要であると考えます。
 第五に、警察から独立した公安委員会を求めます。
 本来、警察を管理すべき公安委員会は、これまで全くと言っていいほど機能しておりません。公安委員会は警察に推薦された人のみによって構成されており、また警察法第五条には国家公安委員会は警察庁を管理すると規定されておりますが、しかし実務を担当する部屋もなく、現職警察官が事務局となって実務を行っている状況です。公安委員会は警察に管理されているのではないかと言われてもいたし方ありません。
 そこで、公安委員会の選任方法を抜本的に改めて国民の前にガラス張りにすること、そして警察から独立した事務局体制を確立し、警察監察の権限を強化することが必要であると考えます。
 警察制度の民主的改革は、我が国の日本の民主主義の将来にかかわる極めて重要な問題であります。それだけに、我が国の日本の警察制度が抜本的に改善されることを強く願って私の陳述を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
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朝日俊弘#17
○委員長(朝日俊弘君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人の皆様からの御意見の陳述は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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山下英利#18
○山下英利君 自由民主党の山下英利でございます。
 本日は、この警察法改正にかかわりまして参考人の皆様に御質問をさせていただきます。
 まず、今回の警察法の改正に伴いまして、これは一連の警察の不祥事によって損なわれた警察に対する国民の信頼を一日も早く回復する、そして我々国民が本当に安心して、頼りになる警察、そういった警察を一日も早く取り戻したい、そのような観点から、今回の監察力の強化、すなわち最も警察法の改正で言われております公安委員会の管理機能の充実ということが大きなテーマであろうかと私は考えております。
 警察刷新に関する緊急提言の中で、透明性を高めるための公安委員会の機能強化と活性化、それから身近な警察、いわゆる防犯に対しては苦情の適切な処理、それから警察署協議会の設置といった形での対応、この側面から今回の警察法の改正案がつくられていると、そういうふうに私は認識しております。
 時間も限られておりますので、質問を簡潔に申し上げていきたいと思います。
 警察の専門家でない公安委員が大所高所から判断して警察を管理するといった現在の警察制度で警察行政の民主的な運営と政治的中立性の確保という役割をこれまで果たしてきたというものでありますけれども、これを今後も維持するべきだと、私もそのように考えております。
 ここで、参考人の方にお伺いいたしますけれども、現行の公安委員会制度というものに対する評価についてどのような所見をお持ちになっていらっしゃるか、行政法に詳しい小幡参考人と、それから警察について著書が多い久保参考人に改めてお伺いしたい。
 よろしくお願いします。
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小幡純子#19
○参考人(小幡純子君) それでは、座ったままでよろしゅうございますか。
 公安委員会制度につきましては、私の先ほどの意見陳述でも申し上げましたように、戦後すぐ民主的な警察を誕生せしめようということでできたものでございます。
 私ども、行政法の生みの親とも言われます田中二郎博士が「公安委員会制度の構想」というのを論文で書いておられまして、「日本国憲法の精神に則り、「民主的権威の組織」として構想されたものであつて、直接間接、「人民の機関」としてポプュラー・コントロールの下に立たしめられているのである。」というふうな言い方がされておりますけれども、私は、この基本的な公安委員会制度の本来あるべき当初の考えられていた機能というのを今後生かしていくべきではないかという趣旨で意見を申しましたけれども、確かに従来、今回のこういう不祥事を発生せしめたということについて十分機能していないのではないかというのは、私の後の参考人の先生方の御意見にもございましたが、しかしながら、だからこそ今回、監察について疑義があったところを具体的、個別的指示権を明示することによって、さらに点検システム、苦情処理システムというふうなものを整備することによって、復活というか生き返らせてはどうかということが私の意見でございます。
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久保博司#20
○参考人(久保博司君) 先ほど申し上げましたように、現在の公安委員会制度というのは全く機能していないというのが私の認識であります。
 これは、一つは、戦後、四十何年ですか、この現在の警察制度になってから、ある時期に人選の面で変わりました。というのは、当初この委員の人選に関しては、国家公安委員会の場合は国会の意向がかなり強く反映していまして、各党推薦の委員が出ていたわけなんですけれども、ある時期から全く国会が関与しなくなった、人選に関しては口を出さなくなった。これは具体的な名前を申し上げると差し支えがありますので申し上げませんが、ある人を推薦したときに警察庁がこぞって反対したわけですね。そのときには国会の意向が通ってその委員は実現したんですけれども、その後、国会は何も言わなくなった。つまり、その時点で人選に関しては全く警察庁ベースでなされるようになったということが一つあります。
 それからもう一つは、基本的には、例えばロサンゼルス市警察の場合には日本に似たような警察委員会組織を持っているんですが、この場合、人選は、例えば弁護士であるとか、白人、黒人、それから市民運動家とか、そのバランスを考えて人選しております。しかも、警察活動に関して詳しい人を人選しているわけでございます。ところが日本の場合は、功成り名を遂げた人たち、財界の人たちあるいは大学の先生とか、そういった人たちが、警察については全く知らない方々がなっている。これは日本の良識を代表するということでもありますけれども、じゃ具体的な問題があったときにそれにどういうコメントをすればいいのか、恐らくなかなかそこら辺は難しいんじゃないかと思います。
 大体週一回、二時間の会合で十項目ぐらいの提案がなされるわけでございます、報告といいますか、提案といいますか。そうすると、一項目を説明するだけで十分、二十分かかりますと、一時間以上はその説明だけで終わるわけであります。そしてその後に、じゃ何をどう質問してどう判断すればいいか、そういう時間が非常に短い、そしゃくできないんじゃないかということが考えられます。しかも素人であるということがあります。
 具体的な運営についてはいろいろ細々とありますけれども、そういったことで、今ただ名目だけの機関になってしまっている。もっと悪い言い方をすれば、その国家公安委員会あるいは公安委員会を後ろ盾にして、警察は完全に独立して自由に警察活動をやるような状況になっているというのが私の認識であります。
 ですから、今後は、もしこの委員会制度を続けるとすれば人選の面でまず考えるべきです。
 例えばイギリスの警察委員会の場合には、市町村長、それから市議会の議員、それに市民の代表、この三つで構成されることになっているわけです。これは、こういう形にしますと政治が非常に大きく関与するということで日本では抵抗があると思いますけれども、警察活動あるいは社会の安全、そういったことにもっと直接的な責任を持っている、あるいはそれに携わった人たちを少なくとも人選すべきではないだろうかと考えております。
 以上です。
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山下英利#21
○山下英利君 ありがとうございました。
 政府案では、公安委員会がみずから監察するということにしなくて、公安委員会が警察の行う監察をチェックするという仕組みになっています。このような仕組みというものは適切なものかどうか。
 そしてまた、政府の考え方は、公安委員会には独立した事務局を置かないで、警察における補佐体制を充実強化させるという考え方をとっております。この点についてどうお考えになるか。
 また、こういった考え方に対して、政府案の考え方では公安委員会がますます警察の言いなりになってしまうといった批判もあるわけですけれども、限られた資源を有効に活用する、あるいは情報公開といった側面からも考えると、この点についてどうお考えになるか。
 小幡参考人にお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
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小幡純子#22
○参考人(小幡純子君) それではお答えさせていただきます。
 公安委員会というものは、警察の専門家ではなく素人がなるというシステムになってございますので、直接その委員みずから出張っていって監察をみずからするというのにはやはり限界があるのではないか。それを、大まかな監督しかできないというのではどうしようもないわけでございますが、今回の政府案では、具体的、個別的指示というふうな、つまり警察が監察するのについて具体的、個別的指示権というのが明確にされてございます。これは結果的に、むしろ効率的には、みずから監察するよりは厳しく個別的に指示をしていった方が効率のよい監察ができるのではないかと私は考えますので、この点については特段問題はないのではないかと考えております。
 それから、事務局に関してでございますが、先ほどの意見陳述の中でも申し上げましたように、これは制度の組み方として絶対にこうでなければいけないという法律論があるわけではございませんが、ただ公正取引委員会のような形を公安委員会でとらせるというのはそもそも難しいのではないか。公安委員会自身が素人集団であるというふうにつくってございますので、そこに自前の事務局をまた設けても距離が迂遠になって効率性を欠くだけになるのではないかと。
 そこで、私が先ほど申しましたのは、補佐体制をそのかわりしっかり、確かに公安委員会の方はやる仕事が多くて大変でございますので、警察の補佐体制というのを今よりは増員する、あるいは公安委員一人一人にきちっと補佐官を置くとか、いろいろなやり方があるかと思いますが、そういった形で充実するという方法でよいのではないかと。
 なぜそれでよいかというと、先ほどもちょっと申しましたように、人事上のコントロール権を自分が持っているわけでございますから、そういう意味では警察の言いなりということは本来あり得ないはずでございますし、また苦情申し出についてこたえなければいけないというシステムまで入りますれば、これはともかく苦情として申し出られたものが目の前にございますので、何らかの処理をしなければならないということになりますので、そういった観点からは、とりあえず事務局自前という必要性はなく、むしろ警察の補佐体制を充実という方向ではどうかなと私は考えております。
 以上でございます。
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山下英利#23
○山下英利君 どうもありがとうございました。
 ポイントは、組織の中での教育の面あるいは組織の効率的な運用というところになるかと思うんです。
 次の質問で、野党案では、公安委員会のほかに苦情処理委員会あるいは警察監視委員会を設置したり、あるいは警察監察委員を置いたりしている、そういった形なんですが、こうした考え方と、まず管理機関たる公安委員会の監察や苦情処理の権限を明確化してその機能を強化する考え方とではいずれが適当かということをお伺い申し上げます。
 すなわち、情報管理という面から考えた場合には、いわゆる情報を集中することも必要でしょうけれども、リスクを分散するということも考えなければいけないんじゃないかなと思っています。それに伴って組織を効率的に運用する。これは、こういった考え方をいろいろ取り込んで方向性を出していくという必要があろうかと思います。
 この点につきまして前田参考人にお伺いさせていただきます。よろしくお願いします。
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前田雅英#24
○参考人(前田雅英君) 先ほどの私の説明で言葉が足りなかったところもあって御質問いただいたんだと思うんですけれども、要するに、公安委員会のほかに苦情処理委員会とか警察監視委員会なんかを別個に設けることの合理性というのは、論理的にはもちろん可能なんですが、政策判断としてどっちが合理的かというと、私は、まず管理機関たる公安委員会の機能を高めていく、そのためには、従来抽象的な権限があったとも読めるわけですけれども、それをきちっと書くことによって、それを一つのきっかけとして動いていなかった機能を活性化するといいますか、まずそれをやるのが合理的だと思います。機能がダブりますと、というか同じようなシステムを二つ走らせるということは、多くの場合、非常にむだになるというだけでなくて両方の機能が動かなくなるという問題をはらんでくると思います。
 それから、御指摘の情報管理の問題も非常に問題を含んでいると思いますが、私は、端的に言って、先ほど申し上げた警察資源といいますか警察に配分できる人的資源の合理的適用と、それからしなやかな監察、監査を行うためには、まず政府案のようなものをやってみて、その具体的な問題点が出てきたところで修正していくという方向をとるべきです。外部的な委員会を新たにぽんとつくる、ちょっと考えますと完全な外部の方がきちっと監視ができるというふうに見えるんですが、私はむしろ逆で、全く外から対立するものとして締め上げるというような形の情報のとり方といいますか管理の仕方というのは、少なくとも日本的ではないと。
 いろんな議論を見ていて思うんですが、選挙で選ばれたシステムで管理するという欧米型のシステムばかりで考えているんですが、二十一世紀の警察、警察の問題だけじゃないんですが、私は日本独自の法律的な物の考え方というのがもっともっと表に出てこないといけないと思っています。その意味で、この管理制度というのは、やはり一つの特色のある、これをまた発展させてまさにしなやかな監察制度をつくって、日本の国民のためになるものをぜひつくっていただきたい。お願いしたいと思います。
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山下英利#25
○山下英利君 ありがとうございました。
 さらに次の質問でございますけれども、警察に関する制度設計、これは最終的に警察を信頼できるかどうかという点にかかわってくると思っております。国民のための身近な警察、安心して生活ができる、そういった生活面を守ってくれる警察と言われる部分について、この点について、警察を信頼できるかどうかという点をこの制度というものに織り込んだ考え方を前田参考人からお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
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前田雅英#26
○参考人(前田雅英君) 私が一番最初に申し上げましたように、犯罪がふえているから警察を強化しろと幾ら言ったって、国民の支持のない警察であれば人がふえたって何の意味もないわけですね。
 ただ私、学者としていろんな研究をしている中で痛切に感じるのは、もちろんこの社会で警察に対して不満を持たない方はいないはずはありません、どんな社会だってそうです。ただ、相対的にその割合がどの程度かということなんですね。世界的に見て、日本の警察の信頼度というのは私は高いと思います。非常に身近な経験で言えば、私が警察関係の調査研究なんかをやりまして、警察の要望なんかを地域についてやりますと、一番最初に自由な書き込みで何が返ってくるか。そうすると、まず、うちのそばに交番をつくってください、不安でしようがないんだ、警察をそばに置いてほしいというのが一時期に比べて非常にふえてきている。
 確かに、マスコミ情報なんかで警察に対して不満はあるし、不祥事に腹が立ちます。直していただかなきゃ困る。しかし、それは直すべき病変であって、警察を、さっき申し上げた二十六万、全取っかえしなきゃいけないというような議論とは全然つながらない。むしろ私は、まだまだ国民から信頼されている警察なんだから、今のうちにまずいところを直して、もっと信頼の置ける警察に持っていっていただきたい、こう考えます。
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山下英利#27
○山下英利君 まことにありがとうございました。
 御意見を伺っていて、今回の政府案というものが警察刷新に対して一歩二歩前進できるものだ、そのような理解をさせていただきました。
 私の質問はこれで終わります。ありがとうございました。
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菅川健二#28
○菅川健二君 民主党の菅川健二です。
 参考人の四人の皆様方には大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。
 実は民主党としましても、衆議院の段階におきまして独自案を提出いたしたわけでございます。しかしながら、衆議院におきましては政府案が可決され、そして我々の案は否決になったということで、参議院の段階では現在のところ独自案を出していないわけでございますが、我々が一番問題にいたしておりますのは、何といいましても警察の今日の不祥事というのは、警察をチェックする機能が十分でなかったんではないか、それから苦情処理について、これも十分適正に処理されていなかったんではないかという反省の上に立って、どうやって警察制度を機能させていくかということが大きなポイントであったわけでございます。
 そこで問題は、先ほど来ございますように、公安委員会の機能との関係につながってくるわけでございますが、公安委員会そのものの制度はそれなりの制度としてやはり生かすべきではないかということでございまして、それよりもほかに、別に屋上屋を重ねるとか別の組織を設けるとかということではございませんで、公安委員会そのものの機能を強化していくのが重要ではないかというふうに考えておるわけでございます。
 そこで、まず公安委員会の現状につきましては、私も長い間県庁の経験がございますので、その中でも教育委員会にも十年近くおりましたので、大体委員会制度の持つ意味といいますか、そういったものはある程度わかっておるというか、公安委員会制度につきましても、知事部局で私は総務部長等をやっておりましたので、大体どういった機能を果たしておるかということは現状においてはよくわかるわけでございますが、そういった点、久保参考人が言われましたように、正直な話、実際はお飾りのようなものでございまして、むしろ公安委員会が何も指揮管理しない方が警察はうまくいくといいますか、そういった形であったわけでございますが、こんな今のような状況になって、非常に警察不信が大きな問題になっておるときに、公安委員会をどうするのがいいのかということが一番の問われておることではないかと思うわけでございます。
 そこで、公安委員会の機能、権限につきましては、それなりのことを今度の改正案を見ましても新しく付与されておるわけでございます。しかしながら、それを処理する能力が付与されておるかどうかということになりますと、全くその処理する能力が付与されていない。警察の方がある程度補佐するということについて明確になっておるわけでございますが、警察が幾ら補佐しても公安委員会の機能が強化されるというのは必ずしも言えないわけでございまして、情報を全部警察が握って、その警察の情報に基づいて公安委員会が判断するということでございますので、警察が情報をコントロールすれば公安委員会が全く機能しないという形になるわけでございます。
 そこで、私どもの考えとしては、何としても監察、そして苦情処理、それにかかわる部分については独自の公安委員会としての補助職員を持つべきではないかということを主張いたしておるわけでございます。そうすることによって初めて権限と同時に公安委員会としての処理能力がついていくのではないかと思うわけでございます。
 この点について、前田参考人、小幡参考人、いろいろお話をお聞きいたしましたけれども、再度ちょっとお話をお伺いいたしたいと思います。
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前田雅英#29
○参考人(前田雅英君) 御指摘は非常によくわかりますし、私も基本的には同じ問題があると思っております。
 先ほど申し上げましたように、いかに公安委員会を機能させるかということで、ここで法律をつくって、抽象的な権限を一つ書き込むことによって具体化していくということ、それから補佐人制度、それだけで一〇〇%うまくいくということではないと思うんです。先ほど申し上げた情報公開とのバランス、組み合わせによるしなやかなシステムというのは、そうやって機能をしなければバッシングを受けるというサンクションがついていなければやはりまずいと思います。
 ただ、そのときに、機能させるために、今おっしゃった警察からの情報が限られているからといいますかコントロールされるのでうまく機能しないんじゃないかという御指摘なんですけれども、これを警察がやりますと、これは何らかの形で必ず今のシステムの中では表に出てきてしまう。一〇〇%つるんで隠しおおせるようなものというのはそんなにあり得ないと私は思います。どこかで必ずしっぽが出てくる。出てきたときのダメージ、この間の神奈川県警にしろ何にしろそうなんですが、それはもう反省していただかなきゃ困るし、しているはずなんです。
 その中で、ですから公安委員会を機能させるために警察の補助委員だからというのは、むしろ警察から情報がとれるから機能するという面の方が大きいと私は考えるんです。ただ、週何回かのあれだけの時間でお飾り的なものだったという面が確かにあったと思うんです。それが急転するかというと、ですから委員会の時間数とかそういうものの工夫とか、実際に機能するような手当てをしていかなきゃいけないというのは御指摘のとおりだと思います。
 そのときに、補助する人間とか組織を警察外の人間に入れかえれば機能するという発想が私はよくわからないんです。情報がきちっと上がっていって、しかも、あとマスコミの仕事でもあり、ほかのところでもあると思うんですが、常にそれを外から見てどういう仕事をしているか、これがチェックされる。これからは情報公開の時代ですから、それはもう避けられないんだと思うんです。
 それとの組み合わせで、私は少なくとも一〇〇%すばらしいものにすぐ変わるとは申し上げませんが、今度の改正で一歩も二歩も前進するし、それを、この地行もそうなんですが、さらに前に進めるようにやっていただきたい。少なくとも今回の改正案でかなりよくなるのではないかと期待しているというのが私の考えでございます。ちょっと言葉が足りませんが。
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