濱田武人の発言 (憲法調査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○濱田武人君 津軽という片田舎で教師をしていて、日々生徒の目の前に立って、私が何を生徒に働きかけて、あるいはしゃべり、また、私自身がどういう目標に向かって頑張っているかという視点から、最近すごく強く意識する事柄を原体験を含めて述べながら、私は、憲法第九条というのは、教師にとっては、教師の夢とロマンを語って生徒に訴えていく、あすを担う日本の若者たちを育てるにはとても大事な条文じゃないかという視点からお話を述べさせていただきたいというぐあいに思っています。
私は、ここ十数年、努めて、先生方と会うたびに、先生は何で教師をやっているの、どうして先生になったのという質問を発することが多くなりました。それに対して回答は、私が接触する範囲内では、私はこういうことを生徒に教えたいんだ、こういうぐあいに育てたいんだというような返事がなかなか返ってこない、あるいは、そのことで議論をして自分の教師としての資質を高めたり、そういうことに議論が発展するということはほとんど少ない、何と悲しいことかというぐあいに思うことがしばしばです。
しかし、じゃ、自分はどうだったのかということを考えてみたときに、最初の勤めた十年間ぐらいは似たような感じだったかなというぐあいに思います。あえてだれかから聞かれたら、詰まってしまって言えない自分を意識します。
およそ十年ぐらい過ぎてから、私は、たまたま県と文部省関係の方でアメリカの教育視察に派遣されたことがありました。それなりに勉強したことがあったのですけれども、まず単純に、そのときアメリカの高等学校を訪ねたときに、たばこを吸う先生が非常に少なかった。何でですかと聞いた。そうしたら、校長先生が、たばこのラベルに体に悪いと書いてあるでしょう、悪いことをやって見せるのが教師ですか、まあ、法律では禁止されていませんから吸う人はいますけれども、大分そのことによってたばこを吸う人は減ってきました。私が見た十数校ぐらいの学校では、職場の一割弱、二、三%ぐらいの先生はたばこを吸う方がいましたけれども、ほとんど吸わない。
単純に考えると、余りよくないこと、まずいこと、それは教師はしてはいけないんだというぐあいに思うようになりました。それまで、私はヘビースモーカーでした。ばかばかしくなってぽんとやめて、それ以来すっぱりたばこをやめることができました。きょうで何本吸った、きょうで何本吸ったと言う同僚は、みんな失敗しています。私は、実にたばこを吸うことがばかばかしく感じたのです。
その校長先生と話をしているときに、物を盗めと教師は教えるんですか、人を殺せと教師は教えるんですか、教師という職業はどういう職業でしょう。わかり切ったような返事が返ってきました。私も自己反省しました。
教師は授業が命です。絶対教室には遅刻すまい、外部から電話がかかってきても、今は授業ですから一時間待ってください、アポイントメントない来訪者には、悪いけれども待ってください、あるいは、日を改めてください、どんどんはねつけました。最初は冷たいと言われました。しかし、生徒にも同じようなことを要求します。今、授業に行くのに、先生、ちょっとお話が。僕は生徒を何十人か待たせている、それを見捨てるわけにいかない、待ってくれ、あるいは、別の日にしてください。
これが私の最初の教師としての原体験でした。
二つ目は、今から十年ちょっとぐらい前になるかと思いますが、これも政府系の関係でしたけれども、東南アジアに、アジアへの日本の経済援助のあり方を見てきたらというのがありまして、派遣される機会に恵まれました。そのときに、タイの国を訪ねたときに、タイの高校生が私に、いろいろ話をしているときに、田舎へ帰ったら、村のために橋をつくりたいんだ、私は保健婦となって村の医療に貢献したいんだ、こういう話をしてくださいました。
私はそれを聞いて、自分の教えている子は一体何を考えているんだろうか、何を目標に頑張っているんだろうかとふと考えてみました。ほとんど自分のため、自分の生活を豊かにするため、こういうことに愕然と気がついて、私は本当にいたたまれないような気持ちになりました。それから、私の教師生活はどんどん変わっていきました。英語教師ですけれども、さまざまなことをやはり生徒に訴えていかなければならない、そういうように思いました。
津軽には白神山地があります。この問題にも生徒と取り組みました。今から十数年前、医療の廃棄物、注射器が海岸沿いに捨てられているという問題、それから、消費税が初めて日本に導入されるときに消費税の問題、それから、隣、韓国との問題。これは韓国の高校生が、日本の高校生と言ってもいいのですけれども、八〇%以上の高校生が日本を嫌っているぞという話をしたことから始まりました。何で隣の韓国の高校生が日本をそんなに嫌いなのか。あるいは、青森には三内丸山遺跡というのがあります。これも、発掘されたとき、本当に足の踏み場もないような場所に行こうよと、行きました。沖縄問題が騒がれました。この問題も、何で騒がれているか考えようと、こういうことを生徒と一緒になって、いろいろな作品ができ上がって、今手元に持ってきていますけれども。
そういうことから始まっていくと、教師と生徒は語り合わなきゃならない、面と向かって話していかなきゃならない。教科だけやっていればいいのではない。教科だけやって、大学に合格できるような人間だけ育てればいいのではない。心にどうやって入っていくか、対話をしなければならない。
そう思い返すと、自分の育ってきた過程でも、小さいときながら先生が夢を語ってくれた。こういう世の中にしたいね、こういうところに行くとこういう風景がある、すばらしいよ、そういうことを思い出しながら私は生徒に向かわなきゃならない。教科だけに縛られるのではなくて、教科をやりながらも、そういう場面を生徒と持っていかなければならない。
そう考えてくると、物を盗んではいけない、人を傷つけてはいけない、今いじめの問題も騒がれている、人権もある、さまざまな問題、人間そのものに触れていかなきゃならない、環境問題もある。そのときに、憲法第九条、これ、チャールズ・オーバビーさんという人が、九条の会をつくって、日本人でないのに、日本人の憲法九条はすばらしい、守ろうじゃないか、これを世界に広めようじゃないかというぐあいに頑張っている人を知りました。びっくりしました。田舎の教師だけれども、何でそんなことに気がつかなかったのか。こういうことを生徒に訴えていかなければ、日本の教育の再生はあり得ないし、きちっと世界とつながっていく日本人はあり得ない、そのように考えるようになりました。
そして今、そういうような日々を、もう教師生活は残り少なくなりましたけれども、やはり私は、自分の夢、何か、平和を希求する人間を育てたい、そのことに敏感な若者を育てたい。自分の利益だけを考える、他人の迷惑を何とも思わない、そういう子供には育てたくない。僕と接した生徒は、少なくともそういうことに関して敏感で、そうだなと、十年後、母親になり父親になっていったときに必ず思い返してもらえる、そういう教師になりたいと思って、今私は現場にいます。
ですから、憲法九条というのは、教師にとって、自分の夢を子供に語り、そして一緒になってその夢を育ててはぐくんでいく、教師のロマンというものを育てていくにはとても大事なものだというぐあいに考えています。
少し視点を変えたような話でしたけれども、ありがとうございました。