田中眞紀子の発言 (外交防衛委員会)
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○国務大臣(田中眞紀子君) 基本は、自分は公僕である、我々国会議員も同じなんですが、スタンスは、国民の皆様の税金をもらって邦家のために働いているんだという原点、この意識を一番忘れがちなのが外交官ではないかなということを思います。もちろん裁判官とかほかの方もそうかもしれませんけれども、国会議員もそうですが、やっぱり税金を俸給として我々はいただいている人間なんだという謙虚さといいますか、それを失いがち。
なぜかといいますと、在外公館に出ることがある。これは、最近はほかの役所からも、防衛庁でありましても通産省からも皆さん出て働いてくださっているわけですけれども、民間と違って、両陛下の写真をやっぱり背景にして、公邸なんかに参りましても、菊の御紋章があるところで働くようになりますと、何か自分が特殊な立場に立ったように人間というのは思い違いをしがちなんではないでしょうか。それが極端に出る方とそうでない方もおられるということです。
それからもう一つは、大蔵省なんかにももちろんあるんですが、キャリア、ノンキャリア、公務員の採用の仕方とか、そういうこともあると思うんですが、能力よりも階級のようなものが極めて色濃く鮮烈に出ています。
それはもう私が十五、六のときに、父が若い郵政大臣になったときに外国にくっついていったり日本に来られた方を接待して、そういう機会に外務省の方とお会いしたときにも、子供心に、えらく変わった、ほかの郵政省の方たちよりも変わった人たちが外務省というのには来るんだなと感じたのはまさしくそれだと思うんですね。それは嗅覚として私自身も十五、六歳のときから感じてきていることでして、今もそれが連綿として続いています。
ですから、やっぱり公務員のありよう、前もそういう議論がこういう場所以外でもございましたけれども、その人の資質や能力、そういうものを最大限、これは民間に学ぶべきところが大きいと思うんですけれども、官の側にいるとなかなかそれがし得ないというか、できるのにやらない。それが階級社会をつくっていて、外務省では大変著しい。もちろん同じことがほかの省庁も同じようにあるんですけれども、極めてそれは、海外に出ることがあるために、しかも御夫婦で出ることが多いために、家族を巻き込んでいるがゆえに、そういう特権性みたいなものがあって、それが非常に屈折した感情を生んでしまって、濶達な能力の活用につながらないというところに問題がある。これが外務省改革。ですから、今すぐ、きょう言ってあした、ようかんを切るようにぽんぽんぽんとはいかないです。
ですけれども、みんなが、だれが外務大臣であれ、将来外務省に入る方も、それから引退なさった方たちも、愛情を持って外務省を見るんであれば、そういう御指導を常にみんながして心がけることに尽きると思います。