田英夫の発言 (外交防衛委員会)
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○田英夫君 三条約は賛成でありますから、今、ロシアの問題、同僚委員も取り上げられましたが、私もロシア問題を取り上げようと思います。
その前に一つ、お知らせしてありませんでしたけれども、報道によると、きのう十一日、外務大臣はカンボジアのフン・セン首相とお会いになったということで、その内容も報道されておりますけれども、一つお願いしたいことがあります。
日本とカンボジアのかかわりの中で非常に重要な部分で、地雷の除去について、既にODAを発動して日本の四台の地雷除去機がカンボジアで動き始めています。カンボジアの実態は、私も何度か行きましたけれども、地雷を除去しなければどのぐらいの数があるかわからないほどのことですけれども、以前は米を輸出したほどの農業国ですが、今は全くそれができない。カンボジアの復興は地雷を除去しなければ始まらないと言っていいと思うんです。日本の除去機は旧来の地雷を除去するやり方と全く違って、対人地雷に限りますけれども、道路工事用のショベルカーのような機械ですけれども、それで完全に除去できるという実験もしております。フン・セン首相もこのことを私も何度か会って話しましたからよく知っています。
現在四台がテストのような形で行っているんで、専門家の話によると、二十台なり三十台投入すれば全カンボジアで十年後には地雷がゼロになるだろう、こういうことを言っております。戦争のときは別ですが、ああいう平和になった国を完全に復興させるためには地雷ゼロにしなければいけないということで、このODAは非常に重要な問題だと思います。経済協力局長はもう既によく御存じだろうと思いますが、この問題については答弁は要りませんから、ひとつ大臣も頭の中に入れていただきたいということをまずお願いをしておきます。
ロシアの問題も、今既に私の申し上げたいことを同僚委員からも話が出ましたが、第一に日ソ国交回復の交渉というのは、日本側からではなくてソ連側から申し入れがあって始まったということをまず第一に思い出さなければならないと思います。本来なら、いわば日ソは、ソ連が戦勝国、余り戦争をしたとは思えませんけれども、戦勝国側から申し入れてきたわけですね。しかも、吉田内閣から鳩山内閣にかわった直後をねらって、代表部の一参事官が時の総理大臣に会談を申し入れたという非常に異例な形で始まったと思います。実は、私はそのとき霞クラブにいましたので、ソ連のドムニツキー参事官という人が私どもの同僚記者に鳩山さんに会えないものだろうかということを相談したのがそもそも始まりなんですね。時の総理大臣と国交のない国の一参事官が会談をするという非常に異例な形で始まって、その後、松本俊一さんなどが全権大使になられて五六年の共同宣言ができた。その最初の接触は五五年の十二月だと思います。
なぜそうなったのかというと、当時保守合同でできたばかりの自民党の中で、いわゆる吉田派はソ連との国交回復に必ずしも賛成ではなかった、そういう状況。それから外務省との関係でいうと、外交問題であるにもかかわらず、重光外務大臣は蚊帳の外だったという状況がかなり続いていたと私は新聞記者として承知しております。そういう変則的な始まり方をした、それでわずかな時間に五六年共同宣言に到達しているわけで、私はしたがって、日本側のコンセンサスが、しかも政府・与党側のコンセンサスが十分でなかったのではないかということをずっと感じております。それをやはり乗り越えていかないと日ロ交渉というのは進まないんじゃないかな、こういう感じを持っています。
特に北方四島の問題というのは、五六年には明らかに歯舞、色丹を先行させる、四島のうちの歯舞、色丹を別にするということを合意しているわけでありまして、その辺をきちんと日本側が今後も意思統一をしていかないと交渉が進まない、足元を見られるといいますか非常に難しい問題だと思います。地理的、歴史的に絡んでこの四島、歯舞、色丹と国後、択捉を区別するという考え方が一方にどうしても出てくるものですから。
外務大臣、その問題だけで質問を終わりますが、このロシアとの交渉について、四島とのかかわりでどう思っていらっしゃるか、お伺いしたいと思います。