中村睦男の発言 (憲法調査会)

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○参考人(中村睦男君) ただいま御紹介いただきました中村睦男でございます。
 本調査会に参考人としてお招きいただき、大変光栄に存じております。
 国民主権と国の機構についてのお話をする前に、国権の最高機関の中に設けられた憲法調査会に対しまして、その設置の趣旨にありますように、憲法について広範かつ総合的に調査を行い、主権者である国民に憲法に関する情報を十分に提供していただくことをお願いいたしたいと思います。
 一九五七年に発足し、一九六四年に最終報告書を提出した内閣の憲法調査会は、当初、政治的に期待された憲法改正の是非については調査会としての結論を出さないで、憲法改正是非の両論をその論拠を併記して国民の判断にゆだねるという基本的態度を堅持するとともに、日本国憲法制定の経緯や運用の実際についての周到な調査を行って、その成果を公表しました。
 この憲法調査会の最終報告書によって、憲法改正是非をめぐる国内の政治的対立が緩和され、国民の意識の中にも憲法が定着し、我が国の平和主義を含む立憲主義が世界に誇るものになっていることを忘れてはならないと思います。今日、憲法改正を論ずるに当たりましては、五十年以上にわたる憲法運用の蓄積を踏まえて、その改善を図るものでなければならないと考えます。
 このような観点から、国民主権と国の機構に関する問題点を、以下五点にわたって指摘させていただきます。
 まず第一に、国民主権と天皇制の規定について、国民主権の原則をより明確にするという問題があります。
 現憲法は、憲法の本文で国民主権を明記することなく、象徴としての天皇の地位を定めた第一条の中で主権が国民に存することを規定するにとどまっております。そして、天皇の行為として、憲法の定める国事行為、私的行為のほかに、国会開会式でのお言葉、外国公式訪問、外国元首との親書親電の交換、国民体育大会など各種大会への出席などの行為を象徴としての公的行為ないし公人としての行為という第三の範疇の行為として認めるのが実例であり、また学説の多数説であります。
 この点につきましては、天皇の規定の前に国民主権を明記する規定を置く必要がないか、象徴としての公的行為を憲法解釈上認めるのは国民主権の趣旨から問題がないかということがあります。
 憲法施行の二年後である一九四九年に公表され、当時の若手憲法学者や政治学者をメンバーとする公法研究会から出された「憲法改正意見」では、現行の第一条のように天皇の法的性質を表現することに付随して国民主権を宣言しているのは妥当ではないので、まず第一条に主権は日本人民にあるという条文を新たに加えるとともに、象徴という用語についても、神秘的な要素を持っていることから、儀礼的存在を一層明確にして儀章とすべき提案をしているのが注目されます。一九九四年に発表された読売憲法改正試案も、第一章を国民主権とし、第一条に日本国の主権は国民に存するという規定を置いているのも参考になります。
 第二に、国会につきましては、参議院の役割を明確化することが必要であるということであります。
 二院制は、参議院が衆議院とは異なった角度から多様な民意を反映し、審議を慎重に行って、衆議院に対して抑制と均衡の機能を果たすところにその存在意義があります。従来から参議院の独自性と自主性を確保するための検討がなされてきており、憲法の枠内で多くの改革がなされてきました。
 憲法改正を含めた参議院改革案として注目されますのは、昨年四月に参議院議長に提出された参議院将来像有識者懇談会の「参議院の将来像に関する意見書」であり、憲法学の立場から見ても重要な問題提起をしております。
 参議院改革の原則的な考え方として、参議院には政権よりも大所高所に立った中長期的な審議に基づく権威を期待し、行政監視を含む再考の府としての機能を発揮し得るような仕組みを導入することに私は賛成したいと考えております。行政監視機能を強化する観点から、参議院に常設の政策評価委員会を置くこと、参議院の審議の重点を決算審議に振り向けること、いわゆる基本法について参議院先議とすること、国会同意人事を参議院の専権事項とすることが提案されております。
 参議院が政権から一定の距離を置き、行政監視を含む再考の府としての機能を持つための制度的仕組みとして提案されておりますのは、衆議院の再議決権は一定期間行使できなくするとともに、衆議院の再議決は三分の二ではなく過半数にすること、参議院は内閣総理大臣の指名を行わないこととすること、いわゆる通年会期制を導入し、会期不継続の原則を改めること、定足数の規定は本会議における議決要件のみとすることでありますが、これらの改革は憲法改正に及ぶ大きな改革であります。
 また、現在、参議院の独自性を損なう原因として、参議院の選挙制度が衆議院のそれとほとんど異ならないものになっていることがあります。この意見書で指摘されておりますように、参議院を地方公共団体の地域代表的な性格のものにすることも、参議院の独自性と地方自治の強化に寄与するものと考えます。参議院が独自性を発揮できるような制度改革をすることによって、我が国の二院制、そして議会制民主主義はより確かなものとなるものと考えます。
 第三に、内閣に関しましては、首相を国民が直接選挙で選ぶ首相公選制が問題になります。
 かつての内閣の憲法調査会では、首相公選制は、中曽根康弘議員を中心にして、国民主権の原理を拡充し、政府をつくる自由を国民に直接ゆだねることによって民主主義を強化するとともに、首相の地位を安定化することによる政治的権威の確立を図るために主張されましたが、日本の政治状況のもとでは議会の権限が弱まり首相の権限が強大になり過ぎる危険性があることが指摘され、反対の見解が憲法調査会では多数でありました。
 首相公選制は、今日改めて、理論的には国民主権論及び民主主義論を議会のみならず行政府まで及ぼすことによってその拡充を図るものとして主張され、機能的には首相のリーダーシップを強化し、政権の安定をもたらすことが期待されております。
 首相公選制は、首相の選出に当たって国民の意思が直接反映するという意味では国民主権により適合的であるという面があることは確かですが、他面、国会の国民の代表機関としての性格を弱めることになります。議院内閣制は、国会に国民の代表する機関であるという性格を完全に認めて、国民の代表機関である国会が首相を選出する制度であります。この議院内閣制を本来の趣旨に従って十分に機能させることが現在の我が国にとって最も重要な課題と考えます。
 現在、議院内閣制が必ずしも十分に機能していない大きな理由は、衆議院総選挙の結果と首相の選出との結びつきが明確でなく、国民の意思とは離れたところで首相が選ばれる可能性があるところにあります。
 衆議院の総選挙の結果、多数をとった政党の党首が首相になり、解散または任期満了による新たな総選挙まで同じ首相が任務を継続することによって、首相のリーダーシップと政権の安定を図ることが議院内閣制の本来の趣旨であると考えます。そのためにもし憲法改正まで必要であるとしますと、先ほど参議院改革のところで述べましたように、参議院選挙の結果が政権交代に結びつかないように参議院が首相指名を行わないことや、参議院で否決した議案に対する衆議院の再議決権を三分の二以上ではなく過半数にするよう憲法を改正することも一つの案であると考えます。
 第四に、司法については、憲法裁判の活性化の方策を検討するのが最大の課題であると考えます。
 憲法運用の実際の中で憲法学者がほぼ共通して不満に思っていますことは、最高裁判所が憲法裁判に消極的な態度をとっていることであります。
 世界各国で、一九八九年のベルリンの壁の崩壊以後は、かつての共産主義諸国を含めて立憲主義を特徴づけるのは、国民の代表機関である議会が制定した法律が憲法に違反した場合に、裁判所の違憲審査権によって憲法を保障するという考え方であります。ところが、日本の最高裁判所が憲法施行後五十三年近くの間で法律の明文の規定を憲法違反と判断したのは、刑法旧二百条の尊属殺人罪の規定を違憲としたもの一件、薬局の距離制限を定めた薬事法の規定を違憲としたもの一件、公職選挙法の衆議院議員定数不均衡を違憲としたもの二件、森林法の共有物分割請求権を制限した規定を違憲としたもの一件、全部でわずか五件であります。
 日本で違憲判決が少ない理由の一つとして、重要な法律が内閣提出の政府立法として成立し、政府立法に対しては内閣法制局の憲法審査を含む精緻な審査が行われていることを挙げることができます。しかし、近年になって特に新しい社会的需要に応じて立法府が迅速に法律を制定しなければならなくなっている状況のもとでは、国会や政府の行った憲法解釈に対し、裁判所が審査する必要性は一層大きくなっているものと言えます。
 我が国の違憲審査制は、具体的な民事事件や刑事事件に付随して行われる司法裁判所型のものであります。実際に最高裁判所に毎年上告されている事件は四千件を超えていますが、そのうち憲法違反を理由とするものは一%にも達しておりません。最高裁判所は、通常の民事事件や刑事事件の処理に追われ、憲法裁判に本格的に取り組む時間的余裕がないと言えます。そこで、憲法裁判を活性化するために、憲法裁判を専らないし中心的に担当する憲法裁判所を設置することが考えられます。
 憲法学界の通説的見解によりますと、現行憲法は具体的事件を前提にする司法裁判所型の違憲審査制を認めていますので、憲法裁判所を設置するためには憲法改正が必要になります。そこで、憲法裁判所の設置まで一挙に行くのではなく、現行の司法裁判所型の制度を前提にして、最高裁判所の機能を憲法裁判所的な性格にするよう運用上の改善を図るという提案もなされております。憲法学者の側からも、現行の裁判所制度を抜本的に改革し、通常の民事、刑事の上告審を新たに設ける特別高等裁判所に担当させ、最高裁判所に違憲審査を中心的な任務とする憲法裁判所的な性格を与える見解も主張されております。
 いずれにいたしましても、日本の憲法裁判の実際、憲法裁判を活用している諸外国の憲法裁判の制度とその運用を調査して、憲法裁判制度の改革が必要であると考えております。
 第五に、直接民主制的制度をより拡充すべきかどうかという問題があります。
 日本国憲法は代表民主制の原則を採用しており、主権を有する国民が直接に国政に参与する直接民主制的制度は、憲法上は、第七十九条の最高裁判所裁判官の国民審査、第九十五条の地方自治特別法に対する住民投票及び第九十六条の憲法改正国民投票の三つの場合に限られております。しかも、実際の運用におきましても、最高裁裁判官の国民審査につきましては、バツ印をつけて罷免を可とする投票数が多数にならなければならない制度で運用しているため、制度の実効性は乏しくなっております。また、地方自治特別法の住民投票も、憲法施行直後の時期に何々○○都市建設法として制定された十五件の法律があるだけであります。
 現在、世界各国の民主制は代表民主制を原則にしておりますが、環境問題のように国民の間で価値観の対立が見られる問題については国民の意思を直接問う国民投票の是非を問題にしております。日本でも、近年、地方自治体レベルでは、原子力発電所の建設や産業廃棄物処理施設の建設の適否を問う住民投票が行われ、改めて直接民主制の意義を考える素材を提供しております。国政レベルで法律案のような特定の問題に対する国民投票を行おうとしますと、国民投票の結果が国会の意思決定のための助言にとどまるものであれば、いわゆる助言型のものであれば憲法上可能でありますが、国民投票の結果が国会の意思決定を法的に拘束する場合には憲法改正が必要になります。地方自治体での住民投票における経験の蓄積を踏まえまして、国民投票の是非についても改めて検討する時期に来ていると思います。
 以上で私の意見を終わりたいと思います。

発言情報

speech_id: 115114184X00420010314_002

発言者: 中村睦男

speaker_id: 4349

日付: 2001-03-14

院: 参議院

会議名: 憲法調査会