浅井基文の発言 (国際問題に関する調査会)

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○参考人(浅井基文君) 私は、マクロな国際政治、国際関係という観点から安保理改革の必要性という問題を考えてみたいと思います。
 お手元に私のレジュメがあると思いますが、私は二つの角度から申しまして安保理を改革する必要性があるということを指摘したいと思います。
 まず第一は、米ソ冷戦終結以来の国際環境の変化が安保理の改革を必要にしているということであります。
 そこに丸印が五つございますが、その最初の丸と三番目、五番目とを一つにしてお話しし、二番目と四番目の丸印のところを一まとめにしてお話ししたいと思います。
 まず、米ソ冷戦の終結が安保理の機能に大きな変化をもたらしました。一般に米ソ冷戦は安保理の機能を麻痺させたというふうに消極的に評価されておりますけれども、実は一つ見落とせないプラス面もあったわけで、それは米ソが対決することによって米ソのいずれかが暴走するということを相互にチェックする機能というものが働いていたということであります。ところが、米ソ冷戦の終結によりまして、そういう相互チェック機能が失われてしまいました。
 その結果、三番目の丸でございますが、一九九〇年代、特に前半におきましては、アメリカを中心とする大国協調体制というものができました。そして、それは一般的には安保理の機能回復というふうに肯定的に評価されたわけでございますけれども、実は湾岸戦争以来の、波多野参考人も御説明になりましたいろいろな事件に安保理が首を突っ込むということ、その首の突っ込み方が本来安保理が予定されていた機能、すなわち国際の平和と安全という問題を扱うという、その本来の役割から離れたところまで安保理がすべてを勝手に決めて動いてしまう、そういう非常に危険な姿が現実のものとなってきたということであります。
 それで、事態が平和と安定を回復すれば、それはそれでまた肯定的に評価すべき要素があるかもしれませんけれども、実際には湾岸戦争を含め安保理がかかわった多くの問題のいずれもがほとんど未解決のまま、あるいはもっと事態が深刻な現状を呈しているというところを私たちが見るとすれば、この大国協調体制、あるいはアメリカの主導のもとでの大国協調体制と安保理の機能回復というのは肯定的に評価できるのかどうかというのは非常に疑問だと思います。
 それから、九〇年代後半になりますと、そういうアメリカの安保理を動かす姿勢というものに対してフランスとかロシア、中国などが次第に警戒感を高めるようになりました。そしてその結果、安保理での大国協調体制というのが機能しない場合も出てまいります。
 そうしますと、この前のユーゴ空爆に示されましたように、アメリカはNATOとともに安保理を一切バイパス、無視をしまして、ユーゴ空爆に踏み切るというような行動に出ることになります。つまり、大国協調体制がロシア、中国、フランスなどの抵抗によって機能しないという場合には、機能しないとアメリカが判断する場合には、アメリカはあえて国際法無視の行動、ユーゴ空爆というのは国連憲章で禁止しております戦争を違法化するという行為に対して真っ向から挑戦する行為でありまして、これは明らかに国際法違反と言わざるを得ない行為だと思います。これは何も私の独断ではありませんで、そういう見解をとっている国際法学者は国際的には非常にたくさんおります。そういう大きな問題が出てきているということであります。
 このように、安保理が非常に本来の国際の平和と安全を担う役割と逆行する方向に進み出したというところを私たちは重視しなければならないと思います。それが一点であります。
 それからもう一つは、国際問題の複雑化という二番目の丸の点でございますが、これは実は急に米ソ冷戦の終結によって国際問題が複雑化したということではなくて、もともと複雑になる素地がある国際問題というのはたくさんあったわけですが、米ソ冷戦時代には、アメリカ、ソ連いずれかの圧力によってそれが顕在化することが妨げられていたというところが本質だろうと思います。それが、おもしがとれて一挙に爆発したというのが九〇年代以降の国際関係の複雑化ということをあらわしていると思います。
 そうした場合に、そういう国際問題は、波多野参考人も御説明になりましたように、難民問題とか民族問題、歴史にかかわる問題、文化にかかわる問題、その他いろいろございまして、そういう問題に対して果たして安全保障理事会が対処することが妥当であるのかどうかということについて、本当は真剣に正面から検討を行う必要があったんだろうと思うわけでありますが、それが行われないままに、すべて安全保障理事会がこの問題は国際の平和と安全にかかわると決めてしまう、それで安全保障理事会のマターになってしまう、こういうことが、実は安全保障理事会の本来の機能をゆがめる方向に働かせたということだろうと思います。
 なぜこういうふうになってしまったかというと、やはり安全保障理事会における中小国あるいは途上諸国の立場を反映させることができにくい仕組みというものがあったということが四番目の丸に記したことでございます。
 安全保障理事会は現在十五の理事国から成っておりますが、そのうちの五カ国が大国でございます。それで、残りの十カ国が中小国、途上諸国であるわけでありますが、その過半数ということを例えばとりますと、五大国が協調すれば、中小国の十カ国のうち三カ国さえ賛成に回れば決議は調ってしまう。そうしますと、七カ国の中小国、途上諸国が仮に反対したとしても物事が決まってしまう。
 要するに、大国主導で物事が動いてしまうというところが、やはり私は安全保障理事会のそもそもの組織的な欠陥として考えなければいけないポイントだろうというふうに思っております。
 次に、二番目の角度でございますが、それは将来を見通してというよりも、もう既に二十一世紀に入っているわけでありますが、二十一世紀における国際社会が目指すことが求められている方向性という点から安保理の改革は不可避であるという点を申し上げたいと思います。
 この点に関しましても、最初の丸と四番目の丸とを一つにし、残りの丸を一くくりにしてお話ししたいと思います。
 今や米ソ冷戦終了後、国際的な民主化の流れというのは、アメリカ自体がデモクラシーは普遍的価値と言うからには、国際関係の民主化ということも当然その対象に入らなければいけないはずであります。ところが、現実には、国際関係に関してはパワーポリティックスが支配するという現実がある。これを何とかして改めない限り、二十一世紀の国際社会はいつまでたっても二十世紀の繰り返しを余儀なくされるということでありまして、それをもっと積極的に申しますと、やはり国際関係を民主化するということを大きな国際社会共通の目標として設定しなければいけないであろうというふうに思います。そうした場合に、先ほど申しましたように、大国が支配をする安全保障理事会を民主化する必要性ということが当然の課題として出てまいります。
 非常に端的に申しまして、民主化と大国支配体制というのは両立しません。大国支配体制というのは大国が自分の意思をほかの弱い国々に押しつけるということでございますから、国際的なデモクラシーという考え方とは真っ向から対立する考え方であります。したがいまして、そこから出てまいります安保理改革に当たって目指すべき一つの方向というのは、大国支配に対して国際的なチェックシステムをどのように確立するかということに置かれなければならないと思います。このような視点というのは安保理改革の論議においてほとんど出てきていない。
 ところが、出てきていないというのは実は表面的な理由でございまして、ともすれば我が国におきましては、アメリカで支配的な議論が国際的な意見というふうに安易に受け取られてしまうということがあるためにそういう雰囲気が出てきてしまうわけですけれども、しかし多くの途上諸国が中心となって結成しております非同盟運動などを見ますと、やはり大国支配体制に対していかに民主的なチェックシステムをつくるかということが大きな問題意識として浮上しております。
 ちなみに、非同盟運動というのは世界の三分の二近い国々が参加しておる大きな運動でございまして、ただ日本では、それらの国々が中小国がほとんどであるということだけでほとんど新聞種にもならないという、非常にこれはおかしな事態であろうと思います。
 したがって、大国支配に対する国際的チェックシステムをつくることが必要だということが安保理改革の一つの方向性といたしますならば、それを安保理に即して考えますと、安保理を自己改革させるという方向に私たちは視点を転換する必要があるであろうというふうに思います。この考え方は国内で一般的に議論されている方向とまるっきり違ったことを申し上げておりますので、意外に思われる方、奇異に思われる方もおられるかもしれませんけれども、国際関係を民主化するということが必要であるということに同意する方であるならば、やはり安保理も自己改革しなければならないというのは必然的に出てくる一つの結論であろうと思います。
 次に、もう一つのポイントでありますけれども、このように二十一世紀におきましては、米ソ冷戦が終わった結果、国際問題が複雑化したということを申しましたが、その複雑化というのは多様性と複雑性という点でとらえることができます。そして、この国際問題が多様性を見せているということは、実はこれらの問題を、先ほども申しましたように、安保理において無理やり国際の平和と安全というカテゴリーの中にねじ込むということはおかしいということを意味しているわけでありまして、私たちとして考えるのは、安保理がこれまでのようにやってきた全く無制限な活動を、それを前提として物事を考えるということではなくて、むしろ安保理の権限とその限界を明確にする必要性ということを考えなければならないというふうに思うわけであります。
 次に、国際問題の複雑性ということで申し上げたいことは、波多野参考人もおっしゃったように、本当に現在の国際問題は複雑な原因によって構成されております。したがいまして、そういう問題の解決、本当の意味での解決を目指すということのためには、軍事的にばんそうこうを張るというアプローチでは全く単純きわまるわけでありまして、やはり個々の問題に即したそれぞれのアプローチを考えていかなければならないということであります。そして、そのためには、安保理で多数決で物事を決めてしまうという、それは迅速性、効率性という観点からは意味があるかもしれませんけれども、しかしそれは非常に拙速を重視したアプローチでありまして、実際の複雑な問題の解決には役立ちません。むしろ私は、時間がかかっても持久的な国際的なコンセンサスをつくった上でのアプローチという、本来のデモクラシーに合致したアプローチというものを取り入れるべきであろうと思います。
 そういう国際問題の多様性、複雑性ということから出てくる安保理改革のいま一つの目指すべき方向というのは、最後に書きましたように、すなわち国際問題が多様化している、複雑化しているということは国際的な不安定要因が地域的に傾斜しているということ、特に途上国に問題が多くあらわれているということでございますので、安保理におきましても、地域的配分を重視した姿勢というのが必要であろうと。要するに、大国の意思、エゴによってではなくて、紛争あるいは地域問題の原因をよく知っているその地域の代表の発言が重視される制度的保障、仕組みというものをつくる必要があるのであろうということを申し上げたいと思うわけであります。
 以上、安保理改革の必要性を私なりの立場から申し上げました。
 それでは、そういうもとで我が国はどのように対応すべきかという第二の点でございます。
 ここでも大きく申しまして(1)、(2)は一緒に論じてもいいことだと思います。私はこの点はほかの参考人の御意見とちょっと違った感じを持っておるわけでございますが、私はアジアとのかかわりが非常に深いものでございますから特にそういう印象を受けているのかもしれませんけれども、やはり日本に対するアジアを中心とした諸外国の印象というのは、アメリカべったりの日本、顔の見えない日本、アメリカというマスクをかぶった日本という姿が、比較的私がこれまで意見交換をした人々の共通認識を総合するとそういう姿が浮かび上がってくるということであります。
 今回、ブッシュ政権が登場いたしまして対日重視ということを言っておりますけれども、それは決して日本が重要な役割、日本が非常に重要な相談相手であると彼らが認識しているがゆえの対日重視ではありません。これはアメリカの昨年末に出ましたCIA関連の文書などにもはっきり出ておりますけれども、要するにアメリカの言い分を日本にストレートにのませるということを方向性として強く打ち出しているということ。ここから見えてまいりますアメリカの日本像というのは、大国としての日本を正当に評価した上で対日政策を営むという姿勢ではないということを私たちは知るべきだと思います。
 したがいまして、私が考えます我が国の対応というのは、安保理改革を論ずる場合の前提条件でもあり指針でもあると思うわけですけれども、原田参考人もおっしゃったように、あるいは波多野参考人も御指摘になりましたが、やはり日本外交の目指す方向性をはっきり示すということが非常に大事だろうというふうに思います。
 外交というのは対話を本質とするということは一面で真理でありますけれども、しかし余りにも顔のない日本外交というのは、私は国際的には、特に二十一世紀のこの複雑をきわめる国際関係の中ではとるべき方向ではないというふうに考えます。
 そして、その場合に目指すべき方向というのは、さきに述べましたように二十一世紀における国際社会が民主化を目指すという方向性をはっきりとる以上、やはり日本外交というのもその国際社会の民主化に向けて貢献する、そういう方向性でなければならないと。それは当然安保理の改革に当たっても当てはまる原則でなければならないということになります。
 最後に、安保理改革に関して踏まえるべき若干の個別的なポイントを申し上げさせていただきたいと思います。
 まず最初のポイントは、原田参考人も言われた点でありますが、日本の常任理事国入り問題の位置づけをはっきりさせる必要性があるということでありまして、私も原田参考人の意見とこの点では全く同感であるわけですが、これを外交目的とする発想は邪道であるというふうに思います。
 日本が安全保障理事会の常任理事国になるべきだとする主張の、あるいは発想の根底によくある考え方としては、例えば大国である以上は当然だとか、財政負担度がアメリカに次いで大きいとか、あるいは平和大国である、独自の存在としてあるという点、こういうことからすべて安保理常任理事国になる資格を日本は持っている、こういう主張であると思います。そのほかにもいろいろな理由はあると思いますが、代表的なものを取り上げれば、例えばこれらの三つの問題があると思います。
 しかし、そもそも安保理常任理事国になるということが大国の証明になるということには全くなりません。安保理の常任理事国でなくても国際的に非常に重要な存在として認められている国々は、先ほどもコーヒー・クラブというような言葉で概括されたように幾らでもあるわけであります。しかも、そもそも大国であることを証明する必要性がどこにあるのかという根本的な問題も私たちは考える必要があるのではないかと思います。
 それから、財政負担度の問題でございますけれども、私ども日本が経済大国になることができたのは、国民の営々たる努力ももちろんでございますけれども、やはり国際経済関係の中で裨益したという部分が非常に大きいわけでございまして、特に貿易立国の日本であったわけでありますからその点が非常に大きいと。そういうことになりますと、現在あるこの経済大国という立場は諸外国との関係なくしてはあり得ないということであります。ということから考えますと、私どもが経済大国になった以上、国連における財政負担度が大きくなるというのは、それはお返しをするという意味で当然のことであって、そのことゆえに安全保障理事会常任理事国になる資格があるという議論とは全く私は次元の異なる話であろうと思います。
 次に、平和大国という問題でございますが、特異な立場にある日本ということでございますが、私が先ほど申しましたように、九〇年代以来の安保理の軍事的な取り組みというのは一つとして成功をおさめておりません。ということは、軍事的手段によって国際問題に解決をもたらそうという動きというのは、実は極めて非生産的、むしろ現状をより悪くするケースの方が圧倒的に多いわけであります。
 したがいまして、私たちが確立すべきことは、安保理の常任理事国になって軍事的な役割に参加しやすいような、そういう立場をかち取るということではないはずであって、やはり平和イコール非軍事ということに徹することが日本の進むべき方向であろうと思います。したがって、私どもが軍事機能をつかさどることを本来的な任務とする安保理の常任理事国になるということは、結局は自己矛盾であるということになると思います。
 もちろん、日本が先ほど述べましたように民主的な国際社会をつくる方向に向かって進む大国になる、平和大国になるという方向性を追求する日本となるならば、その日本が安保理の常任理事国になれば、他の大国が軍事的に国際問題に対処しようとする傾向をチェックするという意味で意味が出てくるかもしれませんけれども、その前提はやはり日本自身が変わることが前提になってまいります。したがって、平和大国イコール安全保障理事会常任理事国という結論も必然的なものではないということであります。
 最後に、とは申しながら、私は日本が絶対に安全保障理事会の常任理事国になるべきではないと言うつもりはございません。
 かつて論文で安全保障理事国になるべきではないという言い方をしたことがございますが、それはこういう条件を、現在の安保理を前提とした場合には入るべきではないという意味でございまして、安全保障理事会が、先ほど述べましたように、国際関係の民主化に貢献する方向で自己改革をする安保理、そういうふうに改革され、しかも日本の外交が2の(2)で書きましたように国際関係の民主化を目指すという方向に抜本的に転換するというふうになれば、そしてその立場から外交努力を積み重ねていくということになれば、おのずとそういう日本に対しては国際的な期待、そして国際的な信頼が高まるということになれば、私は自然と安全保障理事会の常任理事国に日本はなるべきだというその声が国際的に高まるということになるであろうと。
 だからそれは、日本がもぎ取るということではなくて、結果としてついてくるものとして安全保障理事会の常任理事国になるということが期して待つべきものがあるだろうということであろうと思います。
 終わります。

発言情報

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発言者: 浅井基文

speaker_id: 31851

日付: 2001-02-14

院: 参議院

会議名: 国際問題に関する調査会