速水優の発言 (財政金融委員会)

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○参考人(速水優君) 失われた十年という言葉がよく世間で使われております。確かに、イギリスの場合でもアメリカの場合でも、八〇年代に彼らはサッチャリズムとかレーガノミクスとかといったような強いリーダーがいて、規制を緩和し、規制撤廃をやって、そのかわりフェアな自由競争で生産性を伸ばしていくということをいろんな面から政府が指導し、かつ民間がそれに乗っかって、新たな技術革新も加えてイノベーションをやってきて、それが九〇年代に花を開いて、徐々に、イギリスであれば英国病から脱却して、財政も黒字になる、成長も伸びていく、米国は双子の赤字を脱却して、財政は黒字になる、成長も五%を超えるような成長に伸びてきた。
 その間、日本はバブルの崩壊というのが八〇年代の終わりから九〇年代にかけて起こったわけで、そのバブルを崩壊するために引き締め政策、財政の面でもかなり手を打ってきたわけですけれども、バブルの崩壊後、デフレ現象がずっと続いていた背景には、やはり資産価格が上がらなかったということと、もう一つはやはり規制が、規制の撤廃と言いながら規制の緩和はもう十年、ここへ来てかなり進んでいると思いますけれども、ずっと残っていた。本当の競争というのは、世界がグローバリゼーションで、ベルリンの壁以降は東西も南北もなくて、全部一つの市場になって競争して、競争に勝ったものが伸びていくというような世界に変わりつつあるときに、あいにく日本は国内でバブル崩壊後のデフレ現象がずっと続いていた。それを補うために、金融は極力金利を下げ、資金供給をふやしてきた、財政の方も予算を大きく組んで、国債を発行しながら予算を組んで公共投資を大いにやったというようなことが、ここまで低成長のまま、九〇年代は恐らく成長率は一・五%前後だったと思いますけれども、多少の上がったり下がったりはありましたけれども、全体として見れば、九〇年代は、従来七%とか五%とか二十年前、十年前には伸びていた日本の経済が一%前後の伸びに変わっていってしまったということが起こっておるわけで、私どもとしては、それに対応すべくその場その場で手を打ってきたと思うんですけれども、それが必ずしも日本経済を引っ張り上げていく民間の構造改革に移っていかなかった。少しずつは伸びてきているんでしょうけれども、米、英で見たようなそういう民間主導の構造改革というものが見られなかったということが問題であったというふうに思っております。

発言情報

speech_id: 115114370X00820010405_020

発言者: 速水優

speaker_id: 13832

日付: 2001-04-05

院: 参議院

会議名: 財政金融委員会