宮澤喜一の発言 (財政金融委員会)
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○国務大臣(宮澤喜一君) ある局面における分析、見方、私は、日銀総裁のある局面という、長い局面ではございますけれども、そうだと思って伺っておりますが、一ついずれ解明しなければならないのは、やはり一九八五年のときに、これは十五年になってしまうわけですが、あのときに日本の通貨価値が急激に変動した。今日、あのときの倍とかなんとかということに評価されているわけですが、この出来事がやはり大きくて、これに日本経済が対応する過程でバブルが起こったわけですし、財政も金融もみんなそれに何とか対応しようとした。大変いい景気になりました。
その裏側でバストになったわけですから、そのもとにあるものはやっぱり一九八五年のプラザ合意というもので、日本の通貨というものがあれだけ大きく変動したことが日本経済にどのような影響を与えたかという大きな問題の中で、今、総裁のおっしゃるような対応がいろいろに起こった。バブルもあり、バストもあり、その間の財政膨張もありますし、金融膨張もありますし、不動産の恐るべき高騰、その下落、その元凶にある部分にプラザ合意のあそこを外して考えるわけにはやっぱりいかないんだろうなと。それはもう少し時間がたちませんと分析ができないかと思いますが、そういうことをやはりつけ加えるべきかなと。
それからもう一つ、総裁がおっしゃった、その間に構造改革ができていなかったと。構造改革というのは結局言えば競争ということであるし、リスクテーキングだということなんですけれども、リスクテーキングということが日本の経済界に極めて少なくて済んできた。それは競争にも関係があるかもしれないんですが、しかしそれは産業界もそうだったんだろうか。金融界がそうであったことはもう自明ですし、それには行政の責任もあると思いますが、産業界は実は非常に果敢に競争してきたんではないかという私は思いがあるものですから、全体で構造改革がだめだったのか、あるいはその中のある一部にそれが顕著であったのか、これはやっぱり検討してみる必要があるということをつけ加えさせていただきます。