森巖夫の発言 (農林水産委員会)
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○参考人(森巖夫君) 森巖夫でございます。
私は、一昨年林野庁に設置されました森林・林業・木材産業基本政策検討会の座長を務めた者として、今国会におきまして、我が国林政の新たな展開方向を明示しております森林・林業基本法を初めとして関連する法律案や政策につきまして、慎重にかつ鋭意精力的に審議されておりますことに心から敬意を表するとともに、上程されております三つの法律案の速やかなる成立を強く期待している者でございます。その立場から、若干の私見を述べさせていただきます。
今日ほど森林をめぐる問題が世間の関心を呼んでいるときはかつてなかったと言っていいのではないでしょうか。ある意味では、今、森林は現代のキーワード、森林ブームが沸いていると言っていいかもしれません。
無論、森林問題の取り上げ方は多岐にわたっています。主な局面を列挙してみますと、一つは、グローバルな立場から地球環境問題と関連づけて森林の重要性を論ずる論調であります。具体的には、熱帯林を中心とする森林の大量かつ急速な減少、それに伴う砂漠化の進行、さらに酸性雨による森林被害、生態系の破壊、それらの結果としての地球温暖化などが指摘できます。
二つ目には、もっと身近な緑資源としての森林へのラブコールであります。森林は緑のダムであり、見えない水がめです。腐らないくい、生きた蛇かご、天然のエアコンと言うこともできます。森は海の恋人です。保健や休養や人間教育の場でもあります。森は水と空気と心のろ過装置と言ってもいいでしょう。ことしの林業白書には、これらの公益的機能の評価額として、年間七十四兆九千九百億円に及ぶという試算結果が公表されております。
また、木材は炭素の貯蔵庫でもあります。循環型社会、環境共生型社会において木材の持つ物理的、化学的、生理的、心理的特性に高い評価が与えられております。この意味で、木材産業の振興は、単に苦況に陥っている関連業界の救済といった視点からのみではなしに、換言すれば、中小零細企業の不況対策ないし構造改革といった視点のみならず、二十一世紀の望ましい経済社会構築のための主要課題の一つとして取り上げるべきであると考えます。そして、この観点から木材の消費拡大が図られるべきであると思います。
三つ目には、より広い視野に立って、文化・文明論と関連づけて森林の意義を説く論調があります。それは例えば、文明の前に森林があり、文明の後に砂漠が残るという名句や、古来、国家の盛衰は森林の消長とともにするといった表現に集約されています。我々は古代史を通じてその具体的事実を学んでまいりました。現代社会は、石油文明、鉄の文明に引き回され、自然を征服しようとしたその結果、自然環境のシンボルである森林を荒廃させています。このままでは人類の文明は破局を迎えるという指摘であります。
以上、三つの主要な局面にくくりましたが、こういう認識は、程度に差はあれ、どなたもお認めになることです。ですから、現在、全国各地におきまして、森林、林業、木材産業の活性化を求めるさまざまな運動がいわゆる超党派で展開されていることは御存じのとおりであります。
このように見てまいりますと、森林問題は、今追い風を受けていると言うことができます。しかしながら、森林や林業や木材産業の実態はどうか。現状は、一口で言えば、さまざまな向かい風に打ちのめされて瀕死の重傷、崩壊の寸前にあると言わなくてはなりません。追い風と向かい風の乱気流にもまれて墜落、解体状況にあると言ってもいいでしょう。
私は、仕事柄、比較的多くの森林や林業、山村に出かける機会に恵まれております。今、全国ほとんどのところで目にするのは、荒れた森林、開店休業の木材加工業、沈滞している山村の姿です。そして耳にするのは、ないない尽くしばかりであります。木は売れない、間伐は進まない、山に道がない、後継者はいない、林業はもうからない、あげくの果てには日本の林業に未来はないというわけであります。これらの実態を公的な資料や統計等で示すことはさして困難ではありません。毎年毎年の林業白書にも基本的なデータはそろっております。
ここで向かい風というのは、外材輸入の増大、木材に代替する工業製品の進出といった外在的要因とともに、山村の過疎化に伴う林業従事者の減少や高齢化、さらに林業者自身の意欲の喪失といった内在的要因を指しております。つまり、日本の林業、木材産業、山村は中からも外からも攻め立てられ、崩壊の危機に陥っているわけであります。このような危機的状況にあるからこそ、森林の持つ重要な役割について国民的関心が高まっているわけです。ですから、森林ブームとは言っても、それはおめでたいお祝い気分で展開されているわけでないことは言うまでもありません。
振り返ってみますと、現行の林業基本法が制定されました昭和三十九年は、文字どおり高度経済成長の真っただ中にありました。木材需要は猛烈な勢いで増加しつつあり、国産材の供給は追いつかず、木材価格は上昇し、外材輸入に大きな期待がかけられました。一方、少しずつではありますが、山村の過疎化は進みましたけれども、それほど極端ではなく、依然として山村には大量の労働力が滞留しておりました。それらに支えられて林業生産活動も極めて活発に展開していました。当時、産業としての林業の振興を推進するには、これまでの資源政策中心であった森林法林政では対応できず、経済政策としての林業基本法が必要であったわけであります。
もちろん、現行の基本法におきましても森林の持つ公益的機能を無視しているわけではありません。第三条二項に考慮すべき事項として特記されているのでありますが、それは、産業としての林業の振興のために健全な森林を造成すれば、その必然的結果として、あるいは間接的な効果として森林の公益的機能が発揮されるという考え方に立っていました。いわゆる予定調和論であります。
ところが、現在は、産業としての林業は事実上成立し得ない状況に追い込まれていますし、同時に、公益的機能の内容も多様化し、高度化してまいりました。従来は、森林所有者は通常いわば当然のこととして、所有する森林は効率的に、具体的には林業的に利用されるものと考えていました。ところが現在では、林業の収益性は限りなくゼロに、いやマイナスに転落しておりますし、林業経営は経済的には成り立たない状況になっております。現に、伐採した跡地の造林を放棄するといった悲しむべき現象さえ見られます。
他方、公益的機能の内容について言えば、従来は専ら国土保全や水資源涵養を重視していたのですが、これらの水土の保全ならば木材生産とある程度両立し得るかもしれませんが、今日では、それのみならず、生物多様性の保全とか地球温暖化防止とか、保健休養、レクリエーション、さらに教育の場の提供といった側面が強調されており、必ずしも産業活動としての林業と両立し得ない分野が注目されているわけであります。近年の世論調査の結果からもこのことは十分うかがえるところであります。
したがって、従来の基本法では、国民の森林や林業に対する今日的要請に対応し得なくなっています。軸足を産業活動から公益的機能の確保に移す必要があります。今国会に上程されております森林・林業基本法は、このような社会的要請の変化に対応しているものと理解しております。また、森林法の改正において、森林計画に当たって森林を、水土保全林、森林と人との共生林及び資源の循環利用林、ちょっと長たらしいネーミングのような気がいたしますが、ともかく三種に区分することは極めて適切な対応であると考えます。
さて、新しい基本法案、正しくは現行基本法の改正案では、森林の多面的機能と林業の健全な発展を図ることを基本理念に掲げ、そのために講ずべき施策の方向や内容を包括的、体系的に列挙しています。それらについて個別にコメントする時間はありませんが、若干の希望を述べて参考人としての責めを果たしたいと思います。
その一つは、森林の公益的機能を確保するには、意欲と能力のある民間の事業体への森林の管理や経営の集約化を図るとともに、公的な管理体制を整備することが必要です。
前者については、森林所有者の責務をきちんと定めるとともに、管理や施業や経営の集約化を促進するために具体的にどのような対策を講ずるのかをはっきりさせることが必要です。集約化方策としては、形式的には借地とか分収とか受委託とか請負とか信託といった方式が考えられますが、現状を見る限り、それらの方式が必ずしも順調に進展するとは考えられないのが実情ではないでしょうか。もっと具体的に言えば、その主要な担い手として差し当たり全国的には森林組合が想定されているわけでしょうが、現状の森林組合は、残念ながら甚だ弱体であると言わざるを得ません。森林組合改革は緊急課題であると考えます。
また、確かに森林法に基づく認定森林所有者に対する期待も大きなものがありますが、我が国の森林の成熟度から見て、単に森林の所有者のみならず、伐出部門を担当する素材業者の役割を軽視することはできません。恐らくそういう観点から、今次の森林法改正において認定林業者等となっているのではなかろうかと推察しております。
また、経営基盤強化法の改正もそれに対応するものと考えますが、とにかくこれからの林業の発展にとって、いわば企業マインドの強い素材業者への施策を従来以上に強化すべきであると考えます。
他方、後者の問題、つまり公益的機能に関してでありますが、具体的には、保安林や治山事業のほかに、国有林野事業、緑資源公団、林業公社、地方自治体、さらに第三セクターなどが担い手として考えられます。しかし、そのいずれもが現在それぞれ多くの問題を抱えております。言葉としては公的関与、関与という言葉には私は若干不満ではありますが、ともかく関与による森林整備とはいっても、その受け皿がしっかりしていないことには実効が上がりません。これでは公的管理は空念仏に終わってしまう懸念があります。
さらに、地方分権の今日、森林整備のための林政の推進に当たって、特に市町村の林業行政を強化することが必要です。森林計画制度においてもそれに対応する措置が講じられておるわけでありますが、残念ながら我が国の市町村の林務体制は極めて弱体であります。
例えば、地域森林計画対象森林を有する市町村のうち、林務関係職員を全く持っていない市町村が四二%あります。押しなべてそれらの市町村の林業関係予算も小さいのが現状です。これでは森林は守れないというわけで、全国の九百を超える山村の市町村長たちは、いわば手弁当で数年前から森林交付税なるものの創設を求める運動を展開しております。
現在、地方交付税問題が大きな政治問題になっているようでありますが、森林・林業基本法体制下における市町村林業財政についての新たな仕組みを検討していただきたいと思うわけであります。
さらにもう一点、森林の大部分が所在する山村についてであります。
周知のように、現行の林業基本法が制定された翌年に山村振興法が制定されました。それ以来三十六年間、十年ごとに期間延長や法律制定の目的の改正も行われて今日に至っているわけで、その成果は決して小さくはありませんけれども、しかし、それにもかかわらず山村の過疎化はとまっていませんし、高齢化は一層激化しております。それが林業不振の原因であるとともに結果でもあります。このような状況が続けば、山村住民のみならず、森林の恩恵を受けている国民生活全体、国土利用全体、そして、今日のみならず、将来にわたってゆゆしき事態が起きることが懸念されるわけであります。
そこで、強調したいことは、従来の山村対策は所得や社会資本などの格差是正を基本としたいわば条件不利地域対策的視点に立っていました。その限りにおいて山村対策は、消極的、事後的、びほう的であったと言わざるを得ません。しかし、山村は、森林、林業の立場からすれば、その成立基盤であります。ですから、直接的な政策対象として、林政が山村対策に積極的、先取り的に取り組む必要があると考えるわけであります。
なお、現在提出されております基本法には、山村や木材産業については表に出ておりませんけれども、現行の山村振興法との関連もおありなのでしょうけれども、心構えとしては、今申しましたように、山村対策は林政が主体を担うべきであると考えます。
最後になりますが、森林は国民及び人類共通の財産でありますし、林業は国土の形をつくる基本的な営みであると考えます。今回の法律案を基礎にして、林政のさらなる発展と林業、山村の活性化を祈念してやまない次第であります。