阿南一成の発言 (文教科学委員会)

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○阿南一成君 おはようございます。自由民主党の阿南一成であります。
 本日議題となっております公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、教職員定数改善計画に係る問題を踏まえ、幾つかの質問をさせていただきます。さらに、私から若干の意見を申し述べさせていただきたいと思いますので、町村大臣の率直な御見識、御見解を賜れば幸いであります。
 来年度から始まる教職員定数の改善において、主な特徴としては学級のとらえ方を大きく変えたということが挙げられるであろうと私は考えております。明治以来、学級は授業を行う学習集団としての役割と同時に、人間関係や規律の形成を図る生活集団としての役割を果たしてきたと考えております。それが、来年度からの改善計画では、こうした学級概念を転換いたしまして、学級を主として生活集団として位置づける。そうして、学習集団は児童生徒の状況などに応じて学級にとらわれない少人数グループに分けて編制をする。そうして、担任以外の複数の先生からも丁寧に教えていただくということになると思います。したがいまして、今後は子供の学習の習熟度に応じた学習指導が推進されることになろう。大変結構なことだと思っておる次第であります。
 先般、第百五十回の国会、当委員会におきまして、私は、新学習指導要領の実施に伴う学習内容が大幅に削減されることにつきまして、週休二日制等あるとは思いますが、憂慮の念を申し述べ、当局が推進されようとしているゆとりある教育の問題について若干の意見を申し上げたところであります。
 その際にも申し上げたのでありますが、本来、学校は私は勉強をするところである、知識の伝達は学校の大きな役割であるというふうに認識をいたしております。ゆとりという耳ざわりのよい言葉のもとに画一的に学習内容が削減されるようなことがあってはならない、勉強を否定するような空気を助長するようなことがあってはならない、児童生徒の学習意欲に応じてきめ細かく指導を行い、知識を一つでも多く授けることが本来学校のあるべき姿であるというふうに考えておる者の一人であります。
 しかし、現在の学校を見ますと、画一的な学級の中で違いを認めないという戦後教育のある意味での弊害が出ておりまして、理解の早い子供の足を引っ張ることにもなっておるというのが現状であろうと思うのであります。本来、学校は勉強するところ、学力水準の向上、充実、ひいては文部科学省としてはそれが責務であるというふうに私は前回の質疑でも申し上げました。学歴、受験、偏差値などを声高に取り上げて、勉学に対する一切のものにマイナスイメージを与えて、ゆとりの名のもとに勉学を否定するような空気が少しでもにじむということに対しては私は反対であるということであります。
 そこで、まず初めに、これまで行われてきたゆとりある教育に対する評価を踏まえ、今回の法改正の趣旨を伺いたい。大臣はゆとりというものに対してどのようなお考えを持っておられるのか、率直な見解を伺わせていただきたいと思います。

発言情報

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発言者: 阿南一成

speaker_id: 27524

日付: 2001-03-27

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会