文教科学委員会
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会
会議録情報#0
平成十三年三月二十七日(火曜日)
午前十時開会
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 市川 一朗君
理 事
亀井 郁夫君
松村 龍二君
佐藤 泰介君
内藤 正光君
山下 栄一君
委 員
阿南 一成君
有馬 朗人君
中曽根弘文君
水島 裕君
柳川 覺治君
小林 元君
本岡 昭次君
松 あきら君
阿部 幸代君
畑野 君枝君
日下部禧代子君
三重野栄子君
高橋紀世子君
発議者 本岡 昭次君
発議者 佐藤 泰介君
発議者 阿部 幸代君
発議者 日下部禧代子君
発議者 高橋紀世子君
国務大臣
文部科学大臣 町村 信孝君
副大臣
文部科学副大臣 河村 建夫君
事務局側
常任委員会専門
員 巻端 俊兒君
政府参考人
外務大臣官房参
事官 城田安紀夫君
外務省経済協力
局長 西田 恒夫君
文部科学省生涯
学習政策局長 近藤 信司君
文部科学省初等
中等教育局長 矢野 重典君
文部科学省高等
教育局長 工藤 智規君
文部科学省高等
教育局私学部長 石川 明君
文化庁次長 銭谷 眞美君
─────────────
本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数
の標準に関する法律等の一部を改正する法律案
(内閣提出、衆議院送付)
○公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数
の標準に関する法律等の一部を改正する法律案
(本岡昭次君外四名発議)
─────────────
この発言だけを見る →午前十時開会
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 市川 一朗君
理 事
亀井 郁夫君
松村 龍二君
佐藤 泰介君
内藤 正光君
山下 栄一君
委 員
阿南 一成君
有馬 朗人君
中曽根弘文君
水島 裕君
柳川 覺治君
小林 元君
本岡 昭次君
松 あきら君
阿部 幸代君
畑野 君枝君
日下部禧代子君
三重野栄子君
高橋紀世子君
発議者 本岡 昭次君
発議者 佐藤 泰介君
発議者 阿部 幸代君
発議者 日下部禧代子君
発議者 高橋紀世子君
国務大臣
文部科学大臣 町村 信孝君
副大臣
文部科学副大臣 河村 建夫君
事務局側
常任委員会専門
員 巻端 俊兒君
政府参考人
外務大臣官房参
事官 城田安紀夫君
外務省経済協力
局長 西田 恒夫君
文部科学省生涯
学習政策局長 近藤 信司君
文部科学省初等
中等教育局長 矢野 重典君
文部科学省高等
教育局長 工藤 智規君
文部科学省高等
教育局私学部長 石川 明君
文化庁次長 銭谷 眞美君
─────────────
本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数
の標準に関する法律等の一部を改正する法律案
(内閣提出、衆議院送付)
○公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数
の標準に関する法律等の一部を改正する法律案
(本岡昭次君外四名発議)
─────────────
市
市川一朗#1
○委員長(市川一朗君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。
政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の審査のため、外務大臣官房参事官城田安紀夫君、外務省経済協力局長西田恒夫君、文部科学省生涯学習政策局長近藤信司君、文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、文部科学省高等教育局長工藤智規君、文部科学省高等教育局私学部長石川明君及び文化庁次長銭谷眞美君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の審査のため、外務大臣官房参事官城田安紀夫君、外務省経済協力局長西田恒夫君、文部科学省生涯学習政策局長近藤信司君、文部科学省初等中等教育局長矢野重典君、文部科学省高等教育局長工藤智規君、文部科学省高等教育局私学部長石川明君及び文化庁次長銭谷眞美君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
市
市
市川一朗#3
○委員長(市川一朗君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の審査のため、来る二十九日、参考人の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の審査のため、来る二十九日、参考人の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
市
市川一朗#4
○委員長(市川一朗君) 御異議ないと認めます。
なお、その人選等につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →なお、その人選等につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
市
市
市川一朗#6
○委員長(市川一朗君) 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(閣法第二〇号)及び公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案(参第一五号)の両案を一括して議題といたします。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →質疑のある方は順次御発言願います。
阿
阿南一成#7
○阿南一成君 おはようございます。自由民主党の阿南一成であります。
本日議題となっております公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、教職員定数改善計画に係る問題を踏まえ、幾つかの質問をさせていただきます。さらに、私から若干の意見を申し述べさせていただきたいと思いますので、町村大臣の率直な御見識、御見解を賜れば幸いであります。
来年度から始まる教職員定数の改善において、主な特徴としては学級のとらえ方を大きく変えたということが挙げられるであろうと私は考えております。明治以来、学級は授業を行う学習集団としての役割と同時に、人間関係や規律の形成を図る生活集団としての役割を果たしてきたと考えております。それが、来年度からの改善計画では、こうした学級概念を転換いたしまして、学級を主として生活集団として位置づける。そうして、学習集団は児童生徒の状況などに応じて学級にとらわれない少人数グループに分けて編制をする。そうして、担任以外の複数の先生からも丁寧に教えていただくということになると思います。したがいまして、今後は子供の学習の習熟度に応じた学習指導が推進されることになろう。大変結構なことだと思っておる次第であります。
先般、第百五十回の国会、当委員会におきまして、私は、新学習指導要領の実施に伴う学習内容が大幅に削減されることにつきまして、週休二日制等あるとは思いますが、憂慮の念を申し述べ、当局が推進されようとしているゆとりある教育の問題について若干の意見を申し上げたところであります。
その際にも申し上げたのでありますが、本来、学校は私は勉強をするところである、知識の伝達は学校の大きな役割であるというふうに認識をいたしております。ゆとりという耳ざわりのよい言葉のもとに画一的に学習内容が削減されるようなことがあってはならない、勉強を否定するような空気を助長するようなことがあってはならない、児童生徒の学習意欲に応じてきめ細かく指導を行い、知識を一つでも多く授けることが本来学校のあるべき姿であるというふうに考えておる者の一人であります。
しかし、現在の学校を見ますと、画一的な学級の中で違いを認めないという戦後教育のある意味での弊害が出ておりまして、理解の早い子供の足を引っ張ることにもなっておるというのが現状であろうと思うのであります。本来、学校は勉強するところ、学力水準の向上、充実、ひいては文部科学省としてはそれが責務であるというふうに私は前回の質疑でも申し上げました。学歴、受験、偏差値などを声高に取り上げて、勉学に対する一切のものにマイナスイメージを与えて、ゆとりの名のもとに勉学を否定するような空気が少しでもにじむということに対しては私は反対であるということであります。
そこで、まず初めに、これまで行われてきたゆとりある教育に対する評価を踏まえ、今回の法改正の趣旨を伺いたい。大臣はゆとりというものに対してどのようなお考えを持っておられるのか、率直な見解を伺わせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →本日議題となっております公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、教職員定数改善計画に係る問題を踏まえ、幾つかの質問をさせていただきます。さらに、私から若干の意見を申し述べさせていただきたいと思いますので、町村大臣の率直な御見識、御見解を賜れば幸いであります。
来年度から始まる教職員定数の改善において、主な特徴としては学級のとらえ方を大きく変えたということが挙げられるであろうと私は考えております。明治以来、学級は授業を行う学習集団としての役割と同時に、人間関係や規律の形成を図る生活集団としての役割を果たしてきたと考えております。それが、来年度からの改善計画では、こうした学級概念を転換いたしまして、学級を主として生活集団として位置づける。そうして、学習集団は児童生徒の状況などに応じて学級にとらわれない少人数グループに分けて編制をする。そうして、担任以外の複数の先生からも丁寧に教えていただくということになると思います。したがいまして、今後は子供の学習の習熟度に応じた学習指導が推進されることになろう。大変結構なことだと思っておる次第であります。
先般、第百五十回の国会、当委員会におきまして、私は、新学習指導要領の実施に伴う学習内容が大幅に削減されることにつきまして、週休二日制等あるとは思いますが、憂慮の念を申し述べ、当局が推進されようとしているゆとりある教育の問題について若干の意見を申し上げたところであります。
その際にも申し上げたのでありますが、本来、学校は私は勉強をするところである、知識の伝達は学校の大きな役割であるというふうに認識をいたしております。ゆとりという耳ざわりのよい言葉のもとに画一的に学習内容が削減されるようなことがあってはならない、勉強を否定するような空気を助長するようなことがあってはならない、児童生徒の学習意欲に応じてきめ細かく指導を行い、知識を一つでも多く授けることが本来学校のあるべき姿であるというふうに考えておる者の一人であります。
しかし、現在の学校を見ますと、画一的な学級の中で違いを認めないという戦後教育のある意味での弊害が出ておりまして、理解の早い子供の足を引っ張ることにもなっておるというのが現状であろうと思うのであります。本来、学校は勉強するところ、学力水準の向上、充実、ひいては文部科学省としてはそれが責務であるというふうに私は前回の質疑でも申し上げました。学歴、受験、偏差値などを声高に取り上げて、勉学に対する一切のものにマイナスイメージを与えて、ゆとりの名のもとに勉学を否定するような空気が少しでもにじむということに対しては私は反対であるということであります。
そこで、まず初めに、これまで行われてきたゆとりある教育に対する評価を踏まえ、今回の法改正の趣旨を伺いたい。大臣はゆとりというものに対してどのようなお考えを持っておられるのか、率直な見解を伺わせていただきたいと思います。
町
町村信孝#8
○国務大臣(町村信孝君) 阿南委員にお答えをいたします。若干私見にわたる部分があるかもしれませんが、お許しをいただきたいと存じます。
文部科学省では、ゆとりの中で充実した学校生活を送れるようにということで、学習指導要領は昭和五十二年からそういう方向で逐次指導要領を改訂をしてくるということでやってまいりました。その中で、これはもとより勉強を否定するという意味でないことは当然のことなんでありますけれども、ややもすると、ゆとりと緩みがごっちゃになりまして、きっちりと基礎、基本を身につけなくても、それもゆとりのうちでいいんだと、誤った受けとめられ方をしてきた面が率直に言ってあるんだろうと、こう思っております。
ただ、私が考えますのは、たまたまこれは前の文部大臣のとき、ある学校現場に行きましたら、衆議院は三百の小選挙区と二百の比例の選挙区があって、この三百、二百、五百というのはよく試験に出るから覚えるんだよと一生懸命先生が力説しているんですね。こんなことを覚えなくていいと私は率直に言って思ったんです。そんなの、だって現実に二百が百八十にもう変わっているわけですよね。事ほどさように、そんなことで、ある瞬間覚えていても一年二年たてばそんなのすぐ陳腐化してしまうような、そんな知識を断片的に頭の中に暗記させること、私はそれは別に学力でも何でもないと思っております。
そういう意味で、余り細々したことを頭にたたき込む、それも基礎、基本にかかわる部分は必要だと思いますが、そういうちょっと瑣末な部分が多いという意味で私は学習指導要領を少しく簡素化し、大綱化するということはそれはそれで間違っていなかったと思います。
ただ、現実どういう、皆さんが学力低下ということをその結果大変心配をしておられます。いろいろな調査があるのでありますが、国際比較をしてみると、あるいは同じような質問で過去と最近のを比べてみると、そんなに著しく下がっているということではないという統計もあります。いや、そうでないというまた調査結果も最近の新聞などには出ておりますが。
しかし、問題は、やっぱり数学とか理科が、わかっているけれども嫌いだとか、そういう職業につきたくないという比率が日本は非常に高いという問題、あるいは平成十年に文部省がやった学校教育に関する意識調査では、授業がよくわかる、大体わかるという子供の比率が小学校で七割、中学校で五割、高校で三割という、いわゆる七五三と言われる、ある意味では恐るべき現象がやっぱりあるのだろうと思います。
したがって、私ども今回の学習指導要領、そして今回の法律改正の中で、やはり子供の一人一人に着目してきめ細やかに指導をしていく、そしてきっちりと基礎、基本はもう確実に身につける。そしてその上に立って、学習指導要領というのは、今回改めてその性格を明確にさせてもらいましたが、それは要するに最低限の基準だと。それから超えて早くどんどん進みたい、理解できる子供には、小学校三年ならば三年を超えて四年、五年、中学、やりたければそれはどんどんやらせて構わないのであって、三年生だからこれしかやってはいけないという、別に上限を定めたものでも何でもないわけであります。
そこがまさに個に応じた指導というのをこれから可能にしていくということの大切さではないだろうか、こう思っておりまして、そういう意味から、今回の法律改正もできるだけ個に応じた指導ができるようにということで、少人数指導といったようなこと、あるいは基礎学力の向上、きめ細やかな学習指導の充実を図ろうという今回の法改正に考え方として結びついているというふうに御理解をいただければありがたいと思います。
この発言だけを見る →文部科学省では、ゆとりの中で充実した学校生活を送れるようにということで、学習指導要領は昭和五十二年からそういう方向で逐次指導要領を改訂をしてくるということでやってまいりました。その中で、これはもとより勉強を否定するという意味でないことは当然のことなんでありますけれども、ややもすると、ゆとりと緩みがごっちゃになりまして、きっちりと基礎、基本を身につけなくても、それもゆとりのうちでいいんだと、誤った受けとめられ方をしてきた面が率直に言ってあるんだろうと、こう思っております。
ただ、私が考えますのは、たまたまこれは前の文部大臣のとき、ある学校現場に行きましたら、衆議院は三百の小選挙区と二百の比例の選挙区があって、この三百、二百、五百というのはよく試験に出るから覚えるんだよと一生懸命先生が力説しているんですね。こんなことを覚えなくていいと私は率直に言って思ったんです。そんなの、だって現実に二百が百八十にもう変わっているわけですよね。事ほどさように、そんなことで、ある瞬間覚えていても一年二年たてばそんなのすぐ陳腐化してしまうような、そんな知識を断片的に頭の中に暗記させること、私はそれは別に学力でも何でもないと思っております。
そういう意味で、余り細々したことを頭にたたき込む、それも基礎、基本にかかわる部分は必要だと思いますが、そういうちょっと瑣末な部分が多いという意味で私は学習指導要領を少しく簡素化し、大綱化するということはそれはそれで間違っていなかったと思います。
ただ、現実どういう、皆さんが学力低下ということをその結果大変心配をしておられます。いろいろな調査があるのでありますが、国際比較をしてみると、あるいは同じような質問で過去と最近のを比べてみると、そんなに著しく下がっているということではないという統計もあります。いや、そうでないというまた調査結果も最近の新聞などには出ておりますが。
しかし、問題は、やっぱり数学とか理科が、わかっているけれども嫌いだとか、そういう職業につきたくないという比率が日本は非常に高いという問題、あるいは平成十年に文部省がやった学校教育に関する意識調査では、授業がよくわかる、大体わかるという子供の比率が小学校で七割、中学校で五割、高校で三割という、いわゆる七五三と言われる、ある意味では恐るべき現象がやっぱりあるのだろうと思います。
したがって、私ども今回の学習指導要領、そして今回の法律改正の中で、やはり子供の一人一人に着目してきめ細やかに指導をしていく、そしてきっちりと基礎、基本はもう確実に身につける。そしてその上に立って、学習指導要領というのは、今回改めてその性格を明確にさせてもらいましたが、それは要するに最低限の基準だと。それから超えて早くどんどん進みたい、理解できる子供には、小学校三年ならば三年を超えて四年、五年、中学、やりたければそれはどんどんやらせて構わないのであって、三年生だからこれしかやってはいけないという、別に上限を定めたものでも何でもないわけであります。
そこがまさに個に応じた指導というのをこれから可能にしていくということの大切さではないだろうか、こう思っておりまして、そういう意味から、今回の法律改正もできるだけ個に応じた指導ができるようにということで、少人数指導といったようなこと、あるいは基礎学力の向上、きめ細やかな学習指導の充実を図ろうという今回の法改正に考え方として結びついているというふうに御理解をいただければありがたいと思います。
阿
阿南一成#9
○阿南一成君 ありがとうございました。
それで、せっかくひな壇というか答弁席に教育のスペシャリストの本岡先生初めいらっしゃるので、野党提案の質問に対してもぜひ時間を割きたいと思いますので、質問通告の二番、三番はもし後ほど時間があればさせていただくということで、四番に入らせていただきます。
今回の改正におけるもう一つの特徴でありますが、学級編制基準の弾力化ということがうたわれております。公立の義務教育諸学校の学級編制、教職員定数を定めるいわゆる義務標準法の目的は、公立の小中学校に係る学級編制及び教職員定数の標準を定め、憲法が保障する教育の機会均等と一定の教育水準の維持向上を図ることであろうと思います。また、設置者である市町村間の財政力の違いによりまして教育の機会均等が損なわれることがないよう、教職員給与費を都道府県が負担し、その二分の一を国庫負担する際の算定基礎を法律によって明確に定めるという性格もあろうかと理解をいたしております。
そこで具体的に、義務標準法の第三条第二項を見ますと、国が定めた標準に基づいて各都道府県の教育委員会が学級編制の基準を定めることとなっており、従来都道府県が定める基準は国が定める標準と同一のものというふうに理解をしてきております。それが今回加えられましたただし書きによりまして、各教育委員会が特に必要があると認める場合、国が定める標準を下回る数、具体的には一学級四十人以下となる基準を定めることができるというふうに規定をされたと理解をいたしました。
義務標準法の制定時の国会における議論を振り返ってみますと、昭和三十三年四月十六日の衆議院文教委員会におきまして、この標準と基準のそれぞれの法的意味につきまして当時の櫻井委員がただしたのに対し、当時の内藤初等中等教育局長は、標準も基準も同じである旨の答弁をしております。
従来は、この答弁のとおり、国が定める標準と地方教育委員会が定める基準は同一のものと解されてきたと私は理解をしておるのでありますが、今回の改正により、当局は標準と基準について法的な意味合いに違いをつけることになるのかどうか。この点について大臣の見解をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →それで、せっかくひな壇というか答弁席に教育のスペシャリストの本岡先生初めいらっしゃるので、野党提案の質問に対してもぜひ時間を割きたいと思いますので、質問通告の二番、三番はもし後ほど時間があればさせていただくということで、四番に入らせていただきます。
今回の改正におけるもう一つの特徴でありますが、学級編制基準の弾力化ということがうたわれております。公立の義務教育諸学校の学級編制、教職員定数を定めるいわゆる義務標準法の目的は、公立の小中学校に係る学級編制及び教職員定数の標準を定め、憲法が保障する教育の機会均等と一定の教育水準の維持向上を図ることであろうと思います。また、設置者である市町村間の財政力の違いによりまして教育の機会均等が損なわれることがないよう、教職員給与費を都道府県が負担し、その二分の一を国庫負担する際の算定基礎を法律によって明確に定めるという性格もあろうかと理解をいたしております。
そこで具体的に、義務標準法の第三条第二項を見ますと、国が定めた標準に基づいて各都道府県の教育委員会が学級編制の基準を定めることとなっており、従来都道府県が定める基準は国が定める標準と同一のものというふうに理解をしてきております。それが今回加えられましたただし書きによりまして、各教育委員会が特に必要があると認める場合、国が定める標準を下回る数、具体的には一学級四十人以下となる基準を定めることができるというふうに規定をされたと理解をいたしました。
義務標準法の制定時の国会における議論を振り返ってみますと、昭和三十三年四月十六日の衆議院文教委員会におきまして、この標準と基準のそれぞれの法的意味につきまして当時の櫻井委員がただしたのに対し、当時の内藤初等中等教育局長は、標準も基準も同じである旨の答弁をしております。
従来は、この答弁のとおり、国が定める標準と地方教育委員会が定める基準は同一のものと解されてきたと私は理解をしておるのでありますが、今回の改正により、当局は標準と基準について法的な意味合いに違いをつけることになるのかどうか。この点について大臣の見解をお伺いしたいと思います。
町
町村信孝#10
○国務大臣(町村信孝君) 委員おっしゃるとおり、昭和三十三年の衆議院文教委員会で政府の方は、「実体は標準と申しましても基準と申しましても中身が同じだ」というような政府委員答弁が確かにございます。実際、今までもこれでずっとやってきたのもまた事実でございます。
今回、法律改正によりまして、国の標準に従って各都道府県においては基準を定めるというその制度の基本は変えていないわけでございますけれども、都道府県教育委員会の判断によって、児童生徒の実態を考慮して特に必要があると認める場合は、国の標準により定められる一学級の児童または生徒の数を下回る数を特例的な基準として定めることを可能にするということで、昭和三十三年以来一貫してやってきたものと今回はそういう意味では違いができてくるということになるわけでございます。
今、委員、地方自治体の財政力等でそれでは差がつくではないかというような御懸念も示されたわけでございます。一応、国が定める標準においては、そういう意味では全国機会均等ということで変わりがないというところは国でもちゃんと担保しているということであろうと思いますが、そこから先は各自治体の判断、例えば百というお金があって、それをある県ではより多く教育に回そう、ある県ではより多く福祉に回そう、ある県ではより多く例えば公共事業に回そうという、そういうまさに地方自治の本旨にのっとって、それぞれの自治体での判断でそこをどう配分していくかという判断はあろうかと思います。また、当然そこには教育の実態というものも反映されなければならないだろう。
そういう意味で、私は、最低限といいましょうか、全国一律の標準は標準として、そこから先はまさに自治体それぞれの判断によってばらつきが出るということは私はあって構わないし、それがまさに地方自治、地方分権というものではないだろうかと、かように考えております。
この発言だけを見る →今回、法律改正によりまして、国の標準に従って各都道府県においては基準を定めるというその制度の基本は変えていないわけでございますけれども、都道府県教育委員会の判断によって、児童生徒の実態を考慮して特に必要があると認める場合は、国の標準により定められる一学級の児童または生徒の数を下回る数を特例的な基準として定めることを可能にするということで、昭和三十三年以来一貫してやってきたものと今回はそういう意味では違いができてくるということになるわけでございます。
今、委員、地方自治体の財政力等でそれでは差がつくではないかというような御懸念も示されたわけでございます。一応、国が定める標準においては、そういう意味では全国機会均等ということで変わりがないというところは国でもちゃんと担保しているということであろうと思いますが、そこから先は各自治体の判断、例えば百というお金があって、それをある県ではより多く教育に回そう、ある県ではより多く福祉に回そう、ある県ではより多く例えば公共事業に回そうという、そういうまさに地方自治の本旨にのっとって、それぞれの自治体での判断でそこをどう配分していくかという判断はあろうかと思います。また、当然そこには教育の実態というものも反映されなければならないだろう。
そういう意味で、私は、最低限といいましょうか、全国一律の標準は標準として、そこから先はまさに自治体それぞれの判断によってばらつきが出るということは私はあって構わないし、それがまさに地方自治、地方分権というものではないだろうかと、かように考えております。
阿
阿南一成#11
○阿南一成君 そうしますと、今回の改正によって各都道府県の教育委員会は独自に学級編制の基準を定めることができるということになると思うのでありますが、それはそれとして私はいい面もあると思います。学級崩壊などの問題が起きている地域や学校の実態に応じて弾力的な対応が可能になるということではいいんではなかろうかと考えております。
ただ、ここで確認をしておきたいことでありますが、仮に都道府県の教育委員会がこの改正法に基づいて国で定める標準を下回る数を学級編制の基準として定め、当該都道府県内の学校を一斉に四十人以下の学級にした場合、今、大臣がおっしゃられたように、各都道府県間の格差が生じるのかなというふうに思います。またさらに、現実には難しいことかもしれませんが、各都道府県内の各地域別、また学校別に学級編制基準を定めることが理論上では可能だと思うのであります。そうであるとすれば、その場合には地域、学校間の格差が生じることにもなりはしないかという懸念を持ちます。
極端な例ではありますけれども、このような場合において、義務標準法の目的とする義務教育の水準の維持向上、教育の機会均等の実質的な保障との関係をどのように考えておられるか。国は教育の機会均等と一定の教育水準を実質的に確保する責任があると私は考えます。
今回の改正により、学級編制基準の弾力化はあくまでも特例であり、国は教育の水準維持に対してしっかりと責任を持つということを確認させていただきたいのであります。また、各都道府県の判断により、学級編制基準を弾力化して国の定める標準以下の数字を基準とした場合、それに係る教員増加分の給与費は国庫負担の対象外となるのではないかなというふうに思うわけであります。
そういたしますと、各都道府県の財政力の違いにより、財政的に余裕のある県は国の標準を弾力化して手厚く教師を配置し、そうでないところは弾力化することができないということで手厚く配置ができない。こういうことになりますと、やはり若干の心配を持つわけでありますが、この辺に対する見解をお示しいただければと思います。
この発言だけを見る →ただ、ここで確認をしておきたいことでありますが、仮に都道府県の教育委員会がこの改正法に基づいて国で定める標準を下回る数を学級編制の基準として定め、当該都道府県内の学校を一斉に四十人以下の学級にした場合、今、大臣がおっしゃられたように、各都道府県間の格差が生じるのかなというふうに思います。またさらに、現実には難しいことかもしれませんが、各都道府県内の各地域別、また学校別に学級編制基準を定めることが理論上では可能だと思うのであります。そうであるとすれば、その場合には地域、学校間の格差が生じることにもなりはしないかという懸念を持ちます。
極端な例ではありますけれども、このような場合において、義務標準法の目的とする義務教育の水準の維持向上、教育の機会均等の実質的な保障との関係をどのように考えておられるか。国は教育の機会均等と一定の教育水準を実質的に確保する責任があると私は考えます。
今回の改正により、学級編制基準の弾力化はあくまでも特例であり、国は教育の水準維持に対してしっかりと責任を持つということを確認させていただきたいのであります。また、各都道府県の判断により、学級編制基準を弾力化して国の定める標準以下の数字を基準とした場合、それに係る教員増加分の給与費は国庫負担の対象外となるのではないかなというふうに思うわけであります。
そういたしますと、各都道府県の財政力の違いにより、財政的に余裕のある県は国の標準を弾力化して手厚く教師を配置し、そうでないところは弾力化することができないということで手厚く配置ができない。こういうことになりますと、やはり若干の心配を持つわけでありますが、この辺に対する見解をお示しいただければと思います。
町
町村信孝#12
○国務大臣(町村信孝君) 今、委員おっしゃった国が果たすべき役割といいましょうか、すべての都道府県、市町村に標準として、ここはやっぱり国がミニマムリクワイアメントといいましょうか、必ず達成してもらいたいというのは、まさに標準としてこれはお示しをするわけであります。それが例えば一学級四十人とか事務職員の場合は何人とか、そういうことになってくるわけでありますが、それを下回ってというか上回って例えばうちの県は五十人にするとか六十人にするということは、これは許されないことであろうと、要するに国が必要と思う部分をそれでは下回ってしまいますから。ただ、それを超えて、よりよい環境といいましょうかを各都道府県が今回の法律に基づきまして特に必要と認める場合、それはどうぞやっても構いません、それはまさに各自治体の御判断であろうと。
ただ、国としては、まず一定の予算の、二分の一国庫負担の総枠があります。したがいまして、その総枠の範囲内でいろいろ工夫をして各都道府県に割り当てられた枠の中でいろいろなやりくりの結果、特例的にやる部分が出てくれば、それはそれで構わないわけであります。
ただ、一応各都道府県に配分をしたものをさらに超えて、より手厚く、例えば一斉に十人学級にしてしまおうとなると、膨大な今度は先生の数が、仮定のケースですが必要になってまいります。それは各自治体の御判断でありますから、必要なそこに要する経費というものはそれは各自治体でお持ちをいただきたいということになります。あくまでも国が持つのは全体の標準とプラス今回加配をする部分の中での自治体の中でのやりとりはそれはどうぞ御自由にというか、やってくださって結構ですと、特に必要がある場合はということになるわけでありましょう。
そのときに、じゃ自治体の豊かさといいましょうか、によって差が出てくるではないかというお話がありました。確かにそういう面が絶対ないとは私もあえて申し上げませんけれども、しかしそれはどこの自治体も今は大なり小なり苦しい状態。そしてその中で、さっき申し上げましたように、我が県としては、我が市町村としては特にどこに資源配分をしていくのか、公共事業なのか、福祉なのか、教育なのか、その他の分野なのか。それはまさにそれぞれの自治体の判断がむしろあってしかるべきであって、それがまさに地方分権、地方自治というものは私はそういうものなんだろうと思うんです。
限られたそう豊かではない都道府県財政の中で、なおかつ我が県はどこに重点を置くのかということはそれぞれの県によって違いがあっていいのであって、そこのばらつきがあっては一切いけないというのは、私はむしろ中央集権的な発想になる。中央集権的というか国が最低限やるのはさっき申し上げましたあくまでも標準で示した部分で十分なのではないんだろうかと、こう思っているわけであります。
この発言だけを見る →ただ、国としては、まず一定の予算の、二分の一国庫負担の総枠があります。したがいまして、その総枠の範囲内でいろいろ工夫をして各都道府県に割り当てられた枠の中でいろいろなやりくりの結果、特例的にやる部分が出てくれば、それはそれで構わないわけであります。
ただ、一応各都道府県に配分をしたものをさらに超えて、より手厚く、例えば一斉に十人学級にしてしまおうとなると、膨大な今度は先生の数が、仮定のケースですが必要になってまいります。それは各自治体の御判断でありますから、必要なそこに要する経費というものはそれは各自治体でお持ちをいただきたいということになります。あくまでも国が持つのは全体の標準とプラス今回加配をする部分の中での自治体の中でのやりとりはそれはどうぞ御自由にというか、やってくださって結構ですと、特に必要がある場合はということになるわけでありましょう。
そのときに、じゃ自治体の豊かさといいましょうか、によって差が出てくるではないかというお話がありました。確かにそういう面が絶対ないとは私もあえて申し上げませんけれども、しかしそれはどこの自治体も今は大なり小なり苦しい状態。そしてその中で、さっき申し上げましたように、我が県としては、我が市町村としては特にどこに資源配分をしていくのか、公共事業なのか、福祉なのか、教育なのか、その他の分野なのか。それはまさにそれぞれの自治体の判断がむしろあってしかるべきであって、それがまさに地方分権、地方自治というものは私はそういうものなんだろうと思うんです。
限られたそう豊かではない都道府県財政の中で、なおかつ我が県はどこに重点を置くのかということはそれぞれの県によって違いがあっていいのであって、そこのばらつきがあっては一切いけないというのは、私はむしろ中央集権的な発想になる。中央集権的というか国が最低限やるのはさっき申し上げましたあくまでも標準で示した部分で十分なのではないんだろうかと、こう思っているわけであります。
阿
阿南一成#13
○阿南一成君 次に移ります。
義務教育費国庫負担制度について若干の質疑をしておきたいと思います。
義務教育を支える車の両輪として義務標準法とともにいま一つ義務教育費国庫負担法があるわけでありますが、学校教育法第五条により、公立小中学校の設置者である市町村が運営に要する経費を負担することが原則とされております。この原則のとおりでは市町村間の財政力の格差がそのまま教職員の給与等に反映をされる、市町村によっては教職員の確保が困難な状況も出てくる場合もあるということで、義務教育の根幹を揺るがすことにもなりかねないというふうに思っておるところであります。
したがって、市町村よりも財政力基盤のある都道府県が教職員給与を負担することとして、すべての児童生徒に義務教育を保障し全国的な教育水準の維持向上を図る、我が国の義務教育を支えるべく国と地方の役割分担を形成しておったのが今日までの現状であったというふうに判断をしております。
ところが、昨今、地方分権の推進という流れから機関委任事務の廃止などさまざまな改革が行われてきております。特に、昨年十二月に閣議決定をされました行政改革大綱の中では「国庫補助負担金の整理合理化」と題しまして、地方分権推進計画を踏まえ、聖域のない見直し、整理合理化という一文が盛り込まれております。
この閣議決定によって国庫負担金が一律に整理合理化がなされるとは私は思いませんけれども、義務教育費国庫負担制度は、国が一定の教育水準を維持、確保することを目的とする重要な制度であると私は認識をしておりますので、整理合理化の対象にはなり得ないと考えておるわけでありますが、念のために大臣の御見解もお伺いをしておきたいと思います。
また、財政面も含め義務教育に係る国と地方の役割分担について、大臣の基本的な認識をあわせてお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →義務教育費国庫負担制度について若干の質疑をしておきたいと思います。
義務教育を支える車の両輪として義務標準法とともにいま一つ義務教育費国庫負担法があるわけでありますが、学校教育法第五条により、公立小中学校の設置者である市町村が運営に要する経費を負担することが原則とされております。この原則のとおりでは市町村間の財政力の格差がそのまま教職員の給与等に反映をされる、市町村によっては教職員の確保が困難な状況も出てくる場合もあるということで、義務教育の根幹を揺るがすことにもなりかねないというふうに思っておるところであります。
したがって、市町村よりも財政力基盤のある都道府県が教職員給与を負担することとして、すべての児童生徒に義務教育を保障し全国的な教育水準の維持向上を図る、我が国の義務教育を支えるべく国と地方の役割分担を形成しておったのが今日までの現状であったというふうに判断をしております。
ところが、昨今、地方分権の推進という流れから機関委任事務の廃止などさまざまな改革が行われてきております。特に、昨年十二月に閣議決定をされました行政改革大綱の中では「国庫補助負担金の整理合理化」と題しまして、地方分権推進計画を踏まえ、聖域のない見直し、整理合理化という一文が盛り込まれております。
この閣議決定によって国庫負担金が一律に整理合理化がなされるとは私は思いませんけれども、義務教育費国庫負担制度は、国が一定の教育水準を維持、確保することを目的とする重要な制度であると私は認識をしておりますので、整理合理化の対象にはなり得ないと考えておるわけでありますが、念のために大臣の御見解もお伺いをしておきたいと思います。
また、財政面も含め義務教育に係る国と地方の役割分担について、大臣の基本的な認識をあわせてお伺いしたいと思います。
町
町村信孝#14
○国務大臣(町村信孝君) 委員御指摘のように、確かに平成十二年十二月一日閣議決定、行政改革大綱、その中で、今お話しあったように、聖域なく見直しを行い、その整理合理化を推進するという形で国庫補助負担金についての方針が示されているわけでございますが、いわばその前提として平成十年五月二十九日閣議決定されました地方分権推進計画というのがございます。その中に同じように国庫補助負担金整理合理化の基本的な考え方という部分がございまして、そこには「国が一定水準を確保することに責任を持つべき行政分野に関して負担する経常的国庫負担金については」、中略いたしまして、「その対象を」「義務教育等の真に国が義務的に負担を行うべきと考えられる分野に限定していくこととする。」という形で、義務教育等という形で限定がここではっきり書かれております。
そういう意味で、私は、今、委員御指摘のように、人件費等の二分の一国庫負担というものはまさに全国的な教育水準の維持向上の根幹である、そういう意味で私はこれからもこの方針、この考え方、この法律を堅持をしていこうと、こう思っているところでございます。
この発言だけを見る →そういう意味で、私は、今、委員御指摘のように、人件費等の二分の一国庫負担というものはまさに全国的な教育水準の維持向上の根幹である、そういう意味で私はこれからもこの方針、この考え方、この法律を堅持をしていこうと、こう思っているところでございます。
阿
阿南一成#15
○阿南一成君 ありがとうございました。
次に、義務教育費国庫負担金に関して気になるところがありますので、もう少しお尋ねをしておきたいと思います。
それは財政制度審議会の報告の中で、国と地方の役割分担のあり方の観点から国庫負担の対象等について見直しを行うことが必要である旨の記述がこれまでたびたびなされております。
行財政改革の中で昭和六十年以降、対象費目の見直しが次々と行われました。例えば、旅費、教材費、恩給費、共済費が国庫負担の対象から外れ一般財源化をしております。このような流れの中で、次は学校事務職員、栄養職員の給与費が適用対象外となるのではないかという心配があり、毎年、私のところにも、予算の時期になりますと、非常に多くの関係者の方々からの御意見、陳情が寄せられております。
そこで、来年度から、教職員定数改善計画のもとになった調査研究協力者会議の報告の中では、学校栄養職員、事務職員など学校内の専門的人材を教育活動に積極的に活用するという一項目が入っております。事務職員、栄養職員は教師と一体となって学校を運営する基幹的な職員であると私は認識をしておるわけであります。
このような経緯もありまして、これまでも事務職員、栄養職員に係る国庫負担の対象外問題については国会で何度となく過去も取り上げられております。その際は、その時々の文部大臣がその都度、堅持をする、絶対に外すことのできない職種であるという前向きの答弁をなさっておるわけであります。今後も事務職員、栄養職員は国庫負担制度の対象から外さない、堅持するという大臣の強い御決意をいただければというふうに思うところであります。
この発言だけを見る →次に、義務教育費国庫負担金に関して気になるところがありますので、もう少しお尋ねをしておきたいと思います。
それは財政制度審議会の報告の中で、国と地方の役割分担のあり方の観点から国庫負担の対象等について見直しを行うことが必要である旨の記述がこれまでたびたびなされております。
行財政改革の中で昭和六十年以降、対象費目の見直しが次々と行われました。例えば、旅費、教材費、恩給費、共済費が国庫負担の対象から外れ一般財源化をしております。このような流れの中で、次は学校事務職員、栄養職員の給与費が適用対象外となるのではないかという心配があり、毎年、私のところにも、予算の時期になりますと、非常に多くの関係者の方々からの御意見、陳情が寄せられております。
そこで、来年度から、教職員定数改善計画のもとになった調査研究協力者会議の報告の中では、学校栄養職員、事務職員など学校内の専門的人材を教育活動に積極的に活用するという一項目が入っております。事務職員、栄養職員は教師と一体となって学校を運営する基幹的な職員であると私は認識をしておるわけであります。
このような経緯もありまして、これまでも事務職員、栄養職員に係る国庫負担の対象外問題については国会で何度となく過去も取り上げられております。その際は、その時々の文部大臣がその都度、堅持をする、絶対に外すことのできない職種であるという前向きの答弁をなさっておるわけであります。今後も事務職員、栄養職員は国庫負担制度の対象から外さない、堅持するという大臣の強い御決意をいただければというふうに思うところであります。
町
町村信孝#16
○国務大臣(町村信孝君) 今、阿南委員御指摘のとおり、過去累次にわたりまして、旅費とか恩給費とか共済費の追加費用等、これらについて昭和六十年以降一般財源化をしてきたのは事実でございます。そして、いよいよ残っております国庫負担対象経費は給料とか諸手当とか共済費の長期給付等、そして負担対象になっておりますのは校長、教頭、教諭等、養護教諭等、事務職員、学校栄養職員ということで、極めて限定をされた姿になってきております。
今、特に委員お話しのあった学校の事務職員あるいは栄養職員、これらなくして学校が成り立たないわけであります。そういう意味で基幹的な人材であるというふうに私どもも考えております。特に、学校栄養職員などはこれを栄養教諭にしてはどうかという強い声があることも私どもよく承知をしておりまして、その面についての今検討も始まったところでございますけれども、いずれにしても、基幹的な職員であるという認識は、これは多分何代文部大臣、文部科学大臣がかわっても将来にわたっても変わらない部分であろうと、こう考えますので、私はこうした基幹職員に対する国庫負担をこれからもしっかりと堅持、維持してまいりたいと、かように考えております。
この発言だけを見る →今、特に委員お話しのあった学校の事務職員あるいは栄養職員、これらなくして学校が成り立たないわけであります。そういう意味で基幹的な人材であるというふうに私どもも考えております。特に、学校栄養職員などはこれを栄養教諭にしてはどうかという強い声があることも私どもよく承知をしておりまして、その面についての今検討も始まったところでございますけれども、いずれにしても、基幹的な職員であるという認識は、これは多分何代文部大臣、文部科学大臣がかわっても将来にわたっても変わらない部分であろうと、こう考えますので、私はこうした基幹職員に対する国庫負担をこれからもしっかりと堅持、維持してまいりたいと、かように考えております。
阿
阿南一成#17
○阿南一成君 大変力強い御答弁をちょうだいいたしました。ありがとうございました。
学校事務職員について、さらにもう一点だけお尋ねをしておきたいと思います。
平成十年九月の中央教育審議会答申、「今後の地方教育行政の在り方について」を受けまして、平成十二年五月の教職員配置の在り方等に関する調査研究協力者会議報告、「今後の学級編制及び教職員配置について」の中で指摘をされておるわけでありますが、今後ますます学校事務職員の果たす役割はただいま大臣御答弁いただきましたように重要になってくるということがうたわれております。これからの学校運営は、校長先生を中心とした学校自治の裁量権の拡大を図り、そしてまた、学校事務の共同実施を進めていくべき方向にあるのではないかというふうに愚考する次第であります。
その場合に、学校において事務職員の適正な配置が重要な課題となってくると考えられるのでありますが、今回の定数改善計画では、学校事務職員についてはどのような改善が図られることになるのであろうかという点をお伺いしておきたいと思います。
あわせて、仮に学校事務の共同実施が可能な地域においては、その拠点校に例えば事務長または事務主任といった職を置くことが学校事務の円滑な推進により機能するのではないかと考えておるのでありますが、少し細かい話でありますが、政府参考人の答弁を求めます。
この発言だけを見る →学校事務職員について、さらにもう一点だけお尋ねをしておきたいと思います。
平成十年九月の中央教育審議会答申、「今後の地方教育行政の在り方について」を受けまして、平成十二年五月の教職員配置の在り方等に関する調査研究協力者会議報告、「今後の学級編制及び教職員配置について」の中で指摘をされておるわけでありますが、今後ますます学校事務職員の果たす役割はただいま大臣御答弁いただきましたように重要になってくるということがうたわれております。これからの学校運営は、校長先生を中心とした学校自治の裁量権の拡大を図り、そしてまた、学校事務の共同実施を進めていくべき方向にあるのではないかというふうに愚考する次第であります。
その場合に、学校において事務職員の適正な配置が重要な課題となってくると考えられるのでありますが、今回の定数改善計画では、学校事務職員についてはどのような改善が図られることになるのであろうかという点をお伺いしておきたいと思います。
あわせて、仮に学校事務の共同実施が可能な地域においては、その拠点校に例えば事務長または事務主任といった職を置くことが学校事務の円滑な推進により機能するのではないかと考えておるのでありますが、少し細かい話でありますが、政府参考人の答弁を求めます。
矢
矢野重典#18
○政府参考人(矢野重典君) 今回の定数改善計画では、義務教育諸学校につきましては、新しい指導要領に基づく多様な教育活動の実施に対応した事務処理でございますとか、教育の情報化を推進する地域の拠点校等への定数配置を中心といたしまして、五年間で七百二十六人の改善を盛り込んでいるところでございます。
現在、学校教育法施行規則によりまして、高等学校、盲・聾・養護学校におきましては、事務長を置くものとするということとされているところでございますが、小中学校につきましては、事務主任を置くことができるというふうにされているところでございます。
そこで、小中学校につきましても事務主任あるいは事務長を必置のものと制度化するという御提言があるわけでございますけれども、現状におきましては、大部分の公立小中学校において事務職員が一人程度しか配置されていないという現状がございますし、また事務の共同処理もほとんど現状におきましては行われていないという実態があるわけでございますので、こういう状況におきましては、事務主任等の必置については現段階においては難しい面があるというふうに私どもは考えているところでございます。
しかし、今後、学校の裁量権限の拡大等に伴いまして学校の事務の増加が予想されますわけでございますので、学校の事務職員の専門性をより高め、そして事務処理の効率化、集中化を図り、事務の共同処理を推進する必要があると考えているところでございまして、このため、文部科学省では、既に平成十一年度から、学校事務の共同実施等事務処理の効率化につきまして都道府県教育委員会に調査研究事業を実施していただいているところでございます。また、先ほど申し上げましたように、今回の定数改善計画におきましては、義務教育諸学校につきまして地域の拠点校等に定数措置をいたすこととしているところでございます。
今後、これらの調査研究事業の成果やあるいは各市町村における学校事務の共同実施の導入の状況等を踏まえて、小中学校における事務長や事務主任に関する御提言がございました制度の改善について検討してまいりたいと考えているところでございます。
この発言だけを見る →現在、学校教育法施行規則によりまして、高等学校、盲・聾・養護学校におきましては、事務長を置くものとするということとされているところでございますが、小中学校につきましては、事務主任を置くことができるというふうにされているところでございます。
そこで、小中学校につきましても事務主任あるいは事務長を必置のものと制度化するという御提言があるわけでございますけれども、現状におきましては、大部分の公立小中学校において事務職員が一人程度しか配置されていないという現状がございますし、また事務の共同処理もほとんど現状におきましては行われていないという実態があるわけでございますので、こういう状況におきましては、事務主任等の必置については現段階においては難しい面があるというふうに私どもは考えているところでございます。
しかし、今後、学校の裁量権限の拡大等に伴いまして学校の事務の増加が予想されますわけでございますので、学校の事務職員の専門性をより高め、そして事務処理の効率化、集中化を図り、事務の共同処理を推進する必要があると考えているところでございまして、このため、文部科学省では、既に平成十一年度から、学校事務の共同実施等事務処理の効率化につきまして都道府県教育委員会に調査研究事業を実施していただいているところでございます。また、先ほど申し上げましたように、今回の定数改善計画におきましては、義務教育諸学校につきまして地域の拠点校等に定数措置をいたすこととしているところでございます。
今後、これらの調査研究事業の成果やあるいは各市町村における学校事務の共同実施の導入の状況等を踏まえて、小中学校における事務長や事務主任に関する御提言がございました制度の改善について検討してまいりたいと考えているところでございます。
阿
阿南一成#19
○阿南一成君 前向きの御答弁をちょうだいして、ありがとうございました。
次に、質問通告しております九番目については、後ほど時間が余れば、余ればというか、大事な問題ではあるのでありますが、やらせていただくことにいたしまして、通告の十番目に入ります。
学校の役割、特に私学の役割についてお伺いをいたしておきたいと思います。
戦後、焼け野原からの復興を遂げて、今ある我が国の繁栄の基礎を形づくってきたのはまさに日本の教育、なかんずくその中心の学校であると私は考えております。戦後、学校は高度経済成長を担う人材の量産に努め、大きな役割を果たしてきたのであります。しかし、二十一世紀を迎えた今日、教育の意味、学校の役割は変わりつつあります。情報化、国際化が進展し社会が成熟する中では、これまでのような画一的な人材の量産よりも、むしろ個々の個性を伸ばし多様な人材を育成することが求められていると考えるのであります。つまり、画一の時代から個の時代へと変化をしつつあります。
さらに、昨今、家庭や地域の教育力が低下をいたしました。戦後の教育の中で失われてきた公徳心あるいは規範意識というものを学校においてもしっかりと身につけさせることが必要であるというふうに思うところであります。学校に対する期待、役割はますます大きくなっておると思うのであります。
これまでの戦後の学校における民主主義教育、すばらしいものも多々あるわけでありますが、やや平等を強調し過ぎてきたというところもあると思います。しかし、これからの学校においては、規範意識などの基盤を育成し、その上で個々の子供たちの資質が十分に伸びていくような教育システムを確立すべきであろうかと思うのであります。
奉仕活動などの体験活動の充実、教育改革の具体的な取り組みが今後行われなければなりませんが、教育改革を断行するためには社会全体で取り組んでいく必要があろうかと思います。もちろん改革には摩擦も伴うわけでありますけれども、国民の合意の形成が簡単ではないとして決断を先延ばしにすることはできないと考えるのです。勇気を持って国民に理解を求めて説得し、国民を先導するのが政治家、政治の責務であろうと思っております。
大臣は、これからの学校の役割をどのようにお考えになり、政治家としてどのように学校教育を形づくっていくか、率直な御見解を賜れば幸いであります。
さらに、これからの個性化の時代において、建学の精神に基づいて特色ある教育を行う私学は、義務教育段階においても重要な役割を果たし、新しい風を吹き込むのではないかと私は考えております。
そこで、現在はまだ恐らく制定されていないと思うのでありますが、小学校、中学校に係る設置基準を明確化し、義務教育段階における私立学校を設置しやすいようにすることがよいのではないかというふうに愚考するところでありますが、大臣のお考えをお聞かせいただきたい。あわせて、義務教育段階における私学の役割について大臣はどのように考えておるのかも御答弁をいただければと思います。
また、経常費に占める国庫補助金の割合は幼稚園から高等学校までは四%程度であります。また、地方交付税まで含めても三〇%程度となっております。義務教育段階である小学校、中学校に限りますと、その割合がどの程度になっておるのでありましょうか。
私は、学校教育の一端を担う私学、特に義務教育段階における私学の助成についても見直す必要があるのではないかと考えておりますが、今後の私学教育のあり方全体について大臣の御所見を賜ればと思うところであります。
この発言だけを見る →次に、質問通告しております九番目については、後ほど時間が余れば、余ればというか、大事な問題ではあるのでありますが、やらせていただくことにいたしまして、通告の十番目に入ります。
学校の役割、特に私学の役割についてお伺いをいたしておきたいと思います。
戦後、焼け野原からの復興を遂げて、今ある我が国の繁栄の基礎を形づくってきたのはまさに日本の教育、なかんずくその中心の学校であると私は考えております。戦後、学校は高度経済成長を担う人材の量産に努め、大きな役割を果たしてきたのであります。しかし、二十一世紀を迎えた今日、教育の意味、学校の役割は変わりつつあります。情報化、国際化が進展し社会が成熟する中では、これまでのような画一的な人材の量産よりも、むしろ個々の個性を伸ばし多様な人材を育成することが求められていると考えるのであります。つまり、画一の時代から個の時代へと変化をしつつあります。
さらに、昨今、家庭や地域の教育力が低下をいたしました。戦後の教育の中で失われてきた公徳心あるいは規範意識というものを学校においてもしっかりと身につけさせることが必要であるというふうに思うところであります。学校に対する期待、役割はますます大きくなっておると思うのであります。
これまでの戦後の学校における民主主義教育、すばらしいものも多々あるわけでありますが、やや平等を強調し過ぎてきたというところもあると思います。しかし、これからの学校においては、規範意識などの基盤を育成し、その上で個々の子供たちの資質が十分に伸びていくような教育システムを確立すべきであろうかと思うのであります。
奉仕活動などの体験活動の充実、教育改革の具体的な取り組みが今後行われなければなりませんが、教育改革を断行するためには社会全体で取り組んでいく必要があろうかと思います。もちろん改革には摩擦も伴うわけでありますけれども、国民の合意の形成が簡単ではないとして決断を先延ばしにすることはできないと考えるのです。勇気を持って国民に理解を求めて説得し、国民を先導するのが政治家、政治の責務であろうと思っております。
大臣は、これからの学校の役割をどのようにお考えになり、政治家としてどのように学校教育を形づくっていくか、率直な御見解を賜れば幸いであります。
さらに、これからの個性化の時代において、建学の精神に基づいて特色ある教育を行う私学は、義務教育段階においても重要な役割を果たし、新しい風を吹き込むのではないかと私は考えております。
そこで、現在はまだ恐らく制定されていないと思うのでありますが、小学校、中学校に係る設置基準を明確化し、義務教育段階における私立学校を設置しやすいようにすることがよいのではないかというふうに愚考するところでありますが、大臣のお考えをお聞かせいただきたい。あわせて、義務教育段階における私学の役割について大臣はどのように考えておるのかも御答弁をいただければと思います。
また、経常費に占める国庫補助金の割合は幼稚園から高等学校までは四%程度であります。また、地方交付税まで含めても三〇%程度となっております。義務教育段階である小学校、中学校に限りますと、その割合がどの程度になっておるのでありましょうか。
私は、学校教育の一端を担う私学、特に義務教育段階における私学の助成についても見直す必要があるのではないかと考えておりますが、今後の私学教育のあり方全体について大臣の御所見を賜ればと思うところであります。
町
町村信孝#20
○国務大臣(町村信孝君) 学校の果たす役割、時代時代によって確かに大きく変わってくるんだろうと思います。ただ、変われるものと変わらないものもあるんだろうなと、こう思っております。
学校にどういうことを期待するのか。一つは、やはり先人の築き上げた知識あるいは知恵、そうしたものをしっかり次の世代に伝えていくという部分があるんだろうと思います。
それと同時に、やっぱり一つの場としての学校を考えたときに、知識の伝達だけなら場合によっては、ある部分だけをとれば、インターネットで個別学習をやっていけばある程度のことはできるようになるかもしれません。ますますインターネットが進めば、言うならば個人教授的な感じでプログラムに従ってインターネットでどんどん勉強していくということがだんだん私は広がってくるんだろうと思います。
じゃ、インターネットでもう全部学校は要らなくなるのかと。やっぱりそうではないんだろうと思います。やはりそこには先生というものがあり友達というものがあり、また大勢の人たちがかかわりを持ってでき上がっている学校という場でありますから、そこでのやはり切磋琢磨とかディベートをするとか、なかなかインターネット、まあ将来コンピューターがうんと進んでくればディベートもできるのかもしれませんが、ディベートはなかなか、やっぱり学校という場でしかできないだろうと。
やっぱり先生から見て、この子にはこういうすぐれた能力があるからそれを引き出していこうという、潜在能力を大いに開花をしていくといったような、そういう多面的な部分があるんだろうなと思います。
それから、やはり一人で家にこもっていてできないのは、多分、先ほど委員から御指摘のあったいろいろな体験活動、奉仕活動等、あるいは道徳教育などで、心の豊かさというものをはぐくんでいくというようなこともやはりこれからの学校の中では引き続き、あるいはこれからますます重要になっていくんじゃないのかなと、こう思ったりしております。
ただ、昨今、よく若いお父さん、お母さんが、保護者の方が、うちの子供は何にもしつけていないから先生しっかりしつけてちょうだいねと言って子供を学校に連れてくると。見ると、本当にしつけていないなと。しかし、社会の、どう言うんでしょうか、極めて人間として基礎的な部分はやっぱり小学校とか幼稚園に入る前にはしっかりと家庭でやっておいてもらいたいと、ここまで、のどまで出るんだけれども、現実の子供を見ると言えなくて大変悩む先生方もいらっしゃるようであります。
やはり私は、だからといって何からかにまで全部学校に期待をし過ぎるというのもまた行き過ぎであって、やはり家庭は家庭で、確かに家庭のしつけなどというものも最近とんと言われなくなってきておりますけれども、やっぱり私は家庭の教育力をいかに向上させていくのか、若いお父さん、お母さんたちにどうやって子供を育てるということを考えながらやってもらうのかということは大変重要な課題であって、何でも、そこまで、しつけまで全部学校というのは、私はある意味では求め過ぎではないのかなという部分もあろうかと思います。
したがって、家庭教育手帳、家庭教育ノートを、母子保健と一緒に手帳を渡して、あるいはこれからは子育て講座などもやって、やっぱり子育てを、特に妊娠をした瞬間から子供に対する教育が始まるという意味での家庭教育が非常に重要だし、また、家庭以外の面でも、例えば地域社会における教育というものもだんだんまた今見直されつつあると思います。
そういう意味で、すべてを学校に頼ってはやっぱりいけないんだろうと思ったりもします。しかし、学校の果たすべき重要な役割というのはこれからも、先ほど申し上げたような面で多々あるというふうに思っております。
それから、私学のお話がございました。
現実、今、私立の小学校に通っている生徒さんは〇・九%、私立の中学校に通っているお子さんが五・七%ということで、確かにその比率は大変少のうございます。子供の数が今減っている中でありますから、私はこういう状況の中でどんどん私立の小中学校がふえていくだろうかというと、大学だって、こんなに生徒の数が、十八歳人口が減っているときに私学の窓口がここ何年間ずっとふえ続けるというのは、私は率直に言って私学の経営者の方々は何を考えているんだろうかと思うこともあるのでありますが、それはそれとして、いろんな機会がふえるというのはいいことなので、一概には言えないかもしれませんが。したがって、どんどんできるかどうかわかりませんけれども、しかし、つくりたいと思う人にとってつくれる道は常に開かれていることは、これはいろいろな選択肢が広がるという意味で大切なことだろうと思います。
そこで、小中学校の設置基準というのが実はないのでありまして、それを今回、二十一世紀教育新生プランの中でもうたっておりますけれども、平成十三年度中にこの設置基準の策定をしようと、今年度中に。そして、その基準を明らかにすることによって、私立の小中学校もつくりたいというときに、ああそうか、そういう基準でつくれるんだということがはっきりするということは大切なことだと思っておりますので、これをやっていきたいと思います。
最後に、私学の役割、特に私学助成をどう考えるのかという御指摘がございました。
私は、公立の学校も大変大切だし、しかし同時に、いろいろな選択肢がある、特色のある学校、公立も特色のある学校にこれからはどんどんなっていってもらいたいと思っておりますが、やはり私学はもともと建学の精神というものがあってやっているわけでありますから、そういう意味での私学助成。なかなかこれも財政が厳しい折でございますから、私学の皆さんの御期待どおりの予算配分ができていないのは事実でございますけれども、苦しい財政の中ではございますけれども、一生懸命私学助成も鋭意拡大に努力をしているところでありまして、これからもまた私学の皆さん方が伸び伸びとした教育ができるようにできる限りの助成を拡充していきたい、かように考えているところでございます。
この発言だけを見る →学校にどういうことを期待するのか。一つは、やはり先人の築き上げた知識あるいは知恵、そうしたものをしっかり次の世代に伝えていくという部分があるんだろうと思います。
それと同時に、やっぱり一つの場としての学校を考えたときに、知識の伝達だけなら場合によっては、ある部分だけをとれば、インターネットで個別学習をやっていけばある程度のことはできるようになるかもしれません。ますますインターネットが進めば、言うならば個人教授的な感じでプログラムに従ってインターネットでどんどん勉強していくということがだんだん私は広がってくるんだろうと思います。
じゃ、インターネットでもう全部学校は要らなくなるのかと。やっぱりそうではないんだろうと思います。やはりそこには先生というものがあり友達というものがあり、また大勢の人たちがかかわりを持ってでき上がっている学校という場でありますから、そこでのやはり切磋琢磨とかディベートをするとか、なかなかインターネット、まあ将来コンピューターがうんと進んでくればディベートもできるのかもしれませんが、ディベートはなかなか、やっぱり学校という場でしかできないだろうと。
やっぱり先生から見て、この子にはこういうすぐれた能力があるからそれを引き出していこうという、潜在能力を大いに開花をしていくといったような、そういう多面的な部分があるんだろうなと思います。
それから、やはり一人で家にこもっていてできないのは、多分、先ほど委員から御指摘のあったいろいろな体験活動、奉仕活動等、あるいは道徳教育などで、心の豊かさというものをはぐくんでいくというようなこともやはりこれからの学校の中では引き続き、あるいはこれからますます重要になっていくんじゃないのかなと、こう思ったりしております。
ただ、昨今、よく若いお父さん、お母さんが、保護者の方が、うちの子供は何にもしつけていないから先生しっかりしつけてちょうだいねと言って子供を学校に連れてくると。見ると、本当にしつけていないなと。しかし、社会の、どう言うんでしょうか、極めて人間として基礎的な部分はやっぱり小学校とか幼稚園に入る前にはしっかりと家庭でやっておいてもらいたいと、ここまで、のどまで出るんだけれども、現実の子供を見ると言えなくて大変悩む先生方もいらっしゃるようであります。
やはり私は、だからといって何からかにまで全部学校に期待をし過ぎるというのもまた行き過ぎであって、やはり家庭は家庭で、確かに家庭のしつけなどというものも最近とんと言われなくなってきておりますけれども、やっぱり私は家庭の教育力をいかに向上させていくのか、若いお父さん、お母さんたちにどうやって子供を育てるということを考えながらやってもらうのかということは大変重要な課題であって、何でも、そこまで、しつけまで全部学校というのは、私はある意味では求め過ぎではないのかなという部分もあろうかと思います。
したがって、家庭教育手帳、家庭教育ノートを、母子保健と一緒に手帳を渡して、あるいはこれからは子育て講座などもやって、やっぱり子育てを、特に妊娠をした瞬間から子供に対する教育が始まるという意味での家庭教育が非常に重要だし、また、家庭以外の面でも、例えば地域社会における教育というものもだんだんまた今見直されつつあると思います。
そういう意味で、すべてを学校に頼ってはやっぱりいけないんだろうと思ったりもします。しかし、学校の果たすべき重要な役割というのはこれからも、先ほど申し上げたような面で多々あるというふうに思っております。
それから、私学のお話がございました。
現実、今、私立の小学校に通っている生徒さんは〇・九%、私立の中学校に通っているお子さんが五・七%ということで、確かにその比率は大変少のうございます。子供の数が今減っている中でありますから、私はこういう状況の中でどんどん私立の小中学校がふえていくだろうかというと、大学だって、こんなに生徒の数が、十八歳人口が減っているときに私学の窓口がここ何年間ずっとふえ続けるというのは、私は率直に言って私学の経営者の方々は何を考えているんだろうかと思うこともあるのでありますが、それはそれとして、いろんな機会がふえるというのはいいことなので、一概には言えないかもしれませんが。したがって、どんどんできるかどうかわかりませんけれども、しかし、つくりたいと思う人にとってつくれる道は常に開かれていることは、これはいろいろな選択肢が広がるという意味で大切なことだろうと思います。
そこで、小中学校の設置基準というのが実はないのでありまして、それを今回、二十一世紀教育新生プランの中でもうたっておりますけれども、平成十三年度中にこの設置基準の策定をしようと、今年度中に。そして、その基準を明らかにすることによって、私立の小中学校もつくりたいというときに、ああそうか、そういう基準でつくれるんだということがはっきりするということは大切なことだと思っておりますので、これをやっていきたいと思います。
最後に、私学の役割、特に私学助成をどう考えるのかという御指摘がございました。
私は、公立の学校も大変大切だし、しかし同時に、いろいろな選択肢がある、特色のある学校、公立も特色のある学校にこれからはどんどんなっていってもらいたいと思っておりますが、やはり私学はもともと建学の精神というものがあってやっているわけでありますから、そういう意味での私学助成。なかなかこれも財政が厳しい折でございますから、私学の皆さんの御期待どおりの予算配分ができていないのは事実でございますけれども、苦しい財政の中ではございますけれども、一生懸命私学助成も鋭意拡大に努力をしているところでありまして、これからもまた私学の皆さん方が伸び伸びとした教育ができるようにできる限りの助成を拡充していきたい、かように考えているところでございます。
阿
阿南一成#21
○阿南一成君 ありがとうございました。
とりあえず閣法に対する質問はここにおきまして、続きまして、一括議題とされております参法、いわゆる野党提案の参法の義務標準法等の一部改正案と閣法の費用等の問題について、若干の質疑をさせていただきます。
参法では、学級編制の標準を四十名から三十名に引き下げるということであります。また、あらゆる職種の定数を引き上げることとしておられます。たくさんの教職員が必要であろうかと思いますし、また費用も必要であろうと思うところであります。参法施行によりましてどの程度の費用がかかると概算をされておるのかをお伺いいたしたいと思います。
さらに、参法は十年計画とのことでありまするので、五年計画である閣法とは単純な比較はできないと思います。そこで、単年度当たりの増加教職員数をどの程度と見込まれておられるか、またそのための費用として幾らぐらいを見込んでおられるのか。参法の発議者、そして政府にもお答えをいただければと思います。
また、参法では、学級や教職員数がふえることにより学校の器である教室などの施設もふやしてやる必要が出てくるものと思いますが、この参法施行に伴う施設費の増加はどの程度だとお考えになっておられるか。
以上、四点をお尋ねいたします。
この発言だけを見る →とりあえず閣法に対する質問はここにおきまして、続きまして、一括議題とされております参法、いわゆる野党提案の参法の義務標準法等の一部改正案と閣法の費用等の問題について、若干の質疑をさせていただきます。
参法では、学級編制の標準を四十名から三十名に引き下げるということであります。また、あらゆる職種の定数を引き上げることとしておられます。たくさんの教職員が必要であろうかと思いますし、また費用も必要であろうと思うところであります。参法施行によりましてどの程度の費用がかかると概算をされておるのかをお伺いいたしたいと思います。
さらに、参法は十年計画とのことでありまするので、五年計画である閣法とは単純な比較はできないと思います。そこで、単年度当たりの増加教職員数をどの程度と見込まれておられるか、またそのための費用として幾らぐらいを見込んでおられるのか。参法の発議者、そして政府にもお答えをいただければと思います。
また、参法では、学級や教職員数がふえることにより学校の器である教室などの施設もふやしてやる必要が出てくるものと思いますが、この参法施行に伴う施設費の増加はどの程度だとお考えになっておられるか。
以上、四点をお尋ねいたします。
本
本岡昭次#22
○本岡昭次君 今御質問にありましたように、私どもの提案しました法律は、現在の義務教育諸学校に関する学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の改正案でありますが、一番法律の中心になっております三条の、一クラスを何人にするかというところを、現在の法律の四十人を三十人にしていこうということでございます。したがいまして、閣法のように加配の教職員をふやしていくというふうな形の改善と著しく異なっております。
したがいまして、必要な教職員も非常に違ってまいります。私どもの十年間の試算、義務教育諸学校関係では十九万二千人程度の増員を必要とするのではないか、そして予算も一兆六千億程度必要とするというふうに見ています。我々が議論するのは、そのうちの義務教育費国庫負担法に基づく半額国庫負担の分ですから、二分の一で約八千億というふうに、十年計画の最終段階ではそのようになっているということであります。
単年度というのは、単純に十分の一ずつ積み上げていく。四十人から三十人にするというのは、一クラス十人減らしていくということですから、機械的に言えば初年度は三十九人、その次は三十八、三十七、三十六と、十年たったときに三十人学級ができる。一挙に三十人学級としたいんですが、そういう財政力はとても今の我が国にはない、こういうことから十年計画にしたというふうに御理解を賜りたいと思います。
したがいまして、単年度、またそれも十分の一、割ると八百億円ということになりましょう。そして、十九万二千人をこれも十分の一、割ると一万九千、単純に言えば、そういうふうに単年度の積算をいたしております。
それから、学級数の増加に伴って施設が当然必要となるであろう。こういうふうに考えると、新しく教室を増するという必要に迫られますが、これも見込みでありますが、十年計画で五千八百億円程度のものが最終的に必要になるんではないか、このように考えておりまして、これも十年計画ですから十分の一とすると単年度五百八十億というふうになってまいりますが、しかし、これはそれぞれその負担の仕方がございますから、もう少し細かく計算する必要がまた出てくると思いますが、大ざっぱに言いますとそういうことになります。
それで、近年、子供の数が減ってきておりますから、文教予算の中で公立学校の施設費というのはどんどん下がってきて、平成五年には二千七百億あった学校の施設をつくるためのお金が、現在では千六百億円程度というふうに六〇%ぐらい下がってきているという現状もございます。
もう一つ、現在ある小中学校が一定の耐用年数というものを迎えて、ここ十年、二十年ほどの間に多くの学校が改築をしなければならないという状況にございます。したがって、そういう老朽化していく状況を前倒しにして、そして新しい時代に対応する学校に変えていく。
先ほども、議員の方も質問の中で、学級というものの考え方が変わってきているんではないか、教育のあり方も、教員が教壇に立って一斉にこちらを向かせて白墨で黒板に書くというふうな授業形態だけでは済まないんではないかということもおっしゃっていましたが、そういう意味で、教室そのものも新しい時代に対応するそういうものにやはりつくりかえていくという積極的な意味も含めて、この施設の問題については、三十人学級をすることによって教室がふえていく、だからそれに対応しなければならぬということじゃなくて、もっとより積極的に公共投資というものの中の重要な部分として、新しい時代に見合った学校をどのようにして子供たちに提供していくのかという考え方も必要ではないかというふうに思っております。
以上です。
この発言だけを見る →したがいまして、必要な教職員も非常に違ってまいります。私どもの十年間の試算、義務教育諸学校関係では十九万二千人程度の増員を必要とするのではないか、そして予算も一兆六千億程度必要とするというふうに見ています。我々が議論するのは、そのうちの義務教育費国庫負担法に基づく半額国庫負担の分ですから、二分の一で約八千億というふうに、十年計画の最終段階ではそのようになっているということであります。
単年度というのは、単純に十分の一ずつ積み上げていく。四十人から三十人にするというのは、一クラス十人減らしていくということですから、機械的に言えば初年度は三十九人、その次は三十八、三十七、三十六と、十年たったときに三十人学級ができる。一挙に三十人学級としたいんですが、そういう財政力はとても今の我が国にはない、こういうことから十年計画にしたというふうに御理解を賜りたいと思います。
したがいまして、単年度、またそれも十分の一、割ると八百億円ということになりましょう。そして、十九万二千人をこれも十分の一、割ると一万九千、単純に言えば、そういうふうに単年度の積算をいたしております。
それから、学級数の増加に伴って施設が当然必要となるであろう。こういうふうに考えると、新しく教室を増するという必要に迫られますが、これも見込みでありますが、十年計画で五千八百億円程度のものが最終的に必要になるんではないか、このように考えておりまして、これも十年計画ですから十分の一とすると単年度五百八十億というふうになってまいりますが、しかし、これはそれぞれその負担の仕方がございますから、もう少し細かく計算する必要がまた出てくると思いますが、大ざっぱに言いますとそういうことになります。
それで、近年、子供の数が減ってきておりますから、文教予算の中で公立学校の施設費というのはどんどん下がってきて、平成五年には二千七百億あった学校の施設をつくるためのお金が、現在では千六百億円程度というふうに六〇%ぐらい下がってきているという現状もございます。
もう一つ、現在ある小中学校が一定の耐用年数というものを迎えて、ここ十年、二十年ほどの間に多くの学校が改築をしなければならないという状況にございます。したがって、そういう老朽化していく状況を前倒しにして、そして新しい時代に対応する学校に変えていく。
先ほども、議員の方も質問の中で、学級というものの考え方が変わってきているんではないか、教育のあり方も、教員が教壇に立って一斉にこちらを向かせて白墨で黒板に書くというふうな授業形態だけでは済まないんではないかということもおっしゃっていましたが、そういう意味で、教室そのものも新しい時代に対応するそういうものにやはりつくりかえていくという積極的な意味も含めて、この施設の問題については、三十人学級をすることによって教室がふえていく、だからそれに対応しなければならぬということじゃなくて、もっとより積極的に公共投資というものの中の重要な部分として、新しい時代に見合った学校をどのようにして子供たちに提供していくのかという考え方も必要ではないかというふうに思っております。
以上です。
矢
矢野重典#23
○政府参考人(矢野重典君) 参法による所要経費の見込み額でございますが、私どもの方から御説明することが適当であるかどうかということがございますけれども、御質問でございますので私どもの試算を申し上げます。
公立小中学校で三十人学級を実施する場合に必要となる教員の増員数でございますけれども、これは今後の児童生徒数それから学級数の正確な把握が難しい状況がございますので、幾つかの推計方法が考えられるわけでございます。また、どのような実施方法を採用するかによっても結果が異なってまいるわけでございます。そういう意味で、確定的に必要な教員数を申し上げるのは難しいという点はまず御理解をいただきたいと思います。
そこで、仮にでございますが、公立小中学校において直ちに三十人学級を実施する場合の一つの試算といたしましては、私どもの試算としては約十一万五千人、経費といたしましては九千六百億円が必要と見込まれるところでございます。また、参法によるその他所要の改善数を加味いたしますと、合わせて約二十万人の教職員の増員となるわけでございまして、これは国と地方の負担を合わせ入れますと約一兆六千億円の経費が必要と見込まれるわけでございます。
さらに、三十人学級を実施した際に必要となる場合の教室の施設費でございますが、これも正確な見込みは難しいわけでございますけれども、およその推計によりますれば、現在ある余裕教室等の既存の施設を活用いたしましても、なお国と地方の負担を合わせますと三兆円近い経費が必要になるものというふうに私どもとしては見込んでいるところでございます。
この発言だけを見る →公立小中学校で三十人学級を実施する場合に必要となる教員の増員数でございますけれども、これは今後の児童生徒数それから学級数の正確な把握が難しい状況がございますので、幾つかの推計方法が考えられるわけでございます。また、どのような実施方法を採用するかによっても結果が異なってまいるわけでございます。そういう意味で、確定的に必要な教員数を申し上げるのは難しいという点はまず御理解をいただきたいと思います。
そこで、仮にでございますが、公立小中学校において直ちに三十人学級を実施する場合の一つの試算といたしましては、私どもの試算としては約十一万五千人、経費といたしましては九千六百億円が必要と見込まれるところでございます。また、参法によるその他所要の改善数を加味いたしますと、合わせて約二十万人の教職員の増員となるわけでございまして、これは国と地方の負担を合わせ入れますと約一兆六千億円の経費が必要と見込まれるわけでございます。
さらに、三十人学級を実施した際に必要となる場合の教室の施設費でございますが、これも正確な見込みは難しいわけでございますけれども、およその推計によりますれば、現在ある余裕教室等の既存の施設を活用いたしましても、なお国と地方の負担を合わせますと三兆円近い経費が必要になるものというふうに私どもとしては見込んでいるところでございます。
阿
阿南一成#24
○阿南一成君 参法発議者のかかる経費とそれから政府参考人が積算した経費とはかなり乖離をしておるようでありますが、それはそれとして、次に移ります。
現下の厳しい財政状況にかんがみますに、参法の施行に要する経費を捻出することは非常に困難であるというのは、私もそう思っております。
我が国の長期債務残高、国と地方を合わせますと、平成十三年度末の政府見通しでは六百六十六兆円に上るとされております。また、債務残高の対GNP比の国際比較を見ましても、十八人学級を行うという米国は五四・六%、それから英国、ドイツ、フランスは五〇・七、五七・八、六三・六%でありますのに、我が国は一一八・六%と、大変な財政状況にあるところであります。
我が国における教育に対する財政支出の水準が欧米諸国と比較して少ないということは、先日の有馬委員も御指摘をされておったところであります。たびたび議論をされている問題でありますけれども、こうした状況下であることを認識しながらも、現状において限られた資源を集中的に投下すべきポイントを絞り込む必要はあろうかと思います。
国じゅうが豊かで、あり余る財政支出が保証されているときでない残念ながら今日の状況下で、とり得る答えの一つが、私は閣法による教職員定数の改善になったのかなというふうに考えております。逼迫した財政状況のもと、どのように費用を捻出するおつもりか、参法の発議者にお伺いをしておきたいと思います。
また、財政状況と教職員定数の改善のあり方について、副大臣あるいは政府参考人から御答弁を賜ればというふうに思います。
この発言だけを見る →現下の厳しい財政状況にかんがみますに、参法の施行に要する経費を捻出することは非常に困難であるというのは、私もそう思っております。
我が国の長期債務残高、国と地方を合わせますと、平成十三年度末の政府見通しでは六百六十六兆円に上るとされております。また、債務残高の対GNP比の国際比較を見ましても、十八人学級を行うという米国は五四・六%、それから英国、ドイツ、フランスは五〇・七、五七・八、六三・六%でありますのに、我が国は一一八・六%と、大変な財政状況にあるところであります。
我が国における教育に対する財政支出の水準が欧米諸国と比較して少ないということは、先日の有馬委員も御指摘をされておったところであります。たびたび議論をされている問題でありますけれども、こうした状況下であることを認識しながらも、現状において限られた資源を集中的に投下すべきポイントを絞り込む必要はあろうかと思います。
国じゅうが豊かで、あり余る財政支出が保証されているときでない残念ながら今日の状況下で、とり得る答えの一つが、私は閣法による教職員定数の改善になったのかなというふうに考えております。逼迫した財政状況のもと、どのように費用を捻出するおつもりか、参法の発議者にお伺いをしておきたいと思います。
また、財政状況と教職員定数の改善のあり方について、副大臣あるいは政府参考人から御答弁を賜ればというふうに思います。
佐
佐藤泰介#25
○佐藤泰介君 我々参法と閣法との費用の違いが若干冒頭言われましたけれども、五年と十年という差がございまして、五年ぐらいですとある程度の子供の数が予測できるという状況が一つはあると思いますが、私ども、そうした財政事情も考えながら、長期に十年ということになりますと生まれていない子供の数もちょっと考えなければならぬという状況もあって、その辺の苦しさがあって、どちらが正しいのかということになるとちょっと予測がつかない部分はございます。その点は御理解をいただきたいというふうに思います。
それで、今、阿南委員の費用の財源についてでございますけれども、今、阿南委員が言われましたように、私どもとしても現下極めて厳しい財政状況にあるということは、言われたとおり認識をいたしております。しかしそれゆえ、私どもは、採決はされましたけれども、今国会におきまして、民主、社民、共産、自由の四党共同で予算についての削減抑制総額九千三百億円の平成十三年度政府予算に対する共同組み替え要求を行ったところであります。そこで示したようなむだな公共事業の削減、ODA予算の見直し、あるいは昨日の官房機密費、外務省の報償費の減額等々、政府予算を大胆に見直すことで三十人学級実現に向けた経費の捻出は十分可能であると考えております。
先ほど来、阿南委員も学校の役割について述べられておりました。その点について私自身も同感できる部分も多々あるわけでございますけれども、今の子供たちの現状を見たとき、二十一世紀に向けて力強い社会をつくっていく、その基盤はまさに私は教育の充実こそが重要であると、このように考えております。
したがって、大変厳しい財政事情ではありますけれども、あすの日本、二十一世紀を構築していくためにこうした私どもの法案を提出させていただいた次第でございます。
この発言だけを見る →それで、今、阿南委員の費用の財源についてでございますけれども、今、阿南委員が言われましたように、私どもとしても現下極めて厳しい財政状況にあるということは、言われたとおり認識をいたしております。しかしそれゆえ、私どもは、採決はされましたけれども、今国会におきまして、民主、社民、共産、自由の四党共同で予算についての削減抑制総額九千三百億円の平成十三年度政府予算に対する共同組み替え要求を行ったところであります。そこで示したようなむだな公共事業の削減、ODA予算の見直し、あるいは昨日の官房機密費、外務省の報償費の減額等々、政府予算を大胆に見直すことで三十人学級実現に向けた経費の捻出は十分可能であると考えております。
先ほど来、阿南委員も学校の役割について述べられておりました。その点について私自身も同感できる部分も多々あるわけでございますけれども、今の子供たちの現状を見たとき、二十一世紀に向けて力強い社会をつくっていく、その基盤はまさに私は教育の充実こそが重要であると、このように考えております。
したがって、大変厳しい財政事情ではありますけれども、あすの日本、二十一世紀を構築していくためにこうした私どもの法案を提出させていただいた次第でございます。
阿
阿南一成#26
○阿南一成君 もう一つ参法発議者にお尋ねをしておきたいと思います。
大量の教師を採用するということに相なるわけであろうかと思うのでありますが、最近教師が関係したまゆをひそめるような事件も多々あります。短期間に大量の採用を行うことに不安を覚える国民もいるのではなかろうかと思うのであります。
先ほども大臣より教員養成、教員の質向上についての決意を伺いましたところでありますけれども、こうした施策を講じる場合にも、余りに多くの教員を一度に採用しては、採用時の初任者研修にとどまらず将来的な研修体制にもゆがみが生じる危険はあると私は思います。参法施行に伴う教職員採用計画においてこの点をどのようにお考えになっておるかをお伺いしておきたいと思います。
さらに、参法による大量採用により、教員の質が低下することのみでなく教員の年齢構成がアンバランスになりますと、将来の人事的な問題というものも出てくると思うのでありますが、この辺に対しての御認識、御見解もあわせて御答弁をいただければというふうに思います。
この発言だけを見る →大量の教師を採用するということに相なるわけであろうかと思うのでありますが、最近教師が関係したまゆをひそめるような事件も多々あります。短期間に大量の採用を行うことに不安を覚える国民もいるのではなかろうかと思うのであります。
先ほども大臣より教員養成、教員の質向上についての決意を伺いましたところでありますけれども、こうした施策を講じる場合にも、余りに多くの教員を一度に採用しては、採用時の初任者研修にとどまらず将来的な研修体制にもゆがみが生じる危険はあると私は思います。参法施行に伴う教職員採用計画においてこの点をどのようにお考えになっておるかをお伺いしておきたいと思います。
さらに、参法による大量採用により、教員の質が低下することのみでなく教員の年齢構成がアンバランスになりますと、将来の人事的な問題というものも出てくると思うのでありますが、この辺に対しての御認識、御見解もあわせて御答弁をいただければというふうに思います。
本
本岡昭次#27
○本岡昭次君 大幅な教員増を必要とするということについて、採用にかかわる問題あるいは教員の質の問題あるいは学校の教員の年齢構成の問題等々の御心配についての御質問をいただきました。
それで、まず私たちの十年計画に基づいて考えてみますと、単純に割っていきますと小学校の教員はまず八千四百人という数が出てきます。その八千四百人という教員を採用するという場合に、それだけの教員志望者がいるのかどうかということになってまいります。これはもちろん教員養成計画との関係もありますが、しかし平成十二年度を見ますと、公立小学校の教員採用試験に応募した受験者が四万六千人いたわけであります。大変であります。教科によっては十倍、十五倍、二十倍というような競争率が各都道府県の教育委員会で起こっている現状であります。中学校も六千七百人必要としますが、これも十二年度は四万八千人と。高校を参考までに申し上げますと、六千六百人の教員増と我々は考えていますが、平成十二年では四万人と。だから、そういう意味では教員の数を確保するについて心配はないということをまず申し上げておきたいと思います。
それから、教員の質の問題でありますが、これは現在教員になろうとしている人たちそのものの質の問題を論議することも大事ですが、基本的に私は教員養成のありようをもう一度やはり見直していかなければならぬじゃないかと思います。
今論議されているように、大学院、今の四年じゃなくて六年までかけてやる必要があると。あるいはまた、十年ごとぐらいに研修期間を設けてそして内地留学あるいはまた海外へ行って研修する、あるいは四年制大学の者が大学院の勉強をさらに在籍しながらするとか、さまざまな在籍中のそういう研修の期間をつくって教員の質を高めていくという、この両方、教員になる前の教員の資質の向上と、なってからという問題をやはりやっていくことが中心であって、この三十人学級にすることによって教員がふえる、だから教員の質云々ということが直接的な問題ではないんではないかというふうに思っておりますが、阿南委員のおっしゃったことは極めて大事なことであると認識をいたしております。
それから、最後におっしゃいました年齢構成の問題ですが、私はむしろ逆ではないかと思っております。
今、学校の教員の年齢は、私どもが教員になったときは非常に低くて、平均年齢は二十歳代でした、校長が四十前後で。そういう形の中で戦後教育を立ち上げていった。今は平均年齢が一部の都市を除いては非常に高くなってきております。しかも、退職した方を再雇用するというふうな問題もそこに起こってきてさらに高年齢化するという過程があるわけで、だから年齢のアンバランスを解消してバランスよくやるとすれば、むしろ若い先生、学卒者を大量にやっぱり学校に導入すると。戦後のようにせよとは言いませんが、少なくともそういう職場の中の若い人たちの力を投入していくということの意味でも、むしろよい結果を私はもたらすのではないかというふうに思っております。
以上です。
この発言だけを見る →それで、まず私たちの十年計画に基づいて考えてみますと、単純に割っていきますと小学校の教員はまず八千四百人という数が出てきます。その八千四百人という教員を採用するという場合に、それだけの教員志望者がいるのかどうかということになってまいります。これはもちろん教員養成計画との関係もありますが、しかし平成十二年度を見ますと、公立小学校の教員採用試験に応募した受験者が四万六千人いたわけであります。大変であります。教科によっては十倍、十五倍、二十倍というような競争率が各都道府県の教育委員会で起こっている現状であります。中学校も六千七百人必要としますが、これも十二年度は四万八千人と。高校を参考までに申し上げますと、六千六百人の教員増と我々は考えていますが、平成十二年では四万人と。だから、そういう意味では教員の数を確保するについて心配はないということをまず申し上げておきたいと思います。
それから、教員の質の問題でありますが、これは現在教員になろうとしている人たちそのものの質の問題を論議することも大事ですが、基本的に私は教員養成のありようをもう一度やはり見直していかなければならぬじゃないかと思います。
今論議されているように、大学院、今の四年じゃなくて六年までかけてやる必要があると。あるいはまた、十年ごとぐらいに研修期間を設けてそして内地留学あるいはまた海外へ行って研修する、あるいは四年制大学の者が大学院の勉強をさらに在籍しながらするとか、さまざまな在籍中のそういう研修の期間をつくって教員の質を高めていくという、この両方、教員になる前の教員の資質の向上と、なってからという問題をやはりやっていくことが中心であって、この三十人学級にすることによって教員がふえる、だから教員の質云々ということが直接的な問題ではないんではないかというふうに思っておりますが、阿南委員のおっしゃったことは極めて大事なことであると認識をいたしております。
それから、最後におっしゃいました年齢構成の問題ですが、私はむしろ逆ではないかと思っております。
今、学校の教員の年齢は、私どもが教員になったときは非常に低くて、平均年齢は二十歳代でした、校長が四十前後で。そういう形の中で戦後教育を立ち上げていった。今は平均年齢が一部の都市を除いては非常に高くなってきております。しかも、退職した方を再雇用するというふうな問題もそこに起こってきてさらに高年齢化するという過程があるわけで、だから年齢のアンバランスを解消してバランスよくやるとすれば、むしろ若い先生、学卒者を大量にやっぱり学校に導入すると。戦後のようにせよとは言いませんが、少なくともそういう職場の中の若い人たちの力を投入していくということの意味でも、むしろよい結果を私はもたらすのではないかというふうに思っております。
以上です。
阿
阿南一成#28
○阿南一成君 参法の答弁者の方々、御苦労さまでした。ありがとうございました。
若干時間がありますので、もとに戻ります。
質問通告の三番。もし可能であれば河村副大臣にお願いをいたしたいと思うので、最初に申し上げておきます。
来年度から実施される教職員定数改善計画によりますと、五年間の改善総数で公立義務教育諸学校については約二万七千人、公立の高校については約七千人となっており、現下の厳しい財政状況の中で多くの教職員定数が確保をされることになります。
ここで申し上げたいのは、単に教員の数をふやすだけではなく、先ほども申しました危機的状況を打開するということでやってもらわなければならないと思うのであります。
学級崩壊に直面し、思い悩んで休職に至るまで問題解決に努力をしておられる先生方がおられる一方で、不祥事、わいせつあるいはその他等で懲戒処分を受けた教職員も約二千名に上っております。それは徐々にではありますがふえておるという現状であろうかと思います。また、指導力不足等、教師としての適格性を欠くいわゆる問題教師も存在をしておるところであります。
今後、適格性を欠く教師に対応するために法改正等がなされるべきであるというふうに私は考えておりますが、マイナス要因を除去するという消極的な対応だけでなく、さらに積極的な改善策を打ち出していかなければならないと考えるのであります。
学校運営で最も重要な役割を果たすのはやはり一人一人の教師であります。教員養成の段階では、教員採用試験の対策として断片的な知識の獲得のみでなく、教科内容を深めるものでなければならない。そして、いよいよあこがれの教師となって教壇に立った場合に、子供たちの素朴な疑問に対して深い理解、知識に裏打ちをされました形でのお答えができるということでなければならないだろうと思うのであります。現職の教員研修もさることながら、これからの教師の養成段階における改善も必要であろうかというふうに思うところであります。
教職員の定数、つまり数にかかわる改善計画は来年度から実施ということで策定をされておりますが、教師一人一人の質の向上など内容面について、教員養成段階まで含めた抜本的な改善策を明示をし、定数改善計画と一体のものとして取り扱うことが重要であろうかと思うのであります。
本年一月に出されました二十一世紀教育新生プランにおきまして幾つか改善策が提示をされております。全体的観点に立ったものとしては残念ながらいま一歩ではなかろうかというふうに思うのであります。
教師の養成段階から研修、さらには不適格教師の人事管理も含めて、それぞれ断片的なものに終始するのではなく、全体的視野から抜本的な改善プランを作成することが重要であろうと思いますが、河村副大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
さらに、昨年文部省から出されました調査結果、教育委員会月報平成十二年十二月号によりますと、教職員に対する懲戒処分の理由といたしまして、その他と分類されるものが、平成十年度が百人であったものが平成十一年度には一挙に千四百人と急増をしておるのでありまするが、これは一体どういうことであろうかと疑問を持っておるところであります。
あわせて御答弁を願えればと思います。
この発言だけを見る →若干時間がありますので、もとに戻ります。
質問通告の三番。もし可能であれば河村副大臣にお願いをいたしたいと思うので、最初に申し上げておきます。
来年度から実施される教職員定数改善計画によりますと、五年間の改善総数で公立義務教育諸学校については約二万七千人、公立の高校については約七千人となっており、現下の厳しい財政状況の中で多くの教職員定数が確保をされることになります。
ここで申し上げたいのは、単に教員の数をふやすだけではなく、先ほども申しました危機的状況を打開するということでやってもらわなければならないと思うのであります。
学級崩壊に直面し、思い悩んで休職に至るまで問題解決に努力をしておられる先生方がおられる一方で、不祥事、わいせつあるいはその他等で懲戒処分を受けた教職員も約二千名に上っております。それは徐々にではありますがふえておるという現状であろうかと思います。また、指導力不足等、教師としての適格性を欠くいわゆる問題教師も存在をしておるところであります。
今後、適格性を欠く教師に対応するために法改正等がなされるべきであるというふうに私は考えておりますが、マイナス要因を除去するという消極的な対応だけでなく、さらに積極的な改善策を打ち出していかなければならないと考えるのであります。
学校運営で最も重要な役割を果たすのはやはり一人一人の教師であります。教員養成の段階では、教員採用試験の対策として断片的な知識の獲得のみでなく、教科内容を深めるものでなければならない。そして、いよいよあこがれの教師となって教壇に立った場合に、子供たちの素朴な疑問に対して深い理解、知識に裏打ちをされました形でのお答えができるということでなければならないだろうと思うのであります。現職の教員研修もさることながら、これからの教師の養成段階における改善も必要であろうかというふうに思うところであります。
教職員の定数、つまり数にかかわる改善計画は来年度から実施ということで策定をされておりますが、教師一人一人の質の向上など内容面について、教員養成段階まで含めた抜本的な改善策を明示をし、定数改善計画と一体のものとして取り扱うことが重要であろうかと思うのであります。
本年一月に出されました二十一世紀教育新生プランにおきまして幾つか改善策が提示をされております。全体的観点に立ったものとしては残念ながらいま一歩ではなかろうかというふうに思うのであります。
教師の養成段階から研修、さらには不適格教師の人事管理も含めて、それぞれ断片的なものに終始するのではなく、全体的視野から抜本的な改善プランを作成することが重要であろうと思いますが、河村副大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
さらに、昨年文部省から出されました調査結果、教育委員会月報平成十二年十二月号によりますと、教職員に対する懲戒処分の理由といたしまして、その他と分類されるものが、平成十年度が百人であったものが平成十一年度には一挙に千四百人と急増をしておるのでありまするが、これは一体どういうことであろうかと疑問を持っておるところであります。
あわせて御答弁を願えればと思います。
河
河村建夫#29
○副大臣(河村建夫君) お答え申し上げます。
委員御指摘のとおり、教員の質をいかに上げるかということも非常に大きな課題でございます。そのことで、実は平成十年に教育職員免許法の改正がなされまして、大学における教員養成カリキュラムが大幅に改善をされておるわけでございます。
教員としての使命感をはぐくんでいくということで教職の意義等に関する科目、こういうものもふやす。さらに、中学校における教育実習といいますか、それも時間を延長する。その上にまたカウンセリング、最近非常に必要になってきておりますが、それを必修化するという形で、学校教育、実際に現場に置かれる先生方が今当面する課題に対応できるようにということで、新しいカリキュラムは平成十二年度の大学入学者、昨年から適用されておるところでございます。
さらに、議員立法等においては介護体験の実習も義務づけると、こういうようなこともやってきたわけでございまして、そういうきちっとした、先生自身もその新しいカリキュラムの中で学んでいただく。
さらに、採用の場合においても、人物重視といいますか、まさにやる気のある前向きな、あるいはまた子供に対する愛情の深い先生をどういうふうに選んでいくかということも大事なことでございまして、そういう面では、面接とか実技試験、あるいは社会経験のボランティア体験等々も評価するとか、こういうふうなことも見て各教育委員会が今積極的な取り組みをいたしておるようなわけでございます。
また一方では、委員御指摘のように、児童生徒への指導が不適切な教師もおるわけでございます。確かに現実にあるわけでございますし、さきの学級崩壊等の国立教育研究所等の統計を見ても、確かに学級崩壊等が起きる原因の半分以上は教師の指導力にあると、こういう指摘もあるわけでございます。
事実、そういう不適切な教員については、さきの教育改革国民会議におきましても、分限免職に至らないまでも転職等も考えるべきだという御指摘もございまして、今回、そのことができるような法律案も提出をさせていただいておるわけでございます。
このように、教員の養成、そして採用、研修、人事管理、あらゆる面から今日の当面する、今学校が抱える課題に積極的に取り組んでいける教員の養成、確保、さらに力を入れていかなきゃいかぬと考えておるところでございます。
また、懲戒処分の問題で今、教育委員会月報を引用されて御指摘があったわけでございます。訓告、諭旨免職等二千八百三人。また、平成十年度と比較すると、懲戒処分が千二百三十三人さらにふえているということでありまして、この主な原因でございますが、実は広島県におきまして、勤務時間中の職員団体のための活動状況調べ、いわゆる破り年休ということがございました。これを適正に記入し提出するものの校長の職務命令に違反して千二百十名が訓告処分を受けたことが一点。それから、給与を受けながら勤務時間中に職員団体のために活動したことによって千百九十九人が厳重注意を受けたと、これが主たる原因でございます。
この発言だけを見る →委員御指摘のとおり、教員の質をいかに上げるかということも非常に大きな課題でございます。そのことで、実は平成十年に教育職員免許法の改正がなされまして、大学における教員養成カリキュラムが大幅に改善をされておるわけでございます。
教員としての使命感をはぐくんでいくということで教職の意義等に関する科目、こういうものもふやす。さらに、中学校における教育実習といいますか、それも時間を延長する。その上にまたカウンセリング、最近非常に必要になってきておりますが、それを必修化するという形で、学校教育、実際に現場に置かれる先生方が今当面する課題に対応できるようにということで、新しいカリキュラムは平成十二年度の大学入学者、昨年から適用されておるところでございます。
さらに、議員立法等においては介護体験の実習も義務づけると、こういうようなこともやってきたわけでございまして、そういうきちっとした、先生自身もその新しいカリキュラムの中で学んでいただく。
さらに、採用の場合においても、人物重視といいますか、まさにやる気のある前向きな、あるいはまた子供に対する愛情の深い先生をどういうふうに選んでいくかということも大事なことでございまして、そういう面では、面接とか実技試験、あるいは社会経験のボランティア体験等々も評価するとか、こういうふうなことも見て各教育委員会が今積極的な取り組みをいたしておるようなわけでございます。
また一方では、委員御指摘のように、児童生徒への指導が不適切な教師もおるわけでございます。確かに現実にあるわけでございますし、さきの学級崩壊等の国立教育研究所等の統計を見ても、確かに学級崩壊等が起きる原因の半分以上は教師の指導力にあると、こういう指摘もあるわけでございます。
事実、そういう不適切な教員については、さきの教育改革国民会議におきましても、分限免職に至らないまでも転職等も考えるべきだという御指摘もございまして、今回、そのことができるような法律案も提出をさせていただいておるわけでございます。
このように、教員の養成、そして採用、研修、人事管理、あらゆる面から今日の当面する、今学校が抱える課題に積極的に取り組んでいける教員の養成、確保、さらに力を入れていかなきゃいかぬと考えておるところでございます。
また、懲戒処分の問題で今、教育委員会月報を引用されて御指摘があったわけでございます。訓告、諭旨免職等二千八百三人。また、平成十年度と比較すると、懲戒処分が千二百三十三人さらにふえているということでありまして、この主な原因でございますが、実は広島県におきまして、勤務時間中の職員団体のための活動状況調べ、いわゆる破り年休ということがございました。これを適正に記入し提出するものの校長の職務命令に違反して千二百十名が訓告処分を受けたことが一点。それから、給与を受けながら勤務時間中に職員団体のために活動したことによって千百九十九人が厳重注意を受けたと、これが主たる原因でございます。