グレゴリー・クラークの発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(グレゴリー・クラーク君) 冲永先生がおっしゃったように、前と比べれば文部省の態度、随分、大分よくなりまして、ちょっといろいろな意味で反省させられたんですけれども、ただ大学の次元でもうちょっと自由にできるように変えて、さっき話を伺って、社会人、もう大人になって、社会人教育をもっと強調すべきではないか。文部省は一〇〇%バックアップしています。
ちなみに、うちの大学の大学院は全部社会人しか入れないんです。学部から直接入れないんです。それで、みんな同じことをおっしゃっているんです。学部で四年教育を受けたのにほとんど役に立たなくて、三十歳、二十八歳になって反省して、もう一度大学に戻らなくちゃいけない。そういう意味では、そういう大学院をつくるのは文部省の方から全然規制もなくて、かえって奨励されまして、ただカリキュラムの次元では、前は一般教養二年とか専門学習二年とか、あの規定も余り成功しなくて、完全に崩れてしまっている。
私、もう一つ、申しわけない、出席した委員会が多くて、英語教育を改善する文部省の委員会に出席したんですよ。これから高校の英語教育は、今まで建前として選択だったんですけれども、これからは必修になるんです。これは、私、中曽根前文部大臣に申し上げたんです。国として国家は若い子供に間違った教育を強制的に受けさせる権限はないですと。みんな白けちゃったんですけれども。けれども、妥協しないです。この間違った英語教育の深刻さは、もうちょっと文部省だけではなくて先生たちにも理解してほしいんです。いずれにしても、これは規定として全然好ましくないと思います。外してほしいと思います。
ちなみに、多摩大学は、私が学長になってすぐ教授会に提案したんです。入学試験から英語を全部外す。それで、文部省がちょっと介入して、結局は選択にしたんですけれども、いずれにしても、こういう英語教育、これからもっと大学に集中しないと、日本人はますます国際社会の中で落ちこぼれ存在になるんではないかと思っています。