山田敏雅の発言 (憲法調査会)
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○山田(敏)委員 民主党の山田敏雅でございます。私は十分間いただきましたので、意見を述べさせていただきます。
九月八日に、私はサンフランシスコに行ってまいりました。シュルツ元国務長官、日米協会の方々の御尽力で、サンフランシスコ講和条約五十周年記念の式典がございました。それに伴って二日間の日米関係のシンポジウムがございました。その一九五一年九月八日、五十年目の日に同じ場所に行きました。
サンフランシスコ講和条約はオペラハウスという場所で開かれたんですが、それに続いて、わずか一時間か二時間後に日米安保条約が吉田茂首相とトルーマン大統領の間で交わされました。その場所に私どもも参りました。プレシディオというサンフランシスコの一番大きな陸軍基地の片隅にあります小さな体育館、木造の体育館です。この木造の体育館の中で、日米安保条約に我が国の首相とトルーマン大統領が署名をされました。私は、その場に立ちまして、五十年前の日本、アメリカの従属国であった、まさに占領されていたんだな、日米安保条約というような重要な条約がこの小さな木造の陸軍基地の中にある体育館で行われたということは、非常に日本の国のその当時の状況がよくわかりました。
そこで、日本国憲法でございますが、憲法九条、我が国は戦力を持たない、そして交戦権がない、戦う権利はありませんということでございますが、普通にこれは、皆さん御存じのとおり、憲法が成立したいきさつ、アメリカ軍、GHQの指示によって草案が書かれ、そして一九五一年に中国及びソ連が大きな脅威となって朝鮮戦争が起こり、そして日本がもうすぐ占領されるかもしれないというような状況になったときに、日米安保条約によって急遽自衛隊というものが誕生した。これはまさに、日本の都合でなったのではなくて、アメリカの都合でこういういきさつが起こったのだなということがわかります。今、五十数年たって、私たちは二十一世紀の憲法においては、この点については、日本人の日本人による憲法をぜひ実現しなければいけないと私は思いました。
さらに、一月に中国に参りまして、李鵬さんにお会いいたしました。四十分時間をいただきまして、何でもいいから議論しましょうということになりましたので、日本の安全保障について議論をいたしました。李鵬さんがそのときに私どもに申されたことは、本当に私にとっては驚きでありました。何とおっしゃったかといいますと、日本は中国にとって脅威である、日本の軍事力は世界第二位、二十八万人の自衛隊と五兆円の軍事費、そして最新の設備、中国がかつて受けた侵略の記憶がまだ新しい、そのような中でこの日本の軍事力は非常に脅威である、これが日中関係の根底にあるというふうに言われました。
これも私は、中国、ロシアは脅威であるというふうに日本側は考えているわけですが、中国はそのように考えておるんだなというふうに思いました。非常に日本国憲法の中のアンバランスな状況、これは本当に、日中関係の新たな展開においても、憲法において新しく我が国の安全保障を正しく規定する必要があるというふうに考えます。
さて、この日本国憲法の前文でございますが、大変崇高な理想が書かれており、日本国民はこれに基づいて努力をしていくということでございます。過去五十五年間、日本はこの前文に書かれた思想、そして理想に向かって何か実現したのか、何をやってきたのかということを振り返ってみますと、国連において核廃絶の決議をした、こういうことがございました。しかし、実態上、この前文に書いてあるようなことは、かつて五十五年間において世界じゅうの人たちはまさに恐怖と欠乏の連続でありました。
今の世界の平和を築いていくという機能が、私は国際連合で働いたことがあるんですが、この国連という機能が果たしていない、正しく機能されていないんではないか。二百カ国に及ぶ国がすべて投票権を持って投票する、決議については一切強制権はない、国際司法裁判所における判決は何の意味もない、こういう状況で、地域の紛争やそして世界を脅かすテロについて正しく国連が機能しているとは思えません。日本は、新しい憲法を策定するに当たって、世界の平和が本当に機能するものを考えていく、構築していく必要があるのではないかと思います。
ここに一つの考え方がございますが、それは世界連邦という考え方であります。アメリカの合衆国連邦をまねたやり方でありますが、各国は連邦の一つとなって、そして世界連邦は一つだけの軍隊を持つ、そして司法裁判所は紛争の解決に当たっては強制力を持つ、そして軍事が必要なときにはこの世界連邦軍が当たる。そういうことになりますと、日本及び世界の国は軍事力を持つ必要がない。
我が国における五兆円の防衛費においても、毎年五兆円というお金を地球環境のために使う、あるいはもっと前向きに、世界の人たちを救う金に使う。これは世界じゅうの国がそういうことになりますと、非常に大きなものになります。これは一つの理想でありますけれども、日本が今後二十一世紀に向かって、世界をリードしてこの理想の実現に向かっていくという考えが非常に大事ではないかと私は思います。
最後に、第三章でございます。
この第三章の国民の権利と義務をよく何度も読んでみますと、その当時の日本の状況が余りにも基本的人権を侵されていたということでありまして、日本国民の権利については大変詳しく、そしてしっかりと書いてあります。しかし、国民の義務についてほとんど義務らしいことは書いてございません。今日の教育問題を考えるときに、先ほどの中山議員のお話にもありましたが、小さい子供たちに権利そして自由というものを教える前に、国民としての義務、そして国を愛するという考え方、これが大きく欠如している、これが今の教育問題の大きな問題であると考えます。
そして、教科書問題がございました。私は中国と韓国と日本、マレーシア、シンガポールの教科書を読んでまいりました。一番ひどいと思ったのは日本の教科書でございました。その観点は、今言いました日本の国が大切であると日本国民が誇りを持って言い切ることができる、そして日本国はすばらしい国であるという観点が全く抜けております。そして、国民としての義務、社会人としての義務、この観点も抜けておりました。
中国の教科書を少し申し上げますと、小学校一年生の教科書では、「私は中国を愛する」という題の教科書でございまして、国旗や民族、そして共産党、社会主義、そういうものについて私は愛するという文章が延々と続いてまいります。すなわち、国を愛すること、それは非常に民族にとって前向きなエネルギーになるという面を私は感じました。
ただ一つ、その中にこの文章がございますことを御紹介申し上げます。日本軍は我が同胞を何千万人も殺し、中国人民に、泥にまみれ、火に焼かれるような苦しみを与えたのですという一節がございます。何千万人の中国人を日本軍が殺したという事実はございませんが、こういう事実に反する記述が中国の教科書にはたくさん見当たりましたことを申し上げます。
以上でございます。ありがとうございました。