大出彰の発言 (憲法調査会)

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○大出委員 民主党の大出彰でございます。五分間の発言でございます。
 二十一世紀の日本のあるべき姿について、特に憲法についての考えを述べさせていただきます。
 二十一世紀の日本の憲法を考えたとき、私はやはり一番重要な権利は、自由、自由権だと考えます。しかし、自由だけだと、よく言われますように、王制をしいた国で王様だけが自由を認められていれば、たとえ国民が不自由でも自由主義国家となってしまいます。したがって、民主主義、すなわち主権者が国民でなければいけないと考えます。国家意思の最終的決定権が国民になければいけないということです。この自由主義と民主主義はセットで守り、発展させなければなりません。
 その際、現行憲法の天皇制をどうするかという議論がなされると思いますが、象徴天皇制を大切にしながらも、現行憲法「第一章 天皇」の部分は、「第一章 国民」とすべきだと考えます。
 主権者である国民が自由を謳歌できるとしても、その前提として平和のうちに生存できなければ、その自由は画餅と化してしまいます。その意味で、現行憲法前文の「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」という規定は、人間の安全保障政策とともに、その権利の内実を発展させなければならないと考えます。
 十月八日未明、日本を初めとした国際社会による外交努力が十分であったか疑念の残る中、いわゆる不朽の自由作戦が開始されてしまいました。まことに残念でなりません。またしても失われてはならない命が失われております。二十一世紀になっても、人間は国際紛争解決手段としての戦争を選んでしまうのか、いつになったら人間は国際紛争解決手段としての戦争という大量殺人をやめるのか、私の嘆きはとどまるところを知りません。
 人は何度も不戦を誓い、一九二八年には不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)を締結しました。悲惨な結末で終えんした第二次世界大戦後、この不戦の流れは軍縮、平和解決を基本とする国連憲章に実り、さらに日本国憲法第九条(平和憲法)に戦争違法論の帰結として結実しました。人類共通の遺産と言っても過言ではありません。
 私は、憲法九条一項、そして二項を守ることは、日本国民がこぞって声を上げ、アメリカに広島、長崎に原子爆弾を投下したことは誤りであったと認めさせるのと同じくらい重要なことだと考えております。そして、唯一の核被爆国日本は、核兵器廃絶、非核三原則を憲法に取り込むべきだと考えます。
 私は、二十一世紀の憲法は、現憲法で認められている言論の自由や表現の自由といった人権だけでなく、環境権を初めとしたいわゆる新しい人権をふんだんに取り込んだものでなければならないと考えます。なぜなら、人権は日々新しく生成され、その研究の成果を取り入れることは自由を広げることにつながるからです。そして、その中に動物愛護を取り込めたらベターだと思います。二十一世紀は、地上からあらゆる差別をなくし、個人は個人として尊重され、自然や動物とも共生できる社会であるべきだと考えます。
 私は、二十一世紀は地方分権の時代だと思います。国民主権のもとでは、国家意思の最終的決定権は主権者である国民にあります。しかし、中央集権国家では、その規模の大きさと権限の強さから、国民の意思と国家の意思に乖離が生じてしまいます。地方のことは地方が決める。権限も財源も地方に移すことによって、住民に身近な問題は地方みずからが決定する。そのことによって民主主義がさらに進み、国家からの自由も促進されると考えます。
 最後に、二十一世紀の日本は、地球環境、宇宙環境に配慮した国家でなければならないと考えます。言うまでもなく、太陽系第三惑星地球という私たちの星は有限であり、地球温暖化問題やフロン問題でおわかりのように、地球人のすべての意思をまとめて、宇宙的規模で救わなければ滅んでしまいます。この、病んではおりますが、緑が茂り、多くの生物を宿し、青く輝くかけがえのない地球は、未来の私たちの子孫から借りているものなのです。二十一世紀のうちに地球を救う国家をつくらなければいけないと私が考えるゆえんでございます。
 私の発言を終わります。御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 大出彰

speaker_id: 25601

日付: 2001-12-06

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会