2001-10-13
衆議院
前田哲男
国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会
前田哲男の発言 (国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会)
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○前田参考人 前田哲男でございます。
戦争と日本の距離がこれほど小さく短くなったことは戦後かつてなかった、そういうふうに思います。熱に浮かされたような議論がこの由緒ある委員会室を満たすのも、何十年ぶりのことでありましょうか。深く危惧しております。
確かに、事件は衝撃的でありました。痛ましいものでありました。私たちは、今もあの映像、イメージに拘束され、支配されています。国際テロリズムという共通の敵、脅威とどのように直面し、対決し、それを根絶するか、私たちは真剣に論じなければなりません。そのことこそ、ここで論じられるべきです。
しかし、それと、アメリカの軍事行動に日本の自衛隊を武装し海外に派遣することとを一体化させる、それは明らかに違う次元の問題であろうと思います。そのことを区別して私たちは論じなければなりません。しかし、そのように論じられておりません。
多分、あのアメリカが激情に身を震わせ立ち上がっている、そのことに射すくめられているのだと思います。巨人は忍び足で歩くといいます。アメリカは、忍び足で歩いておりません。残念ながら、大国の資格を疑いたくなります。このようなときにこそ、忍び足で歩くことがアメリカに求められ、また、私たちはそのようなことを同盟国であればアメリカに期待すべきだと思います。
アメリカの民主主義は、また健全な一面も持っています。
一九六四年の八月にトンキン湾で、アメリカの駆逐艦マドックスとターナー・ジョイが北ベトナムの魚雷艇に公海上で攻撃を受けたという事件が起こりました。トンキン湾事件と呼ばれます。アメリカの世論は憤激しました。ジョンソン政権は、議会に実質的な戦争権限を求める決議案を提出しました。下院は四百六十八対ゼロ、上院八十六対二、ただ二人の上下両院反対議員を出したのみで、ジョンソン大統領は実質的な戦争権限を手に入れました。後は御承知のとおりです。五十四万人の地上部隊が、翌一九六五年の海兵隊ダナン上陸をきっかけにベトナムに上陸し、ベトナム戦争に入っていきます。
しかし、アメリカの議会は立ち直りました。アメリカの世論も、長くそのような激情に身をゆだねませんでした。ベトナム戦争がアメリカ社会の中で、またアメリカ議会の中でどのように問い直され、反省され、また収拾されたかは、御承知のとおりです。大統領の戦争権限法に修正が加えられたのも、アメリカ議会のこの件に関する大権授与が過ちであったということに由来しています。
今回、アメリカ議会は、トンキン湾事件と同じような反応を示しました。アメリカ世論もそのように見えます。しかし、かつての経緯を考えるならば、またアメリカは反省するかもしれない、また、アメリカ議会、世論はそのような健全性を持っているのだということを知るならば、そこに働きかけるということも私たちの、同盟国としての務めであるのかもしれない、助言を与えることも貢献であるのかもしれない、そのように思います。
熱に浮かされたような議論が有害である歴史の教訓を私はもう一つ、この委員会室であるのかどうか知りませんが、しかし、この国会で行われた一九三一年、満州事変のときの内閣及び議会のあり方について、述べてみたいと思います。
関東軍が満州で軍事行動を起こしました。それは、満蒙生命線論という、当時受け入れられていた国民的な支持を当てにして行われた独断の軍事行動でした。それに対し内閣は、事件不拡大を要請しながら、しかし、起こった事実を認定し、戦費を支出しました。閣議は半々に分かれたと記録されています。戦費を出さなければ軍隊は動けません。しかし、内閣が出し、議会は承認しました。そのような違法な行為を内閣が認め戦費を支出する、是認したことによって、軍部は、既成事実を起こせば内閣が追認してくれるという得がたい教訓をそこから引き出しました。大本営機密日誌にはそのことが明瞭に記されています。以後、日本がどのような軍事行動に身をゆだねていったか、私たち知るとおりです。
今回は、自衛隊が関東軍であると言うつもりはありません。多分、アメリカの軍事行動がそのような引き金を果たしているんだと思います。満蒙生命線論が国際テロリズムの脅威に対する挙国一致的な支持であるのかもしれません。しかし、そのような、熱に浮かされたような議論に幻惑されて、文民統制あるいは議会、内閣が持っている権限を一たん踏み外すならば、踏み外したときどのようなことが起こるか、そのことを満州事変以降の歴史は私たちに教えている、このことも私は指摘したいと思います。
いろいろ申したいことがあるのですが、時間が極めて限られておりますので、幾つか私の考えを述べたいと思うのですが、十月の八日にアメリカが軍事行動をアフガニスタン、タリバーンとビンラディンマシーンと呼ぶ組織に対して行ったことにより、この法案の性格は一変したと思います。すなわち、十月五日に上程された法案の性格と十月八日以降の法案の性格は変わったと思います。そこに規定された自衛隊の任務における客観的な情勢が変わったからです。
ジュネーブとハーグの条約に代表される戦時国際法は、武力紛争が起こったとき、その武力紛争が戦われる地帯を作戦地域というふうに言います。また、その作戦地域を支える、戦争を準備する、そういう地域を戦争地域というふうに申します。
すなわち、アフガニスタンは作戦地域、パキスタン、タジキスタン、ウズベキスタン及びインド洋は戦争地域という、戦時国際法上の地位を十月八日以降得たことになります、持ったことになります。アメリカが戦闘地域というふうに指定したのは、まさにこの戦時国際法の概念をアメリカ流に取り入れたからにほかなりません。
日本の自衛隊が武力行使はしない、戦場には出ないというようなことを言い、ここで約束し、そのようなことを法案に書いたとしても、また、それが我々日本の合意であったとしても、客観的な事実として、作戦地域と戦争地域という戦時国際法のルールが十月八日以降確立したという、そのことに関して否定のしようがありません。日本国憲法が出る場所はありません。戦時国際法の場所です。
戦時国際法に関しては、ハーグとジュネーブで交戦規則及び捕虜、文民、傷病者に関するジュネーブ条約が第一から第四までございます。また、それを一九七〇年代に、新しい二次大戦後の武力紛争に合わせて、内戦でありますとか非国際的な戦闘、武力行使にも適合した追加議定書が二つ結ばれています。
このジュネーブの第一追加議定書、第二追加議定書に日本は加入していません。入っていません。批准も調印もしていません。ということは、これから派遣される自衛官、幹部自衛官も隊員も、国際法はどのように武力紛争に対する軍隊の対応を定めているのか教育を受けていない、知識を持っていないということを意味します。日本は、そのような、外国における武力紛争に入らないことを前提に、安全保障政策そして自衛隊に対するシビリアンコントロールを行ってきたわけです。
それが今、そのもとを正さずに、交戦規則を定めた国際条約を批准、そしてそれに従った教育を行うことなしに外国に参戦させる。では、なぜジュネーブ追加議定書第一、第二を批准しないのでしょうか。それが先であるべきです。
もう一点、自衛隊法とのかかわりについて申し上げます。
自衛隊法は、第三条に任務を規定しています。自衛官が入隊するとき宣誓する、事に臨んで危険を顧みず、身をもって任務完遂を行うという宣誓は、まさにこの第三条、すなわち「直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、」に向けられています。そのほかではありません。自衛隊法が自衛隊員に求めている任務は、「直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛する」、そのことです。
このような規定を変えることなく、もし自衛隊法を改正するというのであれば、任務規定に国際テロリズムに対する行動、あるいは周辺事態に対する行動、PKOに対する行動を自衛隊法第三条に任務として付加するのであれば、それはまだ筋が通ります。しかし、PKOも周辺事態も、自衛隊法三条には全く反映しておりません。第百条、雑則です。
雑則の一は土木工事の受託。雑則の二、教育訓練の受託。雑則の三、運動競技会等への支援、雪祭り支援、オリンピック支援、国体支援です。雑則の四、南極観測支援。その中に、雑則の八、邦人輸送。雑則の十、周辺事態、後方地域支援。雑則自衛隊です。そこに今度、雑則の十一を入れるというのでしょう。これは自衛隊に対する、自衛官に対する正しい待遇ではない、正当な待遇でもない。
もし自衛官を、自衛隊を外国に派遣したいのであれば、すべきであると考えるのであれば、末を直してもとを放置するのではなしに、もとを正すという議論の立て方をすべきだろうと思います。それがなされていない。これは法の下克上と言わなければなりません。このような法の支配が続くと、その国家は不健全になると思います。それがあらわれているのがこの法案であろうということを私は痛感いたします。
以上であります。ありがとうございました。(拍手)