北村誠吾の発言 (石炭対策特別委員会)
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○北村(誠)委員 自由民主党の北村誠吾でございます。
お許しをいただき、順次、通告に従いまして質問をさせていただきます。
この一年、大変暗いあるいは困難な事柄の多い十一カ月を過ごし、しかも、我々が本委員会で取り扱います池島炭鉱の閉山という厳しい事態を迎える中で、十二月一日には、皇太子及び妃殿下には内親王の御誕生ということで、我々国民に、また本日御出席の皆様方ともどもに、明るいお知らせとして、次の新しい年を迎えるに本当に一条の光を与えていただいたような気がするわけであり、皆様方とともに祝意を表したいと存ずる次第であります。
さて、質問に入らせていただきます。
そういう中にありまして、両大臣に御出席をいただき、また、政府参考人の方々にも御出席をいただきまして、ぜひ池島炭鉱の困難な事柄について愛情のあるお答えをいただければと思いまして、質問をさせていただく次第でございます。
御承知のとおり、池島炭鉱は、十月十二日に、労組側に対して会社側より閉山の提案がなされました。そして、十一月二十九日に、池島炭鉱は閉山ということになったわけでございます。
もとより、池島炭鉱は、親会社を福岡市にございます三井松島産業、そして、子会社である、同じく福岡市にございます松島炭鉱、これが経営する炭鉱でございまして、所在の場所は、御存じのとおり、長崎県西彼杵郡の海上にございます、離島の池島というところにあるわけでございます。
大体、石炭産業が徐々に整理あるいは縮小、閉山がというものがずっと重なる時期に、三井松島産業におかれては、池島に有力な炭層を見出し、これの開発に当たって、この四十二年間にわたって四千四百万トンの出炭量を実績として上げております。
しかも、これが石炭の開発をし、商業出炭をいたします前、この池島という島には、おおよそ三百五十人という人口がございました。それが、この間、石炭の出炭により、島の人口は今日でも二千三百人、外海町という町の大きな部分を占める、経済財政的にはもちろんでありますけれども、人口の面でも大きな部分を占めておるところであります。なお、一九七〇年には、七千七百人の方が池島に住み、主に炭鉱に働くということでありました。
一九八五年には最大の出炭量で百五十三万トンを年間に出炭したという実績を上げ、九州、特に長崎県の炭鉱におきましては炭層の薄い山がほとんどでありましたけれども、この池島の炭鉱の炭層は二メートルを優に超すという大変優秀な炭層を誇るものでございました。
私も、三度ほど、池島鉱の現場の海面下五百メートルの坑道に入りました。切り羽の先の、西ドイツから輸入した最新鋭のカッターで掘削する、掘進するところまで見させていただいて、現場で非常に頑張っておられる作業員、従業員並びに保安と安全のために本当に全力を尽くしている会社の取り組み、また、労使一体として取り組んでおる、外炭が国内炭の三分の一というそのコストに挑戦するという意気込みで今日まで頑張ってきた。それが、いろいろな事情が重なりまして、十月十二日の提案、そして二十九日の閉山と、まさに苦渋の選択であったわけでございます。
この後、池島が荒廃しないように、また、先に三井三池の例もございますが、池島で暮らしてきた方々が何とか国の手厚い施策によって失業あるいは生活の困窮などということがないように、特に今日、雇用情勢が厳しいものでありまして、九州におきましても大手の会社すらリストラをするという状況の中で、雇用の場を探し、そして一日も早く再出発を図りたい、クリスマスを迎え、正月を迎え、新しい年、そして子供たちもまた新学期を迎えるという時期に至るとき、こういう突然の閉山でありますので、地元の地方自治体、長崎県挙げてこれに対策をしていこうということで当たっておりますが、この際、私は、まず両大臣にお尋ねをいたしたいと思います。
まず、経済産業大臣にお尋ねをいたします。
この池島の閉山によりまして、九州の炭鉱はすべてなくなるということになりました。戦後に限りましても、鉄と石炭で我が国の復興を図る、そのことに大いなる働きをした石炭産業であります。特に九州は、この石炭産業をもととしていろいろな先端産業に至る技術あるいは資産、資本の形成をいたして、今日に至っておるわけであります。エネルギー政策の中で果たしてきたこれまでの役割などを経済産業大臣としてお考えになったとき、歴史を踏まえて、九州の炭鉱がなくなるということについてどのようにお考えであるか、感想をお聞かせいただきたいと思います。