石破茂の発言 (外務委員会)
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○石破委員 ありがとうございました。
大臣は外交演説の中で、外交の任を担っていく上で重要なことは、外交が国民に理解され、支持されることであると述べられました。そして、それに続けて、何よりも外務省改革の実施が重要である、こうなさっておられます。その上で、外交に関する意見は、幅広く謙虚に拝聴するとともに、不当なものは受け入れず、外交への特定の圧力を排除する、こう述べておられる。実際にそのとおりであろうと私も思います。
ただ、抽象的な言葉で言うとそのとおりですという話なのでありますが、では、何が不当で、何が特定の圧力なのかという具体論になると、これはかなり難しいお話になってくるのだろう。国会議員が外交について意見を述べるということは、これは当然議員の権利であり、義務であり、それは守っていかれねばならない。しかし、それが不当なものであったり特定のものであったりしてはならない。極めて難しいところだと私は思います。
この判断基準は何なのかということなんですが、これも非常に抽象的なお話で恐縮ですけれども、先ほど大臣、ごあいさつの中で、国益という言葉をお使いになりました。結局、私の利益、私益であるとか、地域の利益、地域益であるとか、そういうものが国益に優先することがあっては絶対にならないのだ、こういう意識を外交に携わられる方すべてが持つことなんだろうと思っています。
自分が今やろうとしていることは本当に国益にかなうものであるのか、あるいは私益や地域益、それに配慮をしたものなのか。要は、国益とは何かという、これもまた大変に抽象的なことなのですけれども、自分がやっておることが、自分の胸に手を当ててみて本当に国益にかなっておるかどうか、その気持ちを外交に携わる方が持つかどうか。不当か否かとか、特定の圧力か否かということは、すべからくそういうことにおいて判断をされるべきではないのかな。要は、外務省職員の、外交に携わる人の心構えの問題なんだろうと思っている。それで、幾ら改善策を出してみても、それぞれのマインドにそれがはっきりない限り、これはだめだ。
私も十数年国会議員をやらせていただいて、外交官の方々、本省におられる方も、あるいは海外におられる方も、随分とお話をさせていただき、意見の交換もさせていただきました。圧倒的多数の外務省の職員は、国益というものを胸に秘めて、本当に一生懸命やっておられるのだろうと思います。一部の心ない人たちの、そういう意識が欠如する人の行為によって、この外務省全体、日本国全体の信頼が揺らぐことがあってはならないというふうに考えております。
さて、鈴木代議士が昨日、外務省において行われております調査に関しまして、このようなことを述べておられます。私側を調査してもらえば、私側の関係者が業者の個別選定や入札に関与していないことが明白になる、私側の関係者も含めて調査をなし、公平かつ客観的な調査結果を出されることを希望する、このように鈴木議員は述べておられます。このことに対しまして、私は報道でしか存じませんが、外務大臣は否定的なコメントを出しておられたように承知をいたしております。
公平かつ客観的な調査というものをなす場合に、一方の当事者である、今いろいろなことが喧伝をされておりますが、鈴木議員側の、これも国民によって選ばれた議員であります、国政の担当者としての議員であります。鈴木議員側のそういうような主張もあわせて聞くことが、公平かつ客観的な調査結果を導くことにこれはつながるのではないかという考え方もまたあろうと思います。大臣はこれについて否定的な御見解をお持ちのように承っておりますが、その理由はどのようなものでありますか。