2002-02-28
衆議院
首藤信彦
憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会
首藤信彦の発言 (憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会)
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○首藤小委員 民主党の首藤信彦です。
私自身も平和維持活動に長年携わってきた者なんですが、一つ参考人に私の意見を言わせていただきますが、最後の、「紛争後の平和構築」、日本にとって最も協力が可能というふうに書いてありますけれども、私に言わせれば、これこそ日本にとって最も難しい分野である、そういうふうに考えております。
ちょっと考えればわかるわけですが、人を撃つのは、引き金を引けば人を撃つことはできます。しかし、弾が当たった人間を野山を越えて病院へ連れていって治して、そしてその間残された家族の面倒を見て、傷跡を治して、傷跡を気にしないようにいろいろなことを説教してあげて、精神的なトラウマも考えてあげなきゃいけない。それから、その間にぐれた子供の面倒も見なきゃいけない。そういうふうに考えますと、平和再建というのはもうめちゃくちゃに難しいことであって、この分野こそ日本が最もおくれているというふうに言わざるを得ないと思います。
世界では、この分野に関して、司法の再建や刑務所の所長に対する人権教育から、本当にありとあらゆるNGOが活動しているんですが、この分野、紛争地においてもほとんど日本のNGOあるいは日本人に会うことすらない。日本の専門家はもっとまれであるというふうに考えると、この問題が可能であると私はとても思えず、これこそ日本が全力を挙げて、これからゼロから組み上げていかなきゃいけないものだと私は思うんですね。
それは別としまして、国際法の御専門だということですから、専門的な立場から二つほど聞かせていただきたいと思います。
まず一つは、このブラヒミ・レポートに盛られました国連PKOの限界というものが明らかになっているわけですが、相手が正規軍、撃ってくる者に対しては、例えば国際社会あるいは相互間で将校同士が話し合って、撃ち方やめと言えばそれで銃の使用はとまるわけですね。しかし、例えばスレブレニツァ虐殺のように、自分の親戚を殺された、殺していった人間が今は降伏して武装放棄して目の前にいるというと、それに対して、リンチではありませんけれども、石を投げ、かまを振りかざし、ピストルを持てば撃ってしまう、こういうような普通の人たちがいるわけですね。それをとめようとしたら、そこに入ったPKOの部隊は、そういう普通の市民、普通の農民に対して銃を向けなきゃいけない。そうしなければとまらないのが現実だと思うんです。
そうした状況におけるROEというものは、例えば日本のPKOにとって可能なのかどうか。あるいは、日本のPKOだけじゃなくても、どのような基準に基づいて、そういう普通の、加害者となるかもしれない怒れる大衆に対して、どのようなルール・オブ・エンゲージメントを考えていったらいいのかというのを、法律家の立場から明らかにしていただきたいと思います。