八木秀次の発言 (憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会)

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○八木参考人 御質問、どうもありがとうございました。
 まず第一点目ですが、教育の問題でありますけれども、国柄というものは、これは、私はにおいというふうに言っているんですが、なかなか表現のしづらいものがありまして、いわば不文のものですので、これをどう表現するのかというところが非常に難しいところなんですね。実は、明治憲法の起草者たちもその表現を成功したかというと、私は必ずしもそうでもないように思っているわけです。しかし、そういう姿勢があったということを私は評価しているんです。
 ただ、この不文の、なかなか表現しづらい国柄というものでありますけれども、しかし、それは明治憲法の起草者たちが立ち返ったように、我が国の歴史というものに行かざるを得ないと思うんです。歴史をたずねることによって何となく立ち上ってくるにおいというものがあると思うんですね。ですから、古代から我が国の歴史をそのまま教えればいいと思うんです。特定のイデオロギーに立つものではなくて、我々の父祖の歴史として子供たちに語っていけば、それが国柄というものを形づくるものになろうかと思います。
 御指摘のように、においというものを消してきたのが戦後だったと思います。コスモポリタンだとか、今だって地球市民だとかそういうことが言われておりますが、このにおいの重要性をまた憲法論議の中で再認識していただければと思います。
 二番目の、自国を愛する心ということでありますが、この点も、戦後、我々は自国を愛する心を抑圧されてきたと思います。今度、ワールドカップであんなに若者たちが盛り上がったのは、その抑圧されたものが噴出してきたというところであろうと思います。
 しかし、ナショナリズムというものは、健全なナショナリズムもあるけれども、そうでないものも実はあるわけです。ナショナリズムというのは両面があるわけです。したがって、今後我々が考えるべきは、ナショナリズムというものにいかに作法を与えていくのかということだと思うんですね。日本チームが勝ったことによって、渋谷でタクシーが持ち上げられたりとか、そういう動きにもなっていくわけです。きれいな美しいナショナリズムの作法というものを私たちは考え、そして子供たちに語っていくべきであろうと思っております。
 三番目ですが、新たな日本国憲法を起草せよというふうに読めるという御感想でありますが、私も本来はそれが望ましいと思います。それぐらいの気概を今の私たちは持つべきであろうと思うんです。
 その際に、天皇をどう表現するのかということでありますが、これは非常に難しい問題であります。日本国憲法下の象徴天皇制度というのは、これは一週間でつくった割にはよくできているものがありまして、ただ、象徴という言葉が、これは立憲君主の機能の面を言っただけで、法的に、あるいは憲法としてもうちょっと熟した言葉があると思いますので、それを尋ねていきたいということであります。
 首相公選制との関係ということでありますが、議院内閣制というのは、本来は立憲君主制のもとにおける制度であります。したがって、我が国が現在立憲君主制であるかどうかについては議論のあるところであろうとは思いますけれども、しかし、公選の首相ということになりますと、これは共和制の大統領である。ここの関係をどう整理するのか、その懸念をどう払拭していくのか、その辺が解決しない限りは、首相公選というものも軽々に出してくるべきではないのではないかなというふうに私は思っております。

発言情報

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発言者: 八木秀次

speaker_id: 12834

日付: 2002-07-04

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会