甲田茂樹の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(甲田茂樹君) 高知医大の甲田と申します。
私の専門は衛生学、公衆衛生学でございます。その中でも特に産業保健という分野を中心に大学で今まで仕事をしてまいりました。私の同僚、先輩には、もちろん大学で教鞭を執っている者もいれば、産業保健という分野で産業医又は産業看護職という形で勤労者の健康問題というものを考えてきた者が数多くおります。今回は、その産業保健、すなわち勤労者の健康という観点から健康増進法案に関して若干の意見を述べさせていただきたいと思います。
なお、私の意見の補足の資料といたしまして二枚つづりのものをお配りしております。それを見ていただきたいと思います。
我が国の国民は保健サービスという観点から便宜的に年少人口、生産年齢人口、老年人口というふうに分けられております。この中でも最も多いのは生産年齢人口でございます。この生産年齢人口は老年人口の手前にあることから、将来の老年人口の予備軍ともなっています。さらに、生産年齢人口の多くが勤労者であることを考えれば、勤労者、特に中高年齢の勤労者の健康状態の良しあしというものは十年後、二十年後の日本の高齢者の健康状態の良しあしにつながります。極端に言えば、日本人の平均寿命、健康寿命をも左右しかねないと言えます。
しかし、現在の勤労者の健康状態が良いかといいますと、ノーと言わざるを得ないと思います。ここ数年長引く不況は、勤労者の労働条件、労働環境を悪化させていると報告されております。リストラが進行している会社で社員に対して健康には十分気を配ってくださいよと言われても、これはかなり難しい注文ではないでしょうか。事実、中高年齢の男性の自殺はここ数年増加傾向にあります。企業におけるメンタルヘルスの問題というのは深刻な事態になっております。また、大企業では不採算部門の合理化の名の下に、先ほど紹介しました産業看護職は本来の仕事をさせてもらえない、又は最悪のケースではリストラの対象となり、健康問題を抱えている社員は相談の窓口さえ失っている状況だと思います。
ここで、勤労者の健康状態を示す資料を、統計を二つごらんください。先ほどの資料でございます。一つは業務上の疾病の発生状況の推移というもの、そしてもう一つは定期健康診断の有所見率というこの二つでございます。
業務上の疾病というのはここ十年ぐらいのスパンで見ても一貫して減少してきております。ただ、その業務上の疾病の中でも最も多い、赤の線ですけれども、負傷に起因する疾病の減少によるところが大きく、例えばじん肺、中毒など古典的職業病は横ばいの状態にあります。また、定期健康診断の有所見率では、一九九〇年に健康診断の項目が増えたため有所見率が一気に上昇しておりますが、この上昇は、そのほとんどが血液中の脂質、俗に言う総コレステロール、中性脂肪、ここの項目の異常率が影響しているというふうに言われています。
ですから、この二つの統計から、職域においては、例えば労働災害、業務上疾病などの問題というのは既にもう解決し、生活習慣病こそが緊急の課題であると評される方もおると思いますが、事実はそうなんでしょうか。その辺を検証してみたいと思います。
次の資料をごらんください。
これは、アメリカCDCが二十一世紀に掛けて重要となる十の作業関連疾患というものを一九八八年の段階で提案しております。ここに書いてある疾患群は、古典的職業病以外にも、仕事によって悪化してくるような病気、これをいわゆる作業関連疾患というふうに言いますけれども、そういうものも挙げられております。
例えば、その中で高血圧、それから冠動脈疾患などに代表されるような心臓血管障害というものに注目したいと思います。高血圧、それから冠動脈疾患、俗に言う例えば狭心症だとか、その最たるケースが心筋梗塞ということになりますが、そういったような病気というのが、例えば勤労者の仕事の仕方という点から見ていきますと、労働時間、非常に長くなってくるような労働時間、それから休憩の例えば取り方、休暇が取れないというようなこと、そして仕事の性質によって様々起こってくる対人ストレスなんかの問題、こういう仕事の特性というものがかなり影響しているというふうに考えられております。
ですから、そういう仕事の特性というものを考慮してこれらの作業関連疾患に対応するということが勤労者の健康問題を考える場合には重要だというふうに言われております。基本的に、勤労者は一日八時間最低働いております。その意味では、仕事から受ける健康に対する影響要因というものは当然配慮されるべきだと私は考えております。
本国会に提案されております健康増進法案ですが、これは私の読み方が足りないのかもしれませんけれども、勤労者の健康状態というものを国民栄養の問題、それから食生活の改善という点だけに力点を置いてしまうと職場ではなかなか受け入れられないかもしれないと私は思っております。とはいえ、現在の、現段階での勤労者の健康状態に問題があるのは事実であります。保健サイドが健康づくりを支援する活動をやはり強力にしていかなきゃいけないということも事実であると思います。
次の資料にもお示ししたように、これは安全衛生法からの抜粋でございますが、安全衛生法によりますと、第三条ですけれども、労働者の健康を確保するのは事業者の責務であるというふうに定めております。また、健康増進についても、事業者は必要な措置を継続的にかつ計画的に講ずるように努めなければならないとも定めております。
このように、勤労者の健康づくりを支援していくためには、労働安全衛生法の中では、御存じのとおり、産業医、衛生管理者等のスタッフの整備、選任ですね、安全衛生委員会等の体制の整備を呼び掛けてきております。
しかしながら、これらの制約というのは、常時労働者を五十人以上雇用する事業所に限られたもので、今現在、日本の大多数を占める中小企業又は零細企業ではその対象義務となっていないということになります。さらには、高知県のように、自営業だとかそれから農業というように、いわゆる労働基準法にも該当しない勤労者という者がかなりいる部分では労働安全衛生法がどのくらい効力を発揮するのかというと疑問になってくるというふうには思います。
そこで、私ども高知県では、うちの大学と県の方が相談いたしまして、勤労者の健康づくりを支援していく環境を整えていこうではないかということで、その次のページになりますけれども、産業保健と地域保健が連携できないかということを今まで模索をしてまいりました。先ほど述べたように、そこにもありますが、高知県では、その産業構造が、卸・小売、そういうサービス業が非常に多い、中小・零細企業も多い、それから農業、自営業というようなところも多いということで、いわゆる労基法に該当しない勤労者もかなりおります。こういう状況を反映して、そういう人たちに専門的に産業保健サービスを提供するような機関、人材というのも育成されてこなかったことも事実であります。
ですから、こういう事情をかんがみますと、その次のグラフにありますけれども、高知県の勤労者、これは勤労者だけではございません、全体の全年齢の死亡状況を一九八七年から九六年までにちょっと合算してみたものなんですけれども、これで見ていただければ、ゼロの基準のところが全国平均値、プラス、上にいけば過剰死亡ですからたくさん人が死んでいる、下にいけばマイナスですので死んでいる人が少ないという状況です。
このグラフを見ていただいて特徴として分かるのは、七十歳代、八十歳代というのはグラフが下にいっておりますから、高知県の場合、高齢者のこれは死亡状況ということですけれども、全国に比べると非常にいい状態にある。それに反して、三十から上がっていますけれども、特に四十歳代、五十歳代、黄色のところというのは上に飛び出しておりますので、中高年齢男性の勤労者の死亡は全国平均に比べて過剰であるというような結果になっております。
この原因については調査されておりまして、今問題になっているような生活習慣病ということであれば非常に分かりやすいのですけれども、この当時、この十年間で見ると、何がこういうふうに死亡を増加させているのかということになると、第一位は自殺でございます。ですから、こういう状況を何とかしたいということで、県と大学の方で、先ほど言いましたように、産業保健のスタッフというのが非常に少ないですから、地域保健のスタッフが何とかそういう勤労者の健康を支援していけないかということで今まで取り組んでまいりました。
それがそこの資料にあります保健所というところを中心に、健康づくり支援、保健サービスを提供できないかということで考えている内容です。この事業自身は五年ぐらい前から保健所のスタッフに勤労者の健康づくりが支援できる能力というものをトレーニングした上で、昨年から保健所自身が事業化して現在に至っている。そういう意味では、かなりのトレーニングを積んで職域の保健または勤労者の健康づくりに対応できるような下地を作ってきたということでございます。
そのサービス内容は、そこにありますように、例えば働く環境を診断しよう、または健康づくりの支援をサービスしていこう、今これに取り組んでいる最中でございますが、そのほかの保健サービスとのリンクなどというものを考えております。
将来的には保健所がこういう健康づくりのメニューというものを各勤労者に提供できていけば、高知県のように資源の非常に限られているといいますか、専門スタッフが非常に少ないところでも勤労者の支援、健康づくりを支えていけるんじゃないかと期待しております。
その保健所のスタッフの職域支援サービス、職域保健サービスを身に付けていただくさなか、やっぱり遭遇してきた課題として一つ上がってきたのが、やはり保健所の職員の意識改革、そういうものをどういうふうに確保しなきゃいけないのかということです。彼らが言いますものは、そもそも勤労者の健康管理というのは事業者責任のはずであると。先ほど安全衛生法で取り上げた部分です。ですから、保健所の職員がなぜ勤労者の職員の健康管理に手出しをするのかというのがやはり根強くありました。
それが、先ほどもありましたように、今回の健康増進法によって払拭できれば非常に一気に地域保健のスタッフが勤労者の健康管理に支援に回れるというふうに思うんですけれども、よく話を聞いてみると、やはり根底にあるのは、先ほど言った第三条、事業主の責任というところで、根本のところがなかなか変わらないと、本格的に地域保健のサービス、地域保健サービスとして勤労者の健康を支援していくというのは、実際立ち上げていくのはかなり難しいのかなというような感じを持っております。
そしてもう一つは、今まで地域保健の中で働いてきた、動いてきたわけですから具体的なノウハウというものが分からないということですね。それが先ほど私どもが言いましたような、実際の研修、実地の研修、これは三年間掛けてかなり綿密にやってきたつもりですけれども、そういうものをやっていただく。そして実際、勤労者の間に入って健康づくりの支援等をやっていただく自信を付けてもらうというようなことですね。こういうことをしないと、多分全国的にもこれは無理じゃないかというふうに思います。
ですから、そういう意味では、かなり人材の育成には時間が掛かるということを念頭に入れておいていただければというふうに思います。
そして、そのようなさなか、昨年度から厚生労働省のモデル事業として生涯を通じた健康づくり支援事業というのが高知県の方に下りてまいりました。ここでは、保健所だけではなく、市町村を巻き込んで勤労者の健康づくりを念頭に入れた、先ほどちょっと出ました健康日本21を念頭に入れた事業を検討できないかということを依頼されました。
その中で上がってきた問題二つが、健康情報標準化、そして具体的、地域、職域で共同でできる健康づくり事業を開発してくれというこの二つでございました。
先ほど、第一点目に述べた健康情報標準化というのは、具体的に申しますと、各種法律で実施されております健康診断データというものを合わせて一つのデータベースにして、それを今後の地域住民、勤労者を巻き込んだ地域住民の健康づくりに活用できないかというような御注文でございました。時間的な制約もありましたので、高知県では、一つの健診機関をチョイスして老人保健法、そして労働安全衛生法で得られた健康診断を両方を合わせて活用するという試みをいたしましたが、実際、これが全国的に運用されるとなると、これに政管健保だとかいうようなほかの健康保険法で規定される健康診断のデータ、ないしは今度は健康診断を取る方も非常に複数の健康診断機関、ないしは開業医がやられている場合もありますので、またがってまいります。そうすると、これらの健康診断の情報を合わせること自体にはかなり困難が予想されます。もしデータベースとして一つに合わさったとしても、そのデータベースを一体だれが管理していくのかという問題です。健康診断の情報というのは、やはり私は個人情報、非常に重要な個人情報だと思います。ですから、そういう健康診断の情報が集まったデータベースをだれが管理してだれがアクセスする権利を持っているのかということがやはり大きな問題ではないかというふうに思っております。
そして、その次の地域と職域の健康づくり支援事業、これをやるときには、やはり問題として出てくるのは、先ほど言った、先ほどは県の職員の教育をしたんですけれども、今度は市町村のそういうスタッフの教育というものをしていかなきゃいけない。ここでもやはり人の教育というものがかなり大きな問題として出てまいるのではないかと思っております。
この事業をやるときには、先ほど合体されたデータベースを活用したい、それが効率的だというふうに考えております。そうすると、やはり合体するデータには個人の名前等が、少なくとも年齢ぐらいがないと引き出せないわけですから、その条項を残してデータベースを作るときにはやはり問題があるのではないかなというふうに思います。
この健康増進法案に関連していいますと、基本方針の第八条と九条の中で、先ほど出ました都道府県、それから市町村の健康増進計画等の策定という問題ですね、ここがかなり練られていない。ないしは、実際の都道府県、市町村に経験だとか自信といいますか、そういうものがないとやはりうまくいかないんじゃないかなというのが一つ。
それからもう一つ、健康管理手帳という形で個人のデータを手帳にして持たせるということなんですけれども、私は衛生学、公衆衛生学の専門なんで、すぐ老人保健法の健康手帳だとか労働安全衛生法の健康管理手帳を思い出します。この二つは、健康管理手帳であれば基本的には特殊健康診断が受けられる、健康手帳であれば老人医療が受けられるという大きなサービスが受けられるというのが担保されております。今回提案されている健康手帳にそれに見合うような担保があるのかどうなのかということで成功するかしないかが決まってくるような感じがあります。事実、今まで事業所、健保組合、いろんな形で健康手帳を作ってきましたが、聞くところによると、うまくいかなかったケースというのがかなりあるというふうに聞いております。
ですから、私の意見といたしましては、基本的にこの健康増進法を市町村なり都道府県なりに下ろしてうまく運用するときに、どこまで運用できるのかというところをしっかり御議論していただいて、先ほど言ったような解決すべき問題又は幾つかのハードルを越えていただいて、実効性のある法律にしていただければというふうに考えます。
つたない意見でございましたけれども、以上、運用上の課題について若干意見を述べさせていただきました。
ありがとうございます。