高柳寛樹の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(高柳寛樹君) ただいま御紹介にあずかりましたウェブハット・コミュニケーションズの高柳と申します。本日はよろしくお願いいたします。(OHP映写)
スクリーンにも映っておりますけれども、こちらのお手元の紙の方もごらんいただいて、同じものですので、お聞きいただければと思います。
私は、いわゆる二十代の経営者ということで、しかもITベンチャーの経営者ということで、実務、実際の現状はどうなのかというところを中心にお話をさせていただければと思います。本日の題目が「若い起業家と起業風土 自らの経験を中心に」というところでお話をさせていただきます。
それでは、まず一ページ目、ごらんください。
まず、私どもの会社の概要なんですが、一九九九年の九月に設立しております。今年の秋で四期目に入ります。従業員が十二名程度、これは非常勤の従業員も含みます。ですので、ベンチャーといっても小さい方のサイズのベンチャー、零細企業ということになってくると思います。
事業内容は、これもちょっと横文字で恐縮ですが、ASPの企画開発並びに事業化というのを行っています。このASPというのは、インターネット上のサーバーにソフトウエアを乗っけまして、いろんなところからいろんな人がインターネット経由でそのソフトを共有して使うことができるというようなシステムです。例えば、例で挙げますと、今、私どもがやっているのがアルバイトのシフト管理。昭和六十年以降から急激に準社員雇用というのが増えておりまして、その人材を管理するのがいろいろな企業で中心的な課題になっております。それにこたえるべくASPを開発してそれを今事業化をして売っているというところです。
次のページに参ります。
まず、会社の沿革をざっと九九年の九月からお話ししたいと思います。
資本金は一千万円で、株式会社として創業しています。当時、ITバブルの最後の方でしたが、ベンチャーキャピタルから出資を受けようと思えば幾らでも、幾らでもというか、一億、二億ぐらいであればすぐに集めることができたんですが、私はこれを断っております。それで、自己資金であえて起業しております。この辺りも後で中心的な争点になると思います。
二〇〇〇年の一月に、パートナー的な役員ですが、COO、最高執行責任者としてある大企業から一人呼びました。これは私の大学時代の同期でもありますので友達という感じですね、友達を呼んだという形になっています。
最初の一年半ですが、資本金一千万というのははっきり言ってすぐになくなってしまいますので、これは何とかしなきゃいけないと。元々、先ほど申し上げました、アイデアをASP化して事業化していくというのがメーンのやりたかったことなんですが、最初、給料を払わなきゃいけない、じゃ何をしようかというところで、大手企業がいろんなインターネットのシステムを開発する際に外注しますが、その下請をとにかく営業で取ってこなしてまいりました。本来ですと、ベンチャーキャピタルから出資を受けていればこの部分はやらずに、すぐに自分たちがやりたい開発に入れるんですが、あえてこの下請というのを一年半ぐらいやりました。
当時はまだ仕事が、下請も一杯ありましたので、二〇〇〇年の八月の決算は、一期目は黒字になっております。この黒字、余ったお金あるいはためたお金をフルに使って、二期目から自分たちのやりたかったASPの事業あるいはそのASPの開発というところにお金を落とし始めます。
今までの受託開発、社員が十二名しかいません。エンジニアがこのうち六名から七名ですが、その社員でやりたいことをやっていくと二つのことは並行してできないんですね。ですから、自分たちがやりたかったASPというものを開発するに当たって、今までの受託開発を一切やめます。この時点で収益はゼロになります。ですから、今、ためたお金あるいは銀行からの借入れで回していかなきゃいけないということになってきます。繰り返しますが、ベンチャーキャピタルから最初から出資を受けていればここの苦労はしなくて本来はいいわけですね。
二〇〇一年の八月、ちょうど去年ですが、ASPが完成しまして、その事業化というものを行ってまいりました。当然、非常に魅力的なものあるいはいいものができてきますと、会社を買収したいという大手の要望ですとか、あるいは事業を売却しましょうとか、あるいは資本を入れさせてくださいと、様々なお話が参ります。私自身、そういったお話にすべてCEOである私が答えることができるかというと、何分そういうふうにもまいりませんので、昨年の十一月に財務担当役員としてCFOを招いております。これは経験者を招くというふうに括弧で書いてありますが、ここにある意味、経験者を招くということが、後でちょっと争点にしますけれども、重要な一つの問題となってきます。
この時点で第三者割当てを一回行っておりまして、資本金がちょこっとですけれども増えています。これを念頭に置いて次のページを話したいと思います。
次は、私の個人の略歴になりますが、一九七六年の六月、東京の板橋に生まれています。現在二十五歳です。今年の六月で二十六になります。立教大学の社会学部社会学科というところで、元々ジャーナリズムをやりたくてそこに入っていました。私自身、エンジニアではありませんので、そこで初めて、大学に入ってインターネットと触れ合って、ああ何かこれは面白そうだなということで、卒論でインターネットを取り扱って書いたりしていました。
そこの興味が、どんどん興味がわいてきまして、大学二年ぐらいのときからですか、九七年ごろからITビジネスごっこを始めています。これは要するに株式会社、有限会社にしないで、自分が個人事業主となって、その辺にたけた連中を集めてビジネスっぽいことをやり始めたということですね。このころ、やり始めてくるとなかなか、当時はまだインターネットのことに詳しいグループあるいは人材がいないもので、意外と大手の企業さんからお仕事をもらえたりとかいうことがありました。
私が一番力を入れたのが、このときにいろんなIT業界の方々と人脈を作っていくということを専念しまして、人の人脈を広げていったということです。このとき同時に、稼ぐこと、ひいては売上げを立てるということの難しさを体験しています。
何でここを強調したいかというと、多くのインターネットベンチャーがどっとなくなりましたけれども、去年、おととし辺りなくなりましたが、ほとんど売上げが立ってないんですね。つまり、いいものを作るというプロポーザルを出してベンチャーキャピタルやいろんなところからお金を集めてくる、それで資本金は何億、何十億になるんですけれども、売上げが立たないんですね。実際、売るところに関しては全く、お金を入れているベンチャーキャピタルもあるいは本人、その会社当事者も、ほとんど力を注いでいない、できないというのが現状でした。
ですから、私があえてベンチャーキャピタルからお金を入れずに、自分たちで売っていく方法を探って一年半嫌な下請をやったというのはそういうところで、とにかく売上げを上げること、ここを、商売というのはそれが基本ですから、そこを会社全体として身に付けようというのが先ほどの投資を受けなかった理由でもあります。
話は九九年の四月ごろに飛びますけれども、そのまま私は大学院に進みました。元々社会学という領域の中でインターネットのテクノロジーとビジネスの分野をやっておりましたので、そういったことをやって、さらに、アカデミズムとビジネス両方においていろんな方々と知り合っていくと。そして九九年の九月、これは大学院の修士課程の一年のときですが、今までやっていたITビジネスごっこを株式会社ウェブハット・コミュニケーションズとして創業しております。
それでは次のページです。私がここで申し上げられることの一つとして、大学院のときに起業している、大学という組織の中にいながら起業していますので、大学と学生、あるいは大学と起業、学生と起業という関係で次のスクリーンでお話しさせていただきたいと思います。幾つかエピソードを挙げます。
最初のエピソードですが、これはある大学の教授から私が言われた言葉です。ビジネスをやっているときに言われた言葉です。高柳君、研究者は清く貧しく生きなさいと。これは、含蓄のある言葉かというと実はそうでもなくて、大学の中で、学問をやるところでビジネスをやるとは何事だとこのとき怒られたんですね。つまり私は、大学で身に付けている専門、ある一定の専門性のある知識を使ってビジネスをして、また現場に出ていろんな人から話を聞いたり、ビジネスを通して得た経験を論文に還元したりしていたんですね。それに関してこういうことを言われました。
これは、私一人だけではなくて、多くの若い、大学院にいながら起業している経営者ですとか人たち、仲間は同じようなことをどこでも言われています。私は私立の文系の大学でしたけれども、国立の理工学系の大学でも言われている人たちがいます。
この辺り、比較ということで、学内における起業、特にビジネスに関しての起業、日本とアメリカはどういうふうに違うのかなというのが私の今の考えていることでもあり、実際、アメリカの法人の役員もやっておりますので見てきていますが、かなり違う部分があります。この辺りは割愛させていただきますが、そういう比較をしていくことは重要だろうと思っています。
そういうことを考えておりますので、学問の中から起業した、成功した起業家というところにもいろいろコンタクトを取っています。
今は東証二部に上がっていますが、理研ビタミンの前の社長で曽根博さんという方がいらっしゃいます。彼は農学博士でありまして、研究者から起業家になって会社を二部上場まで持っていった方ですが、すべて否定して掛かれ、非常識でいろと彼から言われたんですね。大学というのはある一定のレールの上で物事を進めていくので、そういうふうに大学の先生が言うのはしようがないと、それを否定してあなたが頑張っていかなきゃいけないんだよというふうに言われたのが印象的です。
じゃ、何でそういうふうに大学というのはそういうところなのかなというふうに考えていくと、東大の名誉教授でいらっしゃる教育学の佐伯先生という方が、意外なこと、予想外のことを受け入れられないんだよねというふうに私に言いました。正に、自分が当時大学院の学生でありながら起業したときに、ああ、本当にそうだなというものを経験しております。結果、今の日本の若い起業家、あるいは大学の中から起業しようとしたときに、目的達成型のスタティックな静的な考え方をしてしまうと。かなり異端を排除する力というのが働いているな、異端は駄目だと、ある一定のレールに乗っていないといけないと。これが、結果として創造性の欠如になってしまって、ベンチャーがいまいち元気のない現状になっているんじゃないかなというふうに感じています。
最後に、状況というところで書きましたが、まじめに夢を抱く人は異端になってしまって、さらに、ちょっと成功してヒーローになると、ヒーローを称賛しない、出るくいは打つ社会ですけれども、ヒーローを称賛しない社会と。これはやはり物事を起こそうとしたときにモチベーションの低下を招いてしまうと。これは何も大学だけの話ではなくて、やはり小中高校の教育の中においても非常に大事なことなんじゃないかなと思っています。
次に、ちょっと象徴的な数字があったのでちょっと引用します。
OECDの去年出たサイエンス・アンド・テクノロジー・イン・ザ・パブリック・アイというレポートですけれども、これは結構有名なレポートですが、最初のものが、上から二番目に日本があります。この表は、諸問題における関心度を示す指数、問題意識ですね。左から、新しい科学技術とか、イノベーションとテクノロジーとか、環境汚染とかありますが、見ていただくと日本の数字が一番関心度が低いです、物事に対する。次のページに行きます。次は、市民の科学分野における知識という表ですが、日本は下から二番目にいます。そのまま次に行きます。科学と技術に対する注目度という表です。OECD十四国中、日本は最下位です。次、四枚目に行きます。科学と技術に対する一般的な考え方、これも日本が一番低い、最下位にいます。やっと日本が上から三番目に来るものあるんですね。それは何かというと、見てみますと、基礎科学研究に対する国家予算がかなり付いていると。にもかかわらず、その問題意識が非常に低かったり興味が低かったりすると。
これはある一定の矛盾が存在するんじゃないかなと思いまして、この表を見たときに、私が大学の中で体験した、先ほどしゃべらせていただいた経験がわき出てきたというか、これが一つ問題の一端なのかなと思いました。
最後のページになるんですが、幾つか、三点ほど、今までお話しさせていただいたことをまとめさせていただきます。
まず、若い経営者ですね、二十代の経営者、私の場合二十代の経営者ですが、が考えなくてはいけないことは何かなと。まず一つに、資本あるいは資本金ではなくて売上げを、イコール、虚ではなく実をというふうに書きましたが、先ほど申し上げたとおり、私の知人でもおりましたが、こういうビジネスモデルがあります、こういう技術があります、それに対して物すごいお金が集まると。ただ、そのベンチャー企業はつぶれてしまう。どうしてかというと、だれも売ることを考えていない、あるいはうまく売れないんですね。そこの売上げを立てる、商売の基本ですけれども、ここが一番今の日本のベンチャー企業に欠けているところなんではないかと思っています。
もう一つは、自らの人脈で実のあるブレーンの組織を構築していかなきゃいけないんじゃないかなと思っています。私も、今私一人でできることというのは小さいですので、役員としていろいろ、先ほどCFOを呼んだと申しましたが、彼は経験者でありまして、ずっと大手の証券会社あるいはアメリカの証券会社で、MアンドAとか事業売却あるいはIPOをやっておりました。自分でも日本でITベンチャーを立ち上げて、実際数十億で売却したりとかということで、売上げを上げることもできると。そういう経験のあるブレーンを外から自分の人脈で呼んでくるというのが一番大切なのではないかなと思っています。
これが、経験のないブレーンが集まると大変なことになります。言いたいことだけ言って売らないという構造が生じてきてしまいます。そうすると、最終的には、社長、あんたが悪いんだからあんたが責任取りなさいといって会社が一杯つぶれていってしまう。やはり、ブレーンを集めたりお金を入れてもらうのであれば、少なくとも売れる人たち、売上げを立てられる構造を作っていかないといけないのだなと思います。
もう一つは、誠意ある失敗とそれを許容する社会づくりをしましょうということを思います。これは、やはり若い起業家は必ず失敗すると思います。私もこれから多分失敗するんだろうなと思っています。ただ、一度失敗すると、例えば借金を一杯抱えて新たに事業が起こせないとか、いろいろな社会の風潮、慣習上事業が起こせないとか、意外と日本はリスタートが難しい国だなというふうに感じています。ただこれも、合理的に考えれば、失敗を多く積めば積むほど失敗しなくなるわけですから、そういったところを理解した、例えば銀行の融資の制度でもそうですね、そういったところに具体的には落とし込んでいって、そういう誠意ある失敗であれば許容できるような構造づくりができるといいなというふうに思っています。
これもエピソードになりますが、私が先ほど二期目にお金がちょっと融資を受けないと数か月難しいなというときに銀行に相談したんですけれども、二十五歳の私が相談に行くと、支店長が、担保はとまず言うんですね。それでは話にならないなとほかのところからお金を集めましたけれども、全くそういう意味では地元の銀行が、あるいは都市銀の支店がそういう意味で機能していないと。ベンチャー育成とはいいながらも、末端の部分でなかなか機能していかないというような現実があると思います。
二番目ですが、これからの社会に期待することと。構造の改革と当事者の意識改革というのが必要じゃないかなと思っています。
大学に関して言いますと、先ほど申し上げたとおり、大学の役割というものをもうちょっと考えていかないといけないんじゃないかなと思います。
もう一つは、教育という部分ですね。大学を含めた教育と、それからアントレプレナーシップという部分を考えていく必要があると思います。何かまじめにやろうとすると、友達が白けるとかその程度であれば問題ないと思いますけれども、私の場合、教員ですね、自分の上にいる指導されている教員に白けられてしまいましたので、これは右も左も行けないわけですね、その構造の中では。少なくともそういったところをうまく何らかの形で国立大学も私立大学も構造化できないかなと。
これもある人の言葉ですが、素人が玄人の世界をかいま見る楽しさを体験させてあげたいというのがあります。これは小中高大、全部そうです。日本の大学はインターンが物すごく少ないですね。小中高に関しては、ほとんど学校内での学問だけで回っていると思います。そうではなくて、もうちょっと社会を、素人が玄人の世界をかいま見る楽しさを、私も元々それから始まりました。いろんな人と会って、ああ、あの人すごいな、あの人、格好いいな、ああいう考え方すごいな、そういうところから起業に至っています。そういった経験をさせてあげられるような構造を作った方がいいんじゃないかと。例えば学校の、中学校の先生から社会人経験のある人を多く採用するとか、あるいは外から人を呼んでくるとか、そういったところで十分だと思うんですね、最初は。そういったことをやることによってその部分も変わってくるのかなと思います。
それから最後に、もう時間も来ていますので最後になりますが、インキュベーターの役割ですね。
企業、若い企業を育てようとかあるいはベンチャー企業を育てようという人たち、制度であったり国であったり自治体であったり銀行であったりベンチャーキャピタルであったりすると思うんですが、まず、やはり我々が中にいて感じることは、本質的なビジネスモデル、つまり、何度も繰り返しておりますけれども、売上げを上げられるような構造あるいはそのサポートをしてあげられるその能力をインキュベーターの方が持っていないといけないんじゃないかなと。ただお金を集めてくる、あるいはただ技術がいいからそこにお金を落とすとか、そういう判断であればそんなに難しいことじゃないと思うんですね。それを売るというところ、ここが一番重要であって、難しいところなんではないかと。そこをサポートしてあげられる構造が必要だと思います。
それからもう一つ、センスを育てると書きましたが、やはり経営は私はある一定のセンスが必要だなと思っています。そういった部分を育てられるような構造があるといいと。
最後に、これ一番重要だと思うんですが、過保護は禁物だと思います。何でもかんでもやってあげちゃったら、これは絶対に裏目に出る可能性があると思います。例えば、先ほど言いましたが、最初に私はなぜ投資を受けなかったかというと、必要なお金は自分で集めたかったから投資を受けなかったんですね。やはり余り過保護にしちゃうと何にもやらなくなってしまう、何にも考えなくなってしまうということが生じてきて、私もそういうベンチャーを一杯見てきましたので、過保護は禁物であると。
ただ、じゃ、今の現状でいいかというとそうでもないので、適正な支援、これは難しいですけれども、かなり議論をしていく中でこの適正な支援というところを構築していくのがこのインキュベーターの仕事なんではないかと思います。
具体例で、ある民間のインキュベーション施設の例なんですけれども、間貸しだけをしているんですね、オフィスの。自由に電話を引いて自由にインターネットを引いて、いろんなベンチャーが集まっていますし、そこの本部にはいろんな経験のある先輩の起業家の方たちが一杯いて、ただ、お金を入れたりとか、ああしろこうしろということは一切言わない。間貸しだけをしているんですね。例えば、そういったことをやれば、必要になれば隣の部屋にいるあの人に会いに行こうとか、あるいはこういう人にアプローチしたいんですけれどもどうしたらいいですか、こう聞きに行けるわけですね。そういうソフトなインキュベートというのも非常に重要なんではないかなと思っております。
少々、二、三分長くなってしまいましたが、以上で私のプレゼンテーションを終わらせていただきます。