高柳寛樹の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(高柳寛樹君) 先ほどの御質問ですが、一番私がこの文書の中で強調したかったのが、六ページの一番左下になりますが、この放送博物館というか、放送番組、動画を、いろんな権利の複雑なものを乗り越えて保存していくというベンチャーというか、そういう組織を作るに当たりいろんな問題が出てくるんですが、一番重要なのが、アメリカと比較して分かったのが、官民学が重層的か否かというところだと思うんですね。
ある、私が加盟している学会であった出来事なんですが、産業からの人、それから大学側、学問側からの人が来て、学生のインターンだとか、あるいは今後両方協力してある一つの目的を達成しましょうよという話合いの中で、結局そのシンポジウム自体は決裂に終わるんですね。どういうことかというと、産業は産業の方の主張をして、学問、大学、アカデミックな方はアカデミックの主張をして終わってしまうというようなこと。ですから、一つの目的を挙げたときに、産学とそれから官が目的合理的に動かないという気が非常に日本の場合しています。目的を達成するためにはそこの産官学というふうにあえてセクションを切ると、それぞれがある一定の権限を越えても協力していかないといけないというふうに思うんですね。
この放送のアーカイブ、放送の博物館を作るという意味においても、アメリカは非常にすんなりいっている。例えば、どういうことかというと、著作権の問題があるんですが、大学に関してあるいは研究機関に関しては著作権がフリーになる部分が一部あります。その部分に関しては、じゃ大学がやりましょうと。じゃ、どこがお金を集めるのというと、じゃ民間がやりましょう。そうすると、その民間が集めたお金をそこに投下した場合にどうするのとなったときに、今度は官が出てきて、じゃ、そこは免税しましょうと言ってくるんですね。それでドネーション文化がうまく回っていくんですけれども。そういった協力関係というのがアメリカを見ていると、この例でいうと非常にダイナミックに、動的に思えるんですが、日本を見ていると極めてスタティックですね、静的に思えると。そういった部分を、横ですね、横のつながりを強くできないものかなというのが思っています。それがひいては、最終的にベンチャーというか、このベンチャーというのはアントレプレナーですね、起業家の育成あるいは起業を促進する一つのかぎになってくると思っています。