高田篤の発言 (憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○高田参考人 率直な御質問、どうもありがとうございました。
 それは非常に難しい点でございまして、先ほども少し申し述べましたけれども、近年、これは選挙制度いかんを問わず、やはり国民政党化という流れの中で、特に、小選挙区をとればそうなるのは仕方がないところであるのです。図表にしますと、真ん中に山があって左右に広がっているのを有権者の分布といたしますと、やはり真ん中に向かって公約を、あるいは政策を合わせていかなきゃいけないという側面がどうしても出てきまして、各政党間のメニューの相違が小さくなってくる。それによって、ある種国民の中には疎外を感じていらっしゃる方が多くなる、そういう傾向は、これは日本だけではなくて、全世界的に見えるわけですね。
 だから、これは投票率の低下、アメリカなんかは日本と比較してもまだひどいわけで、日本も相当ひどい。ドイツは、ひどい、ひどい、とんでもないとこの間新聞に書いてあったんですが、八〇%を切ったという、これはドイツ人にとっては非常にひどい話なわけです。程度は違いますけれども、いろいろな国でそういうことが起こっているわけでございまして、これは今後どう考えていくかというのは非常に難しい、本当に一番考えなきゃいけない。例えば投票率というようなことは、本当に真剣に考えていかなきゃいけないところだというふうに私自身も考えております。
 ただ、今後の予測からすると、かつてのように、公約を綿密につくって、その公約のゆえに、それを全面的に支持するがゆえに私は投票するという投票行動というのは次第に難しくなってくるわけで、どうしても選挙というのは、政策レベルにおいても抽象化する、あるいは一点化する、あるいは、場合によってはパーソナル化していく、つまり、個人レベルになってくるというのは、これは避けがたい。
 とすると、選挙というものの機能は重要で、これはまさに先生方の政党制の支えですから一番重要なのですけれども、政党の活動の中における、政党の政治的コミュニケーションに占める選挙の割合といいましょうか、選挙を目指してというものをある程度相対化していく必要があるだろう。もっと言うと、多段階において政治的コミュニケーションを発達させていく必要があるだろう。
 その際は、政党の努力が足りないということじゃなくて、日本の法制でいいますと、政党が出ていこうにも出ていきにくい、法的な制限もあれば、社会的な制約もあるわけですね。日本における公正らしさとは政党に近づかないことである、そういうような日本の公正らしさ論みたいなものがあるわけですから、これはとんでもないことでありまして、むしろ、政党が社会と接触できる、つまり選挙だけではないほかのいろいろな段階において接触できるという形で、規制緩和というかどうか知りませんけれども、そういうような方策をやはり考えていただくというのは、例えば一つの方向ではないかなというふうに考えております。

発言情報

speech_id: 115504190X00120021114_014

発言者: 高田篤

speaker_id: 24648

日付: 2002-11-14

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会