戸波江二の発言 (憲法調査会)

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○参考人(戸波江二君) もう三十年前の話ですから余り適切な答えになるかどうか分かりませんけれども、理論的にはそうですが、ただ、日本のそれでは改憲論の方がどういう方向で改憲したいかという問題があったと思うんですよね。つまり、護憲、改憲の軸が資本主義、社会主義と正にねじれてはいたんですけれども、護憲、改憲の軸自体が体制選択という形でもって問題が顕在化していたわけではない。
 もう少し分かりやすく言うと、改憲論の側に改憲イデオロギーが多様化していたわけですよね。いろんな理由から改憲にしなくちゃいけない。その中の少なくとも一九五〇年代の最も有力なのが、やっぱり自主憲法制定論であり押し付け憲法論であり、場合によっては復古的な考え方という、非常に、恐らく当時は有力だったけれども今では余り支持されないような考え方であった。そういう中で、それに対抗する形での護憲論というのは、必ずしも社会主義と結び付く形で護憲という形で提起されたのではないということだと思うんですよね。
 ですから、ねじれの問題と護憲、改憲の問題が実はちょっと離れていた。ただ、よく見てみると、憲法典というのが正に西洋型の憲法で、その下で自民党の下での政権があって、国民の支持を得て政権を維持していたという中で、なぜ憲法に対してこれだけ良くないから改憲しようという声が出てきたのかという問題ということです。

発言情報

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発言者: 戸波江二

speaker_id: 12253

日付: 2002-11-13

院: 参議院

会議名: 憲法調査会