平野貞夫の発言 (憲法調査会)

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○平野貞夫君 国会改革連絡会でございますが、主として自由党の立場からの意見を申し上げたいと思います。
 二十人にわたる学識経験者、弁護士、専門家、団体役員、主婦、それから大学院生含めて、大勢の方から意見を聴取して議論をしてまいりました。総括して感想を申し上げますと、個別の人権問題についてはかなり詳細に具体的に勉強させていただきましたが、基本的人権の本質論の部分が十分でなかったという印象を持っております。
 私が申し上げる本質論と申しますのは、現在、日本国憲法の基本的人権の規定の原点になっております十九世紀に確立した人権論のままで二十一世紀これからやっていけるかどうかという問題でございます。市民社会が市場経済原理、見えざる神の手が調整してくれるというそういう信仰でもって花が咲いていた時代と、二十一世紀の現代の社会構造の変化、これをやっぱり今後の憲法の中にどう入れ込んでいくかということが大事だと思っております。
 十九世紀的人権、二十世紀にもかなり社会権とかそういうものが導入されておるわけですが、これらはいずれも人間を中心に位置付けていまして、人間の尊厳をどう制度的に確保するかということでございました。これは、非常に普遍的な権利であり、これを否定するものではありません。しかし、二十一世紀の人権論としましては、十九世紀的人権の保障が必要な国や社会がまだまだこれからありますし、同時に、先進国等における、人間自身が環境の破壊、ほかの人間の人権を奪うというようなことを事実上行っていると、この変化をどうとらえるかということでございます。
 暴走する市場経済原理主義をどう調整するかというようなことも、人権問題として憲法の中で私は制度化していく問題だと思います。そのことは、貧困の問題を棚上げにして人権論は存在しないということでございます。現在の日本人の平均的生活を仮に六十億人の世界の人類みんなが行うということになれば、地球はあと五つ要ると言われております。そういう意味で、私は、抽象的な、自分中心の、日本人だけが中心の人権論にいささか疑問を持っておるわけでございます。
 実は、最近、ある会合である外国の学者から示されたデータを見て私は驚いたんですが、最も貧しい国二〇%の所得を一として、最も富める国二〇%の所得との格差を比較した場合に、一八二〇年には三倍だったそうでございますが、一九九〇年には六十倍に広がっております。
 人間というものは、我々、豊かになる、自分たちだけ幸せでいい、ぜいたくすればいいというものだけで済ませるかどうか。私は、こういう点に、今後、東アジアにいる日本人の一員として、どうも自分たちだけを中心にした人権論に何か空虚さを感じます。
 そこで、自由党は、平成十二年の十二月に「新しい憲法を創る基本方針」というものを決定しております。これは、新しい憲法文化を作ろうということで、直ちに憲法の改正の手続をしようというものじゃございませんが、その中に「国民の権利と義務について」と、こういう項がございまして、御紹介いたしますと、国家権力と人権を対峙させる啓蒙時代の発想を克服しなければならないと。しかし、ともすれば阻害されがちな個人の自由を国家社会の秩序の中で調和させることは大事だが、基本的人権の保障は、個人、国民が保有すべき条理であると同時に、社会を維持し発展させるための公共財的な性格があるものだと位置付けも必要ではないかということでございます。そして、国民の諸権利と義務は人類の普遍的原理に基づいて日本の良き文化と伝統を踏まえる。公共の福祉の概念をもうちょっと明確にし、思想、信教の自由については政教分離の原則の意義をもうちょっとやっぱり明確にして書いた方がいい。そして、価値多元化社会に適応する自由を確保し、国民の知る権利やプライバシー権、外国人の人権保障、その合理的限界、そういったものも分かるようにした方がいい、あるいは犯罪被疑者と被害者の人権保護の調整ももっと必要ではないかと、こういう考えでございます。
 特に、私たちは、地球環境の保全という理念、いわゆる環境権を人間が主張するんじゃなくて、海が見えない、山が見えない、空が見えないという狭い環境権の主張でなくて、地球環境の保全という義務、この理念が市場経済原理の上位にあるという思想を、理念を確立すべきではないかということと、自由な競争社会を作るに当たって、国民の生命や生活の維持に必要な仕組みを政治の責任で整備すると、こういう考え方も大きな人権問題としてとらえるべきではないかと。
 具体的には基礎的社会保障、基礎年金とか介護とか高齢者医療、こういったものは国が責任を持って整備するということを憲法に明記することによって、初めて自由で自立した、そして規律のある成熟した市場経済原理社会ができるんじゃないかと、こういう考えでございます。
 そして、もう一歩踏み込めば、機会均等の平等というようなことでなくて、こういう人間が生きていくということにおいては結果平等についてもやはり社会がある程度のものは保障すべきでないか、これがやっぱり現代の日本人だけじゃなくて世界的な一つの人権の理論になるのではないかと、しなきゃ駄目じゃないかと、こういう考え方を持っております。
 今、私が申し上げたこと全部が憲法として規定できるものじゃないんですが、こういうことを議論の対象としてこれから進めていきたいと思っております。

発言情報

speech_id: 115514184X00520021204_010

発言者: 平野貞夫

speaker_id: 22130

日付: 2002-12-04

院: 参議院

会議名: 憲法調査会