北川れん子の発言 (憲法調査会)

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○北川委員 社民党の北川れん子と申します。
 先日の、園部参考人が、一番初めに、新憲法は新理念だというふうに切り出しをされました。私も、そうだというふうに思います。それで、新理念になったときに真に継承されたのは名称と一定の象徴機能だけであり、日本国憲法下で、象徴天皇制は、国民主権、議会制民主主義、人権尊重などという新しい憲法原理と共存するものとして存在しているというふうに思っています。
 国事行為のお話がありましたが、国事行為の助言、承認者と実質的な決定権者は全く違うということは、理論的に成り立っているわけであります。そして、私は、あの折にも申し上げましたけれども、国事行為はもうふやせないという立場をとっております。ということで、国事行為にかかわりのない私的立場の天皇は日本国及び日本国民の統合を象徴するわけではないという説に、私は、賛意を示すものであります。
 二〇〇〇年現在、日本の中にも、外国人と言われる方が百六十八万六千四百四十四人といらっしゃり、国民が統合のシンボルを必要とするのかどうかという点、また、国家とは何かとはなかなか難しいものであるというふうに思うんですが、国家の犠牲になるということの終えん、そういう意味というのが、戦後は模索されてきているのだというふうに思います。
 先ほど、天皇制はなくなっても天皇家が存続するというお話も出ましたけれども、天皇家の人々にとっても、犠牲になるという面がないというのをどう担保できるかということも含めて、私たちは、もう少し慎重な議論が必要である。その慎重な議論の折に、先日の、高橋参考人が昭和天皇の話というものを避けて議論を進めていかれた点をも、やはり深く見詰めなくてはいけないのではないかというふうに私は思っております。

発言情報

speech_id: 115604184X00520030327_013

発言者: 北川れん子

speaker_id: 28618

日付: 2003-03-27

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会