憲法調査会

2003-03-27 衆議院 全72発言

⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

会議録情報#0
平成十五年三月二十七日(木曜日)
    午前九時一分開議
 出席委員
   会長 中山 太郎君
   幹事 杉浦 正健君 幹事 中川 昭一君
   幹事 葉梨 信行君 幹事 平林 鴻三君
   幹事 保岡 興治君 幹事 大出  彰君
   幹事 仙谷 由人君 幹事 古川 元久君
   幹事 赤松 正雄君
      伊藤 公介君    奥野 誠亮君
      倉田 雅年君    近藤 基彦君
      佐藤  勉君    下地 幹郎君
      谷川 和穗君    谷本 龍哉君
      中曽根康弘君    中山 正暉君
      長勢 甚遠君    額賀福志郎君
      野田 聖子君    野田  毅君
      平井 卓也君    福井  照君
      森岡 正宏君    山口 泰明君
      生方 幸夫君    大畠 章宏君
      小林 憲司君    今野  東君
      島   聡君    首藤 信彦君
      末松 義規君    中野 寛成君
      伴野  豊君    水島 広子君
      遠藤 和良君    太田 昭宏君
      斉藤 鉄夫君    武山百合子君
      藤島 正之君    春名 直章君
      山口 富男君    金子 哲夫君
      北川れん子君
    …………………………………
   衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
    —————————————
委員の異動
三月二十七日
 辞任         補欠選任
  桑原  豊君     生方 幸夫君
同日
 辞任         補欠選任
  生方 幸夫君     桑原  豊君
同日
 辞任
  中川 正春君
同日
            補欠選任
             川崎 二郎君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 日本国憲法に関する件
 小委員長からの報告聴取

     ————◇—————
この発言だけを見る →
中山太郎#1
○中山会長 これより会議を開きます。
 日本国憲法に関する件について調査を進めます。
 本日は、各小委員会において調査されたテーマについて、各小委員長からの報告を聴取し、委員間の討議に付したいと存じます。
 本日の議事の進め方でありますが、小委員会ごとに、まず小委員長の報告を聴取し、その後、そのテーマについて自由討議を行います。
 なお、各テーマごとの自由討議における最初の発言者については、幹事会の協議決定に基づき、会長より指名させていただきます。
 自由討議の際の一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、会長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。
 御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。
 発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
    —————————————
この発言だけを見る →
中山太郎#2
○中山会長 それでは、まず象徴天皇制について、最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員長から、去る六日の小委員会の経過の報告を聴取し、その後、自由討議を行います。最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員長保岡興治君。
この発言だけを見る →
保岡興治#3
○保岡委員 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会における調査の経過及びその概要について御報告申し上げます。
 本小委員会は、三月六日に会議を開き、参考人として、元最高裁判所判事園部逸夫君をお呼びし、象徴天皇制について、特に天皇の権限・国事行為等を中心として御意見を聴取いたしました。
 会議における参考人の意見陳述の詳細については小委員会の会議録を参照いただくこととし、その概要を簡潔に申し上げますと、
 参考人からは、
 象徴天皇制は、現行憲法の理念に基づき規定されているが、歴史や伝統等を反映した独特の制度であるとの認識が示された上で、権力に正統性を付与するという、天皇が歴史上果たしてきた機能の一側面でもある統治機構の基軸としての役割は、象徴天皇制のもとでは国民からゆだねられているものとして理解できることなどが述べられ、
 続いて、天皇の権能と行為について、
 天皇が象徴であるためにはその機能を果たす場が必要であるとする積極的象徴の見地からも実情等を考慮しつつ探求すべきこと、
 天皇の行為の分類に当たっては、象徴に由来する価値を実態に即して分析するなどの観点から五分説を提唱することなどが述べられました。
 さらに、天皇は国事行為や公的行為により象徴性を発揮することが重要であると同時に、公的行為については、その意味にふさわしい制度上の位置づけを慎重な配慮のもとに行うことが必要であるなどの意見が述べられました。
 このような参考人の御意見を踏まえて、質疑及び委員間の自由討議が行われ、委員及び参考人の間で活発な意見の交換が行われました。
 そこにおいて表明された意見を小委員長として総括するとすれば、
 まず、天皇の国事行為については、これは憲法によって主権者である国民から天皇に委任されたものであって、その責任は内閣にあり、またその性格は形式的、儀礼的なものであるという点については、各会派に共通の認識であったと理解いたします。
 次いで、天皇の行為の分類の仕方につきましては、国事行為のほかにそれ以外の行為が存在することは認識するものの、国事行為以外の行為について公的行為、私的行為等に細分するか否か、さらに公的行為を認識する場合、公的行為についても何らかの基準を設けるか否かについては、見解の分かれるところでありました。
 最後に、前回及び今回の参考人からの意見聴取を踏まえ、天皇の行為に関しましては、その運用実態等につきまして具体的な事例を取り上げながら調査を進めることが、ありのままの象徴天皇についての議論をしていく上で必要なことであると認識した次第です。
 以上、御報告申し上げます。
この発言だけを見る →
中山太郎#4
○中山会長 これより、象徴天皇制について、特に天皇の権限・国事行為等を中心に自由討議を行います。
 まず、平井卓也君。
この発言だけを見る →
平井卓也#5
○平井委員 まず初めに、私は、天皇制は日本の国の文化であり、ナショナルアイデンティティーであって、我々がこれからも守っていかなければならないものだと考えております。この天皇制について規定する憲法第一章に関しては、これまでのいろいろな議論にかんがみれば、いずれの政党においても当面のところ基本的に改正する必要はないと考えていると思います。
 したがいまして、今回はそれを前提に、国事行為を中心とした天皇の行為について申し述べたいと思います。
 まず、天皇の国事行為についてであります。
 園部参考人からは、天皇は憲法の規定に基づいて主権者たる国民から国事行為を委任されていると理解すべきであるとの意見がございました。そのような見地に立ちますと、天皇の国事行為については、その運用の実態をすべて国民の前にオープンにしていく必要があるのではないか、また、そうすることが象徴天皇の地位を安泰ならしめるためにも有益なことではないかと考えます。
 例えば、これは前回の高橋参考人、そして園部参考人、お二人に同じことをお伺いしたのでありますが、現在の象徴天皇制のもとでは、天皇の国事行為とは、天皇みずからが決定して行うものではなく、すべて内閣の助言と承認に基づいて行われる、受動的かつ儀礼的なものであるわけであります。ところが、内閣総理大臣その他の国務大臣や人事官などの任命の認証の際の助言と承認に用いられる文面には、「右謹しんで裁可を仰ぎます。」というぐあいに裁可という文言が使われています。通常、裁可といえば、裁可の権限を行使する者に決定権があると考えられるわけですから、これではあたかも天皇が任命権者であるかのような誤解を与えるのではないでしょうか。
 この点について、両参考人とも、現在の天皇が任命を裁可しないということはあり得ないとしながらも、園部参考人からは、そういう言葉を使うこと自体が、何か戦前の言葉をそのまま使っているのではないかということであれば、これはある意味ではこの問題を議論する一つの大きな契機になるとの意見があったわけでございます。
 あるいは、外交関係の文書の認証に関しては、内閣総理大臣のほか外務大臣が副署することになっておりますが、これは、旧憲法下の、各国務大臣が個別に天皇の輔弼をし、また内閣総理大臣の地位も同輩中の首席にすぎなかった状況では意味があったと思いますが、現行憲法では、内閣総理大臣は内閣の首長であり、行政各部を指揮監督する権限を有することとなっているわけですから、もはや外交関係の文書の認証に外務大臣が副署する必要はないのではないかとも考えられるわけであります。
 次に、行為の分類論でありますが、通常は天皇の行為を国事行為、公的行為、私的行為に分ける三分説であり、これが政府見解でもあることはよく知られているところであります。これに対し、園部参考人は、これを費用負担の問題等に対応させる形での五分説を提唱されました。また、単に国事行為とそれ以外の行為に分ける二分説というのも存在するわけであります。
 私は、こうした行為分類論には一長一短があって、どれがすぐれているということは断言できないと思いますが、このような行為分類論が行われる背景には、天皇も一人の人間である以上は国事行為のほかにもさまざまな活動をされるのであって、しかも、そうした活動と天皇が我が国の象徴であるということが密接に関係していることがあると認識いたします。
 最後に、前回の総会でも議論がございました天皇を元首として憲法に明記すべきか否かの問題につきましては、私個人といたしましては、天皇陛下は、現行憲法下においても対外的に我が国を代表するとともに、日本国及び日本国民統合の象徴としての国家の尊厳を体現しているということを考えますと、やはり元首であるとした方がすっきりするのではないかと思います。
 しかしながら、園部参考人からは、天皇の元首的側面は否定しないものの、国内的には元首というよりはもう少し広いお仕事をなさっておられるのではないかという認識が示された上で、むしろ象徴という基本的なお立場の中で外国に対する代表として、あるいは国内に対するヘッド・オブ・ステートとして活動されるものがあるという理解が必要であって、象徴をやめて元首にしてしまうことにはちょっと抵抗を感じるとの意見がございました。
 以上、天皇の行為について私の見解あるいは小委員会における議論を通じての感想を述べさせていただきましたが、天皇の行為につきましては、具体的な事例を公開の場で議論していくことによって行為の輪郭や実態を明らかにしていくことが必要であり、そうすることによって、象徴天皇にふさわしい行為のあり方、内閣による助言と承認のあり方、皇室経済など天皇制を支える制度のあり方などが定まっていくのではないでしょうか。また、こうした議論をしていく中で、憲法に天皇を元首として明記すべきか否かという問題に対してもおのずと結論が導き出されてくるのではないかと考える次第です。
 以上。
この発言だけを見る →
中山太郎#6
○中山会長 それでは、御発言希望の方は名札をお立てください。
この発言だけを見る →
山口富男#7
○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。
 私は、二回の小委員会を通じまして、二人の参考人が強調されたように、現憲法下の天皇制というのは、主権在民下の天皇制であるというところの基本を押さえることが非常に大事だと思いました。平井委員が指摘されましたように、国事行為のそれぞれについても、その面から見てオープンにどういう問題があるのかということの検討が必要だという御意見はこもごもに出された問題でした。
 それから、もう一点の元首の問題なんですけれども、私は、今冒頭に申し上げましたように、主権在民ということからいきますと、やはりその点が、それぞれとの関係が問われますので、明記することには賛成いたしません。
 それから、前回の調査会でも議論になりましたが、この問題は、結局元首とは何かという問題にもかかわってきておりますので、それぞれの委員が内容として持っている、こういう中身で元首という規定を設けたいということと、それぞれの意見が、元首として定めている中身が違いますので、議論がすれ違う点もありますが、私は、主権在民という点でいえば、元首の規定には反対でございます。
この発言だけを見る →
中山太郎#8
○中山会長 では、象徴論、象徴ということでございますね。山口委員、象徴ということで了承されますね。
この発言だけを見る →
山口富男#9
○山口(富)委員 会長から質問をいただきまして……。
 現行の規定ということですね。
この発言だけを見る →
中山太郎#10
○中山会長 はい、わかりました。
 ほかに御発言ありますか。
この発言だけを見る →
中山正暉#11
○中山(正)委員 昔、共産党の榊理論委員長と正森成二議員と、それから自民党側から私と石原慎太郎、この四人でNHKの三分間討論会というのをやったことがあるんです。前日にNHKの方から何を質問するかという問い合わせがありましたので、私は愛国心について問いたいということを言っておきました。実はこれは、中身は天皇制をどうするかという意味を持たせていたんです。
 討論が始まりまして、真ん中に電球がついて、その電球のついている間発言をするんですが、それが三分間。私に、中山さんから愛国心について共産党に質問されるということですが、どういうことでしょうか、御発言願いたいということでしたので、私は、それでは愛国心の象徴的な問題で天皇制をどうなさいますかと言って聞きました。そうしましたら、大変雄弁な正森先生と榊さんが、お二人が譲り合われまして、君が答弁しろ、君が答弁しろと譲り合われて、そして最後におっしゃったことが、天皇家は残すけれども天皇制はやめるということをおっしゃいました。それで私は、この現憲法の天皇制の象徴性というのは大変意味のあることだけれども、その象徴たる地位は国民の総意に基づくと。総意に基づくというのは、一体、何だろうか。総意は何だと言って国民投票にかけられたら、一体、将来どうなるのか。
 最近、いろいろなところで住民投票というのが行われます。憲法の前文の冒頭には、「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」ということが書いてございます。その意味で、今地域地域でいろいろなものが住民投票にかけられますが、私が建設大臣をしておりましたときに吉野川の住民投票というのがありまして、私は最後の建設省の省議のときに言いました、私は川と相撲をとっている気持ちはありません。こういう民主主義の誤作動という形で住民投票というのが重ねられてくると、最後は、象徴たる天皇の地位は国民の総意に基づく、これを一遍住民投票にかけてみようじゃないか、そういうことになると日本の国の制度というのは大変不安定なものになるのではないか。だから私は、住民投票というのは民主主義の誤作動だということを言って、私は川と相撲をとっているつもりはありません。日本の国の根底にかかわる問題について考えたと言いました。
 私は、日本の天皇制というのは、聖徳太子様という、推古天皇の摂政をなさいましたこの方の大変な知恵だったと思います。いわゆる易姓革命とかそれから天命思想とか、これが英雄だといって中国では秦だ周だ何だかんだと国の形が変わるたびに、民衆は塗炭の苦しみに陥って、そして英雄が安定した政権をつくるまでは国内を逃げ回るような政治が行われる。それは国家のためによくないということで、聖徳太子様という方は、権威とそれから権力というものを分けた、そして天皇制というものを護持した。私は、日本の百二十五代にわたる天皇制の知恵というのは、国民に政治の変動によって迷惑をかけないという大変な知恵の所産だ、かように思っております。
 今、イスラエルのテルアビブ大学のシロニーという先生が、私に最近、日本の天皇問題について「母なる天皇」という、日本人が気がつかないような大変な知恵のあるお話の本を講談社から、これは日本語で書いてございますから皆さんも一遍お読みいただくとおもしろい。一歳から十一歳まで天皇を務めた最年少天皇は四条天皇でございます。それから、天皇というのは万世一系を保つために子供さんをつくられる。それで、景行天皇は八十人の子供さんがおられました。日本は、天皇制を維持するためにいろいろな知恵が長い間の伝統の中で築かれてきた。
 私は、国民の総意に基づく、その総意はどういうふうなものであるかということを討議の対象にして、これが定着できるような、非常に不安定なものにならないような、伝統の知恵を生かせていくような方法はどうあるべきだろうか、そんな疑問を皆様方に呈して、今、何も考えておりませんでしたが、突然のお話でございましたので、自分の所感を申し述べてみました。
この発言だけを見る →
中山太郎#12
○中山会長 予定の時間もございますので、象徴天皇制に関する御発言は、現時点で名札をお立てになっておられる委員までといたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。
この発言だけを見る →
北川れん子#13
○北川委員 社民党の北川れん子と申します。
 先日の、園部参考人が、一番初めに、新憲法は新理念だというふうに切り出しをされました。私も、そうだというふうに思います。それで、新理念になったときに真に継承されたのは名称と一定の象徴機能だけであり、日本国憲法下で、象徴天皇制は、国民主権、議会制民主主義、人権尊重などという新しい憲法原理と共存するものとして存在しているというふうに思っています。
 国事行為のお話がありましたが、国事行為の助言、承認者と実質的な決定権者は全く違うということは、理論的に成り立っているわけであります。そして、私は、あの折にも申し上げましたけれども、国事行為はもうふやせないという立場をとっております。ということで、国事行為にかかわりのない私的立場の天皇は日本国及び日本国民の統合を象徴するわけではないという説に、私は、賛意を示すものであります。
 二〇〇〇年現在、日本の中にも、外国人と言われる方が百六十八万六千四百四十四人といらっしゃり、国民が統合のシンボルを必要とするのかどうかという点、また、国家とは何かとはなかなか難しいものであるというふうに思うんですが、国家の犠牲になるということの終えん、そういう意味というのが、戦後は模索されてきているのだというふうに思います。
 先ほど、天皇制はなくなっても天皇家が存続するというお話も出ましたけれども、天皇家の人々にとっても、犠牲になるという面がないというのをどう担保できるかということも含めて、私たちは、もう少し慎重な議論が必要である。その慎重な議論の折に、先日の、高橋参考人が昭和天皇の話というものを避けて議論を進めていかれた点をも、やはり深く見詰めなくてはいけないのではないかというふうに私は思っております。
この発言だけを見る →
奥野誠亮#14
○奥野委員 先ほど、参考人は、天皇の国事行為、国民から委任されたものであるという説明があったお話がございました。また、今、元首という言葉を置くか置かぬかについて、反対論もございました。
 この憲法は、アメリカが書いた、そのときには、天皇は元首とすると書いてあった。元首では明治憲法と同じようになるものだから、知恵を絞って、象徴という言葉を使うようになった。むしろ、これは日本の本来の姿であったんじゃないかな。委任じゃなくて、天皇が任命権者であられたことは事実であります。ずっと任命権者でした。急に、国民が委任するようになったというような表現をとられたことは、極東委員会からの申し入れで、「日本国民の総意に基づく。」上に「主権の存する」という言葉を入れろという話になってきて、連合国軍が日本側に、国会修正で入れてくれという強い要請をされて、これが入ったわけであります。それを今とやかく言うつもりはございませんが、その結果、天皇の地位があいまいになってきた、だから元首という言葉を入れようじゃないかという話がまた出てきているわけであります。
 私はやはり、国民から委任されたと、殊さらそんな言葉を使うよりも、ずっとこういう姿で来ているんだ、同時に、その地位というものは日本国を代表する地位にあるんだというような、やはり元首という言葉を入れなければ、日本国を代表する地位にあるんだというような文言を入れて、はっきりした方がいいんじゃないかなと。私は、「主権の存する」という言葉が入ったために、大変あいまいになってきたんじゃないかな、こう思うわけであります。
 そういう意味で、元首という言葉を使うか使わないかは別にして、委任を受けてというような、殊さら理屈をつけるようなことはやめて、従来からずっと天皇はこういう地位に、千何百年来あられたわけでございますから、それをそのまま表現したものだ。私は、こういう理解をするのが正しいんじゃないかと思いますだけに、天皇の地位というものを明確にする、そのために、元首であるとか日本国を代表する地位にあるとか、何らかの表現が妥当ではないだろうかなと思っていることを申し上げておきたいと思います。
この発言だけを見る →
仙谷由人#15
○仙谷委員 私も、象徴天皇制、甚だたえなる制度だなというふうに考えておりまして、この象徴天皇制を根幹から揺るがす必要もないというふうに考えているところでございます。
 しかし、園部参考人がおっしゃらなかった、言及をされなかった点で、絶えず私は、この象徴天皇制との関係で気にかかっていることがございます。それは、憲法第十四条の二項、三項に記載されたいわば栄典の授与、あるいは天皇との距離感において、日本人の、あるいは外国人も含められるのかもわかりませんが、人間の値打ちが決まってくるような意識が、日本の中にも残っているのではないか、あるいは、この栄典の制度と法のもとの平等というのはどのように考えていったらいいのかということでございます。
 とりわけ、現在は、等級がついている勲章が毎年春、夏に授与されるという形の中で、そしてまたそれが、官尊民卑と言われるように、官職についた者に非常に手厚く、そして民間の仕事しかなされなかった方には、ある種、一段低い等級が授与されるというような実態がある中で、憲法的な考え方の問題として、栄典の授与の改革とでもいいましょうか、この問題を考えるべきなのか、あるいは、栄典制度自身の改革でそのことが是正されるのか、あるいは、日本人の意識まで変えることができるのか、そこが大変私自身には気にかかっているところでございます。
 現時点の私自身の考え方は、一切の等級をなくすることで、栄典の授与だけは残すというのが穏当な方向なのかなというふうに考えておりますけれども、この問題は、日本に残る差別の問題というのは、私は、少なからず、象徴天皇制等、天皇がいわば下賜される等級づきの勲章といいましょうか、栄典と関係があるのではないか、日本人の意識の中にはまだまだそのことについてのこだわりがあるのではないだろうかな、そんな気がしているということを申し上げておきたいと存じます。
この発言だけを見る →
中山太郎#16
○中山会長 予定の時間もございますので、象徴天皇制に関する御発言は、改めて、現時点で名札を立てておられる委員までといたしたいと存じます。
この発言だけを見る →
中野寛成#17
○中野(寛)委員 民主党の中野寛成でございます。
 私は、天皇制を考えるときに、やはり今の日本の中で権力と権威をむしろ分ける。権力は、内閣総理大臣を中心とする行政機関または国会が行使をする。そして、権力なき権威として、天皇が象徴として、国民の代表といいますと、また国民を代表して国政に従事している国会議員は代表ではないのかという変な議論になってしまうのもいかがかと思います。そういう意味では、現在の国民統合の象徴という表現は大変よくできた文言ではないかというふうに思いますし、また、元首と称しますと、これまた権力もついて回るもののような誤解も招きかねないということで、私は、象徴天皇制は今後とも基本的にこのまま維持することの方が望ましいと思います。
 ただ、国事行為に関する表現など、もう少し整理をする。よく例えて使われます七条四項の国会議員の総選挙の施行とありますが、総選挙と通常言いますと衆議院のことをいいますし、参議院は半数改選でありますから、このような幾つか、送り仮名などのことも含めまして、工夫をすることまたは修正をすることがあり得べしというふうに思いますが、それ以上のことを私は考えなくていい。
 むしろ、今考えるべきは、女性天皇のことについては議論を深めておく必要がある。それは皇室典範にゆだねられていることでいいと思いますが、これも、現在皇孫に男子がいらっしゃらないということなどで慌てふためくような形で議論をするのではなくて、むしろ、現在から将来に向かっての日本の国の象徴のあり方という考え方で女性天皇についての議論もするということが、皇室に対しても失礼にならない議論であって、ふさわしいことではないか、このように思います。
この発言だけを見る →
斉藤鉄夫#18
○斉藤(鉄)委員 公明党の斉藤鉄夫です。
 私は、象徴天皇制はすばらしい制度であり、これからもしっかりと日本の根幹として維持していかなくてはならないと思います。
 私、二回の議論を通じて感じましたのは、その天皇の権威の源泉がどこにあるかという点でございます。この権威の源泉を憲法の中に書くべきなのかどうかということを、これからまた議論していくべきではないかと感じました。
 現在の憲法には、主権の存する国民の総意に基づくということで、その権威の源泉は国民そのものにあるという立場でございます。しかしながら、私自身の経験からして、子供のころ、天皇陛下というのはなぜいらっしゃるんだろうかという素朴な疑問を持って、どう考えてもわからない、親に聞いてもわからないという経験がございます。しかしながら、日本の歴史を勉強し、かつこの日本社会の中に五十年生きてきて、何となくわかったという点がございまして、しかし、そこが大事だと思うんです。
 そういうことを子供にもわかるように、なぜ象徴天皇制が必要なのか、その権威の源泉を賢い人にすばらしい文章を書いてもらって明記することが、これからの日本国憲法には必要なのではないか、私はこのように考えております。
この発言だけを見る →
中山太郎#19
○中山会長 それでは、討議も尽きたようでございますので、これにて象徴天皇制について、特に天皇の権限・国事行為等を中心としての自由討議を終了いたします。
    —————————————
この発言だけを見る →
中山太郎#20
○中山会長 次に、地方自治について、統治機構のあり方に関する調査小委員長から、去る十三日の小委員会の経過の報告を聴取し、その後、自由討議を行います。統治機構のあり方に関する調査小委員長杉浦正健君。
この発言だけを見る →
杉浦正健#21
○杉浦委員 統治機構のあり方に関する調査小委員会における調査の経過及びその概要について御報告申し上げます。
 本小委員会は、三月十三日に会議を開きました。参考人として、新潟県亀田町長阿部學雄君をお呼びいたしまして、地方自治、特に小規模自治体の実態について御意見を聴取いたしました。
 会議における参考人の意見陳述の詳細につきましては小委員会の会議録を御参照いただきたいと思いますが、その概要を簡潔に申し上げますと、
 まず、亀田町が地理的にも日常生活においても新潟市との関係が密接であるということについて詳しく説明がなされました。
 その上で、新潟市等との合併構想の経緯につきまして、当初は市制化を目指し、次に隣接する横越町との合併を行う五万人都市構想を持たれたということでございます。その後、地方分権一括法の施行や合併特例法を背景といたしまして、町内の諸団体からの要望を契機といたしまして、平成十三年から一市二町で合併協議が進められてきたとのことでございます。そして、平成十四年には、さらに広く近接市町村を含みまして、新潟市を中心とする四市四町四村、十二市町村による政令指定都市を目指す新潟地域合併問題協議会が設けられ、協議が進展していることなどが述べられました。
 政令指定都市の実現によりまして、人口面や地理的な利点を生かしつつ、空港等の拡充、近隣県との交流、商業の集積等を図ってさらなる発展を目指し、亀田町としても、新しくできる市の副都心として発展していきたいという考えが述べられました。
 このような参考人の御意見を踏まえまして、質疑及び委員間の自由討議が行われました。委員及び参考人の間で活発な意見の交換が行われ、広域合併により政令指定都市を志向する理由、都道府県の役割と道州制の導入、合併における地域住民の声の反映等についてさまざまな意見が述べられました。
 会議を通じての小委員長としての感想を申し上げますと、
 亀田町のような小規模自治体のあり方については、現状のような地方財政が厳しい状況においては、亀田町のような比較的豊かな町であっても、スケールメリットが生かせないとか、あるいは行政運営の効率化という点についてさまざま、効率化がなかなか困難であるというふうに拝察されました。
 交通の発達あるいは情報化の進展に伴いまして、住民の社会的、経済的活動範囲が拡大し、市町村が相対的に狭小化しているという実情でございますが、そういう実情のもとにおいては、市町村合併を強力に推進いたしまして、この新潟政令指定都市構想、四市四町四村、十二市町村の合併、これは画期的なことだと思いますが、そのような合併の進展によって市町村の規模、能力を拡大するということが必要なんじゃないだろうかと思うわけでございます。
 そうして、今全国的に市町村の合併が進展しておるわけですが、そのような進展によりまして、市町村の規模、能力が拡大いたしていく場合には、都道府県のあり方についても、道州制の導入等を視野に入れて検討する必要があるということも改めて痛感いたしましたし、それを通じて、国の統治機構のあり方についてもあわせて考えていく必要があると感じておる次第でございます。
 次回の小委員会におきましては、司法制度及び憲法裁判所、憲法の有権解釈権の所在をテーマとしておりますが、今後とも、さまざまな角度から二十一世紀におけるこの国のありようというものを考えてまいりたいと思っております。
 以上、御報告申し上げます。
この発言だけを見る →
中山太郎#22
○中山会長 これより、地方自治、特に小規模自治体の実態についての自由討議を行います。
 まず、島聡君。
この発言だけを見る →
島聡#23
○島委員 日本国憲法第八章の地方自治というのは、第二章とともに新しい憲法に盛り込まれた章であります。この阿部参考人のお話を聞きながら、憲法九十二条にあります地方自治の本旨というか、地方自治というものが本当に実現されつつあるんだなということを感じながら、この前の参考人の意見を聞いていたわけでありますが、この憲法九十二条の地方自治の本旨というのは一体何なのかということがきちっと議論されていないんじゃないかというふうに私は思うわけであります。
 憲法九十二条、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」とあります。この地方自治の本旨、一体何なのか。
 合併の話でありますが、例えば、地方自治の本旨というもののグローバルスタンダードというのには、例えばですが、欧州評議会というものがつくった欧州地方自治憲章というのがあります。あるいは国際自治体連合というものがつくった世界地方自治宣言というのがあります。その中で、世界地方自治宣言をとりますと、これは十一条から成り立っているんですが、自治体の境界の変更ということに関しましては、四条で、これは自治体との事前協議があるべきであるというふうにされ、その廃置分合に関しましては、例えばイタリアの憲法などは憲法に規定されていると思います。そういう廃置分合というものに関して、合併というものに関しては、きちんと憲法で規定するほど住民の意思を重要視しなくちゃいけないんだというような、そういう地方自治の本旨というものをきちんと整理して、そして日本全体の市町村の再構成というものを考えていくべきであるというふうに思っております。
 今から、今杉浦小委員長のお話があった中の道州制の話を申し上げますが、地方公共団体という言葉は、当初のGHQ案ではローカルガバメントということでありました。ローカルガバメントというのを、日本の方がローカルセルフガバメントというふうにしました。そして、地方公共団体という形に改めたわけであります。
 これは、いいこともあります。つまり、ローカルガバメントだけ、地方政府だけのときの案では、その中の、いわゆる市とか県とかいうものを規定されていました、町とか村とか、憲法上に。ところが、地方公共団体という形にして、都道府県とか市町村とかいうことをきちんと明記しませんでしたので、それは立法政策にゆだねられまして、道州制というのを憲法改正することもなくできるというふうに私は解釈しています。
 したがって、それはいい点なんでありますが、となると、国の形とか国家の構造というものを考えることなく、単に規模の都道府県合併だけが道州制と言われる危険性すら持つことになってまいります。したがって、これから先、本当に道州制というものを議論すると、今杉浦小委員長おっしゃったわけでありますが、その際には、本当に国の形というものがどうあるべきなのかということをきちんとこの憲法調査会として議論してから道州制論に入っていくべきだと思うわけであります。
 それに関しまして、一つ申し上げておきますが、民主党の代表であります菅直人代表が一九九六年十二月六日の予算委員会でした質問があります。この質問は憲法六十五条の行政権の話をしておりまして、憲法六十五条が言っている行政権というものには自治体の行政権は含まれているのか、含まれていないのかという質問をしました。そこで、当時の大森法制局長官が、憲法六十五条の「行政権は、内閣に属する。」という意味は、行政権は原則として内閣に属するんだ、逆に言いますと、地方公共団体に属する地方行政執行権を除いた意味における行政の主体は、最高行政機関としては内閣であると。なかなかわかりにくいことを言っているわけですが、これは、地方の行政権が内閣の行政権に含まれ、その一部を譲り受けるということではない、内閣とは別で、独立して持っているものだということを示したというふうに民主党の菅代表はその後の「大臣」という岩波新書で書いているわけです。
 具体的に言いますと、地方自治の本旨というのは、国家が後見的な監督の範囲において存在理由があると強調するのは後見的自治観、これに反して、国家といえども侵すべからざる地方自治の原理があると主張するのが自立的自治観、それで、この大森答弁は、国家といえども侵すべからざる地方自治の原理がある、そういうことを言っているんだというふうに、法制局長官の答弁の中で言っておるわけでありますが、これは、法制局の答弁じゃなくて、憲法調査会としてはこうなんだということをきちんと言う必要があると私は思っております。
 以上、終わります。
この発言だけを見る →
大出彰#24
○大出委員 民主党の大出彰でございます。
 州の話なんですが、ちょっと一つ例を出してお話をしたいと思うんですが、州になっても実態を踏まえた部分で見ないとなかなかうまくいかないのではないかなと思ったりしているものですから。
 実は、アメリカの大統領選挙のときの例をとってみたときに、ブッシュさんとゴアさんが戦ったわけですね。最終的に三百五十七票の差だったのですね。ところが、全国ではゴアさんの方が五十四万票、実は多かったんですね。
 ところが、何で負けたかというと、フロリダだったですね。フロリダで負けたことになったものですから、結果的に、それで票の数え直しということを裁判所に訴えたわけだけれども、どういうわけか裁判所が数え直しを中止させたという事実がありましてね。
 フロリダでどういう問題が起こったかというと、日本の場合には、有権者の投票権について、例えば、過去に重罪を犯した人は投票権がありませんなどという法律はないわけですね。ところがフロリダ州では、過去に重罪を犯した人は選挙権を排除するという法律、州法がありまして、それを選挙のときに適用したんですね。そうしたところ、それとコンピューター時代だというのが絡んでくるわけですが、八千名の人が過去に重罪を犯したという理由で排除されたんですね。
 ところがですよ、コンピューター時代ですので、その八千名を選ぶに当たって、検索をするわけですね、名前で。社会保険の名前とかいろいろな名前で。その検索のうち、正解度が八〇%でいいというふうにやるわけですよね。ということは、二〇%間違った人が排除されちゃうわけですね。現に、その州の選管委員であった女の方も排除されたりして後で文句を言っているわけです。そのことによって、要するに八千人のうち二〇%の誤差があると三百五十七票を超えるんですね、はっきり言いますと。
 それで、これはおかしいというので、当然日本でも数え直しをやりますね、最後のときに。数え直しをやって裁判所に持っていったら、裁判所は、何人かの裁判官がお父さんの方のブッシュと関係のあるところの人でございまして、女性も入っているわけですが、何という判決を出したかというと、要するに数え直しを中止させたんですね。それは、ブッシュ陣営にとって不利益になるからと言うんですね。そのことは国にとっても不利益になるからということで、要するに歴史に残る最悪判決を出して打ち切った。そのことによって実はブッシュさんが大統領になってしまったというのが現実なんですね。
 このときに、コンピューターであるということ、選挙法を州で決めることができるということ、そして裁判所の実態によってはどういう裁判が出るかというか変わってくるということ、このことが、法律自体の制度としてはいいんですが、その実態を踏まえてみると、こういう現実が起こってしまう、そういうことを主張したかったんでございます。
 以上でございます。
この発言だけを見る →
古川元久#25
○古川委員 民主党の古川元久でございます。
 私は、先日の小委員会でも亀田町長のお話を伺いまして、また、別の機会のところで市町村長のお話も伺いますと、今進んでおります市町村合併については、自治体によって相当温度差がある。先日の小委員会で出られた亀田町のように非常に積極的な市町村もあれば、いわば中央から強制的に合併を促進される、背中から押されるような形での合併に対しては非常に後ろ向きな話もある。
 この温度差はどこに原因があるんだろうかなというふうに考えてみますと、やはりそこには、市町村合併の後にこの国の形がどういう形になるのか、その全体像が見えていない。ただ数が多いから数を減らそうという発想の中でやられているとしか当事者の方には見えていないんじゃないか。
 私はそこに、今のこの市町村合併というのが、本来議論しなければいけないこの国の将来の形というものを考えるときに、中央集権の体制をそのまま維持するのか、あるいは、道州制というような形で地方に大きく権限といいますか、主権と言ってもいいと思いますけれども、振ってしまって、地域主権の国家をつくるか、やはりそこのところがきちんと見えていないところの中で、一番末端の市町村の合併からかなり中央集権的に強権的な形で進めているというところに大きな問題があるのではないかという感じがいたしております。
 ですから、本来は、この市町村合併など小規模自治体の将来のあり方を考えるに当たりましても、道州制という形で地域主権の国ということにするということがまずあって、それぞれの道州において、その中に今存在する小規模自治体、市町村をどういう形に再構成するのか、それはそれぞれの道州の中で考えて決めていただくということが本来のあり方ではないか。
 そういう意味では、今進められている市町村合併というのは、中央集権の発想のままで、一律の基準で市町村を合併させていこうという形につながって、その辺が、本来の市町村合併の先にあるはずの道州制という議論がきちんと踏まえていない、そして、その部分がきちんと明確に見えていないことから今の混乱が起きているんじゃないかなというふうに私は思っております。
 そういう意味では、繰り返しになりますけれども、まず、この市町村合併、小規模自治体の合併問題については、そもそもこの国のあり方をどうするのか、地域主権の道州制の国にするということがあるのかどうか、まずそこの部分が決められた上で、そのもとで、それぞれの地域がそれぞれの地域の小規模な自治体のあり方についてまた自主的に決められる、そういう形で進められるべきであるという感を強く持ちました。
 以上でございます。
この発言だけを見る →
中山太郎#26
○中山会長 予定の時間もございますので、地方自治に関する御発言は、現時点で名札をお立ていただいている委員まで、奥野、伴野、山口、金子、四委員といたしたいと存じます。よろしく御協力願います。
この発言だけを見る →
奥野誠亮#27
○奥野委員 先ほどの報告を伺っていますと、道州制の問題とか小規模自治体の問題等々のことが議論になっているように伺ったわけであります。
 そういうことを伺いますと、憲法に書いてあります「地方自治の本旨に基いて、」という言葉、これをどう理解するかによって変わってくると思うのであります。
 私は、道州制をつくるのなら、府県制度は廃止しちゃって、すぐ市町村に結びつく、市町村を大きゅうしていかなきゃならない、そういう課題にもなると思うのであります。
 これから地方自治を言う場合には、基礎的地方公共団体は市町村ですから、市町村が本当に、住民がお互いに気持ちを合わせて、地域のことについては積極的に協力をし合っていこうじゃないかというように自治体が発展していくことが一番望ましいんじゃないかなと。単に行政の効率とか経済的な効率とかいうことを中心に、区域だけを頭に置いたような地方自治を考えたらいけないんじゃないかなと思ったりしているわけでございます。
 かつて、学校統合の問題が強い勢いで進展したことがございました。大きな学校にした方が、いろいろな専門の先生方を持つことができるわけだから、教育の内容も浸透するんだ、だから、五キロ、十キロの離れたところに通うことも意としないで合併が推進されたときに、それはとても困るんだということで強い反対の意見もございまして、私は、人口の少ない地域で学校をそのまま維持していきたいというところはやはりそれなりに意義があるんじゃないかな、こう思います。
 スイスは連邦国家でございまして、帰化を許す場合にも、基本の自治体が賛成しないと認めないんだそうでございます。私は、そういう地方自治体の方がいいんじゃないだろうかなと思うわけでございます。しかしそれは、行政運営上、経済効率的にも悪い、不便だ、いろいろな問題はあり得ると思いますから、それはまたそれなりに、今でも連合の組織を認めているわけでございまして、広域連合で消防の仕事を一緒にやっていこうじゃないかというのがあるわけでございますので、それは、行政運営のあり方として地域をどうとらえていくかということは考えたらいいと思うわけであります。
 だからといって、地方自治を無視するような、本当に住民がお互いで解決していくんだという気構えを崩すようなことにならないようにしたいなと。広域合併を言われる方が、それでは、その市町村の中へ、また地域を限ってある程度の自主的な運営を認めることにしてもいいじゃないかという議論もあるようでございますけれども、どちらを選ぶかということだと思うのであります。効率を中心にして広い単位の自治体を考えるのか、そうじゃなくて、やはり住民の、あるいは地域の地勢とか従来からの経緯とかいろいろなことはあるわけでございますから、本当に住民がお互いにやっていこうというその組織を壊さないように考えていくのが、これはやはりよく詰めた上で考えていかなきゃいけないんじゃないかな、こう思ったわけでございました。そういうことを小規模地方自治体についてもお考えいただいたらいいんじゃないかな、こう思います。
 財政的には、そういう地域でもやろうとすればやれるような仕組みが今日はできているわけでございます。いささか小規模自治体に対して配慮し過ぎた結果、合併を阻害している点もあるだろうと思います。それはそれなりに改めるべき努力がなされているわけでございます。
 いろいろなことを申し上げましたが、せっかくの実りある結論が実態に合ったように願う余り、ちょっと申し上げさせていただきました。
この発言だけを見る →
伴野豊#28
○伴野委員 民主党の伴野豊でございます。
 先ほど小委員長の御報告にもございましたように、ぜひとも、私の立場からしましても、道州制の議論を積極的に進めていただきたいなと思うわけでございますが、その中で、先ほど島委員、古川委員の指摘にもございましたように、やはり国と地方のあり方といいますか、その行政単位に何を期待するかという根本的な議論からぜひ推し進めていただければ、こんなふうに思うわけでございます。
 そうした中で、私の持論を少しつまびらかにさせていただければ、私自身は、おおむね三十万から六十万ぐらいの都市が大体三百ぐらい全国にあって、それを緩やかな道州制で統治していくというのが理想ではないかなという持論を持っているわけでございます。
 そうした適正規模を考える上で、今回、小規模自治体の実態について御議論をいただいたわけでございますが、私は、もう一方の究極の形として、いわゆる大規模自治体の実態についてもぜひ御議論いただければなと。
 私は、確かに小規模の自治体の弊害というのもあるわけでございますが、もう既に政令指定都市を初めとする大規模自治体の限界というのも随分見えてきているんではないか、あるいは、その弊害というのも随分あるんではないかなと。今期待すべき行政区としては、随分その適正規模を超えている、特に機動性という面では超えているようなところが随分あるのではないか。ですから、合併論を議論されるならば、やはり分割論というものも議論すべきではないかなと考えます。
 そうした中で、どうしても行政区と選挙区というのはそもそも目的が違うから、いろいろな知恵を出せばいいんだという方もいらっしゃるかもしれませんが、私は、そこに住む住民の立場からすれば、できるだけそういった単位というものはシンプルであるべきだと思います。そういった場合に、どうしても衆議院の小選挙区を初めとする選挙区と行政区との兼ね合いというものは、ぜひ一度これも議論していただければな、そう思うわけでございます。
 以上です。
この発言だけを見る →
山口富男#29
○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。
 小委員会については先ほど小委員長から概要の報告があったんですけれども、ですから、やや感想めいた話になるんですが。
 一つは、亀田町長の阿部町長が、今この町の抱える広域行政や合併をめぐる問題を随分詳しく報告されました。リーフレットも配付されまして、この地域はこういう施策をやっている地域だとか、四つほどでしたか、ゾーンまで示されて、詳しい話があったんですけれども、それを聞きながら私が感じましたのは、やはり一つは、どういう亀田町長なり新しい町を構想するのかという場合に、地方自治法が定める住民福祉の増進というところが基本に置かれるべきだなというふうに感じました。この点では、阿部町長がみずから、実は御自分はお医者さんなんだということで、その点は一貫して重視しているつもりだという話がありました。それからもう一点は、新しい町づくりにかかわりますので、やはり住民の皆さんがどう考え、また説明を受けているのかということが大事になりますので、この点についても、亀田町としての努力の方向は示されたと思います。
 私は、その上で感じましたのは、小規模自治体については、全国町村会の皆さんも随分意見を表明されておりますので、今回の場合は新潟県という、町村合併の問題ではかなり広くいろいろな仕事をなさっている県のところからの報告だったんですけれども、ぜひ全国町村会からの参考人という形での実現も図っていただきたいということを要望しておきたいと思います。
 それから二つ目なんですが、地方自治の本旨なんですけれども、憲法上は短い言葉ですが、これは地方自治法によってその後具体化されましたように、地方の行政については地方の公共団体が住民の皆さんの責任と負担に基づいていろいろな行政を進めるという点では、中身は非常に明瞭だと思うんです。
 それと、先ほどヨーロッパなどの自治体の動向の紹介もございましたが、これは前回の調査会のときに、谷川委員から随分詳しくヨーロッパの地方自治をめぐる問題の発言がありましたので、これはやはり引き続き検討すべき事項になっているというふうに思います。
 以上です。
この発言だけを見る →
← 戻る