仙谷由人の発言 (憲法調査会)

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○仙谷委員 仙谷でございます。
 先般のAMDAの菅波参考人の御意見、そしてきょうの金子さんの御意見、その限りにおいて、私はそれほど異とするつもりはないわけでありますが、ただ、従来から、この種の議論でお願いしたいのは、やはりそこにおいて欠けているといいましょうか、あるいはあえて棚上げにしようとしておる部分があるのではないかというふうに感じてならないわけであります。
 それは、主要には、まさに自衛隊を憲法上どう位置づけ、あるいは国連憲章に基づく日本の軍事的といいましょうか、あるいは軍事技術的といいましょうか、そういう側面における協力について、全くこれを棚上げしてしまうということでは、いわゆる日本の領土、領空、あるいは国民の防衛といいましょうか自衛についての、せっかく村山内閣でお認めになった合憲論なり安全保障上の政策というものが忘れ去られてしまうという点において、半分抜けたような議論になっているのではないか。それは対国連との関係でも同様であります。
 こういうふうにお考えをいただきたいと思いますのは、この間、金子さんあるいは土井代表の御意見を伺っておりましても、例えば金大中さんの太陽政策、包容政策については非常に高い評価を与えていらっしゃったと思います。あるいは、今回のドイツのシュレーダー首相、フランスのシラクあるいはドビルパン外相の活動についての評価は多分プラスになっておるんだろうと私は思いますけれども、その際、例えば韓国のあの太陽政策は韓国自身の、あるいはアメリカ、あそこに常駐する国連軍との連携のもとにおける、国境線なりあるいは領海をきちっと守るという日常の緊張した防衛的な、軍事的な活動がその半分の側面にはあるということを決して忘れないでいただきたいと思います。
 そのことは、韓国が好戦的国家であるはずもなく、つまり、安全保障上、ある状況下でとり得る政策と制度的な保障というのはひとまず別問題という、つまり憲法上の問題もひとまず別問題という観点で考えていただかないと、絶えず憲法上の議論がすべて安全保障政策上の、つまり一つの憲法上の解釈がすべて安全保障政策を律するということになってきますと、これはもういかんともしがたい硬直した議論になって、多分そのことは、国民の心理的な不安感を解消させるといいましょうか、不安感を和らげることにもならないのではないかというふうに私は思います。
 もう五年ぐらい前になりますが、韓国に、金大中大統領の就任式、祝賀式典に行ったときに、当時の統一院長官と、康さんと言ったと思いますが、お会いして話しました。そうすると、韓国の備えというのは、政策としての平和外交政策といいましょうか、今度は盧武鉉さんは平和繁栄政策でありますが、そういう外交努力と、その基底をなすといいますか、底にある決然とした防衛の備えというものについては、やはり両面を持たない限り、とりわけ現在のような非常に複雑かつ混迷したアジアの中で我々日本も生きていけないのではないか、そんな気がしてならないわけでございまして、そのことを申し上げたいと思ってお願いをいたしました。

発言情報

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発言者: 仙谷由人

speaker_id: 31924

日付: 2003-05-29

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会