憲法調査会

2003-05-29 衆議院 全152発言

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会議録情報#0
平成十五年五月二十九日(木曜日)
    午前九時二分開議
 出席委員
   会長 中山 太郎君
   幹事 杉浦 正健君 幹事 中川 昭一君
   幹事 葉梨 信行君 幹事 平林 鴻三君
   幹事 保岡 興治君 幹事 大出  彰君
   幹事 仙谷 由人君 幹事 古川 元久君
   幹事 赤松 正雄君
      伊藤 公介君    奥野 誠亮君
      倉田 雅年君    近藤 基彦君
      下地 幹郎君    谷川 和穗君
      谷本 龍哉君    中曽根康弘君
      中山 正暉君    額賀福志郎君
      野田 聖子君    野田  毅君
      平井 卓也君    福井  照君
      森岡 正宏君    山口 泰明君
      大畠 章宏君    桑原  豊君
      小林 憲司君    今野  東君
      島   聡君    首藤 信彦君
      末松 義規君    中川 正春君
      中野 寛成君    水島 広子君
      遠藤 和良君    太田 昭宏君
      斉藤 鉄夫君    武山百合子君
      藤島 正之君    春名 直章君
      山口 富男君    金子 哲夫君
      北川れん子君    井上 喜一君
    …………………………………
   衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
    —————————————
委員の異動
五月八日
 辞任         補欠選任
  大畠 章宏君     鈴木 康友君
  今野  東君     近藤 昭一君
  藤島 正之君     一川 保夫君
同日
 辞任         補欠選任
  近藤 昭一君     今野  東君
  鈴木 康友君     大畠 章宏君
同月十三日
 辞任         補欠選任
  一川 保夫君     藤島 正之君
同月十五日
 辞任         補欠選任
  野田 聖子君     伊藤信太郎君
  島   聡君     中川 正春君
同日
 辞任         補欠選任
  伊藤信太郎君     野田 聖子君
  中川 正春君     島   聡君
同月二十九日
 辞任         補欠選任
  伴野  豊君     中川 正春君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 日本国憲法に関する件
 派遣委員からの報告聴取
 小委員長からの報告聴取

     ————◇—————
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中山太郎#1
○中山会長 これより会議を開きます。
 日本国憲法に関する件について調査を進めます。
 去る十二日、石川県に、日本国憲法に関する調査のため委員を派遣いたしましたので、派遣委員より報告を聴取いたします。仙谷由人君。
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仙谷由人#2
○仙谷委員 団長にかわりまして、派遣委員を代表いたしまして、その概要を御報告申し上げます。
 派遣委員は、中山太郎会長を団長といたしまして、幹事葉梨信行君、幹事中川昭一君、委員桑原豊君、委員遠藤和良君、委員一川保夫君、委員春名直章君、委員金子哲夫君、それに私、仙谷由人を加えた九名であります。
 なお、現地において、奥田建議員が参加されました。
 地方公聴会は、五月十二日午後、金沢市の金沢全日空ホテルの会議室において、日本国憲法について、特に非常事態と憲法、統治機構のあり方及び基本的人権の保障のあり方をテーマとして開催し、まず、中山団長から今回の地方公聴会開会の趣旨及び本調査会におけるこれまでの議論の概要の説明、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序を含めてあいさつを行った後、山本利男君、福井県立大学教授島田洋一君、弁護士岩淵正明君、弁護士松田智美さん及び大学教授鴨野幸雄君の五名から意見を聴取いたしました。
 なお、意見陳述を予定されておりました蓮池ハツイさんは、お身内に御不幸があったことから欠席されたため、意見陳述応募の際に寄せられた意見の要旨を事務局をして朗読させ、意見の概要を紹介いたしました。
 各意見陳述者の意見内容につきまして、簡単に申し上げますと、
 山本君からは、憲法を改正すべきであるとの立場から、前文における不自然な文言については削除すべきである、愛国心、郷土愛及び利他の心を明記すべきである、憲法改正手続を他の項目に優先して改正すべきであるとの意見、
 島田君からは、北朝鮮による邦人拉致は重大な人権問題であり、この問題の解決のためには、最終的には武力行使をも辞さないとの強い態度で臨むべきであって、そのためにも、前文及び九条を削除すべきであるとの意見、
 岩淵君からは、今求められているのは、日本と世界の現実の中で憲法の理念を確認して生かすことであり、北朝鮮問題についても、憲法の求める武力によらない平和的解決の手段を模索すべきである、九条の改正は歯どめなき軍事拡大路線へと進む可能性が大きく、断じて認められないとの意見、
 松田さんからは、憲法十三条が規定する幸福追求権により、新しい人権を保障することは可能であり、同条で保障された人権を具体的に立法化することによってその目的は達成できる、また、現在、国会で審議されている個人情報保護法案については、真に国民のプライバシー権を保護できるか否かという観点から、再検討すべきであるとの意見、
及び
 鴨野君からは、地方自治は、住民の自己決定権という人権保障の原理及び国民主権の原理に由来するものであって、地方自治体には国と対等、並立の関係に立って国民に対して協働する権限がある、
 現行法制で不十分な点については、実定法による補充が必要であるとの意見
がそれぞれ開陳されました。
 なお、蓮池さんから意見陳述応募の際に寄せられた意見の内容は、自分の息子が北朝鮮によって拉致され、二十四年間もその帰りを待ち続けた経験から、北朝鮮による邦人拉致は基本的人権侵害のきわみであり、国家主権の侵害である、また、到底許すことのできない凶悪犯罪であり、国家テロであって、基本的人権を保障するのが国家の役割だというのであるならば、日本国憲法など、この国では遵守されていないと言っても過言ではないというものでありました。
 意見の陳述が行われた後、各委員から、教育のあり方、北朝鮮による邦人拉致や核開発の問題についての解決策のあり方、北東アジア地域における平和構築のための方策、地方分権改革のあり方、市町村合併のあり方、新しい人権の保障のあり方や憲法への明記の是非などについて質疑がありました。
 派遣委員の質疑が終了した後、中山団長が傍聴者の発言を求めましたところ、傍聴者から、憲法の条文中には問題があるものが多いとの認識からの憲法改正の必要性、憲法の掲げる平和主義の立場からの拉致問題解決の必要性、国際的な人権侵害については武力ではなく国際法によって対処することの必要性、過去の戦争に対する反省をもとに憲法の理念を発展させていく必要性等についての発言がありました。
 なお、会議の内容を速記により記録いたしましたので、詳細はそれによって御承知願いたいと存じます。また、速記録ができ上がりましたならば、本調査会議録に参考として掲載されますよう、お取り計らいをお願いいたします。
 以上で報告を終わりますが、今回の会議の開催につきましては、関係者多数の御協力により、円滑に行うことができました。
 ここに深く感謝の意を表する次第でございます。
 以上、御報告申し上げます。
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中山太郎#3
○中山会長 これにて派遣委員の報告は終わりました。
 お諮りいたします。
 ただいま報告のありました現地における会議の記録は、本日の会議録に参照掲載することに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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中山太郎#4
○中山会長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    —————————————
    〔会議の記録は本号(その二)に掲載〕
    —————————————
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中山太郎#5
○中山会長 次に、各小委員会において調査されたテーマについて、各小委員長からの報告を聴取し、委員間の討議に付したいと存じます。
 議事の進め方でありますが、小委員会ごとに、まず小委員長の報告を聴取し、その後、そのテーマについて自由討議を行います。
 なお、各テーマごとの自由討議における最初の発言者については、幹事会の協議決定に基づき、会長より指名させていただきます。
 自由討議の際の一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、会長の指名に基づいて、御着席のまま、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いをいたします。
 御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。
 発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
    —————————————
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中山太郎#6
○中山会長 それでは、まず国際機関と憲法について、安全保障及び国際協力等に関する調査小委員長から、去る八日の小委員会の経過の報告を聴取し、その後、自由討議を行います。安全保障及び国際協力等に関する調査小委員長中川昭一君。
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中川昭一#7
○中川(昭)委員 本小委員会は、五月八日に会議を開き、参考人として、AMDAグループ代表・特定非営利活動法人AMDA理事長菅波茂君及び財団法人日本国際問題研究所理事長佐藤行雄君をお呼びし、安全保障及び国際協力の分野における国際機関と憲法をテーマとして御意見を聴取いたしました。
 会議における参考人の意見陳述の詳細については会議録を御参照していただくこととし、その概要を御説明申し上げますと、
 菅波参考人からは、
 まず、みずからの判断で危険を承知で平和の実現のために活動するNGOは平和主義者と言える。戦争をせず、金銭援助をし、メッセージを発するという国際協調主義を貫徹するためには、啓典の民との有言実行型の行動に基づく連携が不可欠である。現在は、ポジティブリストで行動する政府組織とネガティブリストで行動するNGOとの連携のもとに公益を確保すべき時代であるとの認識が述べられました。
 その上で、日本は、政府組織とNGOとの連携を図り、国民参加型人道支援外交を貫いて人間の安全保障を追求するなど、急激に変化する時代に対応するシステムを確立することにより、多様な社会におけるイニシアチブを発揮することができるとの意見が述べられました。また、殺人によるメッセージであるテロへの対策には、そのメッセージの分析が不可欠であるとの意見が述べられました。
 佐藤参考人からは、
 国連が、日本で一般に抱かれているイメージと異なり、安全保障理事会を第二次世界大戦の戦勝国が牛耳っていることを初めとして、未完成の組織であることを前提に、事務総長、総会・経済社会理事会及び安保理事会の現状、これらの機関への日本の関与等について説明がなされました。
 そして、これらを踏まえた上で、日本は、国連を重視し、その改善に尽力すべきであるとともに、みずからが常任理事国になるか否かの問題は別として、国連を機能させるため、安保理事国枠の拡大、新常任理事国の選定、拒否権の行使の態様等に係る安保理改革を主導していくべきであるとの意見が述べられました。
 また、国連の実態調査のため、憲法調査会として調査団を派遣すべきであるとの要望がなされました。
 その後、参考人の意見陳述を踏まえまして、質疑及び委員間の自由討議が行われました。
 そこで表明された発言を総括すれば、
 国際協力の分野においては、国連やNGOが重要な役割を果たしてきたことに対し一定の評価をし得るものの、テロ対策を初めとする安全保障の分野においては、イラク問題を契機として、国益と国益とが衝突する場という側面を有する国連の現状認識を踏まえ、国連のあり方が問われているとの点については、委員間でほぼ共通した認識が得られたものと思われます。
 他方で、国連の安全保障に係る機能をどのように改善し、これに我が国がどのような形で参画していくか、また、NGOをどのようなものとして我が国の社会システムの中に位置づけていくかといった点については、委員間で見解の違いが見られました。
 北朝鮮問題を初めとする現在の我が国を取り巻く国際情勢を踏まえれば、テロ対策は早急に講じなければならないこと、NGOの役割は今後一層重要となることが予想されること等にかんがみれば、これらの諸点に係る憲法上の諸問題につきまして、早急に合意形成を図る必要があると感じました。
 今後も、これまでの議論を踏まえた上で、我が国の安全保障及び国際協力等のあり方についてさらに議論を深めていくことが必要であると考えております。
 以上、御報告申し上げます。
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中山太郎#8
○中山会長 これより、国際機関と憲法、特に安全保障、国際協力の分野における諸問題について自由討議を行います。
 まず、金子哲夫君。
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金子哲夫#9
○金子(哲)委員 私は、社会民主党・市民連合の金子哲夫です。
 国際協力と国連という観点で意見を述べさせていただきたいと思います。
 さきの小委員会で、佐藤参考人は、国連はまだまだ未完成な組織だということが指摘をされ、さらに、日本の国内で国連について抱かれているイメージと国連の実態は大変違うということを強調されました。確かに、ある意味ではそのとおりだと言えます。安全保障理事会常任理事国の拒否権の問題など、改革を進めなければならない課題は多くあるのは周知の事実です。
 しかし、佐藤参考人も指摘されたように、大切なことは、国連の今果たしている役割であります。国連が憲章でうたう精神と我が国憲法とがどのような関係にあるかということであり、さらに、今日の国際社会にあって、平和と安定にとって国連がどのような役割を果たしているのか、また果たし得るのかということをしっかりと検証することが重要であります。
 国連憲章は、その前文で、我らの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨禍から将来の世代を救うとし、さらに、国際の平和及び安全を維持するために我らの力を合わせると、その平和主義をうたい、さらに第二条では、すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないよう解決しなければならないと、国際紛争を平和的に解決するために最大限の努力を行おうとしています。
 まさに平和憲法と同じ精神を持っていると言うことができます。だから、日米安保条約においても国連ということが強調されていると思います。そうした考えと方向性を持って、世界は国連を中心に、世界秩序を維持するために戦後努力を続けてきたと言ってよいと思います。また、国連にその役割を求めたと言えます。特に我が国は、さきに述べた憲法の精神からも、そのような立場に立って、国連とのかかわりを強め、国際協調、とりわけ国連中心主義ということを強調してきたと言えます。そして、その国連に対する期待は冷戦崩壊後一層強まったと言ってもよいと思います。
 しかし、今回の米英両軍によるイラク攻撃は、国連決議がないばかりでなく、防衛とはいいながら、先制攻撃を行ったのであり、国連憲章がうたう方向とは相入れないものと言わざるを得ません。イラクへの米英軍による軍事行動は、今世界が求める方向性を否定したものと言わざるを得ません。
 その意味では、イラクの戦後復興をどう進めていくのかは、壊された国連の権威を回復し得るかどうかの試金石でもあると言えます。ですから、イラクの戦後復興は国連決議や合意に基づいて進めていくことが重要だと考えています。
 今後も、我が国は、国連を中心とした世界の平和と安定をつくり出すために全力を挙げるべきです。
 今、我が国においても、イラクの戦後復興に関して、自衛隊を派遣すべきだという議論が進んでいます。なぜ自衛隊なのかと率直に感じます。イラクにおいてアメリカ軍が歓迎されていないということがマスコミでも報道されています。このことは自国に他国の軍隊が進出することを歓迎しないということであり、いまだ新たな政権が確立していない状況であるということもしっかり認識することが大切だと考えております。
 大事なことは、国連を中心として枠組みをつくることであり、その上に立って、戦後復興をどのように進めるのか、その課題を果たすために我が国はどのような役割を果たせばよいのかをしっかり議論するということであります。とにかく、まず自衛隊の派遣ありきから出発する論議のあり方に大きな疑問を感じています。大事なことは、今イラク国民にとって最も必要とされていることは何かということ、そして、我が国は現憲法の枠内において何ができるかが政策検討の中心でなければならないはずだということを改めて強調したいと思います。
 次に、NGOについて意見を述べたいと思います。
 世界的にNGOの活動が大きな役割を持ってきていることは間違いありません。政府外交を補完する意味から、より積極的な人道援助外交としての役割を担うこととなってきていることを考えますと、NGOの活動と政府が進める外交とがより密接にリンクしていくことが重要になっているとも言えます。もちろん、当たり前のことでありますけれども、NGOの独立性と自主性が保障されることは当然なことです。
 私たちは、このNGOの活動をより積極的に評価していくことも必要ではないかと考えます。そして、そうした側面をより積極的に受け入れた外交を進めることは、自衛隊の派遣を強調することよりも、憲法の平和主義ともつながっていくように思います。
 以上、私の意見を終わります。
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中山太郎#10
○中山会長 御発言を御希望の委員は名札をお立てください。
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奥野誠亮#11
○奥野委員 自由民主党の奥野誠亮であります。
 今までの御報告や御意見を聞いておりまして、私は、国際協調主義、非常に大事なことだ、こう思っておりますし、また、国際社会に日本が貢献していくべきである、その姿勢も非常に重要なことだと思っておりますが、何でいつまで国連中心主義と言うんだろうか。私は、日本人は少し占領政策によって誤解させられている面が多分にあると思うんです。
 第一次世界大戦の後で、国際連盟が生まれました。そのときに、日本は、規約の中に人種の平等をうたい込もうとより努力をしたわけでございましたが、一部の反対でついになし得ませんでした。続いて、大東亜戦争の詔書には、一つは、自存自衛のために立ち上がらざるを得ないという言葉とともに、東亜が白人の植民地になっておるために生活に大変な不安を抱えているという意味合いの言葉がございます。そういう過程で、大東亜戦争と呼んだわけでございます。事実、アジアの大部分は白人の植民地でありました。しかし、日本は負けましたけれども、その後、多くの植民地がみんな独立を果たしてきたわけでございます。
 国際連合が生まれましたときには参加国は五十一カ国でありましたけれども、現在は百九十一カ国に及んでいるわけでございます。私は、日本の果たしてきた役割も非常に大きなものがあったと思います。しかし、国際連合が生まれましたのは、またと侵略戦争を起こさせない、そのためには国際連合自身が武力を持たなければ解決できないということで、国際連合みずからが武力を持つという規約になっているはずでございます。
 そして、連合国の主要な国が安保常任理事国になっておりまして、拒否権まで持っているわけであります。大多数の国が決めても一国が反対したら成り立たない規約になっているわけであります。そして、連合国と反対側に立った日本やドイツが敵性国家と規定されているわけであります。しかも、現在の国連の経費の、アメリカが二二%を持っております。日本は二〇%です。正確には一九・五%でしょう。三番目は、ドイツの一〇%であります。二位も三位も、経済的には大変な貢献をしながらも、敵性国家と規定されたままでございまして、言いかえれば、国際連合の監視を受けながらやっているような姿になっているわけでございまして、不名誉きわまることだと思うんであります。
 だから、私は、いつまでも日本が国連中心というようなことは言わないで、国際協調という路線を大きく出したらいいと思いますし、国際貢献ということも、我々は犠牲を払ってでも努力していかなきゃならないという姿勢は出すべきだと思いますけれども、やはり国連そのものを、国際連盟から国際連合になった、次はまた新しい国際組織をつくっていくという姿勢を、私は、日本みずから出して何もおかしくないんじゃないかと。
 いつまでも日本は、極東国際軍事裁判で決めつけられたように、侵略国家だ、侵略国家だという、何でそんなに萎縮したような考え方ばかり持っているんだろうか、持たされているんだろうか、こう思うわけでございます。しばしば私は、けんかというものは一方がよくて他方が悪い、そんなことはないのであって、両方が反省していかなきゃならないと思います。
 あの当時の国際情勢を考えましても、日本にも反省すべきことは多々ありましたけれども、世界にも同じように問題があったわけでございまして、やはり国民自身の考え方を、憲法調査会の論議を通じましても、真実を理解させる努力もしていかなきゃならないと思いますので、今のような国際連合についての考え方が従来どおりに通っていくことについては私たちも反省をしながら、今後の日本のあるべき姿を求めていきたいな、憲法との関係も求めていきたいな、こう思っておるわけでございまして、平和主義という、言葉は非常にいい言葉でございますけれども、やはりテロに対してはしかるべき対応をしていかなきゃならないんじゃないかなと。
 私がしばしば言います言葉に、いまだに何十年、飛行機に乗る場合には身体検査を受けるわけでありまして、こんなような姿を後々に残しておくということは、今に生きる者の恥辱じゃないか、こうまで思っておるわけでございますので、この辺は少し、極東国際軍事裁判で裁かれた姿そのままに思い込まされているような日本の姿は、もう一遍正しい姿を理解されるように努力をしていきたいな、こんなことを訴えておきたいと思います。
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中川昭一#12
○中川(昭)委員 まず、これは金子委員に対しての私の考え方が中心でありますけれども、先ほど私は小委員長として御報告申し上げましたが、佐藤参考人は、御承知のとおりつい最近まで国連の日本大使を務めておられた方でございますから、国連内部の実情についてはいろいろな意味で御存じだったというわけであります。
 そういう中で、これは私の感想でありまして、発言は私の責任で、佐藤さんにはありませんけれども、大変な御苦労と、それからまた、もっとやれることがあるのではないか、やらなければいけない、でも、できない。その一つの例が、安保理事会の常任、非常任理事国のメンバーになっていないと、本当に、例えは悪いかもしれませんけれども、廊下の外でマスコミのように取材をしまくって情報を集めているというこの現状というものに、日本が一定の貢献をなされるという、日本にはそれだけの能力があるにもかかわらずできないということの歯がゆさというものを、これは私の印象ですけれども、感じたわけであります。
 そういう非常に抑制された御発言をされたと私は思っておりますけれども、それにもかかわらず、それを超えて、佐藤参考人からは、国連は、日本でのイメージと、実際に中にというか、関係している人たちから見るイメージとはかなり違っているんだということ、それから、安保理というのは、いわゆる五常任理事国を中心とした第二次世界大戦の戦勝国が牛耳っているという、この牛耳っているという言葉に極めてその気持ちがあらわれているのではないかと私は思うわけであります。
 したがって、国連を本当に世界の、これは安保理だけではありません、経済社会理事会の人権問題とか貧困問題とかいろいろあるわけでありますけれども、本当の意味で国連を世界百九十カ国以上の国々の期待にこたえるためにどういうふうにしていったらいいのか、それができるのかできないのか、極端に言えば見きわめをどこまでつけるのかつけないのかという判断を、これは日本だけではなくて少なくとも世界の主要な国々が、今その判断を迫られているという時期だろうと思います。
 そこで、金子委員の先ほどの御発言についてでありますけれども、イラクにまず自衛隊が行くことありきということがいいのかどうかという御発言がありました。今、奥野委員からもお話ありましたが、システムとしては、国連軍というものがあることはあるわけであります。国連軍は、朝鮮戦争で国連軍が出ていったことになっております。国連の旗を持って行ったことになっておりますけれども、あれは実質米軍であった、あるいはまた、ソ連が欠席をした中での安保理決議であった、いろいろ問題点があることも私は承知をしております。
 今、国連軍という話をしたら金子委員は首をかしげておられましたが、何で国連軍なんだと。しかしそこに、今イラクには、まだ旧支配勢力が一体どの程度残っているのか残っていないのか、あるいはまた、どんなに危険な状況があるのかないのか、カンボジアの地雷とはまた違った意味の、もっと激しい危険な状況が現にまだ現在進行形にあるという事実をきちっと認識しなければならない。
 あるいは、周辺諸国からのいろいろな動きもあるわけでありますし、何よりも、我々にはちょっと想像のできない宗教的ないろいろな対立とか民族的な対立とかいったものも根深くあるわけでありますから、何とかあのフセインの独裁体制あるいはテロ体制を崩壊させたといっても、では、その後イラクを復興させるためにはどういう措置がいいのかということについては、では、一体だれが行ったらいいんですか、イラク支援そのもの、復興支援そのものを御否定なさるんですか。あるいは、最も危機管理に対応できる軍人さんが行かないとするならば、一体だれが行くんですか。金子さん方が行ってきちっとやってくれるんですか。
 そういう具体的な現状とそれに対する有効な対応策を示さないで、ただ、自衛隊が行くのはそもそも議論としてけしからぬとか、あるいはその前には、アメリカは自衛とはいえ先制攻撃をやったのはけしからぬとか、そういう昔からおっしゃっている、先制攻撃はいかぬ、あるいはまた自衛隊そのものが行動、ちょっと動くこともけしからぬという状況から、国際状況も常にいろいろな形で動いている。それに最善の対応をすることがどういうことなのかということを硬直的ではなくて柔軟に、その場その場のベストの対応ができるようにするのが、まさに今我々が求められている国際社会における貢献ではないかというふうに私は考えます。
 以上です。
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春名直章#13
○春名委員 日本共産党の春名直章でございます。
 国際機関と憲法について議論する上で、やはり、今の中川委員のお話とも結びついた話になりますが、一つは、イラク戦争をどう見て、世界の平和秩序を展望する上でこれがどういう意味を持っているのか。二つは、その中で国連あるいは国際社会の動きをどう見るべきなのか。三つは、日本政府がとった態度をどう評価すべきかということが、国際機関と憲法について議論する上で非常に大事な局面だと考えております。
 参考人で陳述をされた元国連大使の佐藤さんが、アメリカの国連に対する態度は、利用しがいがあるときには利用するし、利用しがいがないときには無視とまでは言わないまでも軽視するというふうに陳述をされました。今、その方針が、国防報告などで明らかなように、気に入らない国は国連の決定がなくても先制攻撃を辞さないというところまで進みまして、イラク戦争はそれを実際に実行に移したあしき例になってしまったというふうに思うんです。
 今、国際社会が求められているという点について言いますと、アメリカによるイラク戦争を追認するのではなくて、やはりこの戦争の無法性や違法性についてきちっと徹底するということが引き続き大事であります。第二点目は、アメリカはイラク戦争後、シリアやイランや北朝鮮などの名前も挙げて、先制攻撃戦略の発動も選択肢にあるというふうに公言しておりますので、これ以上、無法なそういうやり方は拡大させないということをはっきり国際社会として進めていくことが大事だと思います。第三に、イラクの軍事占領をてこにして石油資源を収奪するなどという企図が語られておりますけれども、その意味では新しい植民地主義と言わざるを得ないような状況があるわけで、こういうことを許さないということが国際社会に今問われている局面だと私は思っています。
 第二に、イラク戦争との関係で、国連の役割についてであります。
 国連は機能不全に陥ったという議論もあります。しかし、これは大変一面的で皮相的な見方だと考えます。実際、時系列を見てみますと、イラク戦争に至る経過の中で、昨年九月からことしの三月にかけて国連安保理を舞台に大変激しい外交交渉をやられました。超大国の戦争をその意味で半年間食いとめることになったというふうに思います。外交的な戦いで、アメリカは国連の戦争容認の決議を得ようとして各国に圧力をかけましたけれども、国際社会は最後までその圧力に屈することなく、その意味で深刻な外交的敗北という中で戦争に突入するということになりました。
 国連が戦争を食いとめるための本来の機能と力を今回ほど発揮したことはないというふうに言えるんじゃないでしょうか。これらは、明々白々なアメリカのあの六〇年代のベトナムへの侵略戦争のときには、ほとんど国連はそういう機能を発揮できませんでしたが、その当時と比較しても、大変大きな歴史的な意味を持つものになっているというふうに考えます。
 金沢の地方公聴会が開かれましたが、その中で岩淵陳述人が、国連安保理がイラク攻撃容認の決議を許さない、アメリカが国際社会の正当性を得られなかったことをその意味で強調しました。国連は無力だったんじゃなくて、超大国アメリカの無法な戦争を食いとめるために力を発揮したということで、ここに世界の平和ルールを取り戻していく道があるということを発言されておられました。
 さて、最後に、日本政府の態度についてなんですが、この戦争に直ちに支持を表明したことに対して中東諸国民から、例えば、なぜ日本は戦争を支持したのか理解できない、原爆を落とされ、第二次世界大戦で被害を受けた日本こそ戦争の悲惨な実態を知っているはずなのにという批判がなされていることも受けとめるべきだと思うんです。
 今の自衛隊の部隊の派遣の問題について言いますと、自衛隊の派兵は、イラク国民の意思に基づく復興という点で考えれば、逆行する事態にならざるを得ないと思うんです。イラク国民の意思に基づく復興というのは国連中心にその役割を果たしてこそ可能になるので、米英軍支援のための派兵ということに今の形ではなりますので、これは有害無益になってしまうし、無法な戦争の上に今軍事占領を行っている米英軍による占領支配に参加することは、その意味で憲法が禁止している武力行使にもつながりますし、今、人道支援で国際機関がさまざまな努力をされていますので、そういう分野で貢献することは大いにやりながら、自衛隊派兵先にありきというやり方には私は異議を唱えるものであります。
 以上です。
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中山太郎#14
○中山会長 この機会に、先ほど中川昭一君の御発言に関連する限りで、ここで金子君を再び指名します。
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金子哲夫#15
○金子(哲)委員 発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
 私は、中川幹事が発言されたことをすべて否定するわけでもありませんけれども、きょう私が発言したことは、ある意味では中川幹事がおっしゃったことと同じだと思うんです。今のイラクの状況を含めてしっかりと検証していく、そして、イラクの国民にとって何が今一番必要なのか、同時に、日本の憲法とのかかわりでどうやるべきかということを申し上げているわけです。
 私がなぜそのような指摘をしたかといいますと、五月の連休明け早々から、与党の幹事長を中心にして、イラクの復興には自衛隊の派遣という言葉がずっと出てきたわけです。なぜあの時期で、むしろ逆に言えば、まだあの当時はイラクの国内の安定も十分でない状況の中で自衛隊なのかということが問われているわけであります。さらに、今中川幹事からのお話の中でも出ておりましたように、今なおフセイン体制を支持する人たちの反抗の状況もあるということが仮に想定されるとすれば、場合によれば反撃、戦闘状況ということも想定しなければならない。逆の意味で言えば、そういう状況のときになぜ、いわば、外国から見れば軍隊とも見れるような自衛隊を出すことが今の時点での中東における諸国との関係の中でイラク復興に重要なのかということは、しっかり論議した方がいいということを申し上げております。
 それから、佐藤参考人のお話については一致をすると思います。ただ、大事なことは、やはり国連を中心にして、先ほど奥野委員のお話はありましたけれども、日本というのは国連を中心にしてやっていく、そのためにどのような努力をするか。今回不幸な事態が出てきたけれども、しかし、日本はやはり国連を中心とした国際秩序をつくっていくしかないということを私は強調したわけであります。
 しかし、今のままの姿でいいのかどうかということは、私も、先日参考人のお話を聞いて、改革をしなければならない課題はたくさんある、安全保障理事会のあり方もどうあるべきかというようなことも検討するべき課題だというふうに思います。その点では、前回の参考人のお話は十分私どもも参考になったと思います。ただ、今の状況というのは、基本的な考え、スタンスとして、やはり日本というのが国連を中心に考えていくのかどうかを今問われているということだというふうに思います。
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赤松正雄#16
○赤松(正)委員 公明党の赤松正雄でございます。
 先ほど、金子委員の発言、それに対して中川委員の発言、また春名委員の御発言がございました。それに関連をいたしまして、直接でない部分があるかもしれませんが、その周辺のお話について意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 今、まず自衛隊ありきという角度はおかしいというお話がございました。私も、何でもかんでもまず自衛隊というふうな考え方はとりませんけれども、しかし、今のイラクの事態を踏まえてイラクを復興支援するという観点からいけば、やはりいろいろな意味で、単にいわゆる武装云々ではなくて、あらゆる事態に対応できる訓練をした人間という意味で、さまざまなる事態に対するノウハウをしっかり踏まえた人たちという意味で自衛隊を考えることについては、そう異論はないといいますか、おかしいとかどうかというふうに最初から決めつける必要はない、そんなふうに思っております。
 実は、昨日、私どもの党で元国連事務次長であった明石康さんを招きまして、今のイラク復興支援の問題だけではなくて、広く日本の安全保障、国際社会における日本の位置づけ、そういった問題についてお話を聞き、そして意見交換をする機会がございました。そのときに極めて示唆に富んだお話をされておられたので、それを紹介するとともに、私の意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 今、イラクの事態というのは、言ってみれば、国連PKOという形ではなくて、米英を中心とした多国籍軍による復興支援という、平和をどうもたらすかという事態が展開しようとしている場面であろうと思います。かつてブラヒミ報告の中で、PKOは平和、共生を担うものではなくて、多国籍軍しか本格的な治安維持は行えない、こういうふうな報告がありましたけれども、まさに、ある意味で、イラクの事態はこうしたブラヒミ報告に適合する場面ができてきているんだろう、そんなふうに思います。
 その際に、明石さんは、多国籍軍が行う活動に日本が協力する場合、一つは、国連安保理決議に基づく、二つは、物資運輸などの後方支援に限定される、二つの条件を守ることが必要であろう、そういうふうなことを強調されておりました。これについて、私どもも全く異論はございません。
 その上で、今度はイラク人への人道復興支援についてこういうふうに述べておられました。もし、特別立法に基づいて、当面の暫定統治に当たる米英両国の活動に仮に自衛隊を派遣し、協力をするのであれば、後方支援に活動を限定すべきであるけれども、直接的な治安維持活動との境界線が不明確になるおそれもあり、PKOに協力するときとは別の武器使用基準が必要になるかもしれない、こういうふうに述べておられました。
 実は、皆さんも御承知であろうと思いますが、この明石さんが中心となって、国際平和協力懇談会が昨年数回にわたって会議を開かれて、その集約的な報告を昨年末に出しておられますけれども、その中で、いわゆる武器使用基準なるものについて新しい立法の整備が必要であろう、こういうふうな提案をされております。
 一つはいわゆる警護任務、あるいはもう一つは任務妨害に対する対応、いわゆるbタイプというものについて可能になるような法整備を検討するべきだという提案をしておられることが非常に注目を集めていたわけですけれども、私は、昨日の会合の場で、明石さんに対しまして、今回のイラク支援というものを、仮に新しい法を考えるといった場合に、先ほど申し上げたような、国際平和協力懇談会の中でおっしゃっている武器使用基準について、新しい展開というものを必要と考えるかどうかという質問をいたしました。
 私個人としてはそういったことが必要であると考えているんですけれども、明石さんは、中長期的な課題としてそういうものは必要であるけれども、今回の場面でそのことを慌てて装備する必要はなかろう、こんなふうな考え方を申しておられましたことが極めて印象に残りました。
 ともあれ、憲法の枠の中での武器の使用、そして武力行使というものについては、今、改めて強く私たちは、憲法に基づく考え方はどこまでの範囲なのかという議論をいろいろな場面で展開していく必要がある、こんなふうに考えていることでございます。
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仙谷由人#17
○仙谷委員 仙谷でございます。
 先般のAMDAの菅波参考人の御意見、そしてきょうの金子さんの御意見、その限りにおいて、私はそれほど異とするつもりはないわけでありますが、ただ、従来から、この種の議論でお願いしたいのは、やはりそこにおいて欠けているといいましょうか、あるいはあえて棚上げにしようとしておる部分があるのではないかというふうに感じてならないわけであります。
 それは、主要には、まさに自衛隊を憲法上どう位置づけ、あるいは国連憲章に基づく日本の軍事的といいましょうか、あるいは軍事技術的といいましょうか、そういう側面における協力について、全くこれを棚上げしてしまうということでは、いわゆる日本の領土、領空、あるいは国民の防衛といいましょうか自衛についての、せっかく村山内閣でお認めになった合憲論なり安全保障上の政策というものが忘れ去られてしまうという点において、半分抜けたような議論になっているのではないか。それは対国連との関係でも同様であります。
 こういうふうにお考えをいただきたいと思いますのは、この間、金子さんあるいは土井代表の御意見を伺っておりましても、例えば金大中さんの太陽政策、包容政策については非常に高い評価を与えていらっしゃったと思います。あるいは、今回のドイツのシュレーダー首相、フランスのシラクあるいはドビルパン外相の活動についての評価は多分プラスになっておるんだろうと私は思いますけれども、その際、例えば韓国のあの太陽政策は韓国自身の、あるいはアメリカ、あそこに常駐する国連軍との連携のもとにおける、国境線なりあるいは領海をきちっと守るという日常の緊張した防衛的な、軍事的な活動がその半分の側面にはあるということを決して忘れないでいただきたいと思います。
 そのことは、韓国が好戦的国家であるはずもなく、つまり、安全保障上、ある状況下でとり得る政策と制度的な保障というのはひとまず別問題という、つまり憲法上の問題もひとまず別問題という観点で考えていただかないと、絶えず憲法上の議論がすべて安全保障政策上の、つまり一つの憲法上の解釈がすべて安全保障政策を律するということになってきますと、これはもういかんともしがたい硬直した議論になって、多分そのことは、国民の心理的な不安感を解消させるといいましょうか、不安感を和らげることにもならないのではないかというふうに私は思います。
 もう五年ぐらい前になりますが、韓国に、金大中大統領の就任式、祝賀式典に行ったときに、当時の統一院長官と、康さんと言ったと思いますが、お会いして話しました。そうすると、韓国の備えというのは、政策としての平和外交政策といいましょうか、今度は盧武鉉さんは平和繁栄政策でありますが、そういう外交努力と、その基底をなすといいますか、底にある決然とした防衛の備えというものについては、やはり両面を持たない限り、とりわけ現在のような非常に複雑かつ混迷したアジアの中で我々日本も生きていけないのではないか、そんな気がしてならないわけでございまして、そのことを申し上げたいと思ってお願いをいたしました。
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中野寛成#18
○中野(寛)委員 中野寛成です。
 先般の菅波さん、佐藤さんのお話は、大変興味深いものがありました。井の中のカワズという言葉がありますが、ある意味で、井戸を飛び出して外を見てきた人の話を聞く思いがいたしました。
 そういう中で、国連の問題がクローズアップされておりましたが、たかが国連、されど国連、国連をないがしろにしてはいけないと思いますし、アメリカから見れば、時にたかが国連と見えるかもしれません。しかし、我々、我が国から見れば、されど国連という気持ちを忘れてはならぬと思います。とりわけ佐藤さんは、国連におられただけに、国連を過度に評価せず、かつまた軽視せずという姿勢をとられたと思います。
 そして、その未熟な部分を完成させるのが、ある意味我々日本の役割なのではないか、このようにも思います。あれだけの分担金を払いながら、その国連をないがしろにされるようなことを日本は許してはならない、こうも思います。もちろん、敵国条項も残り、そして、例えばPKOにしても、国連憲章の中に明記されないままに実行されている。また、常任理事国の構成、先ほど第二次世界大戦の戦勝国が牛耳っているという言葉がありました。まさにそうなのでありますが、だからこそ、むしろ国連改革を日本はもっと熱心にやっていくべきなのではないかと思います。
 私は、国家の主役、主人公は国民だ、こう言われますが、国連の主人公はその構成国家だと思います。そういう意味では、主人公としての役割を日本はもっともっと果たすべきだというふうに思っております。
 これから未来を考えるときに、国連以外に世界の秩序また国際世論を集約し得る場というものがほかに求められるだろうか、せっかくのもくろみとして始まって、そして五十有余年の歴史を経過した国連をいかにして完成させるかという視点に立ち、また、そこと日本国憲法の将来のあり方について関連をさせて議論をしていくことがむしろ大切なのではないか。国連がない場合を想定した日本国憲法という発想は、やはり我々はとるべきではないというふうに思います。
 と同時に、安全保障について、一つの特色としてこういう文章を読んだことがあります。英米は国益を中心にして考える。その政府の行動が法規範の枠内であるか、それを超越しているかという判断を後で議会や学者が議論をする。しかし、ヨーロッパ大陸の国、ドイツやフランスなどは、法律の、または憲法の枠内で政策の選択をするという習慣があるという話を聞きました。
 日本は、その英米とつき合いながら、みずから持っている方式はヨーロッパ大陸方式という実に相矛盾した政治を今の日本はやっているのではないのか、とりわけ最近の日本の政府の風潮はその傾向が大変強い、こんな感じがいたします。そこは、やはり硬性憲法を持っている日本の、ある意味では長所かもしれませんし、弱点かもしれません。
 よって、我々は、国際情勢の変化、時代の変化というものにも対応し得る憲法のあり方というものを、硬性憲法か軟性憲法かの議論も含めて、やはりなお詰めていきたいものだと思います。
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島聡#19
○島委員 島聡でございます。
 まず、イラクの復興支援に対しまして、これが現実に、きちんと言いますと、米英を中心とした多国籍軍によってなされるしかないであろうという赤松先生が言われた意見は、私も同じ現状分析をしています。
 そういうときに、まず具体論から言いますと、もちろん国連決議が必要であることは言うまでもない。本当に後方支援というのはどこまで線引きなのかというまた不毛の議論になるかもしれないということがあります。
 今、中野先生がおっしゃったことは、極めて私も重要だと思っておりますのは、イラクの戦争のときにも申し上げましたが、それは、政府は現実に即して行動せざるを得ないことがあります。だけれども、それが法規範に照らしてどうだったかということは、後できちんと立法府は検証し、かつ、それに対して実行した政府は責任をとらなくちゃいけない、そう思っております。
 今回も、このままいきますと米英を中心とした多国籍軍に参加するわけですから、それに自衛隊が参加するというのは、これは自衛隊が軍なんであります。私は、現実的にはそれも必要かもしれないと思うときもある。だけれども、それをいつまでも立法府におる者として、超法規的ならず超憲法的な行為をいつまでも許していていいのかという思いが私はあります。本当に超憲法的行為なら、これはきちんと議論しなくちゃいけない。新聞報道ですから確認していませんが、例えば小泉首相が自衛隊が軍であるとおっしゃったというなら、この中の私も含めて何人かが、それはある意味できちんとしなくちゃいけないなと思っている人も多いと思います。
 今回、もしイラク復興支援で多国籍軍に参加をさせる、またこれは拡大解釈で行かせるんだろうか、そういう思いがしてなりません。超法規的行為ならず、超憲法的行為が今相当行われていると私は思います。現実に対応するには必要だけれども、いつまでも立法府としてこれを許していていいのかということは、大きな問題として提起していきたいと私は思います。
 それこそ何度も言っていますが、この憲法調査会に小泉首相を参考人としてお呼びして、そこで議論をする、それが私は必要だと思います。それをやっていって、現実に、例えば今のままで自衛隊を送り出したら、現実的な問題として、本当にあそこに対応できるような訓練をされているのかどうかという問題もありますし、それから、本当に超憲法的行為で送り出していいのかというのは、我々立法府におる人間として非常に重要な問題でありますので、ぜひとも小泉首相を参考人としてお呼びして、きちんと議論をする、そういう方向性でやっていただきたいと思います。
 以上です。
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中山太郎#20
○中山会長 それでは、討議も尽きたようでございますので、これにて国際機関と憲法、特に安全保障、国際協力の分野における諸問題についての自由討議を終了いたします。
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中山太郎#21
○中山会長 次に、明治憲法と日本国憲法について、最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員長から、去る八日の小委員会の経過の報告を聴取し、その後、自由討議を行います。最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員長保岡興治君。
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保岡興治#22
○保岡委員 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会における調査の経過及びその概要について御報告申し上げます。
 本小委員会は、五月八日に会議を開き、参考人として、東京大学名誉教授坂野潤治君をお呼びし、明治憲法と日本国憲法について、特に明治憲法の制定過程を中心として御意見を聴取いたしました。
 会議における参考人の意見陳述の詳細については小委員会の会議録を参照いただくこととし、その概要を簡潔に申し上げますと、
 参考人からは、
 まず、明治憲法の制定に関するこれまでの普通の憲法成立史には、自由民権運動を重視する民権派と伊藤博文らによる憲法制定の作業を重視する体制派の両者の憲法史の相互関係、及び明治憲法の制定過程と実際の運用に当たっての問題点との関連性が、ともに考えられてこなかったという問題点があるとの認識が示されました。
 その上で、伊藤博文の「憲法義解」や美濃部達吉の「憲法講話」等の諸資料からは、明治憲法が神権主義的な解釈からリベラルな解釈に至るまで多義的に解釈されていたことがわかるが、その理由は、明治憲法が、明治十四年四月に福沢諭吉を中心とした交詢社がイギリス型の議院内閣制を採用して起草したリベラルな私擬憲法案を、同年七月に井上毅が保守的な方向で手直しを行い、岩倉具視によって発表された大綱領を基礎としていたという制定過程の事情にあるとの説明がなされました。
 また、明治憲法が施行された明治二十三年以降において、板垣退助らの自由党は、議会の多数党であったにもかかわらず、議会の多数党が政権を担うとの発想を持たなかったため、明治十四年には岩倉具視の大綱領というリベラルな交詢社の私擬憲法案を基礎とした明治憲法の原案ができ上がっていたにもかかわらず、その後の大正デモクラシーのもとでの議院内閣論の再興、具体的には、大正三年の第二次大隈内閣の成立までに三十三年余りを要してしまい、このことが、明治憲法の例外的規定とも考えられた統帥権の独立について、リベラルな勢力が憲法解釈を再修正して軍部の独走を抑制するだけの時間的余裕を失わせてしまったとの考えが示されました。
 このような参考人の御意見を踏まえての質疑応答を通じて、委員及び参考人の間で活発な意見の交換が行われました。
 そこにおいて表明された意見を小委員長として総括するとすれば、
 まず、私どもが再確認をしておかなければならない点として、第一に、憲法を最高法規たらしめるについては、憲法をどのように解釈し運用していくのかという点において、政治の責任によるところが大きいということ。第二に、明治憲法体制のもとでの人権保障のあり方や統治機構の仕組み、その運用の反省に立って、日本国憲法の制定過程や運用の実際を検証していく必要があるということがございます。
 次いで、認識を新たにすべき点を挙げれば、第一に、明治憲法の成立過程というものは、従来のように民権派と体制派とに分けて考えるべきではなく、両者を統合して見ていく必要があるということ。第二に、明治憲法が天皇を元首と規定したのは、天皇に強大な権限を付与するためというより、むしろ天皇の権限を拘束する意図からであったということであります。
 最後に、今後、日本国憲法の制定過程及び運用の実際についての調査と関連して、明治憲法がリベラルな解釈運用も可能であったにもかかわらず、なぜあのような戦争に突き進んでいってしまったのかを考えると、憲法のさまざまなテーマについての解釈に当たり、政治が果たす役割の重さというものを改めて認識した次第です。
 以上、御報告申し上げます。
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中山太郎#23
○中山会長 これより、明治憲法と日本国憲法について、特に明治憲法の制定過程を中心に自由討議を行います。
 まず、葉梨信行君。
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葉梨信行#24
○葉梨委員 自由民主党の葉梨信行であります。
 私は、明治憲法の制定過程やその運用に着目しながら、どのような方向で新しい憲法を制定すべきかについて意見を申し述べたいと思います。
 まず、憲法の制定に当たっては、新しい国家の創出という視点を失ってはならないと思います。
 幕末の開国によって、我が国は、長く続いた鎖国の時代に幕をおろし、新たな近代国家として出発することとなったわけであります。その際、明治天皇が神明に対して誓われた五カ条の御誓文は、まさに近代国家の創出に当たっての決意にふさわしいものでありました。私は、この五カ条の御誓文こそが明治国家の国是であり、明治憲法の基礎となったと思います。
 また、憲法の制定に際しましては、自国の歴史、国柄といったものを十分に考慮することが重要であると考えます。なぜならば、憲法の英訳はコンスティチューションでございますが、このコンスティチューションとは、国の仕組みやら成り立ち、すなわち国柄という意味があるからであります。
 明治憲法の制定過程を見てまいりますと、西欧近代国家に伍していくために、西欧の近代的な立憲主義の思想を学ぶと同時に、これと我が国の国柄を調和させるという難しい課題に直面し、明治二十二年の明治憲法発布に至るまで、起草者たちがさまざまな苦悩をした姿に十分に思いをいたさなければなりません。こうした明治憲法の起草者の姿勢を私どもは改めて認識しておく必要があると思います。
 翻って、現在の日本国憲法の制定過程を見ますと、そこには我が国独自の立場からの新しい国家の創出へ向けた決意であるとか自国の歴史や国柄といったものについての議論が全くと言ってよいほど感じられません。なぜならば、それは、日本国憲法がGHQによって押しつけられたものであるからにほかなりません。
 今日、明治憲法は天皇制絶対主義を掲げていたように理解されており、その評価は甚だしく低いものとなっているように感じます。明治憲法の実際の解釈、運用を見ればおわかりになりますように、明治憲法は決して天皇制絶対主義などという思想を持っておりません。私は、むしろイギリス型の立憲君主制を採用した憲法であったと考えております。
 この点につきましては、坂野参考人から、明治憲法の基礎となった岩倉具視の大綱領は、実際には交詢社の起草した私擬憲法案を井上毅が保守的な方向で手直ししたものであって、その交詢社による草案が採用しておりましたのはイギリス型の議院内閣制であったというお話があったわけでありまして、改めてその思いを強くした次第であります。
 戦後から半世紀以上を経た今日、我が国を取り巻く情勢は、東西冷戦の終結、グローバル化、情報化、少子高齢化など、大きく変わりつつあるわけであります。そのような中にありまして、むしろ我が国としてのアイデンティティーを重視して、歴史や文化を盛り込んだ憲法の制定こそが必要なのではないでしょうか。
 日本国憲法は、憲法研究会という民間の団体が起草した憲法草案要綱がGHQの目にとまり、これがマッカーサー草案の基礎となったという事実は私も承知いたしておりますが、実質はほとんどGHQによって作成され、押しつけられたものであります。そもそも憲法の制定はその時代の国民の英知を結集する形でなされるべきものであるにもかかわらず、昭和二十年の敗戦後に外国からの押しつけによって制定された苦い経験を心に銘ずべきであります。
 明治憲法の制定過程にあって、官民挙げての憲法創出の時期があったように、新たな憲法の制定に向けて、国民の中から再びそのような動きがほうはいと沸き起こってくることを期待するものであることを表明して、私からの発言を終わります。
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中山太郎#25
○中山会長 それでは、御発言を御希望の委員は名札をお立てください。
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山口富男#26
○山口(富)委員 坂野潤治参考人は、私、学生時代に近代史を学んだ際に一番最初によく読んだものでしたので、二十数年ぶりにお会いして、大変懐かしく思いました。
 それで、参考人のお話でも、明治憲法が神権主義というものを中核にしながら、なぜ立憲主義という装いに立ったのかというなぞ解きをやられたようなお話で、大変興味深いものがありました。
 さて、日本国憲法というのは明治憲法の改正という形をとったわけですけれども、日本国憲法の前文の一番最初にそのこともありまして、明治憲法との関係をきちんと述べているんですね。それは、ちょっと読み上げますと、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」これが明治憲法を排除した規定なわけですけれども、明治憲法を考える場合は、やはりこれが出発点になると思うんです。そして、明治憲法から日本国憲法、それから今の二十一世紀ということを考えますと、私は、三つの点が大変大事になるんじゃないかなというふうに感じます。
 第一は、主権の問題なんです。
 明治憲法は天皇主権だったわけですけれども、日本国憲法が主権在民になりまして、そして二十世紀から二十一世紀の歴史の流れを考えますと、やはりこの主権在民の流れというのが世界の歴史の中で非常に大きな力を持ってきているわけですから、この点については、二十一世紀の憲法論を考えるときにも、当然土台に据えるべきものだというふうに感じます。
 二つ目は、基本的人権の問題なんです。
 これは、保岡小委員長もお触れになりましたし、当日の坂野参考人の話で、明治憲法というのは基本的人権という考え方がなかったんだという話をされました。これは、やはり二十世紀を考えましたときに、私たちは、世界の人権の問題で、大変ないろいろな問題を抱えているわけですね。それは、先ほど公聴会の話で、北朝鮮の拉致問題をめぐって深刻な提起があったという話もありましたけれども、崩壊したソ連を見ましても、やはり人権抑圧社会だったわけですね。もちろん、私たちは、あれが社会主義の社会だったとは考えておりませんけれども。
 このように、人権の問題というのは、やはり二十世紀から二十一世紀を考えたときに、私たちの憲法の問題としてどういう人権の保障というものをきちんとやっていくのかということは、明治憲法を考えても、日本国憲法を考えても、本当に土台に据えるべき問題だというふうに思います。
 それから三つ目は、いわゆる平和の問題です。
 明治憲法は天皇の大権で、特に軍事の問題については、いわゆる政府の関与も、議会の関与も一切許しませんでした。この点が当日の小委員会では、解釈の問題と政治の責任、どちらなんだという議論にもなったわけですけれども、その点でいいますと、私は最後に申し上げたんですけれども、これは解釈とかの前に、やはり明治憲法自身が大権条項を定めているというそこが出発点なんだというお話をいたしました。
 そういう意味では、葉梨委員は明治憲法の立憲主義的な解釈にお触れになりましたけれども、私は、伊藤博文自身が、明治憲法の公的解釈書と言われている「憲法義解」の中で、これはヨーロッパ型の立憲主義じゃないんだ、天皇の大権を定めたものだというふうに明確に言っておりますから、その意味では、やはり十九世紀後半から二十世紀前半の日本というのは専制的な社会だった、政治だったというふうに思います。
 振り返りまして、平和の問題は、今、国連憲章の問題からいきましても、二十一世紀にどういう平和の秩序をつくるのかというのが大問題になっているわけですから、やはりこの平和の問題というのが、明治憲法、日本国憲法、それぞれどういう規定になり、そして私たちが二十一世紀にどの点を引き継いでいくのか、もちろん私は恒久平和主義を引き継いでいくという立場に立ちますけれども、そういう三つの点を、明治憲法から日本国憲法、そして二十一世紀ということを考えたときに、私たちが国のあり方や憲法を考えるときに基本に据える土台になるべきことじゃないかなというふうに私は感じております。
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北川れん子#27
○北川委員 社民党・市民連合の北川れん子です。
 明治憲法制定前に出された私擬憲法草案、およそ九十四案近くあったと言われていますが、例えば立志社や交詢社、また植木枝盛の日本国国憲按、憲法草案を見てみますと、特に国民の権利を規定した条文が充実しており、現代にも通用するような死刑の禁止や拷問の禁止まで範囲に入れられており、実際、びっくりいたしました。私擬憲法草案が出された時代から現憲法に流れている主体的市民意識が、明治時代の諸先輩の方々から脈々と続いているという印象を受けました。
 GHQが参考にしたと言われる憲法草案要綱作成者の一人である鈴木安蔵氏は、私擬憲法草案の一つである植木枝盛の東洋大日本国憲法案を参考にしたとされています。また、マッカーサー草案自体、起草の段階において、既に日本国民の間で自主的に起草された民間憲法草案の内容を大幅に取り入れ、実質的にその当時の日本の状況が酌み取られていると評価する方もいらっしゃいます。
 このことを東京経済大学教授色川大吉氏は、現憲法の中には日本人民の平和と民主主義を求めた歴史的伝統が流れていた、植木枝盛らの起草した輝かしい憲法草案が、大正デモクラシー運動を経て吉野作造らによって再発見され、さらに敗戦直後に鈴木安蔵らによって民間の憲法草案に生かされ、それがGHQの憲法担当の中心人物ラウエル中佐やハッシー中佐らに重視され、十分な検討が加えられた上、押しつけと言われるGHQ草案の基礎として生かされた事実を私たちはまず確認したいのであると指摘されています。
 そしてまた、明治憲法は、一八八二年三月三日、伊藤博文は憲法起草のためにヨーロッパ立憲諸国において調査を行い、各国の政府及び学者について研究するよう勅命を受け、三月十四日、随員九名と出発、一八八三年八月三日帰国するまで一年五カ月がかかったと言われています。このとき、既につくべき政府をドイツ帝国、プロイセンに、その学者をドイツのベルリン大学教授ルドルフ・グナイストとオーストリアのウィーン大学教授ロレンツ・フォン・シュタインに内定したと伝えられています。
 また、明治憲法は一八八九年制定ですが、パリ不戦条約は一九二八年、ロンドン軍縮会議は一九三〇年、満州事変が一九三一年、国際連盟脱退が一九三三年。これら年表からもわかりますように、明治憲法は戦争が違法と国際社会が合意形成する四十年も前に成立しているため、不戦、非戦の思想を盛り込むことは無理であったろうと考えます。しかしながら、私擬憲法、交詢社においては統帥権の独立を認めていないので、シビリアンコントロールに近いものがあったと想像されます。
 また、坂野参考人も、危機になった折、どんな憲法を持っているかが大事だと強調されました。一九三一年解釈改憲していれば侵略に反対できた、また国家総動員法に反対するとき明治憲法を持ってきて反対するとか、戦前の議員というのは非常に真剣な人たちだったという言葉や、余りに立派な日本国憲法なので逆に憲法学者が育たないのではないかとも言われた言葉が印象に残っています。
 こう見てまいりますと、憲法というのは、時代の背景を受け、世界各国の影響を受けている事実を確認いたしました。憲法をめぐり、憲法調査会では議論を積み重ねていますが、このように坂野参考人が初めて私擬憲法草案に光を与えていただきました。草案から続く考え方が平和憲法の底流を流れている、だからこそそれを生かすことが私たちに求められているのではないかということを強く思った次第であります。
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遠藤和良#28
○遠藤(和)委員 私は、小委員会で二つのことを質問したんですけれども、一つは、明治憲法下におきまして軍部が独走したのは、憲法自身に問題があったのか、それとも政治の責任であるかという点です。これに対しては、四分六という御答弁だったと思うんですけれども、双方に責任がある、こういうふうな見解だったと思ったわけでございまして、それが大変印象に残ったわけでございます。
 それからもう一点は、明治憲法が公布された後に帝国議会が開設をしているわけですね。したがいまして、普通、憲法をつくるときには、制憲議会があって、議会で議論をした上、憲法が公布されるわけですけれども、その逆になっているわけでございまして、憲法の制定過程に対する会議録は残っていない、こういう事情になっているわけですね。
 そこのところについて、どうしてそうなっているのかということを歴史的な経過を尋ねたわけですけれども、この議会開設が大変おくれたという政治的な事情等もあったようでございます。
 今後の議論といたしましては、やはり、憲法制定という大変重要な国のあり方を決めるものが、議会を経ないで決めて、そこでいろいろな、一つの条文に対して制定時から解釈が分かれていた。こういうものがあって、それがその後もずっと尾を引いている、こういう問題があるのではないかと思いますね。
 ですから、いろいろな説があるということは大変不幸なことでございまして、一つの条文に対して統一した見解というものがあって憲法が制定されるのが正しいのではないかな、このように思いますので、そういうことを今後の参考にしていくべきではないのかなと思っております。
 以上です。
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中山太郎#29
○中山会長 他に御発言はございませんか。
 それでは、討議も尽きたようですので、これにて明治憲法と日本国憲法について、特に明治憲法の制定過程を中心とした自由討議を終了いたします。
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