中野寛成の発言 (憲法調査会)

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○中野(寛)委員 中野寛成です。
 先般の菅波さん、佐藤さんのお話は、大変興味深いものがありました。井の中のカワズという言葉がありますが、ある意味で、井戸を飛び出して外を見てきた人の話を聞く思いがいたしました。
 そういう中で、国連の問題がクローズアップされておりましたが、たかが国連、されど国連、国連をないがしろにしてはいけないと思いますし、アメリカから見れば、時にたかが国連と見えるかもしれません。しかし、我々、我が国から見れば、されど国連という気持ちを忘れてはならぬと思います。とりわけ佐藤さんは、国連におられただけに、国連を過度に評価せず、かつまた軽視せずという姿勢をとられたと思います。
 そして、その未熟な部分を完成させるのが、ある意味我々日本の役割なのではないか、このようにも思います。あれだけの分担金を払いながら、その国連をないがしろにされるようなことを日本は許してはならない、こうも思います。もちろん、敵国条項も残り、そして、例えばPKOにしても、国連憲章の中に明記されないままに実行されている。また、常任理事国の構成、先ほど第二次世界大戦の戦勝国が牛耳っているという言葉がありました。まさにそうなのでありますが、だからこそ、むしろ国連改革を日本はもっと熱心にやっていくべきなのではないかと思います。
 私は、国家の主役、主人公は国民だ、こう言われますが、国連の主人公はその構成国家だと思います。そういう意味では、主人公としての役割を日本はもっともっと果たすべきだというふうに思っております。
 これから未来を考えるときに、国連以外に世界の秩序また国際世論を集約し得る場というものがほかに求められるだろうか、せっかくのもくろみとして始まって、そして五十有余年の歴史を経過した国連をいかにして完成させるかという視点に立ち、また、そこと日本国憲法の将来のあり方について関連をさせて議論をしていくことがむしろ大切なのではないか。国連がない場合を想定した日本国憲法という発想は、やはり我々はとるべきではないというふうに思います。
 と同時に、安全保障について、一つの特色としてこういう文章を読んだことがあります。英米は国益を中心にして考える。その政府の行動が法規範の枠内であるか、それを超越しているかという判断を後で議会や学者が議論をする。しかし、ヨーロッパ大陸の国、ドイツやフランスなどは、法律の、または憲法の枠内で政策の選択をするという習慣があるという話を聞きました。
 日本は、その英米とつき合いながら、みずから持っている方式はヨーロッパ大陸方式という実に相矛盾した政治を今の日本はやっているのではないのか、とりわけ最近の日本の政府の風潮はその傾向が大変強い、こんな感じがいたします。そこは、やはり硬性憲法を持っている日本の、ある意味では長所かもしれませんし、弱点かもしれません。
 よって、我々は、国際情勢の変化、時代の変化というものにも対応し得る憲法のあり方というものを、硬性憲法か軟性憲法かの議論も含めて、やはりなお詰めていきたいものだと思います。

発言情報

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発言者: 中野寛成

speaker_id: 16312

日付: 2003-05-29

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会