葉梨信行の発言 (憲法調査会)

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○葉梨委員 本日は、憲法調査会における今国会での議論を締めくくる自由討議ということで、私の方からは、これまでの議論を振り返っての感想を述べさせていただくとともに、若干の問題提起をさせていただきたいと思います。
 本題に入ります前に、昨年十一月に中間報告が提出されて以降、憲法調査会本会そして四つの小委員会におきまして、国家としての基本的なあり方に関するさまざまな事項をテーマに非常に活発な議論が委員間で行われてきましたことについて、幹事の一人として委員の皆様方に敬意を表したいと思います。
 特に憲法第九条に関する問題や象徴天皇制に関する問題につきましては、議論することすらもタブー視されるような時期もございましたが、現在、このように各会派がその御持論を自由に展開し、有意義な議論を重ねてきていることに隔世の感を覚えます。そこで、この一巡目の発言では、憲法第九条と象徴天皇制、この二点に話を絞って申し上げたいと思います。
 まず、憲法第九条に関する問題であります。
 憲法九条に関する考え方といたしましては、先ほど中川小委員長からの御報告にもありましたとおり、七月三日の安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会において、自民党の近藤委員そして自由党の藤井委員からまとまった御意見を伺ったところであります。
 近藤委員は、防衛体制の整備という観点から、九条一項の侵略戦争放棄の理念を堅持しつつ、同条二項を削除した上で、個別的、集団的自衛の権利と自衛隊の存在を明記するとともに、侵略や大規模自然災害に備えた非常事態条項を設けるべきであるといった御意見をお述べになりました。
 北朝鮮は現に多数の弾道ミサイルを有し、近い将来には核兵器をも保有しようとしております。また、国民の生命財産を守ることは政治の最大の責務であります。これらの国際情勢の変化や政治としての責務を踏まえれば、私は近藤委員の御意見に対し全面的な賛意をあらわすものであります。
 しかしながら、このような九条の改正に向けた主張に対しましては、九条は、武力行使の禁止という国際的潮流を戦力不保持にまで高めたという意味で先駆性を有するものであり、二十一世紀の指針ともなるべきものであるとして、その改正に反対をなされる方々がおられます。
 そこで、このような御主張をされます委員の方々に対し、次の四点について問題提起をいたしたいと思います。
 第一に、いわゆる護憲派の委員の方々は、現在、平和主義を堅持する我が国に対し武力攻撃をしかけようとする国家など存在しないのであるから、防衛体制を強化する必要性はないとの御主張をなされますが、我が国が侵略を受ける危険性はないとする根拠は何なんでしょうか。現に、北朝鮮は何度となくミサイル発射実験を繰り返しております。また、核開発問題につきましては、再処理が進み核弾頭化にも成功したとの情報もあります。このような状況において、むしろその危険性は増大しているのではないでしょうか。
 第二に、平和を愛する諸国民の公正と信義に対する信頼だけで我が国の平和と安全を守ることができるとお考えなのでしょうか。国際社会の現実を見ますと、やはり平和と安全を維持していくためには、軍事力による裏づけを持ち、みずからの国はみずから守るという姿勢を内外に示すことが抑止力となるのではないでしょうか。
 第三に、現行憲法には、明治憲法下において軍部の独走を許してしまったことへの反省を踏まえシビリアンコントロールの規定が設けられ、これが軍事力の行使に対する歯どめとして機能しておりますことから、これが恣意的に行使されるおそれはないと考えております。この点につきましてどのようにお考えでしょうか。日本国民以外の他国民の公正と信義を信頼するならば、我が国の現行憲法のもとに設けられた諸制度をなぜ信頼できないのでしょうか。
 第四に、現行憲法は、自衛以外の戦争放棄を定めるだけでなく、対等な立場での集団安全保障体制に参加するなどの外交手段をとることを禁じております。このようにみずから外交の選択肢を狭めることは、特に冷戦構造崩壊後、地域的武力紛争の増加が見られる現在の国際社会におきまして、我が国に対する武力攻撃の可能性をむしろ拡大させることになっていないでしょうか。
 以上、四点の問題提起に対しまして、どなたでも結構でございますので、御意見をいただけたらと思う次第でございます。
 次に、象徴天皇制に関する問題であります。
 象徴天皇制につきましては、現在のままでよいとする御意見が会派を超えて多数を占めているようでありますが、私といたしましては、やはり天皇陛下が日本国の元首であらせられる旨を憲法に明記すべきであると考えます。
 天皇陛下を元首としていただくことに対しましては、一部に、戦前への回帰であるとか、前近代的な絶対専制君主を想起する方がおられるようでありますが、私が考えておりますのは、天皇陛下は、単に日本国の象徴というのではなく、我が国の文化、歴史、そして伝統といったすべてを象徴しておられる、その上で、国家の儀礼的な代表としてのお役目を果たしておられる元首ということであります。これは、現在の象徴天皇制のあり方を変えようとするものではなく、むしろ、我が国古来よりの天皇家の歴史に立脚しつつ、今の天皇陛下が果たしておられる役割の大きさにかんがみ、現実に即したお立場を確かにする趣旨であります。
 私が憲法調査会議員団の一員として訪問いたしましたイギリスやオランダでは、国王がみずから権力を振るうことはございませんが、国家元首として、儀礼的に国家を代表するお立場に立たれております。こうした諸外国の実例に照らしましても、天皇陛下を我が国の元首としていただくことは理にかなうものであると存じます。
 元首のあり方は、国の歴史や伝統を反映したものと思います。西洋諸国におきましては、近世に見られたいわゆる絶対王権というものが、議会政治や民主主義の確立の中で徐々に変質し、現在の、君臨すれども統治せずという体制に変化してまいりました。
 しかし、我が国では建国以来、ごくわずかの時期を除いて天皇親政がしかれたことはなく、御一身は日本国の象徴であられると同時に、対外的に我が国を代表する立場にあられました。確かに、戦前の一時期、天皇陛下が憲法上「神聖ニシテ侵スヘカラス」とされ、一部の極端な国家主義的勢力に利用されましたことは非常に残念なことでありますが、現行憲法は、まさにそのアンチテーゼとして、陛下の対外的な機能には触れず、あえて元首と明記することを避けた面もあったかと思います。
 しかしながら、戦後五十八年、我が国の民主主義は既に成熟しております。しかも、我が国の歴史と伝統に照らせば、現在の天皇陛下のお姿こそ、もともとの天皇制のあり方に近いわけでありますから、私は、日本国民がもっと自信を持つべきであると考えます。そして、憲法に元首と明記し、現実をありのままに表現することを避けるべきではないと思います。
 また、象徴天皇制は、国民主権と矛盾する存在であり、将来的には解消の方向へ向かうであろうとの意見が一部の委員からございました。仮に、憲法が人民主権という言葉を用いているとするならば、それは、天皇陛下とそれ以外の日本国民、すなわち人民とを対峙させたものでありまして、両者は相矛盾した存在であると言うこともできましょう。しかし、私は、国民主権と言う場合の国民は、当然のこととして、天皇陛下をも含めた日本国民のことを指したものであり、その日本国民を代表されるお立場にあるのが天皇陛下であると理解いたしております。そのような理解からは、両者は決してお互いに矛盾する存在とはなり得ないものと思います。
 以上を申し述べ、私からの発言を終わります。

発言情報

speech_id: 115604184X00920030724_011

発言者: 葉梨信行

speaker_id: 14748

日付: 2003-07-24

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会