金子哲夫の発言 (憲法調査会)
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○金子(哲)委員 社会民主党・市民連合の金子哲夫です。
今国会の最後の調査会に当たり意見を述べたいと思います。
私は、まず最初に、今参議院で審議をされておりますいわゆるイラク特措法について意見を申し上げたいと思います。
イラク特措法では、安保理決議六七八号、六八七号及び一千四百四十一号並びに関連する決議に基づき国連加盟国によりイラクに対して行われた武力行使並びにこれに引き続く事態をイラク特別事態と定義し、米英両国のイラクへの武力攻撃を合法化しようとしていますが、これは大きな誤りであります。
これまでも指摘してきましたけれども、これらいずれの決議も米英両国によるイラクへの武力攻撃を正当化するものではありません。そもそも、国連決議なき武力行使は国連憲章第四十二条に違反しており、今回のイラク攻撃を合法化すること自体が正当性を欠くものと言わなければなりません。
まして、米英両国が攻撃の最大の根拠としたイラクの大量破壊兵器の保有という大義すら不確かなものであったということであれば、イラク戦争はまさに一片の正当性もない戦争であったということであります。
にもかかわらず、イラクに核兵器が保有されていると断定し、この違法のイラク攻撃を支持した小泉首相の責任も厳しく問われなければなりません。
このような国際法的正当性のない戦争を前提とした今回のイラク特措法が廃案とされることは当然のことであります。
さらに重要なことは、憲法とのかかわりにおいてどのように検討されただろうかという大きな疑問であります。
小泉総理は、自衛隊ができるのになぜ自衛隊がやっていけないのか、民間ならやってよくて自衛隊がやって悪いという理由はないと思うと言われています。私はこの主張には問題があると考えております。自衛隊が派遣される国または地域がどのような状況にあるかは極めて重要なことです。現在のイラクは米英両軍による軍事占領下にあります。この占領下にあるイラクに自衛隊を派遣するということですから、この問題は憲法とのかかわりにおいて検討することは当然のことです。
従来、政府は、憲法第九条第二項において「国の交戦権は、これを認めない。」と規定されており、ここに言う交戦権とは、「戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であつて、相手国兵力の殺傷及び破壊、相手国の領土の占領、そこにおける占領行政、中立国船舶の臨検、敵性船舶のだ捕等を行うことを含むものであると解している。」としてきました。
この見解を十分に検討すれば、今回のイラクへの自衛隊の派遣は、占領行政下の地域への派遣であり、当局の指揮下に入るものではなく我が国として独自の立場で支援を行うものであるということは通用いたしません。どのような理由をつけたとしても、実質上占領下にあるイラクでその占領活動の支援を行うことは明らかであり、この政府見解からしても憲法に違反していると言わざるを得ません。
さらに、委員会質疑において、政府は、武力の行使に当たる行為を行うこともなく、我が国がこのような活動を行っても国際法上我が国が交戦国の立場に立つことはない、したがって、交戦権を行使するという評価を受けることはないとしていますが、現在のイラクの状況を考えれば、自衛隊による武力の行使がないとは到底言い切れません。その点からも、憲法第九条とのかかわりにおいて慎重に検討することは当然のことであります。
自衛隊にも民間にもできることをなぜ自衛隊がやってはいけないかというようなレベルでイラクへの自衛隊派兵を決定することは、あってはならないことです。私は、イラクへの支援は、憲法の精神からいっても、民生部門を対象として文民による人道復興支援活動に限定すべきであると考えています。
イラクでは、さきの湾岸戦争で使用された劣化ウラン弾によって、子供たちに放射線後遺障害による深刻な被害が出ています。それは、五十八年前に広島、長崎に投下された原子爆弾による放射能を浴びた被爆者と同じ症状があらわれているのです。この体験の中からつかんだ医療の知識や経験、そしてそのための医薬品というものを今イラクの人々は求めているということです。この劣化ウラン弾の被害者への支援活動は、まさに被爆国日本がやること、そして、ある意味では日本にしかできないことであります。こうしたことを最優先に取り組むことこそが、今イラクの人々に対する最大の支援活動です。とにかく自衛隊の派遣をということではなく、真の意味での憲法の枠内で行うべき支援活動というものを考えることこそが重要であると考えております。
次に、人権の尊重、とりわけ労働の権利ということについて意見を述べたいと思います。
今国会では、労働関係の三重要法案について改正案が提出されました。いずれもが、憲法第二十七条で保障された労働の権利を押し下げるものであったと言わざるを得ません。
第一に、労働基準法の問題です。
この法律は、第二十七条第二項に定める「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」という規定に基づいて定められたものです。ですから、当然のこととして労働基準法では、労働者の権利を守ることと同時に、使用者側に対しては、何々をしてはならないという禁止規定として条文が構成されています。
ところが、政府が示した改正案の解雇ルールの新設では、使用者は、この法律または他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除いて労働者を解雇することができるとしていました。これは憲法第二十七条、そしてそれによって定められた労働基準法の本質そのものを根底から覆す内容として、法律家、弁護士からも厳しい指摘があったのは当然のことです。幸いにして、野党の厳しい指摘によってその条文を、解雇してはならないと修正することができたとはいえ、なぜこのような、法律の本質そのものを変えるような改正案が政府によって作成されたのか、極めて疑問とせざるを得ません。
また、三つの改正案に一貫していたことは、長期にわたる景気低迷を口実に、終身雇用制から、派遣労働や有期雇用労働など、いつでも首切りのできる不安定雇用へと雇用形態を大きく転換させようとしていることです。このことも、憲法第二十七条で保障された勤労の権利を拡大するというよりも、縮小していると言わざるを得ません。
今政府が行うべきことは、中高年者の再就職の困難、失業の長期化に対する施策を早急に確立することです。労働者にとって働く場所がないということは、収入の道が閉ざされるということであり、生活そのものの基盤を失うということであります。もちろん、景気の動向によってやむを得ざる失業という事態は発生するわけでありますが、今日のように長期化している失業者に対して何らの政策も実施しないことは、憲法第二十五条の生存権規定からいっても許されないことであります。
さらに、この生存権規定の問題で指摘しなければならないことは、年間三万人を超える自殺者の問題です。
経済的理由による自殺の割合が年々増加していることは深刻です。さきに述べた中高年の再就職困難、さらには経済的理由による自殺者の増加などは、本来、政治によって解決できる問題です。このような状況を放置している政治の責任は、憲法第二十五条に規定した、すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するを実現しないものとして、厳しく問われなければなりません。
さらに労働問題で付言すれば、公務員労働者の労働基本権問題も解決されなければならない憲法上の課題です。私は、憲法第二十八条で保障された勤労者の団結権及び団体行動権はすべての労働者に基本的に付与すべきであると考えています。その上に立って必要最小限の制約が加えられるべきであって、現在のように大きく制約ないしは禁止されている状況は、憲法上からも許されないことです。今回の公務員制度改革において、公務員労働者の労働基本権が基本的に回復されるべきであります。
今回、私は、憲法で保障された基本的人権のうち、労働の権利を中心に意見を述べましたが、他の権利についてもさらに現状を調査していくことが求められていると考えております。今国会の最後に当たり、私は改めてこの憲法調査会が、現在の憲法状況について調査すること、こうした観点からも極めて重要だということを強調したいと思います。
なお、葉梨委員からの指摘については、また後ほどの討論で機会があれば発言をしたいと思います。
以上をもって私の発言を終わります。