2003-02-06
衆議院
五十嵐敬喜
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
五十嵐敬喜の発言 (憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会)
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○五十嵐参考人 五十嵐です。
事前にレジュメを配っておりまして、少し追加いたしまして新しく皆さん方に配らせていただきましたので、それに基づいて私の意見を述べたいと思います。
なお、あわせて、先生方のところに事前に「都市は戦争できない」、私が最近出版いたしました本を資料として提出させていただいております。今から申し述べますデータや数字などについては、その本に基づいて説明しておりますから、途中で少しページ数などを入れてお話しさせていただくかもしれません。
私は、非常事態と憲法について、次のように考えております。
一つは、今森本参考人がおっしゃいましたように、憲法には非常事態の規定が幸か不幸かとにかくございません。しかし、非常事態は絶えず起こり得るという前提で物事を考えるというのが前提であります。
非常事態について、いろいろ定義の仕方が難しいですが、とりあえず私はこの本では、地震、水害、原発、テロ及び戦争、有事というものを取り上げております。あとはこれに伝染病など、別のレベルでの非常事態が起こることもあり得ると思いますけれども、一応この五つを考えました。強いて分類しますと、地震や水害はやや自然現象から発生するものでありますし、原発やテロやあるいは戦争というのは人為的なものから起こり得るということであります。
これに対しては、ほぼ共通して、それぞれ局面は違いますけれども、例えば、予防をする、それから事態に対処する、避難をするというふうに考えますと、非常に多くの共通現象もあるだろうということを考えまして、一括してこういう非常事態について対処の方法を考えていきたいということです。
私なりに憲法やこういう災害対策についていろいろ勉強させていただきましたけれども、一つだけ従来の議論に決定的に欠けているものがあるということを最近感じるようになりましたので、こういう本をまとめました。
それは、こういう非常事態はどういうところで起こるかということでありまして、少なくとも、一九八〇年代以降、正確に言いますと、通常、農村人口が一〇%を割った社会を都市型社会と言っておりますけれども、これはすべて都市型社会で起こる現象であるということを留意したいということであります。従来の議論は、どちらかといいますと、どういう場所で起こるかということについてはやや突っ込まないで議論をしてきたのではないかというふうに思っています。
都市型社会というのはどういうことかといいますと、基本的には、私たちの生活、生まれて死ぬまでほとんどが依存型社会になっているということであります。ここに幾つか、食料、エネルギー、情報、道路、鉄道などのインフラ、あるいは行政や議会、あるいは裁判所、そして保険機構や教育、医療など、私たちが暮らす上で、生きていく上で必要なものはすべて、自分一人では処置できない、相互がネットワーク化され、かつ依存し合う体制になっているということであります。
これをもう少し詳しく見ていきますと、恐るべき状態がわかってまいります。そのデータを、先ほど申し上げました「都市は戦争できない」という本の資料二百四十四ページに、幾つか都市のデータを挙げてあります。
これは、主として、東京を中心として、東京が地震に見舞われる、あるいは東京が水害になる、あるいは東京に近いところで原発事故が起こる、あるいは東京でテロが起きる、あるいは東京が戦争の対象になるといったときに、東京というのは一体どういうものだろうかということを数字で見たものであります。
人口でいいますと、膨大な人口がとにかくここに集まっているということは言うまでもありません。
それから二番目には、いずれにしても、災害があった場合に食料等が問題になりますが、東京では、〇・〇〇〇二%は稲作を行っておりますけれども、食料はほとんど生産しておりません。それから、二百四十三ページに食料依存率を挙げておりますけれども、ほとんどがもう東京は他の国あるいは他のところに食料を依存しているということであります。
それから、エネルギーを見ましても、電気、ガス、上水道の使用量・供給量でいいますと、東京は圧倒的に使っている。電気もガスも上水道も、自前ではなかなか東京は調達できないということであります。電気の自給率とか東京電力の発電所数など、あるいは石油などについて、そこに載せておきました。
それから、常時、東京は二十四時間眠っておりませんで、路線の混雑率などを見ておきますと、乗車率は二〇〇%を超える路線が幾つもあるということであります。
それから、通勤・通学による東京二十三区の人口動態を見ますと、流入人口が三百三十万人に対しまして、流出人口が五十五万人であります。これは、災害が起きたときに待機人数という形で問題になってきますけれども、こういう形で膨大な人口が移動しているということであります。
あるいは、二百三十九ページから二百三十八ページにかけまして、本社機能を持つ事業所数、あるいはIT産業、あるいはマスコミ等についてもこういうデータ、東京にほとんどが集中しているということを挙げておきました。もちろん、金融やデパートなどもそうであります。
それから、物流などを見ておりますけれども、物流も、大半がトラックによる物流でありまして、八八%であります。
それから、一万人以上の収容の興行施設などを見ますと、東京競馬場、大井競馬場、国立競技場、東京ドームなど、東京にはたくさんの人口が集まる収容施設があるということであります。
それで、申し上げたいことは、こういうところにもし非常事態が起きたら一体どういうことになるんだろうかということについて、最近、徐々にいろいろなデータが発表されるようになりました。その一つとして、東京都が最近行っている地震の想定というものについて申し上げたいと思います。
東京都の地震の想定は、阪神・淡路大震災と同じような程度の地震が来たとき、しかも土曜日の夕刻六時ごろということを前提として、あの阪神・淡路大震災と同じような地震が来たときにどうなるだろうかということを想定しております。
少し数字を挙げさせていただきますと、家屋の全半壊が、区部、東京二十三区内で十二万、多摩で二万生ずるというふうに言われています。火災が八百二十四件発生するだろうということです。それから、ライフラインを見ますと、断水が三十三万、停電が百十五万、ガスの供給停止が百三十二万です。それから、死者が七千百五十九人、負傷者が十三万人発生するだろうということです。さらに、避難者というものがありまして、区部で百二十六万人、多摩で二十五万人発生するということです。
ただ、このデータには幾つかの集計し切れていないところがございまして、一般的に総合いたしますと、幾つかこれにつけ加えなければいけない問題がございます。
その一つは、不特定多数の集まっているところ、例えば、先ほど言いましたように、デパートとか競技場だとか、あるいは地下街だとか映画館だとか、それから野球場などに人が集まっているときにこういう地震等が発生すると、恐らくだれもが手がつけられないパニックになるだろうということであります。特に、自動車の炎上というのが危険物でありまして、自動車が炎上しちゃいますと、救急態勢も全くとれなくなるということです。
それで、これを少しさらに、時刻を、今、土曜日の夕方六時という前提で数字をシミュレーションしているんです。これも、平常時の例えば午前中とか午後とかという形にしますと、もっと別なことが起きてまいります。
先ほどの土曜日の夕方六時を前提にしますと、学校に一応いないという前提になっていますけれども、平常時の午前中など起こりますと、小学校や中学校や高校や大学等で授業をしているということになってまいります。もちろん官庁でもいろいろな人が働いている。それから、その他いろいろなところでいろいろなことが機能しているということになります。
数字はこの本の中に書いてありますけれども、学校等については、倒壊する可能性がある学校は非常に多く、半分以上が倒壊するだろうと言われておりまして、ここでの事故が非常に懸念されます。
おおよそ見ますと、多分、ライフラインがすべてとまった状態で、約十六万人ぐらいの死者や負傷者が最低でも出る。それから、百五十一万人という避難者が出る。さらに言いますと、三百七十一万人の帰宅困難者、例えば丸の内でストップしちゃってうちに帰れない、三百七十一万人ぐらいの帰宅困難者が出るだろうということであります。
非常事態に対処するということは、これに対して何ができるかを考えるということでありまして、これは容易なことではありません。一般的には、対策を講じてもパニックしかないだろうというぐらいのことしか思い浮かばないぐらいの、ほとんど想像を絶するような状態になるのではないかというふうに言われております。
今は地震について申し上げましたけれども、さらに、これが原発などになると、原発は、いわゆる幾つかの事故の想定がありますけれども、ちょっとした事故になりますと日本全域が原発の放射能を浴びるということになりまして、全く対処の方法がございません。
あるいはテロについても、これはどこをねらうかということもありますが、例えば原発がねらわれたり、あるいはダムがねらわれたり、あるいはその他の重要インフラがねらわれたりすると、こういう事態が直ちに生じるという事態になってまいります。
だから、憲法と非常事態を考えるということは、都市型社会ではこういうことを想定して何かを考えるんですよということを改めて確認したいということです。基本的には、対処のしようがないという前提で、なおかつ、しかし必死の努力をするというのが、憲法と非常事態を考えるということの意味ではないかというふうに私は考えております。
そこで、ここに緊急事態関係法令集というのがありますけれども、こういう法令集全体を見まして、日本の緊急事態法制に関してどういう問題点があるかということを幾つか申し上げたいと思います。
一つは、都市型社会における今のようなイメージでどうも法律をつくられていないんじゃないかという感じがするということであります。
要するに、地震には地震、洪水には洪水、原発には原発に対応した個別対処の方法は規定してありますけれども、これら全体を予防し、かつ全体に対処し、さらに避難をさせて復旧するという全体のイメージで、こういう非常に大型の非常に深刻な事態にどう対応するかという形での法制はなかなか見つからない。むしろ農村型社会、つまり、今から四、五十年前、日本がこれほど都市型していなかったときに、もっと基本的に言いますと自給自足を前提としたような社会での個別対処の法律がここに集大成されているんじゃないだろうかというのが、日本の法体制を見たときの私の印象であります。
二番目は、さらにその内容にかかわりますけれども、こういう災害が起きたときに、どういう形でだれが一体イニシアチブをとり、だれが責任をとるかということについて、基本的なやはり欠陥があるような感じがいたしました。
これは、最近の例でいきますと、阪神・淡路大震災に対する緊急出動というものについて、どのようにいわば総括するかということとかかわるわけでありますけれども、日本の場合には現地主導というイメージはほとんどございません。むしろ中央省庁を中心として、国が前面に立つという形になっております。
さらに重要なことは、その国というのは何かといいますと、確かに内閣総理大臣を中心とする対策本部が設立されるわけですけれども、内容的には、各省各課各室ごとに同じような事態を同じようにやっていくということになっておりまして、これは後でFEMAの人にインタビューした結果としてお知らせいたしますけれども、非常にむだがあるし、それぞれの各課各室が何をやっているかお互いにわからないという欠点が生まれてくる。つまり、縦割り行政が非常事態に関しても貫徹しているという感じがいたしました。これは具体的に後で申し上げます。
もう一つは、現場が上からの指示待ちになっておりまして、動ける仕組みになかなかなっていないということであります。
これも後で申し上げますけれども、ニューヨークが一昨年テロに遭ったときに、ニューヨーク市長がどのような行動をとったか、あるいはそれはどのような法的権限に基づいて行われたかということと、神戸市長なり兵庫県知事がとり得た内容というのは雲泥の差があるというのは、やはり危機対応に関する思想や制度や日ごろの訓練の差が如実にあらわれているんじゃないかというふうに思います。
ましていわんや、これに対して市民が参加していくというようなイメージについては、従来の危機管理法には全くございません。
しかし、あの阪神・淡路大震災のときの市民あるいはNGOの活躍とか、あるいはこの間のニューヨークのテロのときのNGOや市民の活躍を見ますと、恐らく、今後の危機管理体制は市民やNGOの参加とか訓練なしには到底考えられない。
先ほど言いましたように、地震の際でも百何十万人の避難をしなければいけないとか、三百万人を超える帰宅困難者をどう処理するかなんというのは、国や自治体ではとてもできることじゃありませんで、それぞれがみんないい意味での兵士にならなければとてもこの事態を乗り越えられないというふうに思います。
この間も、どこか新聞報道で、地震が起きて帰れなくなったときに、自分のうちに帰れるかどうか歩いてみようというのがありまして、何か訓練が出ていましたけれども、ああいうことが常時組織化されていなければ到底この事態に対応できないと思いますが、従来の日本の危機管理法制には、こういう市民やNGOの法的位置づけとか権限とかなすべき対応とかがほとんど触れられてないというような三つの欠陥があるというふうに思いました。
これを少し具体的に申し上げたいと思います。
まずテロ対策でありますけれども、これは、二〇〇一年のニューヨークのテロがありまして、日本政府も動きました。この内容について、この本の二十三ページに、どういう対応を日本政府はとったかということを表でまとめてございます。ちょっと恐縮ですが、二十三ページを見ていただくとありがたいと思います。
これは、二十四ページを見ていただくと、厚生労働省、農林水産省、郵政事業庁等々がどういうことをするかというふうにいろいろ書いてありますし、さらに、厚生労働省のテロへの対応と担当課というのをここに表で挙げてあります。
さらに、二十七ページを見ていただきますと、脅威の評価、被害情報の集約、原因物質の分析・特定、治療関連情報の提供、専門家の派遣等、被害者への対応まで、警察庁から環境省までだれが対応するかということを一覧表にまとめました。
これを見ますと、それぞれの省庁が同じことを、視点は少し違うんでしょうけれども、非常に重複し合っていて、だれが本当の中心セクターになるかということはこの間のテロ対策では必ずしもよくわかりません。
さらに、これをもっと敷衍して言いますと、とにかく、非常事態が起こりますと、内閣情報センターが活躍し、内閣総理大臣を頂点とする対策本部が官邸につくられまして、さらに現地が必要ですと現地対策本部がつくられて、その指揮を全体的に総理大臣が対策本部長である中央が行うというふうになっておりますけれども、これでは多分、地震を含めた、テロまで含めて、全体的に対応できないだろうというふうに私は思っております。
さらに、自衛隊のテロに対する位置づけも、全体的な脅威の評価、被害情報の集約あるいは原因物質の特定などの作業とあわせて、どの部分をどのように受け持つかということについてはほとんど明確ではありませんで、いわば武力事態が起きたときにどのように自衛隊は武力を使うかということで、非常に限定的、ピンスポットでやっておりまして、全体の、例えばテロ等の災害が起きたときにどうするかについては、自衛隊についても必ずしも明確ではないという感じがいたします。
これは、どこでこういうことを言えるかといいますと、ニューヨークのテロのときとの対比を見ていただくと、その差が一目瞭然になるということであります。それについては三十三ページに、「ニューヨークはどうしたか」ということで、日本のテロの対応の組織や論理と、ニューヨークのテロの対応についてを比較してあります。
非常に大きな違いを申し上げますと、一つは、ニューヨークは、皆さんテレビ等で御存じのとおり、ニューヨーク市長が中心になりまして、いわば大活躍をしたということであります。ニューヨーク市に限らず全体的、どこでもそうでありますけれども、アメリカの場合には、自治体の中に非常事態管理室と緊急作戦センターというのを常時設置してあります。こういう非常事態が起きますと、市長がリーダーシップを持って、ここからいよいよ対処に移るということになります。なお、この間のテロの場合には、家族支援センター、さらにNPO、ボランティアとの連携が非常にスムーズにいったというふうに報告されております。
これは、何もテロ対応だけではなくて、阪神・淡路大震災の前にノースリッジの地震も起きましたけれども、その報告書を見ると、全く不意打ちではなくて、私たちの対応は準備されていたということを言っております。日本の場合は明らかに不意打ち対応というような感じになっておりますけれども、常時、アメリカの場合にはこういう非常事態に対するシステムができておりまして、今言いましたように、非常事態管理室と緊急作戦センターや、家族支援センターあるいはNPOやボランティアとの連携がいつも絶えず設置されていて、訓練されているということであります。ここが中心になって動きまして、さらに州政府と連邦政府がこれを支援するという形になります。
それも、さらに具体的な役割が決まっておりまして、州政府の場合には有害物質の調査、セキュリティー確保のための州兵の派遣、それから物資輸送、インフラ整備などなどであります。さらに連邦政府になりますと、陸軍による瓦れき撤去、それから連邦緊急事態管理庁、FEMAのレスキューチーム、それから連邦環境保護庁の大気汚染調査など、要するに、現地がまず中心になりまして、さらに州政府はこういう役割を負う、それから連邦政府はこういう役割を負うという形で、危機管理体制がちゃんと組織的に整備されているということであります。
日本の場合は逆でありまして、現地は余り準備がないままに、上の方に対策本部をつくりまして、ここに各省庁を集めまして、各省庁がさらに各課に分かれまして、各室に分かれて、上からしようとするという形になっておりまして、どうも緊急事態に対する質的な差があるというふうな感じがいたします。
これは、一応テロ対策を例にとって言いましたけれども、非常に不安なのは原発、原発事故などについては、テロの場合にはこれが標的になるということがよく言われているわけですけれども、ほとんど対応策が考えられていない。要するに、どうしたらテロから原発を守れるかというようなことについては対応策なしというのが今のところではないだろうかというふうに私には見えました。
それで、少しこの機会をかりて積極的な提案というものをさせていただきたいと思いますけれども、幾つか申し述べたいと思います。
一つは、危機対応については、やはりどこかに権力の集中をするということは非常に重要であるということであります。同時に、これは権力でありますから乱用の危険もありますので、事後点検という体制をちゃんとやらなきゃいけないということです。これは、自衛隊を考える場合にも同様なことがあるだろう。事後点検というのは、いわゆるシビリアンコントロールということであります。
こういうことを前提とした上で、アメリカのFEMAの組織とドイツの憲法から、少し日本の国民皆で、全体として考えた方がいいのではないかということをそれぞれ参考にしながら、少し積極的提案をさせていただきたいと思っています。
一つは、このレジュメでいきますと、「具体的な提案」というところであります。
都市型社会を前提とし、危機管理を考える場合に、私は有事には備える必要があるというふうに思っております。それは、当然自衛隊も入れて有事には備える必要がある。先ほど言いました、この有事というのは、非常事態全体を含めて、地震災害から原発事故を含めて全体のことを言っておりますけれども、備える必要があるということです。
二番目には、にもかかわらず、もう戦争はできないということを覚悟すべきであるということです。都市型戦争に耐えられる戦争は、もうどんな内閣でもどんな政府でもとてもできないと私は思っています。戦争をしないで有事に耐える方法、この都市型社会を全体的に改めるためにどうするかといいますと、要するに、有事に当たりまして、市民の生命、自由、財産を守るための方向でその万全を期す方法を考えるということであります。そのためには、まず予防というものをやっておかねばなりませんで、この予防についても日本は極めて議論が不足しておりますし、現実的成果も諸外国の期待から見ると極めて少なかったのではないかというふうに思っております。
この内容については、いろいろなところで言われていますので省略いたしますけれども、国連安全保障体制というものについて日本はもうちょっと積極的に参加すべきである。外交も、危機管理について積極的に展開すべきであると思います。それから、自治体とNPOの協力も必要である。さらに、国際人道法に基づく刑事裁判所の構想についても日本は積極的な役割を果たす。国外的に言えばそういうことであります。さらに言いますと、ハーグ条約と美しい都市は戦争できないというふうになっておりますので、こういうことも批准を急ぐべきだし、対応すべきである。あるいは、ジュネーブ条約と無防備都市などについても考えるべきである。これらをさらに前提とした上で、非常事態を含む有事法制全体を考えるべきであるということであります。
まずどういうことを考えるかといいますと、一つは、ドイツ基本法というものの考え方を参考にできないだろうかということであります。ドイツ基本法については百八十五ページに書いておりますけれども、御承知のとおり、ドイツは一九六八年、憲法第十七次改正におきまして、緊急事態法制というものを憲法に明記いたしました。私がこれから申し上げることは、だからすぐ憲法を改正せよというわけではもちろんありませんし、そう簡単にできないとわかっておりますけれども、しかし、思考の方法としては、これは参照にしてよろしいだろうというふうに思っております。
一つは、非常事態というものについて明確なくくりをつけて、ちゃんと位置づけをするということであります。憲法にする方が私は望ましいと思いますけれども、憲法にできない場合には、先ほど参考人も言っておられましたように、安全保障基本法とかあるいは危機管理法とかをつくるときにきちんと対応したいということです。
ドイツの分類を見ますと、これがそのまま日本に当てはまるかどうかわかりませんけれども、四つに分けております。非常に参考になると私は思いました。
一つは、自然災害及び特別に重大な災害事故であります。先ほどの冒頭に申し上げました私のあれでいきますと、地震や水害などについて、あるいは原発事故などもここに入るというふうに見ていいだろうということであります。二番目は、自由な民主主義的基本秩序に対する危険、国内における内乱というものを想定した規定であります。三番目は緊迫事態でありまして、四番目が防衛事態です。防衛事態というのは、要するにドイツ連邦が武力をもって攻撃される事態ということを想定しておりまして、緊迫事態というのは、そこまではいかないけれどもその危険性がある程度というところで分類をしております。
この四つを通じて何を一番ドイツは考えたかといいますと、先ほど言いましたように、一方で限りなく権力を首相に集中する必要がある、しかし一方でそれは激しくチェックされなければならないという規定を同時的に成立させようということであります。
チェックの方法から簡単に言いますと、例えば防衛事態になりますと、首相はオールマイティーの権限を持ちます。しかし、それはあくまで議会の承認に基づいてということでありますが、議会が機能することが非常に困難になる場合が予想されますので、合同委員会、日本でいいますと衆議院と参議院から成る少数の合同委員会の承認をもちまして、連邦首相に権限が集中されるということであります。その場合、連邦首相は、少なくとも国民の持っている基本的人権のうち財産権についてはかなりの制限を課すことができる、同時に、新しい立法をすることができるということが決められております。
ただし、この権力の集中に対しまして、幾つかのチェック規定がございます。一つは、基本的に、もし権力者が国民の意思に反しまして権力乱用に走る場合には、国民には抵抗権というのが認められるというのが第一であります。
第二番目には、首相がとるそれぞれの措置について、憲法裁判所というところで、憲法に適合するかどうかについてチェックするということであります。
三番目は、あらかじめ言いましたように、議会のあくまで承認が前提になっている。ただ、この議会は正常な議会ではもうないということであります。
四番目は、日本の有事法制などを考える場合にも非常に重要だと思いますが、制限できる基本的人権と制限できない基本的人権について、あらかじめきちんと憲法で書き込んでいるということであります。
ちなみに申し上げますと、ドイツが防衛事態に至りまして制限できる基本的人権というのは、職業選択の自由、これは徴兵があり得るという前提だからであります。二番目は所有権で、財産を没収することもあり得るということです。それから、移転の自由を禁止する。それから、集会の自由を禁止しております。しかし、それ以外の思想、信条の自由とか出版、報道の自由とか教育の自由だとかというようなことについてはすべて制限できないというふうにしておりまして、制限できる基本的人権を制定しているということであります。
要するに、非常事態というものを法的に考える場合に、どこかで権力の集中をし、どこかでその乱用を禁止する規定をはっきりするべきであるということです。できることとできないことをそれぞれあらかじめ規定しておくことによって、全体として国民参加のもとで、非常事態に対して対応をするということであります。これを日本の非常事態法といいますか危機管理法といいますか、それをつくる場合に参考にしたらいいだろうというのが第一点であります。
二番目は、しかし、こういう法律ができるまでの間に、いろいろな危機が起こり得る可能性があります。とりわけ最近言われておりますのは、先ほどの参考人も言っておりました、やはりテロなどは日本でも当然起こり得る、このままイラク戦争などが激化しますとテロなども起こり得ると当然言われておりまして、この法律の規定を待たないで、何らかの意味での対応を準備しなきゃいけないということであります。
この際、非常に参考になりましたのは、FEMAの人の意見であります。これは私の大学院チームとして改めてFEMAに行きまして、インタビューをしてまいりました。このFEMAのレオ・ボスナーさん、百九十七ページに書いておりますけれども、この人は日本に来まして、日本の危機管理体制について点検をいたしました。四つの欠陥というものを指摘しております。
一つは、日本政府には具体的な災害対策計画がないということであります。抽象的な法律規定と、危機が起きたときに総理大臣を頂点とする先ほどのような対策本部をつくるというだけでありまして、系統的な危機管理、災害計画がないというのが第一であります。少し学問的な話をしますと、日本の中央集権的な官僚体制について、ある外国の学者は、日本には中心がない、センターがないということを言っておりましたけれども、この危機管理体制のときに、まさにそれがずばり該当するということであります。
二番目は、先ほど言いましたように、政府の関係機関は互いに関係を持っていない。要するに、省庁ごと、各課ごと、各室ごとですから、それぞれほかと全然関係を持っていないので、お互いに何をやっているかが全然わからないということを言っております。特に、このボスナーさんが指摘したのは、政府機関と自衛隊の関係がより一層希薄であるということを言っております。
それから、官邸の危機管理体制はいかにも貧弱であるということを言っております。先ほどアメリカの国土安全保障省ですか、あれは十七万人の体制、FEMAを中心としてつくるわけですけれども、CIA等を除いても十七万人体制ですが、多分、日本の危機管理の、その内閣総理大臣官邸につくられる対策本部というのはせいぜい五十名から百名ぐらいであり、これは臨時につくられるということでありますから、恐らく貧弱である、アメリカから見るとそう言うのは当然だろうということであります。
最後に、重要なことは、訓練体制が全くないということであります。これは、私どもの大学にいろいろな実際に災害対策をやっている現場関係者おりますけれども、しかもみんな、市民が重要とかNGOが重要だと言いますけれども、具体的にどこでどのようにするのかということに関する訓練体制というのが全くございません。たまに、一年に一回ぐらい防災の日というのがありまして、そのとき何かをするんですけれども、それではとても現場対応ができないというふうに言っております。
先ほど言いましたように、都市型では、何百万人という人たちがいろいろな意味で危機に直面するときに、こういう全く訓練体制のないままで対処いたしますと、単なる暴徒化、パニック化、もう手をつけられなくなるだろうと言われておりまして、これは、レオ・ボスナーさんもこのことを特に強調していたようであります。
そこで、彼らが言っていることは、危機管理を単一の政府機関に集約すること、二番目は、具体的で包括的な災害救助計画を策定すること、三番目は、国レベルの危機管理講座と研修センターを設けること、四番目は、各機関の連絡調整、特に政府部門と自衛隊の連絡調整が必要だというのがFEMAの方の日本の危機管理体制に対する意見であります。
私は、最終的に、危機管理法、これはどういうレベルで分けるか、国外と国内という分け方もあるでしょうし、先ほど言いましたように有事と非常事態というふうに分けるやり方もあるでしょうし、あるいは自然災害と人為災害という分け方もあるでしょうが、その分類は別にしまして、何らかの意味での包括的な、今言ったような御指摘を踏まえた危機管理法が必要であるということが第一点であります。
第二番目に、改めて危機管理庁の設置というものを提案したいということであります。
恐らく、法律をつくったままでは、現実あす起こるかもしれないそういうものに対してとても対応できないので、内閣官房、内閣府、総務省、国土交通省、厚生労働省、警察庁、消防庁、海上保安庁、そして自衛隊などを含む危機管理庁などをつくって、単一組織にして危機管理体制をつくるべきであるというのが私の提案であります。
以上です。どうもありがとうございました。(拍手)