2003-04-03
衆議院
野田毅
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
野田毅の発言 (憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会)
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○野田(毅)小委員 本日は、国際協力、特にODAのあり方を中心としてというテーマについて私見を述べさせていただくとともに、ここは憲法調査の場でございますから、憲法に関する若干の問題提起をさせていただきたいと思います。
人、物、資本、新しい技術、情報などが国境を越えて移動し、国際的な相互依存関係が一層強まっております今日においては、どの国も他国との協力関係なくして存立することは困難となっております。そして、国際社会全体の発展と繁栄が自国の発展と繁栄に密接なかかわりを持っている以上、各国ともに国際協力に重要な位置づけを与えていることは当然であります。
二国間の関係においても、また地域内の関係においても、国際協力が実施されているところでありますが、国連を通じた国際協力の話を抜きにして、国際協力を語ることはできません。そこで、まず、国連を通じた国際協力のあり方や、これに対する我が国の関与のあり方について少し触れておきたいと思います。
国連体制と日本ということについて申し述べたいと思います。
今回のイラクに対する大量破壊兵器の査察や武力行使をめぐって、安保理の常任理事国の中で、アメリカ、イギリス、そしてフランス、ロシアなどの対立が表面化して、国連としての対処方針をまとめることができなかった、その結果、戦争に突入したことは御承知のとおりです。そこで国連安保理事会の権威や問題対処能力に疑問符が付されたことは明らかであります。また、このことによって、国際秩序のあり方や方向性、今後どのような形で国際社会における平和と安全を維持していくのかということについても問われておるということだと思います。
国連が、第二次世界大戦の戦勝国、すなわちアメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国という安保理常任理事国を主体として戦後の世界平和と秩序を維持することを目的としたシステムであることは、周知のことであります。しかし、現実には、国連の発足後間もなく米ソ間の冷戦構造が顕在化したことから、国連が、国際社会における平和と秩序維持の主役というよりも、米ソの協議において示される解決の枠組みを補完する役割を果たしていたと言えます。また、冷戦構造崩壊後も、湾岸戦争で国連の多国籍軍が形成され、国連の役割への期待は一時高まったものの、その後、コソボやアフガニスタンの事例に見られるように、国連をバイパスする形で武力が行使されてきました。
このような経緯を踏まえれば、国連の役割が、今般のイラクの問題において初めてその機能不全が明らかになったというわけではなく、もともと、その発足の当初より多くの問題を抱えてきたのではないかと考えられます。
そこで、なぜ国連がその機能を果たすことができなかったのか。国益と国益とが衝突する国際社会におきましては、その複雑な調整を図るということはもともと至難のことであります。国連がその期待にこたえていくことができるよう各国が、だからこそ真剣な努力をしていくということがこれからも重要であると思います。
このような考え方から、現行の国連システムの問題として、幾つかのことが挙げられると思われます。
第一に、拒否権の問題であります。
現在、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国という五大国のみに認められた拒否権については、国連の意思決定に際して大国間の利害調整を最優先するという意味合いを持ったものと理解しておりますが、この拒否権があるがために、機動的かつ実効的な意思決定が阻害されているのではないか。また、五大国の国益によって国連としての意思決定が左右されることは、今般のイラク問題をめぐる事例からも明らかになったことであります。しかし一方で、拒否権がもしなければ、ではアメリカはどう対応するんだろうか。国際連盟のケースも十分念頭に置いて、論議を重ねていかなければならないというふうにも思います。
二番目に、安保理の構成をめぐる問題、すなわち、安保理の枠組みや非常任理事国の選出方法がこのままでよいのか、あるいは常任理事国が五カ国のみでよいのかという問題も指摘されております。
そういう点で、非常任理事国が地理的配分を考慮した形で現在選出されておるわけですが、その中にはODAの対象国とされている国もあるわけでありまして、今回の問題につきましても、いわゆる中間派の動向を見ますると、本当に主体的な判断が、あるいは行動ができるのかというような疑問が呈されていることも事実であります。
また、我が国は、国連に対して、アメリカに次いで全体の二割程度に当たる額を拠出している。しかも、アメリカ、ロシアなどが分担金を滞納しているというような状況の中で、日本は毎年きちょうめんにきちんと約束を果たしておるわけです。そういう日本が、国際の平和と安全の維持という国連の主要任務に関する意思決定にどの程度かかわっていくことができているかということは、問題なしとしないということでもあろうと思います。
第三に、冷戦構造崩壊後の国際情勢の変化への対応が難しくなってきているという問題があります。
国連は、基本的には、国家対国家との関係から生ずる紛争の解決を図るという前提で構築された機関であります。しかし最近、冷戦構造の崩壊後、地域問題や民族問題に起因する紛争、あるいはテロという新たな危険が生じてきております。また一方で、安全保障の概念についても、国家を中心とした安全保障のほかに、人間一人一人を大事にする人間の安全保障という考え方が唱えられるようになりました。
このような新たな問題に対して、国連としてどのようにかかわるのか、その解決のためのスキームや確立された原則というものがいまだ十分でないのではないかと考えております。
このような国連の機能不全をとらえて国連無用論を唱える声もありますが、私は、国連の役割には限界もあるが、それでもなお、その機能を充実強化して、そのために国連体制を再編成すべきであるという考えを持っております。
そして、先ほど指摘しました点を踏まえれば、まず我が国としては、敵国条項の撤廃とともに、安保理常任理事国入りを主張していくことは当然だと思います。また、拒否権をめぐる問題、非常任理事国の選出方法等の安保理の構成の問題を初めとする安保理改革を推進して、安保理の意思決定における民主的かつ実効的なプロセスを確立することが重要であると考えております。その上で、時代の変化に対応した国連の機能というものを考えていくべきではないでしょうか。
その中で重要なのは、国連決議の実効性の確保の問題でもあります。
国際連盟の制裁システムが、経済制裁を中心としたものであったというようなことから十分な機能を発揮し得なかったことを受けて、国連憲章においては、第七章以下で軍事的手段を含む強制措置を定めております。しかし、これが実効的に機能しているかどうかというと、必ずしもそうではない。また、PKOという国連憲章が想定していなかった手法というものも登場してきている。その手法が多様化してきていることは御承知のとおりであります。
二十一世紀における国際の平和及び安全を維持していくためには、現行の国連体制を再編成して、紛争予防や紛争後の復興を含めた紛争解決のための多様なシステムを国連体制の中に位置づけ、これを実効化していくことが重要であり、現在、そのための検討を国際社会全体として始める時期に来ている、このように考えております。
今や世界第二の経済大国となって、国際社会において責任ある立場にある我が国が、このような国連体制の再編成などに向けた動きに積極的かつ主体的に関与していかなければならないことは言うまでもありません。しかし、その際、幾つか考えておくべきこともあると思います。
それは、一つは、日本国憲法と国連のかかわりは世界でも最も強いものの一つだろうと思います。特に、国連憲章の調印が昭和二十年六月二十六日、発効の時期が昭和二十年十月二十四日、すなわち、もう既に連合国においては、日本の無条件降伏の前に、戦後の世界秩序形成の合意ができていたということであります。しかも、当時の米ソ関係は、まだ亀裂が表面化していなかった。そういう環境の中で、日本の憲法制定の際に、そのような国連の役割に対する理想主義的な期待が込められていた。そういう国連憲章が頭にあって日本国憲法が制定をされているというこの事実過程は、しっかり我々は頭に置いていく必要があるのではないかと思っています。
日本が国連にどうかかわっていくかという点で考えるべき第一の点は、そういうことからすれば、憲法改正という問題をしっかりと見据えていかなければいけない一つだと思います。
我が国は、国連改革を推進し、その機能を充実させる一方で、安全保障の問題については、国連にすべてをゆだねるのではなくて、第一義的には、みずからの国はみずから守るということを基本に安全保障を組み立てるということは、独立国として当然のことでございます。この点で、現行憲法は規定の仕方が不明確なために、自衛隊の合憲性についてすら今なお議論の余地を残しております。したがって、みずからの力でみずからを守るということを憲法上もきちんと整理した上で、日米同盟のあり方や国連の平和維持機能というものを多角的に考えていく必要があると思います。
また、我が国が安保理常任理事国入りを求めていくというのであれば、今以上に国際社会の平和と安全の維持に責任を負うということになるのは当然です。その際、現行憲法の枠の中で、このような責任を果たし得るか否か。したがいまして、安保理常任理事国として積極的な役割を果たしていくという観点からは、憲法改正というものを視野に入れる必要があると考えております。
国連とのかかわりのその次に申し上げたいのは、旧敵国条項であります、さらにまた多額の国連分担金の出し方の問題であります。
旧敵国条項の撤廃を強く求めるというのは当然のことでありますし、また、先ほど申し述べましたが、分担金の計算の方法も問題がありますが、拠出のあり方について、凍結などを含めて、場合によってはその対応の仕方において見直しをしていくということも必要なのではないかと思います。
また、以上申し述べました国連の平和構築機能等とは別の問題として、国連の役割は、経済、文化、教育、衛生、環境、人権、開発等々の分野で極めて重要な役割を担っております。この分野において国連が積極的にその役割を果たしてきたということは、評価すべきことだと思います。この分野においては、我が国も、国連を通じたODAを拡充するということで、積極的に活用していく必要があるものと思います。
次に、ODAに関して述べたいと思います。
我が国のODAは、開発途上国の安定と発展が世界全体の平和と繁栄に不可欠という認識のもとに、環境保全や地球規模での持続可能な開発を図りつつ、途上国の自助努力を支援することを基本として、広範な人づくり、経済社会基盤の整備、基礎生活分野の整備等を通じて、開発途上国の資源配分の効率と公正やよい統治を図り、その上に健全な経済発展を実現することを目的として実施されているものであります。我が国は、ODA大国として、アジアを初めアフリカ、中南米、中東地域等の開発途上国の安定と発展や貧困の削減に大きな貢献を果たし、国際社会から高い評価を得てきたものと認識しております。
私は、ODAには、供与する側から見れば、普遍的価値の追求という側面と国益の追求という現実主義の側面とが共存しているものと認識しております。
普遍的価値の追求の側面とは、人道的見地から開発途上国における飢餓と貧困を解消し、開発途上国の安定と繁栄を達成することにより世界全体の平和と繁栄を確保するということであります。
他方、現実主義という側面は、地球規模の課題に取り組むことによって国家の国際的な信頼性を高めるとともに、途上国の安定と発展に貢献することを通じて緊密な関係を築き、相互の信頼性を高めることによって自国の安全と利益を図るということであります。
したがいまして、ODAについては、国際的に果たすべき人道的責務であると同時に、我が国の対外戦略を支える重要なツールとして位置づけられるべきものであって、その意味で、現在のODA実施の目的や方向性については、基本的にはそのとおりであると思います。
しかし、これまで我が国のODAがこのような二つの側面をともに満たす形で実施されてきたかどうか、反省と見直しの必要性が指摘されているところであります。
ODAの予算は一兆円近くに上っております。二〇〇一年には世界一のODA大国の座をアメリカに譲りはしましたが、一九九一年から二〇〇〇年まで十年間、我が国は常にトップドナーでありました。特に、インドネシア、タイ、中国等のアジア諸国に対しては、資金協力の面においても技術協力の面でも、それぞれ多大な援助を実施してきたところであります。
そのような中で、ODA供与の対象国、特にアジア諸国の国民から我が国は感謝されてきたのか。経済大国としての思い上がりから、単なる金のばらまきになり、ODA供与の対象国内において、金を出してもらって当たり前といった風潮を助長することとなってしまっていないか。バブル崩壊後の長引く経済不況と財政悪化の中で、ODAを実施し続けることに国民の理解は得られているのか。こういった点を踏まえて、見直しを行っていく必要があります。
我が国の今後のODAのあり方を考えるに当たっては、このような我が国のODAに関する諸問題を生じさせている原因を検討し、その打開策を講じていくことが必要であります。その意味で、今般のODA大綱の見直しの議論の方向性については、大筋において賛成するものであります。
まず、ODAの戦略に関する問題であります。
先ほど申し上げましたように、ODAには普遍的価値を追求するという側面と国益を追求するという面がありますが、これまで、国益を追求するという側面との関係において、ODAの位置づけが若干不明瞭であったのではないかということが指摘されてきました。このような指摘を踏まえた上で、現在、政府においても議論が進められているところであります。
援助を受ける国や地域に対して我が国が何を期待しているのか、まず明確にする。そして、そのための手段としての人的交流、貿易、投資、文化政策、外交努力等と並んでODAが位置づけられるものであります。長引く経済不況のもとに、ODA予算への国民の目も厳しく、ODAの多くは税金で賄われるものであるといういわば納税者の視点を踏まえた上で、限られた資源をいかに効率よく活用し、最大の効果を上げるかという視点が必要です。また、国益を重視し、外交の幅を広げるためにも、ODAの質を向上させなければなりません。
このような観点からは、戦略性を持ってODAを実施することが必要であって、大きな目的を達成するためにODAが適切な手段である場合にこれを積極的に活用していくという発想が必要でしょう。
そのための具体策として、昨年末に取りまとめた党の方向では、第一に、追求すべき国益についてさまざまな角度から議論を深め、また、ODAの普遍的価値の側面とのバランスを図るなど、ODAの基本的な目的を再定義すること、第二に、分野別の重点事項を明確にすること、第三に、東アジア諸国との連携強化を図るなど、アジア諸国の経済状況を踏まえたODA戦略を再構築するとともに、ODAを戦略的に実施するための国別援助計画を策定すること等を挙げております。
委員長、恐縮ですが、ちょっと時間超過しますが、お許しいただけないでしょうか。
次に、ODAを実施する際の概念の問題であります。
貧困、環境、衛生等の地球的規模の課題に対するODAの実施という観点からは、人間の安全保障、平和構築、国際開発理念、被支援国の自主性、能力開発等の概念が重要になってくるとされています。見直しの議論においても、これらの分野に対する重点的なODAの実施の検討がなされるようでございます。
さらに、ODAをいかに主体的判断に基づいて実施していくかという問題があります。この点についても、要請主義について再検討して、少なくとも要請以前に日本側の意向や判断を伝える手段を考慮するという方向性が打ち出されております。政策協議を強化するということを通じて、総合的なニーズにこたえていくということが大変効果的なことになろうかと思います。
次に、国民の理解を求める努力、先ほど申し述べました幾つかの問題点がございます。そういう点で、その理解を求めていく上で、一つは、相手国において、ODA実施の結果、どのように民生の安定や自立に役立っているかなど、きちんとした評価をするということがなされなければいけませんし、そのことがまた国民に対して十分な説明がなされるということが、もう一つ大事な視点の一つであろうかと思います。
最後に、ODAの政策決定にかかわる関係政府機関の相互の関係について、省庁縦割り行政の弊害の指摘がございます。ODAの政策立案、実施体制については、外務省が調整の中核となって……