2003-04-03
衆議院
首藤信彦
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
首藤信彦の発言 (憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会)
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○首藤小委員 赤松委員からの御質問ですが、最初の人間の安全保障ですか、なぜこんな考え方が出てきたかというと、それは冷戦構造崩壊後のさまざまな地域紛争から出てくるわけですね。
例えば、ルワンダなどにおいては、これは百五十万人と言われるツチ系という人たちが殺されたわけですが、殺していったのはだれか、だれがそれを計画したかというと、国家がそれを計画したわけですね。すなわち、国家というものは必ずしも自国民を保護していくばかりではなくて、特定の民族関係、宗教関係において、あるいは特定の地域において、国家が個人の安全保障を奪っていった、そういうこともまたあったわけであります。
それからまた、同じように崩壊国家という考え方がありまして、国家がどんどん崩れていっているわけですね。本来ならば、そこに住んでいる人たちの福祉や人権や、日本国憲法に見られるように、さまざまなことを国家が、あるいは政府がそれを実施していかなければいけないんですが、現実にはそれをするお金がない。あるいは、国家自体が崩壊していく、そういうふうな状況において、もう一度安全保障の単位を、国家ではなく個人や家族に求めようという考え方が出てきたんだと思うのです。
これはしかし、また同時に大きな歴史の流れから出てくるわけです。というのは、なぜこんなに国家が重要かというのは、それは言うまでもなく、一六四八年のウェストファリア条約から、このときから国家というものが前面に出てくるわけですね。民族国家というものが成立してきて、それ以降は国家を理由としない、国家以外の理由で行われる戦争というものは禁止されてなくなっていくわけですが、じゃ、その以前にはどういうものがあったかというと、国家の前にあったものは、言うまでもなく神聖ローマ帝国とかあるいはキリスト教の世界というような宗教的な、超国家的な世界像があったわけであります。
そこにある人たちは、自分はフランスに帰属しているというのではなくて、何々教団に帰属しているとか、あるいは自分の村に帰属しているとか、あるいは中東やアフリカでも現在見られるように、家族に帰属していたわけであります。したがって、現在のような国家というものが変質し必ずしも国民を守れない、あるいは国家そのものがもう存在しなくなっていく段階においては、もう一度人間や家族の安全保障というものをその単位でとらえていこう。そして、それもまた必ずしも人が攻めてくるとか他国が攻めてくるだけではなく、他国が攻めてきて殺されれば死ぬわけですが、その前に、飢餓になればみんな死んでしまう、水がなくなれば数時間で死んでしまう、そういった点を考えながら人間の安全保障を考えていこうという視点から出てきたものだと理解しております。
中国のODAでありますが、私の発言の中にもありましたように、ODAにはやはり歴史がある、そしてその起点は、一番最初は、やはり戦後賠償から始まるわけであります。中国の悲劇というものは、要するに、その戦後賠償やあるいはいわゆる経済協力と言われる部分、そしてこれから新しい社会を目指すために中国と日本が協力してやっていこう、この三つの歴史的な概念が極めて短い時間の中にまぜこぜになっているというところに大きな問題があると思うんです。
ですから、私は、中国への援助ということに関しては、一体、中国は何を求めているのか、それをまず中国側と話し合って、賠償はもう既に去り、経済協力においても中国自体がもう十分に経済力を持っているから必要はなくて、これからはアジアの安定と平和に両国がどうやって協力し合っていくか、そのために中国をどういうふうに支援するか、中国の足りない部門にどのように技術協力していくかというところに我々は集中すべきだ、そういうふうに考えております。
それから最後に、ODA基本法でありますが、これはまさに赤松委員のおっしゃるとおり、私も賛同しております。今のODAに関しても、一体何でODAがあるのかということが憲法に明記されず、国民的な理解もないまま、何かあるたびにODAを減らせ、ODAを減らせと言うのは、どちら側にとっても非常に不幸である。
したがって、一体、ODAはなぜ私たちの生活にとって必要なのかということ、そして、どのようにすべきかということをやはりODA基本法において書いて、それを将来、憲法が変わるときには、その内容を逆に憲法に置換するという憲法置換主義の立場で私はこの問題をとらえたいと思っております。