2003-07-03
衆議院
藤井裕久
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
藤井裕久の発言 (憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会)
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○藤井(裕)小委員 本日は、私ども自由党の安全保障に対する考え方、ひいては憲法第九条に対する考え方を述べる機会を与えていただきまして、小委員長初め皆様に心から御礼申し上げます。
私どもは立党以来、将来を見据えた日本国家の国際社会でのあり方、国内体制などを世にお示ししてまいりました。例えば、立党の年に「日本再興へのシナリオ」をつくりましたし、本調査会の設置と軌を一にいたしまして「新しい憲法を創る基本方針」、当然新しい憲法をつくるという前提であります。そして、その十二項目のうち重要な一つである安全保障の基本方針につきましては、これを法制化して、平成十四年及び本年提出させていただいているのが安全保障基本法であります。
戦前の日本、特に昭和の時代は、事の起きるたびにその場の事態を繕うような形で対応に終始して、基本的な安全保障政策あるいは軍事戦略のないまま国家主権の究極の発動である軍隊の行動を決定し、結果として国家の基本的方向を誤ったと言わざるを得ません。昭和十九年のインド・インパール作戦の展開を経て、昭和二十年の終戦を迎えるに至ったのはその最後の局面であったと思っております。
戦後の日本においても国家安全保障の基本原則が確立していないのは、戦前の反省が生かされていないと言われてもいたし方ないと思います。あえて言えば、昭和三十二年閣議決定された国防の基本方針、四原則というのがあります。平成十一年、自自連立において、安全保障の基本原則を確立し、すなわち平成版安全保障の基本原則を策定しようということで合意をいたしました。結果として自由民主党の中に反対が出てこれが実らなかったのは、返す返すも残念と思っております。
しかし、翻って考えてみますと、これらの基本部分は新しい憲法に明記するか、少なくとも安全保障基本法において世間にお示しするべきものであると考えます。閣議決定の基本原則というもの以上にしなければならないという意味であります。それは、国の平和確立の基本を日本国民にお示しするとともに、国際社会、なかんずく近隣諸国の信頼を得るためにも必要であると考えております。
私どもは、安全保障に関する三つの基本的原則を提起しております。
一つは、自衛権は国家の基本的責務であることを明確にした上で、その行動は抑制的、限定的でなければならないということであります。
第二番目には、戦後の日本の中核である日米共同防衛体制を堅持しなければならないということであります。
第三は、二十世紀における二回の大戦によって築かれた国連中心の国際平和秩序に積極的に参加することであります。これが結果として日本、世界の平和を確保する上の大きなとりでになっていると考えられるからであります。
以下、この三項目につき述べさせていただきます。
第一の問題でございますが、一つには、他国の侵略に対し国の安全と国民の生命財産を守ることは国の根源的かつ崇高な使命であるにかかわらず、憲法上これを明確、積極的に規定していることがどこにもないのであります。
憲法の前文には、その顔であるにもかかわらず、みずからの国はみずからで守るたぐいの規定は全くありません。あるのは、「諸国民の公正と信義に信頼し」、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」という国際協調の理念を述べているのみであります。
また九条には、侵略戦争をしてはならないとの規定はあります。当時のアメリカのマスコミが、この憲法は日本の憲法ではなく日本に対するアメリカの憲法だと言っておりますし、また、これはユートピアだ、日本が悪いことをしなければ世界は平和になるのだとも言っております。それもむべなるかなであろうかと思っております。
このような、整合性もとれていない、また国家の根源的責務も規定していないのは、現行憲法がGHQにより策定されたことから来ていることは否定できません。
昭和二十一年二月、一週間で二十人余りで作成したことに加えて、その前提となったマッカーサー三原則、世に言うイエローペーパーでありますが、戦争放棄条項には、侵略戦争も自衛の戦争もともに放棄させると提示されております。
日本では必ずしも評判のよくない人ですが、民政局次長のケーディスが、これは余りに非現実的だと言って、勝手に九条は侵略戦争だけがだめだと書きかえちゃったというのがありますが、これは史実であります。
また、その九条の文言も、国際紛争を解決するための戦争を放棄するという難解な文章になっています。これもマッカーサー原案が、先ほども出ましたが、一九二八年の不戦条約の引き写しだからであります。その不戦条約は、ケロッグ・ブリアン条約と言うようにアメリカとフランスの主導で成立したものであり、肝心の母国では当時、これは自衛戦争も否定しているのではないかという批判をされております。侵略国は必ず名目をつけて攻めてくるわけでありまして、その例は枚挙にいとまがありません。この侵略に対する自衛のためであっても、国際紛争解決の手段と言われかねません。
確かにこの言葉は、現在国際法的には侵略戦争であるということが確立していますが、普通の中学生ぐらいが素直に読んで理解できるような文章にしなければいけないと思います。
国際紛争を解決するための戦争というのが侵略戦争であるということを十分御承知になっておられました芦田均さんが、そのための戦力は保持しないという、いわゆる芦田修正を出されましたが、当時の状況ではこれがもう限度だったと思います、よくおやりになったと思っておりますが、その後政府は、自衛のための軍隊すなわち自衛隊をも戦力でないとの見解を示して、せっかくの芦田修正ができたにかかわらず、いまだに戦力なき自衛隊ということを言い続けております。それも国民の普通の常識では考えられないことでありまして、新しい憲法をつくるときにはこのような誤解のないよう明記すべきであるということを申し上げたいと思います。
いずれにしても、GHQ憲法の翻訳であるから訳文は難解であり、日本語に必ずしもなじめないというのが事実だろうと思います。
戦後、参議院議員を務められました文豪山本有三先生が、なぜ政治家になったのかと問われたのに対して、日本語の憲法をつくりたいからだと言われたことは、我々は心すべきことだと思っております。
このように、自衛権を国家の崇高な権利として明確にした上で、その行使の限界を示すことも反面極めて重要だと思います。それは、戦前の無原則のまま、ただただ自衛の名において戦線を拡大したという歴史の反省でなければならないと思います。
あえて言えば、明治の山県有朋は、自衛とは生命線と利益線があるということを言っておられますが、この発想は、ロシア・ロマノフ王朝以来のツァーリズムの北方脅威への対応であったということは事実でありますが、結局、明治四十三年の日韓併合であるとか、昭和七年の満州国建設とか、引き続く熱河作戦を招来したことは否定できません。また、昭和十二年の廬溝橋事件以降の事態は、本来の自衛とは全く関係ない、オーストラリア攻撃だとかインド・インパール作戦なども展開されているのは、これは論外ではないかと私は思っております。
我が党は、この反省の上に立ちまして、具体的には、直接侵略があったとき、または、そのまま放置すればそのおそれのある場合に限って、他に方法がなく、必要最小限において自衛のための武力行使を行うということを明言しております。新しい憲法には、ぜひそのことを明記すべきであると思います。それが同時に、現行憲法九条の基本的精神の流れに沿ったものであると考えております。
なお、これに関係して、シビリアンコントロールの重要性について一言申し上げます。
シビリアンコントロールにつきましては、現行憲法では六十六条に、総理、国務大臣はシビリアンでなければならないとの規定のみがありますが、実は、本来、総理大臣の自衛隊に対する最高指揮監督権というものは、これは自衛隊法に置いておくものではなく、より具体的に憲法に規定すべきものであると考えております。
戦前、昭和六年、満州事変に際して、日本の朝鮮軍司令官が、中央の参謀総長にも、あるいは陸軍大臣を含めた内閣にも報告しないで鴨緑江を渡河し、汚名を残したのは、日本にある歴史であります。
反面において、昭和二十六年、朝鮮戦争では、連合軍最高司令官マッカーサーが、本国の意思に反し、中国本土爆撃を主張して、トルーマン大統領に罷免されたということも、逆に銘記すべきことだと私は思っております。
第二は、日米共同防衛体制の堅持であります。
日米関係は、ひとり安全保障のみならず、経済、文化など多方面にわたり、相互に密接に連携し合う間柄であると思います。明治以来、先進民主主義国と同盟関係にあるとき、我が国は平和であり、それが繁栄の基礎となってきたと思います。日英同盟は、大正デモクラシーの花を咲かせました。戦後の日米同盟は、平和のうちに戦後の復興を果たし、繁栄の道を開きました。
大正十年日英同盟解消後は、日本はひとり独自の道を歩み、昭和八年には国際連盟を脱退し、昭和十五年にはナチズム、ファシズムとの日独伊三国軍事同盟を締結して、結局、破局の道を歩んだと思っております。
今、世界は、国際平和秩序の中で、そのような同盟関係を結んでいるのが現状であります。
日米共同防衛体制の基礎をなすのは、日米安保条約であります。この条約の第一条には、それぞれの関係する国際紛争を国際連合憲章の定めるところに従って解決し、つまり、国連を表に立てております。武力による威嚇、武力行使は、国際連合の目的に両立しないもの、いかなる国の領土保全、政治的独立に対するものに使ってはならないということを言っておりまして、残念ながら、今の総理が、国連を中心とする国際協調体制と日米安保体制を対立するように世間にお問いかけになっているのは、やや事の本質が違うのではないかというふうに考えております。
なお、昭和三十五年の日米安保条約の改定に伴う安保国会においては、集団的自衛権論議というのが行われておりますが、自衛権は、本来、個別、集団というものを一体としてとらえるのが国際常識ではないかと考えております。国連憲章、平和条約、日米安保条約など、すべて一体的、包括的な取り扱いをいたしておりますし、国際司法裁判所でも、これは国際慣習として成熟していると判示をいたしております。
これに対して、日本政府は、昭和五十六年、あえて集団的自衛権を特別に取り出して分けて、そこは保有しているが行使しないとの見解を示しております。この考えは国際法秩序の流れにそぐわないものであると私は考えております。
なお、次に述べる国連主導のもとに行われる集団安全保障と、今申し上げた自衛権の一環としての集団的自衛権は、本質的に異なるものであり、前者は、ある程度国家主権の制約を伴うものだと考えておりますが、後者、つまり集団的自衛権は、主権の行使そのものであるというふうに考えておりますから、その政策判断によってその行使の限界を定めることは当然だというふうに思っております。
既に述べましたように、私どもは、自衛権は個別、集団に関係なく抑制的に考えるというふうに申しておりますが、日米安保条約がその地域を極東に限定しているのも、この考え方が基礎にあるんだと私は考えております。
第三が、国連主導で行われる国連平和活動についてであります。
これは、国際社会そして我が国の平和と安全が守られる基礎であり、国際社会の中の主要国である日本がこれに積極的に参加することは当然のことと考えております。
国連平和活動とは、集団安全保障とも言われておりますが、具体的には、国連軍、またその変形である多国籍軍、さらにPKOと称される国連平和維持活動であり、いずれも国連の決議により活動するものであります。この仕組みは、二十世紀の二度にわたる世界大戦を経て、何千万という犠牲者の上に成り立った貴重な財産だと私は思っております。
第一次世界大戦後に成立した国際連盟では、侵略的行為を行ったものに経済制裁を行うという仕組みはございましたが、一九三五年、昭和十年でありますが、ムソリーニのイタリアがエチオピアに侵入したときには、これを発動したにかかわらず、それを阻止することはできませんでした。経済制裁には限界があるという趣旨であります。
また、一九三八年、昭和十三年には、ヒトラー・ドイツが、オーストリーを併合した後、チェコ・ズデーテン地方に侵入をいたしたのに対して、ミュンヘン会談において、英国のチェンバレン、フランスのダラディエという両首相は、これらの侵略行為を平和的に阻止しようとしましたが、結局、できませんでした。
英仏の両首相は母国では平和の天使として迎えられましたが、結果としては、一時といえども、ヨーロッパはナチズム、ファシズムの席巻されるところとなったのは、これも歴史的事実であります。
この歴史的教訓の上に立って、一九四四年、戦勝四カ国、つまり米英中ソがダンバートン・オークスで会議を持ち、その骨組みをつくって、翌年、国連憲章としてまとめられたのが、戦後の国連を中心とする国際平和秩序であります。
それは、各国の自衛権発動のほかに、原則としては、武力行使、戦争は違法であるということを決めつつ、国連の決議があった場合には、国際社会の制裁として、侵略者に対し強制的武力行使を行い、その行動を阻止することができるという仕組みであります。
世間では、その仕組みが一九三一年と一九三九年にあれば、あのような悲惨な二次大戦にはならなかっただろうと言われております。一九三一年というのは、日本の満州事変であります。一九三九年とは、ドイツのポーランド侵入であります。
日本が国連加盟国でありながら、現在この仕組みに参加することに否定的であることは、国際社会の一員として残念であります。日本政府は、昭和五十五年、憲法九条のもとで自衛隊の海外派遣による武力行使はできないと表明しております。私どもは、日本が、昭和三十一年、無条件に加盟した以上、加盟国の一員として国連憲章を遵守し、国連の決議があれば国連の平和活動に参加するのが国際的義務であると考えております。
憲法九条は、国の自衛権の限界を定めるものであって、国連の平和活動を規制するものではないと考えております。憲法の規定でも、前文は国際協調主義を強く打ち出し、憲法九十八条では、一項で、この憲法に反する法律、政令などは無効であると述べた上で、二項では、国際条約、国連憲章などはこの一番の中心だろうと思いますが、これを遵守しなければならないということを言っております。加えて、憲法八十一条の最高裁判所の違憲立法審査権では、条約を除外しております、条約は対象としておりません。
新しい憲法をつくるときには、一層このことを明確にするためにも、国連の平和活動、いわゆる集団安全保障への参加を明記すべきであると思います。
次に、PKOと称せられる国連平和維持活動に触れさせていただきます。
この根拠規定は憲章上ありません。あえて言えば、憲章第一条の平和を維持すること、そのための脅威の防止、除去のため有効な措置をとることにあると言われております。また、第六章の平和的解決と第七章の強制措置の中間だから憲章六・五章だと言う人もいます。
この仕組みの源流は、第一次中東戦争後の、将校が一人一人参加して軍事監視をするということにあるのは事実でありますが、実際は、一九五六年、第二次中東戦争後の、スウェーデン人のハマーショルド事務総長、そしてピアソン・カナダ外相など、いずれもノーベル平和賞を受けた人を中心に、世界の英知の結集としてつくり上げたものであって、国連憲章上に明確な規定こそないけれども、世界平和のためには非常に重要な仕組みであると考えています。
特に、そのときの原則で、今言われているような停戦合意とか、強制的措置はいけないというふうに言われておりますが、大事なもう一つは、国際性ということが強調されております。それは、P5という国だけでなく、広く世界の国に参加してもらいたいということを訴えているのであり、多くの国が現在参加しているのもその結果だと思います。
現在、この伝統的PKOは任務を拡大して、さらに変質して、重武装、強制武力行使などを行うケースも出てまいりましたが、我が国は、この活動の意義を十分わきまえて、積極的に参加すると同時に、PKOの本来のあり方、強制的措置とかあるいは強制的武力行使というものの行き過ぎを是正するようなことで貢献していくべきだと思います。
最後に一言でございますが、国際的行動に参加する以上、武器使用も国際水準であるのは当たり前のことであるということを申し上げて、私の発言を終わらせていただきます。