長尾龍一の発言 (憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会)

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○長尾参考人 これまでの参考人は憲法の専門家ばかりだったと思うんですけれども、私は、一応専門は法哲学と法思想史ということになっておりまして、憲法の勉強は、時々やるパートタイムというようなことになっておりますから、この調査会で、長年憲法についてさまざまな見地から研究されてきた先生方に対して私が何か特別にお話しする資格があるかというのは多少問題なんですけれども。
 私と憲法との関係は、学問の世界では大体三つありまして、一つは、ハンス・ケルゼンとカール・シュミットという私が長い間研究してきたドイツ語圏の思想家が、いずれも第一義的に憲法学者であったから、したがって、彼らの理論の一番基礎的なところに憲法の理論があったというようなところもあり、二番目には、高見さんと一緒にやっておりますけれども、日本の法思想史研究の一環として明治憲法研究をやっておりまして、今、憲法思想書というのを一緒に出しておりますが、そういうこともあります。それから、アメリカにちょっと行ったときに、アメリカの占領政策の研究をいろいろした中で、特に日本国憲法の制定経過の研究をアメリカ側からしたりして、そういうことで、憲法について時々物を書いたことがありますものですから、パートタイムの、憲法学者というほどのものかどうかわかりませんが、憲法論者みたいなことになっております。
 そこで、私の法哲学という分野なんですが、法哲学とは何かというようなことは、人によって非常に違うのですけれども、一応、法や法学が依拠している前提を考えて見る学問というように抽象的に申しておきたいと思います。硬性憲法というのは、要するに憲法学というものは、何らかの意味で普通の法律と違った憲法があり、それが何か特別の権威や尊厳を持つものであるということを一応前提としているのではないかと思われます。そういう前提そのものを問題にすることも憲法学者がやっておられますから、決して法哲学だけが問題にしているわけじゃないのですけれども、その点を少し問題にしてみたいと思うわけであります。
 今、高見さんがフランスのジロンド憲法の、人民は常にその憲法を再検討する、改正することができる。一つの世代はその法律に将来の世代を服従させることはできないという条文を引用されまして、これを世代理論と名づけられておられますが、この発想もそのことと、私がこれから検討しようとするものと非常に通ずるところがあるわけです。
 つまり、硬性憲法というのは、自分のつくった体制を子孫に残そうとする立法者のエゴの産物である、したがって、子孫はそれに抵抗する権利があるんじゃないか。これは、今の日本国憲法なんかについていろいろ言えばあれですけれども、もっと例えば、五分の四とか、あるいは改正を認めない憲法というようなものを考えてみますと、それはやはり立法者が、自分がつくった体制を永遠に子孫に押しつけようとして、子孫の中で異様な少数者しか支持しなくなってもなお変えることを許さないものだというわけです。
 私個人がこのテーゼに全面的に賛成しているわけじゃないことは後ほど述べますけれども、少なくともそういう主張を検討の対象とすることによって硬性憲法というものの持っている問題点が明らかになるのではないか、そういうことであります。
 そこで、憲法が通常の法律に優越するということの理由として考えられるものを思いつくままに列挙してみますと、まずは、国家の基本制度は神によって与えられたもので、人間によっては動かせないものだという信仰がある。これは、ユダヤ教やイスラム教は聖典を最高法規としておりますからその例であるし、戦前の日本において、天照大神がニニギの命に与えた天壌無窮の神勅というものがあり、そして、天壌無窮と言うぐらいですから、永遠に変えてはいけない国体というものがあるということで言われていた。こうした宗教的な超硬性憲法論、つまり、絶対に変えてはいけない憲法という思想がこういうものであるわけですね。
 宮沢俊義先生が昭和十七年に「憲法略説」という本を出しておられまして、これは恐らく旧憲法下で出された憲法の教科書として最後のものだと思われます。その中で宮沢先生は、天孫降臨に言及しながら、天皇統治の国体は変更不可能である、七十三条の改正規定は政体規定のみにかかわるということを明言しておられまして、これが戦後の宮沢先生の立場と国体変更論とつながっていくわけです。この理論は穂積八束の理論を承継したもので、師匠の美濃部先生から、最後の段階で宮沢先生がどうして穂積理論に転向したのかというような問題ともかかわるんですけれども、いずれにせよ、超硬性憲法論ということになるわけです。
 この思想の関連思想としては、立法者崇拝というのがありまして、立法者というのは、並みの人間とは異なった超人である、神のごとき存在だという信仰がある。例えば、東照神君といって徳川家康が神格化されて、権現様のお定めというのは動かすことのできないものである。身分制度、士農工商とか親藩、譜代、外様という大名の格だとか、こういうシステム。こういう考え方もあるし、ある意味では、明治天皇なんかも神格化されたというようなことが国体論の背後にあったと思われます。
 それとも関連するものとして考えられるのは、伝統主義ということで、伝統というものは子孫の世代の多数決で否定することのできない尊厳を持つものだというような思想があります。これは、一番最後にもう一回ここに立ち返って考えますけれども、つまりは、先ほどの世代理論の逆でありまして、ある世代が白紙状態から自分の世代の憲法をつくることができるものではなくて、世代というものも必ず伝統の中にある、したがって、各世代がおのおの伝統を全面的に否定する権利を持つものではないというような思想が伝統主義としてあると思われる。
 しかし、実際問題としては、伝統主義といいましても、古い伝統と新しい伝統とありまして、現行憲法がつくり出した新しい伝統というものがある。ところが、その現行憲法というのは、近代の憲法は大体市民革命の産物ですから、したがって、それ自体が伝統否定の革命の産物である。そうすると、何十年かその憲法によって伝統があるということも法的安定性上重要ですけれども、しかし、憲法がつくり出した新しい伝統が危うくなってくると、伝統主義を持ち出してそれを否定するというのは、いわば自己矛盾の性格があるだろう。それに対して、古い伝統というものをどう考えるか、もっとずっと昔からの伝統をどう考えるかというのはなかなか難しい問題があります。これは最後にもう一回触れたいと思います。
 それから、非常にはっきりとして理論的に唱えられるものではないけれども、感激時の決意は平常時を拘束するという思想がありまして、憲法第九条は、終戦のとき、我々国民が身にしみて決意したものである、したがって、変えられないんだという議論は、この感激時の決意という議論であろうと思います。
 例えば、通俗の話でいえば、深酒をして醜態をさらした翌朝に、もう決して酒は飲まないと決意をする。ところが、もう一日、二日たってみると、少しぐらいはいいだろうという気が起こってくる。ここでまず、絶対酒を飲まないというのを例えば四月二日に決意をして、四月三日に少しはいいだろう、こういう意思があったとして、法律論からいえば、後法優位の原則ですから、後の法律の方が優先するはずであるわけですね。しかし、四月二日には深酒の翌朝で深い決意をしたのだ、それに対して、四月三日に感じたことは卑しい、安っぽい意思だ、したがって、前者の方が優先するんだ、こういう考え方というのは、実は硬性憲法の正当化理論としてかなり重要な役割を果たしている。これは、革命のときの感激だとか敗戦のときの大きなショックだとか、そういうときに決意したものというのは、そうじゃないものに対して優越するんだという考え方はあると思うんです。
 この考え方と、カール・シュミットが非常事態の決断というのは平常事態の決定に優先するということを言っていることとやはり関係があって、そういう点で、カール・シュミットは、人間界の本質というのは非常事態にあらわれる、平常事態には本質は眠っているんだというように考えて、そこで、非常事態の決断の中から憲法というのは生まれる、したがって、その憲法というのは普通の法律よりも強い尊厳性を持つんだ、こういう考え方を説いているわけですけれども、こういう考え方とも結びつくだろうと思うんです。
 この考え方は大変おもしろい考え方であって、実際に硬性憲法を正当化する最も有力な議論の一つではないかと思うんです。しかし、やはりこれを法理論としてどこまでまともに取り上げられ得るかというのは、なかなか問題であろうと思います。やはり非常時になると人間は、主観的になり、それから周章ろうばいして、さまざまなとっぴなことも考えたりするわけだし、行き過ぎることもある。
 例えば、フグを食って死ぬ人間が、死に際に、子孫は絶対にフグを食ってはいかぬというふうに遺言して死ぬ。しかし、冷静に考えれば、その人が食ったフグはちゃんとした板前の調理をしたものじゃないフグだから、それで死んだのであって、別にちゃんとした板前の調理したフグならいいわけで、本当は、その人は冷静に、ちゃんとした板前の調理したフグ以外は食ってはいかぬと子孫に遺言すべきであったんだ。しかし、その場では、もう自分の命が失われる非常に深いショックを受けておりますから、そういうやや過大な遺言をしたのだ。その結果として、子孫はおいしいフグが食べられなくなるという形で子孫を拘束する。そういうことです。
 要するに、この感激期理論というのはなかなか魅力的な理論ですけれども、直ちにこれを一般化することはできないんじゃないかという点ですね。これは、日本国憲法について、特に敗戦の後の非常なショックの中で、もう戦争をしてはいけないとか、ああいう軍国主義者をのさばらせてはいけないとか、占領軍も考えたけれども日本人もやはり強く身にしみて考えたわけで、そういう意味で、この感激期理論というのは、日本国憲法の問題を考える上でも大変重要な論点ではないかと思っております。
 それから、高見さんのレジュメでは、硬性憲法について、特に特別多数決の根拠として、「国法秩序の根幹をなす憲法の改正は慎重であるべきだ、という憲法の安定性に由来する要請。」だとおっしゃっておられます。高見さんの2の方は国民投票の根拠づけで、だから、1の方、特別多数決の根拠としては専らこれ一つが挙げられているわけです。ですから、これは普通の一番常識的な硬性憲法の根拠づけであろうと思います。
 高見さんが挙げられたように、硬性憲法にもいろいろなタイプがあるので一概に言えませんが、やはり一番中心的なものは特別多数決であろうと思われるわけで、そこで、特別多数決というものが少数意見の多数意見に対する優位という帰結を持っている、そのことが果たして正当化されるか否かという問題がその次に起こってくるわけですね。
 そこでさっきのジロンド憲法の議論になるわけで、立法者の世代あるいは立法者は、自分たちがこれがいいと思った体制を、子孫の時代になってそれが少数になっても、依然として維持しようとする。特別多数決というのは、そういう意味を持っていると思います。
 したがって、今の日本国憲法の三分の二という事例で言うならば、祖先と同じ考えの者が四〇%で、それに対して違う考えの者が六〇%いるという状況を考えてみると、単純多数決でいけば後者の方が法律をつくれるわけだけれども、しかし、前者の方は憲法立法者と同じ考えをしているということで、四〇%のものが六〇%の意見を抑えることができる。
 どうしてそういうことが許されるのか、こういう話になるわけです。つまり、祖先と同じ考えだという理由によって四〇%の意見が六〇%の意見をじゅうりんする権利というのは一体どこから生まれてくるかということになっているわけですね。この点については、そういう形で問題を立てれば、そういうものについて、それは、伝統だとか立法者が神だからだとか、あるいは法的安定性だとか、先ほどの議論になるわけです。
 もし仮に、立法者のエゴ、要するに、特別多数決を規定することが立法者のエゴであるという議論を基礎として議論すると、いわゆる護憲論と言われるものだとか、あるいは、最高裁は憲法の番人だと言うけれども、憲法の番人というのは立法者が後世に自分たちのエゴを守るために送り込んだ回し者じゃないか、こういう考え方にもなるわけです。
 それから、憲法学界で、憲法の一番基本的な部分は改正権の限界外にある、旧憲法下における国体論がそうなんですけれども、という議論も、要するに、そうだとすれば、祖先と同じ考え方をする人がいかに少数になっても絶対に変えてはいけないという考え方になる。これは、少数者支配だということになるわけですね。
 日本国憲法との関連でこれを論ずると、またいろいろ政治的な生臭い話にもなるんですけれども、例えば、明治憲法に関して、伊藤博文の部下として明治憲法の起草の中心、中心ではない、井上毅の次、ナンバースリーであった伊東巳代治という人が、大正時代から昭和の初めまで生き残って、その彼が、憲法の番人と称して次から次に各内閣をいじめた、特に政党内閣をいじめたわけです、枢密顧問官として。だから、こういう点で、憲法の番人というものがそんなにとうといものかどうかというのは問題ではないか、そういう話にもなるわけですね。
 以上が、いわばさっきのジロンド憲法に基づくところの、世代理論ではないけれども、硬性憲法論というものに対する批判的な意見を紹介したわけです。
 しかし、では逆に、すべてが単純多数決でいいかという話になってくると、そこにはいろいろな問題がまたあるだろう。この一つの大きなテーマは、多数決の限界という問題です。
 多数決原理の根拠は何かということをめぐってもいろいろ議論がありますけれども、ここでは立ち入ることはできませんが、学問的な真理、例えば数学の定理というようなものは、単純多数決であろうと特別多数決であろうと、それで決めることはできないだろう。
 それから、もっと法的な領域においては、近代個人主義の自然法思想、いわゆる自然権思想からすれば、個人の基本権は九九%の人が法律をつくっても制約できないという考えになる。こういう個人主義的自然権思想というものが、果たしてあらゆる文明、あらゆる社会において絶対的に妥当するものかどうかというのはまた一つの問題ですけれども。
 私は、それとはまたもう一つ別の次元として、セルフクリティカルな社会、つまり、反対者の意見というものを抑圧せず、反対者を、少数派を擁護する、少数派の意見というのを常に尊重する社会というものは、独走しないというか、したがって自滅しない社会ではないかというようなことを考えておりまして、そういう点で、多数派と少数派は常に対話する場をつくっていく、そういう社会が安定した社会をつくり得るんじゃないか。そういう点で、単純多数決で決められるものに限界を画して、ある種の単純多数決を超えた制約を設ける、そういう点で、硬性憲法というものも意義があるんではないか、こういうことを考えている。
 多数、少数の問題は、いろいろ興味の深い問題があります。一時的少数者と永続的少数者という問題もありますし、永続的少数者というのは、宗教的あるいは民族的理由から永続的にある社会の中で少数者である。そういう人たちは単純多数決では常に負ける運命にあるわけですけれども、そういう人たちについては、ある種の自治というものを認めることによってその自由を保護する必要があるんじゃないかとか、そういう議論もあります。
 いずれにせよ、硬性憲法というものは少数者を保護するという役割を持っているのではないか、そういうことを考えております。
 最後に、さっきちょっと触れました伝統という主題について、一言つけ加えさせていただきたいと思います。
 これは、余り硬性憲法の問題に関係がないので、本当はそれを話すように言われている者にとってやや越権行為の気配もあるんですけれども、思想的に重要な問題ですので、問題点を一言だけ申し上げたいと思います。
 近代憲法というのは、啓蒙思想の落とし子である。落とし子というか、その産物である。啓蒙思想というのは、ピューリタン革命それから名誉革命から始まってフランス革命というものは、いずれも中世から断絶した啓蒙思想が背景にあってつくられたものである。特に、ジョン・ロックという思想家が名誉革命の理論的基礎づけをした。
 この啓蒙思想というものは多様なものがありますけれども、一つの非常に特徴的なものとして白紙還元主義というのがあると思うんですね。ジョン・ロックという人は経験論の哲学者で、人間は生まれたときに白紙である、すべての認識は生まれた後の経験から生ずるということを言った人物です。そして、ジョン・ロックは、子供は例えば親から宗教教育を受けたりなんかして家庭の宗教の中で育てられる、しかし、成人したときにすべて白紙還元して、自分でもう一度宗教を選び直す権利があるということを言っていて、これがジョン・ロックの白紙還元主義なんです。先ほどのジロンド憲法の考え方も、ある世代は、過去のいろいろなものとは別に、自分たちの世代の憲法を白紙還元してつくり直す権利があるというように考えたわけです。
 この白紙還元主義というものは非常に大きな魅力のある思想であって、ヨーロッパ近代文明を大きくつくったものでありますけれども、しかしまた、この白紙還元主義が正しいかというと、必ずしもそうでもないんじゃないか。これは、ジョン・ロックの、まず人間は白紙で生まれるというけれども、実はDNAの中にさまざまな情報が組み込まれていて、決して白紙では生まれてこない。猿だって蛇を怖がるということがあるし、人間だって生まれたときに全く白紙ではなくて、生まれたとき自体にさまざまなものを持って生まれてきている。
 あるいは、それとは別に、近代の啓蒙思想からマルクス主義に至る議論というのは、まず市民革命があって、その次にプロレタリア革命があって、そのたびに白紙還元をして歴史の新しい段階を画していく、これがすなわち歴史の進歩だという歴史哲学に立っている。
 しかし、この白紙還元主義というのは果たして歴史哲学として正しい哲学であろうかというのは、これはもちろん世界観の問題もありますから言えませんけれども、しかし、ロシアや中国が革命によって伝統と完全に隔絶したように見えて、一皮むいてみたら昔ながらの人たちがそのままいたというようなことから見て、やはりそう簡単に、白紙還元主義の啓蒙思想の上に立ってだけこの問題を考えることはできないんじゃないか。つまりは、ジロンド憲法の、各世代が白紙還元をする権利というものもやはり近代啓蒙主張の産物であって、一応疑問の対象となり得るんじゃないか。
 したがって、ある形で啓蒙思想と伝統主義というのは激しい対立を繰り返してきたものですけれども、二十一世紀という現代に至って、ある意味で啓蒙思想と伝統主義の歩み寄りが必要な時期に来ているのではないか、そんなことをちょっと考えているわけです。
 以上です。(拍手)

発言情報

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発言者: 長尾龍一

speaker_id: 2746

日付: 2003-04-03

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会